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第43話 オブジェクトXDate

第43話 オブジェクトXDate


ニュースによると、武本の会社は経営不振によって売却される事と、

その売却先が、あの男…ぺさんの夫の実家が経営する会社である事、

売却は事実上の倒産である事が書かれてあった。


「甘粕、ぺさんの会社が倒産するぞ」

「マジか」

「会社に戻ってくれないか、まだ山本が残っているはずだ」

「了解」


会社に戻ると、思った通り山本がまだ残って仕事をしていた。

暴力団の若頭とは言っても、一般企業の役員と何ら変わりはない。

山本のような傷だらけのいかつい男も、大人しくパソコンの前で表計算ソフトとにらめっこだ。


「謙信に甘粕…あれ、帰ったのでは?」

「山本、ぺさんの会社が売却されるらしいな」

「俺もさっきネットの経済ニュースで見たよ、驚きだね。

武本の会社が傾きだしたのは、姐さんの代になってからだけど不思議だな…」

「山本もそう思うか」

「俺も山本さんと同じす」


私と甘粕もそれにうなずいた。

山本は自分の仕事を中断して、私たちと応接用のソファに向かい合った。


「上杉にいた頃の姐さんは何事にもそつがなかった。

女ながら他の組とのつきあいも上手かったし、組員らもよくまとめてくれた。

上杉が武闘派として一目置かれるようになったのも、姐さんが厳しかったからだし…。

俺はそれを知ってるから、武本の倒産は不思議でならない」

「それって計画倒産じゃないかすか、山本さん」


甘粕は私と山本に冷蔵庫から、ペットボトルのお茶を持って来て言った。


「まさか。俺も不思議に思って調べたけど、どうもそういう訳じゃないらしい。

武本の会社は詐欺的行為をいっさい行っていないし、

普通の倒産と同じように、事業も取引も徐々に縮小していってる。

従業員も新しく雇い入れてはいないどころか、人数を減らしている」

「ふうん、そうなると本当に業績が悪いのだな…」


私はお茶のふたをぎゅうとねじって開けた。


「業績不振は事実だが、あまりにも急過ぎる。

会社が姐さんの代になってから、まだ1年も経っていない」

「裏で何か目的があるんじゃないすか? ほら、あの新しい旦那もなんか悪そうすし。

あいつに何か入れ知恵されたんじゃないすかね?」


甘粕の言葉に、私の脳裏であの男の姿がよみがえる。

あの男は実家ぐるみで、最初から会社を狙っていたのではないだろうか。

ぺさんとの結婚もそのためではないだろうか。

ぺさんはこの上なく美しい人ではあるが、四十を超えたおばさんだ。

六つも年上の私は気にならなかったけれど…。

若く派手な男が、離婚歴もある、刺青もある、そんなおばさんと結婚する。

…それは何か強い目的がなければ出来ない事だ。


きっとあの男はぺさんが一身に受け継ぐ、武本の財産が目当てで結婚したのだ。

ぺさん、そなたはだまされている。

私には幸せだって笑うけれど、本当にそれが幸せなのか?

とてもそんな風に思えない。

こんな未来が待っていると知っていたら、手を離すんじゃなかった…。


「武本の会社について詳しく知りたい」


私は山本に言った。


「俺の知ってる限りだと、創設者は姐さんのじいさんで歴史はそこそこある。

トップこそ在日ではあるが、資本も何もかもが完全な日本の企業だ。

食品…小麦粉製品の製造と販売が主な事業で、他に飲食店をチェーン展開している。

自社製品のインターネット通販を皮切りに、IT分野にも参入していて、

子会社でスマホアプリの開発や、ゲームの開発と販売までやっていて、

最近はそっちの方面で勢いがあった…」


山本の調べはかなり詳しく、資本金の具体的な額や株主、

グループ内の企業についてまで言及した。

彼なりに姐だったぺさんを気にかけて、調べてくれたらしい。


「へえ、ゲームか…何てタイトル作ってたんだ?」


ソーシャルゲームの仕事をしているだけあって、甘粕が反応した。


「『オブジェクトXDate』、イベント発生を誘引したり阻止したりしながら、

ゲーム内カレンダーを操作する内容で、ソーシャル要素も強い。

ファンタジー系で女性ユーザも多く、そこそこ人気はあった。

甘粕が今の仕事始める前にサービス終了してるから、知らないタイトルかも」

「XDate…!」


私はゲームよりも、タイトルに含まれるその単語に反応した。


「それって日付を計算するプログラミング用語だよ、謙信」


突然宇佐美の声が割り込んできた。

振り向くと、入口で宇佐美が膨れたコンビニの袋を両手に笑っていた。


「お待たせ山本さん」

「宇佐美、遅いじゃないか」

「ちょうど弁当が届いたところでさ、探してもらってたら遅くなってしまった」


宇佐美は袋の中から弁当を取り出し、それを山本の前に差し出した。


「宇佐美も残っていたのか」

「俺も書かなきゃいけない書類あってさ…それで山本さんと一緒に。

あっ、謙信に甘粕もどう? おにぎりとかも買って来たから…お茶いれるよ?」


私と甘粕は宇佐美から、おにぎりや総菜を分けてもらい、

それを食べながら、ソーシャルゲームの仕事について話した。

「よーじ」さんの逮捕、そして「X-DATE」というプレイヤーの事。


「元同業者か…たぶんプログラマーか何かだったんだろうね、その名前だと」

「一応法人て事になっているが、宇佐美はどう思う?」

「ガチなプレイヤーだと、法人にするのはよくある事だよ。

あの系統のゲームだと、ガチャもレベル上げも結構な手間だから、

資金対策もだけど、とにかく人手が要るよ…クエストを走るバイトとか」


宇佐美も悠さんと同じく、ゲームについて詳しいようだ。

その事を言うと、甘粕が笑いながら説明してくれた。


「宇佐美さんはオタク出身なんだよ、同人ゴロから始まって、

チケット転売とかツール販売を経てこの世界に入った」

「へえ…」

「今は精肉の仕事が面白いから、そっち方面の仕事はしてないけどね」


宇佐美も丸い身体を揺らし、ころころと笑った。

しかし次の瞬間には笑みを引っ込め、ヤクザらしく鋭い目をした。


「でもさその『X-DATE』て人、ただの金持ってるだけのガチプレイヤーじゃないよね?

億単位で資金を用意出来るって、ちょっとやそっと株で成功したぐらいじゃ無理だよ。

絶対に後ろがいるよね、それこそ武本の会社のような大きいところじゃないと。

…その人、もしかして『オブジェクトXDate』にいた人じゃないかな?」


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