第51話 グレイアムの意地悪
第51話 グレイアムの意地悪
回線が重いのは政宗だけではなかった。
「私の端末も重いな…読み込みに時間がかかり過ぎている」
「一応動く事は動くんだけどさ、これまともに勝負出来るの?」
それぞれの連合員らもそれに気付いて、チャットへの書き込みが流れて来た。
連合員の中には参戦すら出来ない者もあった。
恐らく敵側もそうなのだろう、「イル」始め何人かが全く動いていない。
「謙信、重くても動ける限り動くように皆に言って」
「了解」
「たぶん再試合になるとは思うけど、そうならなかった時のために」
「再試合…そういう事もあるのだな」
それから私の端末はようやく一度攻撃出来たきり、また読み込みに時間がかかって、
ずっとインジケーターがぐるぐると回っているだけだった。
なんとか動けていた政宗の端末でも、同じ状態に陥ってしまい、
そのうち2台ともエラー表示画面に切り替わってしまった。
「やっぱり再試合かあ…」
そう政宗がぼやく横で、私の端末に着信があった。
運営の事務所に詰めているはずのグレイアムからだった。
「グレイアム、そっちで何があった?」
「いつぞやの大事件の再現。
ローディングを重くして、通信速度を絞った」
「えっ…」
「宇佐美さんが止められなかったから、こっちで直接足止めさせてもらった。
ゲストの『イル』は今夜のこの1戦のみ参戦のはずだ。
同業とは言えしょせんは会社員、今夜のためにスケジュールを調整していると思う。
今夜の試合を無効にして再試合に持ち込めば、彼の参戦はたぶんなくなる。
お詫びを配布しても十分にその価値はある」
電話のあと、しばらくして通信速度は回復し、
新着通知に再試合の事が書かれてあった。
再試合は翌日11時からとあった。
「意地悪だなあグレイアムも…水曜の午前11時じゃ、普通の社会人は仕事中だってば」
通知を読んだ政宗はにやにやと目で笑っていた。
吉富殿はどこかと電話していたが、電話を切るとこちらを向いて言った。
「武田から電話で、宇佐美と山本の安全は確保した。
これからこっちに二人を連れて来るそうだ。
ただ医師が捕まらない、今病院へ運ぶのも危険過ぎる。
ここで手当てして朝まで待つしかない」
「了解。私は二階からふとんを出しておこう。
政宗、何かあり物で食事を用意出来るか?」
「出来る、宇佐美さんと安田にはおかゆか雑炊がいいかな。
山本さんと武田さんは食べられるよね、冷凍のチャーハンがあるからスープ作るよ」
私たち3人は支度をしながら、信玄殿たちの到着を待った。
政宗の食事の支度が終わる頃、彼らは到着し、
私と吉富殿、それから信玄殿で、傷ついた宇佐美を運び入れて手当てし、
安田の隣に用意しておいたふとんに寝かせた。
「…謙信、『イル』はもう来ないよ」
宇佐美はそう言うともぞもぞと手を動かし、ふとんの中からそろそろと差し出した。
そこには一台のスマートフォンが握られていた。
「宇佐美、これは…」
「だいぶやられちゃったし、ゲームでは勝てないかも知れないけど、
俺だって一応は極道の端くれ…実戦経験も戦闘力も俺の方が絶対上だ」
いつもは丸い身体に丸い目をしている宇佐美も、この時ばかりはぐっと目に力を込めた。
政宗が宇佐美の丸い手からそれを抜き取り、画面を開く。
ゲームを立ち上げて、ユーザ情報を呼び出す。
「イル」、総戦力は489万…昔はそれが最高の数字だったのだろう。
私は痛みに顔をしかめる宇佐美の手を、そっと包むように握って声をかけた。
「宇佐美、よくやった」
「いっすよ、べつに…」
宇佐美は無理矢理笑みを作り、そう言いかけて、
すうと息をひとつ大きく吐き出して眠ってしまった。
「宇佐美さん…」
政宗は開いたプロフィール画面から、所持カード一覧から手札全ての保護を解除し、
同時にデッキから全てのカードを外した。
そしてレベル上げのためのクエスト画面に移動し、
少し走らせてNカードなる最弱のカードを何枚か獲得すると、
カード強化を行う画面へと移動させ、そのNカードたちを強化対象に設定し、
かつて最高だったであろう戦力を構成する、金のかかった強いカードたちを全て、
強化のための素材として消費した。
「…じゃあね、『イル』」
政宗は氷のような冷たい目をし、無表情でそうつぶやいた。
宇佐美の犠牲は『イル』の戦力を0にした。
明け方になって、山本の使っていた女の子が戻って来た。
電話で山本が上杉の家にいると話しておいたので、彼女は直接こちらへやって来た。
「山本さん、ばっちりです! クスリもたっぷり仕込んでおいたよ」
小可(シャオカー)と呼ばれる、美しい少女は笑って報告した。
身体で足止めに成功した事、その際に覚醒剤の味を覚えさせた事。
日本だとまだ高校生ぐらいの年齢だろうか。
長い黒髪に化粧の薄い顔は地味だったが、いかにも男好きしそうな清純さであった。
「よくやった小可、ありがとう」
山本は上着のポケットから、あらかじめ用意しておいた封筒を彼女に手渡した。
中身は報酬金か。
小可はそれを受け取ると、またよろしくと言って帰って行った。
政宗はそれをにやにやと思い切り冷やかした。
「山本さん、あの子どこで拾ったんすか? もしかして山本さんの愛人とか?」
「まさか。援助を求める少女なんかどこにでもいる」
政宗が用意した朝食を食べていると、吉富殿が手配した医師がようやく到着した。
座敷に安田と宇佐美を起こしに行くと、安田はすぐに目を覚ましたが、
宇佐美は眠ったままだった。
「宇佐美、お医者様が来てくれたぞ。起きないか…」
「宇佐美さん、起きてください」
安田も起き上がって、宇佐美に声をかける。
ところが宇佐美が起きる気配は一向になかった。
「宇佐美…?」
私は気付いてしまった。
…宇佐美の寝息がない事に。




