第45話 グレイアム
第45話 グレイアム
“クラブLOVELY強いな…! あのMANIA CLUB相手に互角の勝負しやがった!”
“ダメ過ぎ謙信のあの一撃が効いたな”
“どこが『ダメ過ぎ』だよ、『強過ぎ』だろ”
“いや、X-DATEのアシストプレイもすげえな。廃なだけじゃねえ”
“軍師きゅうへいも指示的確過ぎだろ”
“無名の連合をここまでのし上げたとか、ダメ過ぎマジ軍神”
「『軍神』だってさ、笑えるね」
政宗は目で笑いかけると、私の脚の間に顔を埋めた。
「でもほんとだね…謙信が来てから上杉は変わったよ。
武力だけの汚れ役だったのが、今や井上会の上層部に食い込む組になった。
政財界のやつらとも対等に渡り合えるようになった…」
「それがこんな事をしながら言う台詞か、政宗」
私は政宗の頭を押し込んだ。
明るく染めた彼の髪が手の内でさらりと流れる。
「俺じゃ謙信には敵わない、こんな事じゃなきゃ俺は謙信と渡り合えない。
本当に憎い男だよ、あんたは」
政宗という男は可愛かったし、こうやって内緒で抱き合うのも刺激的で楽しい。
甘粕だって政宗が可愛いはずだ。
何より政宗は甘粕を一途に思い続けている。
しかしなぜ甘粕はこれほどの男を恋人としなかったのだろう。
二人は私がここに来る前からの古い関係という。
イベント後の「クラブLOVELY」は、ゲーム内でも注目される存在となった。
外交担当の「よっしー」さんが、宣伝のためにTwitterを開設して、
連合の近況などを書き込んでくれ、それでさらに注目されるようになった。
次のイベントでどっちが勝つか、ネットで議論の対象にもなった。
初心者からのし上がった連合というだけあり、客は「クラブLOVELY」寄りに傾いていた。
9月も終わり近いある夕方、合戦の時間に合わせて仕事から帰宅し、
郵便受けを政宗に覗かせる。
今日の送迎は政宗だった。
「珍しい、甘粕さんに手紙が来てる」
政宗がダイレクトメールの間から、一通の封書を抜き取った。
「甘粕謙司グレイアム様」、宛名はそう書かれてあった。
「甘粕の下の名前は謙司と言うのか…今さらながら初めて知ったよ」
「違うよ。甘粕さんの下の名前は『グレイアム』だよ、『謙司』ってのはミドルネームね」
「ミドルネーム? 私の『虎千代』みたいなもんか…しかし『グレイアム』とは?」
ずいぶんと変わった名前だ、まず日本人の名前ではない。
「甘粕さんも在日なんだよ、在日アメリカ人三世」
「へえ在日…ぺさんや安田と同じだな」
夜、仕事から帰って来た甘粕に手紙を渡すと、彼は面倒くさそうに言った。
「『グレイアム』とか、いちいち説明するのもややこしいから…。
普段は『甘粕』だけか『甘粕謙司』で通してる」
ぺさんも正式には「ペ・ソンシル」のところ、日本で暮らして行くのに、
「武本成実」という通名があった…。
だめだな、何を見聞きしても思いはぺさんに集約されてしまう。
「くそ、まいったな…」
甘粕は手紙を読んで、渋い顔をした。
「甘粕さんどうしたの? 手紙、誰からだった?」
政宗が彼の手許を覗き込んだ。
「実家の母からなんだが、親父が倒れて余命宣告されたらしい。
その親父が俺を呼んでいる」
「それは行かなきゃ、甘粕さん…!」
「うーん…でも」
政宗を腕にぶら下げて、甘粕は唸った。
「私の事は構わないから、行ってさしあげなさい」
「国内なら気軽に拳銃忍ばせて殺しにも行くさ、でも親父はアメリカにいるんだよ。
小さい俺を抱えた母を捨てて…今さら会いたいとか都合良過ぎだろ」
甘粕は手紙を破いて捨てた。
私はそれをくずかごから拾いあげ、甘粕の手に再び握らせた。
「行ってさしあげなさい、どんなに憎くても家族は家族だ」
前の世の私にも家族はあった。
いつもお互いの命を狙い合っているような家族だった。
養父も愚かな私を利用しているだけだった。
それでも家族は家族、死ねば胸が傷まないはずはなかった。
甘粕は何も言わず、そのまま部屋へと引っ込んで行った。
寝る前に私は政宗が皮をむいてくれた梨を持って、甘粕の部屋を訪ねた。
「梨、政宗がむいてくれたよ」
私は皿を机の上に置いた。
梨はきれいにむいてあり、元の形を少しも損なっていない。
こういう事は政宗の方が器用で、当番で作る料理も女人が作るように、
野菜を多く使い、味も甘粕が作るものより薄口だ。
「なぜアメリカ行きを渋る? 実の父親が病床から呼んでいるというのに…」
「簡単な事を言うな、俺と母を捨てた人に今さら会いたくない。
それに…行ったら、もう二度と帰って来られなくなりそうだから」
甘粕は吸いかけのたばこを灰皿から取り上げ、目を閉じて深く吸い込む。
「出入国の事なら心配するな、私がなんとかする」
「そういう事じゃないんだ謙信…親父はなぜ母を捨てたと思う?
身分の違いってやつだよ、日系でも学者の家系に生まれ裕福に生きてきた父にとって、
弁当屋で働いていた母など、出張先で出会ったほんの行きずりの女だ」
私は甘粕の横顔をじっと見ていた。
ヤクザになる者は事情のある者が多い、ぺさんはそう言っていた。
この男の人生にも重いものがあったのだ。
「親父はその後本国で妻を持ったと聞くが、その妻ももう死んでいるし子供もいない。
皮肉にも卑しい女の息子であるこの俺が、血を分けたたった一人の息子って訳だ。
姐さんと暮らした謙信ならわかるはずだ、それがどういう事か」
たばこの先を灰皿に押し付けると、甘粕は私の膝に手を置いて問いかけた。
「謙信は俺を破門にするか?」




