表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/59

第35話 幽霊の子

第35話 幽霊の子


直政殿は部屋の中の展示物をぐるりと見回し、そして目を閉じた。


「…あるよ、すごーくいっぱい」

「やっぱい」

「あそこの槍先は、関ヶ原から落ちて行く島津の兵が持っていたやつだよね?

それからあのぼろぼろの甲冑は…いーさんがぼろぼろにしちゃったけど、

もともとは井伊直政が儀式用に着るやつだったはず」


悠さんは当たりと言って、ふふと笑った。

その横顔はよく日に焼けており、私はなんとなく台湾の吉富殿を思い出していた。

彼も悠さんのように濃い顔をしていたな、悠さんもどこか南国の人みたいだなとか。


「おいはね…ここん子じゃっどん、たぶん血はつながっちょらん。

おやっどはおいが訛りば『おっかん語』やなかで、『おやっど語』ち言うちょっ」

「あ、悠さんは養子なのか」

「うんにゃ、戸籍上はちゃあんとここん子になっちょっ。

今日、二人が来てくいたとは何かの縁ち思も…おいは二人ん事信じっ。

二人がまこち井伊直政と上杉謙信ち信じっ」


それは私たちが戦国から来た者だと…?


「二人は幽霊ば信じっけ?」

「幽霊…」


直政殿は視線を私に向けた。


「…私は信じまする、幽霊がいても良いと思いまする。

死後の世界はある、私はそう思っていますから」

「ほんじゃ…」


すると突然、私たちの目の前から悠さんの姿がこつ然と消えた。

そして背後から彼の声が聞こえた。


「おいがおっかんは死者、実んおやっどは幽霊…おいは死者と幽霊が子」


後ろを振り向くと、そこには悠さんが笑っていた。


「実んおやっどは島津ん落ち武者ち、そげんおやっどが言うちょった」

「島津の…!」


直政殿は展示されてある槍先に目をやった。


「関ヶ原から落ちっ時傷ついたけんど、土地んもんらは誰も助けてくれんで、

わっぜか恨みながらけ死みよったらし…幽霊んなってん恨み続けっせえ、

400年とちいと経ってしもうた、土地んもんらもすっかい代替わりしちょっ…」


悠さんはその末裔が母親である事、彼女が幽霊である実の父親を救うため、

自らの肉体を与えたために死んだ事を話してくれた。


「幽霊はおっかんになっせえ、おいが事産んでくいた。

成仏すっまで、そん事情ば知っちょっうちんおやっどが、

おっかんが事引き受けっせえ、おいが事も実ん子にしてくいた」

「…悠さんありがとう、よく話してくださった」


私は悠さんに頭を下げた。


「実は私も一度戦国で死んだ者なのです、『上杉謙信』は偶然なのですが」

「ああ…やっぱい、そうやなかかち…」

「俺は島津追っかけてたら、突然降り出した黒い雨に連れて来られたよ」


他に客もいないので、私たち三人は部屋の真ん中にすわり込んでいた。

脚が太すぎてあぐらもかけぬ直政殿は、短い脚を伸ばしていた。


「直政殿の予感は当たりましたね、やはり私たちの他にも戦国から来た人はいた」

「そうだね…方法はいろいろみたいだね。

俺が異世界転移で、謙信はここが死後の世界。

そんで悠さんの父君は亡霊として時間が経過した結果…」

「あのですよう、お二人は戦国へ帰りたかとですか?」


直政殿はでかい腹を揺らして、まさかと笑い飛ばした。


「俺たちは彼らの暮らしぶりが見たいだけだよ」

「私もどうやってこの世で過ごしているのか、幸せなのか気になり申して…」

「だよね、俺たち戦国へはもう帰りたくないんだもん」

「…わかりもす、実んおやっどもそうじゃったち思も」


悠さんは私たちの手を取って大きくうなずいた。


「たぶん幽霊んおやっどは、ここでおっかんと幸せんなったから成仏したち思も。

おいも幸せじゃっど…あん二人にゃ感謝しかなか。

お二人は? 帰りとうなかち事は幸せち事やなかけ?」


直政殿は台湾での暮らしが幸せだと話していた。

でも私は…?

私はまだこの世を浄土に出来ていない…。


それから他の部屋も見せてくれ、見覚えのある品も多い直政殿は昔を懐かしんでいた。

帰りたいなどでは決してなく、ただそんな事もあった…それだけの事だった。

太って皺は目立たないが、直政殿はもう歳だった。

私より後の人なのに、私よりもこの世で長く過ごして、

私よりも年上の、もうおじいさんといって良い年齢になっていた。

井伊万千代直政は戦国の武将などではなく、もうこの世の人なのだ。


「こん博物館はおいが実家で、普段は鹿児島で通信教育ん仕事しちょっ。

うっかたが先生で離島ん子どんらに勉強教えちょっ、おいはそん手伝いじゃけんど…。

近くまで来っ事があったら連絡しやんせ、旨かもんたんと食わしちゃる」


帰り際、悠さんは私たちに連絡先を渡してくれた。

鹿児島で嫁さんの仕事を手伝っているらしい。

島津だからって何も鹿児島に住まなくっても…私は不思議な縁におかしくてたまらなかった。


「鹿児島から船に乗るから、帰りに寄るよ?」


直政殿がそう言うと、悠さんは目を輝かせた。


「えっ、いつ?」

「あと1ヶ月くらいこっちで仕事して、それからかな」

「んじゃ、鹿児島でおいと再会!」

「謙信も見送りに来てよ」

「私もですか?」


井伊直政はこの世を目一杯楽しんでいる。

島津の落ち武者は亡霊となって、愛を知り、この世に悠さんを遺した。

私も幸せにならなくては。

ぺさんがあの時流した涙のために。


「それでは…私はなんと! 甘粕と政宗付きで!」


私は笑って、二人の間に割って入った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ