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第5話 謙信の通院

第5話 謙信の通院


翌朝、目が覚めると隣にちゃんとぺさんが眠っていてほっとした。

横になりながら、彼女の寝顔をじっと眺めていた。

…こうしてよく見ると、美しい人なのだ。

顔立ちも華やかでよく整っており、髪は短くしてあるがよく似合っている。

身体にも非常に恵まれていて、私より背が高い。


何より驚きなのはその若さだ。

戦国の42歳は、もうとっくにおばあさんの年齢だった。

ぺさんの若さは戦国で言う20代に見える。

一体何が彼女をこんなに若い42歳にしたのだろう。

神の化身か何かなのだろうか…。


ぺさんがゆっくりと目を開く。

すぐに光が宿り、眠る前と同じように私に微笑みかけた。

妻とはなんと美しい生き物なのだろう。

私はこれから毎夜をこの人の隣に眠れるのだ。

どういう訳か、私はそれがとても嬉しかった。



「謙信、今日はお前を別の病院に連れて行く」


朝食の折、ぺさんは私にそう言った。


「病院にござりまするか、しかしながら退院してもう良いのでは?」

「ならぬ、お前は行き倒れるほど身も心もぼろぼろだ。ここはきちんと治さねば。

お前のいた病院は特殊なところで、診療科も限られていて不十分だ。

良い病院を知っている、これからそこに通うと良い」


ぺさんは梅干しの入った容器を、私にも回してくれた。

…梅干しは前の世でもこの世でも同じなのか。


「え…病院とは通えるものなのでござりまするか?」

「ここでは医療も薬も発達している、よくよくの場合でない限りは通いでいいのさ。

それに謙信…お前酒浸りとか、気分の浮き沈みとか言ってたろ。

あれもこの世なら相当に良くなるはずだ」

「まことにござりまするか…! ああ、なんと嬉しい事…」


朝食後、ぺさんは私の着る物を出してくれたが、

私には病院で着ていた「ジャージ」なる衣しかなかった。


「お前には要るものがたくさんあるな…終わったら買い物に行くか、謙信」

「買い物など…ぺさん、私には何の稼ぎもないというのに」

「では投資と考えて欲しい、それなら良いか?」

「投資…はい!」


私の足が悪く、あまりたくさんは歩けないので、

ぺさんは上杉の組員に頼んで車を出してもらった。


「姐さん、姐さんのだんなさんの名前が『謙信』て、マジですか?

『上杉謙信』だなんて、よくそんな名前通りましたね…」


運転手をしている若い組員がぺさんに聞いた。


「本当だぞ安田…あの病院が命名して、ちゃんと法的手続きも済ませてある」

「マジすか」

「戸籍も保険証の氏名も、ちゃんと『上杉謙信』となっている」


「上杉謙信」という名前は、病院でも注目と笑いの的となった。


「上杉さあん、上杉謙信さあん」


私の順番が回って来て、看護士が中の部屋から出て来て私を呼ぶ。

すると、待ち合いの患者らの間にどっと笑いが起こる。


「あの人、『上杉謙信』だって!」

「すげえ、同姓同名かよ…」


ぺさんは「上杉謙信」を、「戦国の優れた武将」と教えてくれたが、

どうやら私は名前負けしているらしい。


この病院は私がいた病院よりさらに大きく、診察する部位ごとに部屋が分かれていた。

医療の水準もはるかに高く、器具もたくさんあって驚かされる事ばかりだった。

私は血液が血管を押す血圧なる力が強過ぎたのと、

長年の飲酒で体内の糖分が血液に溢れ出る、糖尿病なる病と言われた。


それから精神科なる別の診療科に移り、そこは前の病院と似たところで、

心のあり方について話すところであった。

私は熟年の男性医師にかねてからの悩み、気分の浮き沈みに翻弄されて疲れている事、

そしてそれを癒すために、酒浸りになってしまった事を話した。


「気分が良い時はどんな感じで、どのくらいの期間続きますか?」

「はい、それは月単位で…結構長く続きまする。

その時は毘沙門天の化身として、戦も勝てたのですが…。

ただやはりその後は気分が落ち込みまする。

…その繰り返しで私は自分自身に疲れておりまする、そのせいでお酒に…」


私は医師の質問に、前の世を思い出しながらなるべく詳しく答えた。

すると、医師は私に優しく言った。


「上杉さん、大丈夫ですよ…今は気分の波を小さくする良い薬がありますから。

効き始めるまでしばらく時間はかかりますが、続ければきっと楽になりますよ」

「そのような薬が…? まことにござりまするか」

「お酒の問題の方は、前の病院で治療を受けられているようですし、

こちらでもそれを続けて行きましょう」

「ありがたき幸せにござりまする」


医師は薬の処方箋を書いてくれ、それから付け足すように言った。


「あ、上杉さん…お酒は一滴も飲んじゃだめですよ。

一滴でも飲めば、その時点でまた苦しい頃に逆戻りですから」

「はい…でもそれはなにゆえにござりまするか?」


医師は私の中の、飲酒の量や時間を加減する能力が失われていると、

よく噛み砕いてわかりやすく教えてくれた。

それから同じ問題を抱える者の会を紹介してくれ、皆で励まし合いながらだと、

断酒も続けやすいからと言ってくれた。


私の診察の後は、ぺさんが医師と私について話し合った。

私が双極性障害とアルコール依存症なる、心の病を併発していること、

療養生活で気をつける事、薬の管理など。


私の長年の悩みは性格などではなく、病から来るものだった…。

それがわかっただけでも、ずいぶんと楽になったように思う。

ぺさん…彼女はきっとこの事を知っていて、私に通院を勧めてくれたのだ。


「…終わったよ、謙信」


待ち合いの長い椅子に座っている私のところに、ぺさんが戻って来た。

会計を済ませて来たと言う。


「ぺさん、まことありがとう存じまする…私などのために」

「家族として当然の事をしたまでだ、気にするな」


ぺさんはにいと笑ってみせた。

目がなくなる、私は心が温かくなるのを感じた。

それと同時に後ろめたさを感じた。

ぺさんの優しさに触れる事に、それに応えたいという自分の心に。


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