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第31話 大型新人

第31話 大型新人


身なりを整え、会長らしく振る舞って変わったつもりでも、

ぺさんに関する事に穏やかでいられないのは、少しも変えられなかった。

彼女の実家であるぺ家…武本家は、いくつも企業を経営している立派な家だ。

そんな家の令嬢ならば、その結婚もニュースになる訳だ。


相手は武本家ほどではないが、やはり大きな企業グループの御曹司との事だった。

ニュースでは武本家の会社が、日本の企業を統合すると報じていた。

この再婚はきっと、ぺさんの親が決めたものなのだろう。

ぺさんは前に、独身を通して来た理由を「在日だから」と言っていたが、

それは違う、ぺさんという女が一般の男にとって分不相応なだけだ。

彼女ほどの女ならば、在日である事は本国を始め、世界とつながる強みでしかない。

住む世界の違いを、今さらながら思い知らされたような気分だった。


「どうした謙信、出かけるんじゃないのか?」

「甘粕…ぺさんが再婚するらしい」


私は着替えて来た甘粕に自分のスマホを渡した。

最初は「殿」をつけて「甘粕殿」と戦国風に呼んでいたが、

この世の言葉にもすっかり馴染んだ今は、上司と部下らしく呼び捨てにしている。


「マジかよ」

「おめでたい事だ…」


そうあって欲しいと突き放すようにして離縁した、その事に後悔はない。

それなのにどういう訳か、素直に喜べない私がいる。

憎いのか、うらやましいのか、それが後悔なのか、

もやもやとした何とも言えない感情が、私の中を渦巻いて流れていた。


「そうだ謙信、そろそろイベント近いだろ。そっちはどう?」


車の中で、甘粕は仕事であるゲームの話を始めた。

ずっと送迎をしてくれていた安田も、あれから昇進して宇佐美のところに入り、

一緒に精肉の卸や飲食店など、精肉にまつわる仕事をしている。

今では甘粕と政宗が交代で送迎をしてくれている。

ソーシャルゲームという同じ仕事をしているから、行き先も同じな事が多い。


連合「クラブLOVELY」にも時間は等しく流れ、今は上位500傑に入る連合に成長した。

前の合戦イベントで151位だったから、100傑入りするのも近い。


「それが最近同じランクにやたら強いところがあって…うちより少し格上だと思う。

合戦で当たるとなかなか勝たせてもらえずにいる。

比較的新しい連合らしい、経験者である連合員らも知らないぐらいのところだ」

「何てとこだ? 政宗に潰させとこうか?」

「『はっぴーはうす』てとこなんだが…政宗のところじゃ格上過ぎて、まず当たらないと思う」


連合「はっぴーはうす」は、全員に公開されているデータを見る限りでは、

人数も連合員のレベルも、「クラブLOVELY」と同等であったが、

その中のひとり、連合の代表の戦力が突出していた。


「代表は『X-DATE』、プレイ日数はまだ100日にも満たない。

プロフを見ても自己紹介は標準のままで、情報は得られなかった。

この代表ひとりが戦力400万超えで、連合の得点源になっている」

「ふうん…こりゃ期待の新規廃課金かな、こっちでも調べてみるよ」


運転をしている甘粕は前を向きながら、でも嬉しそうに目を光らせた。


「それにしても、『クラブLOVELY』の連合員らは本当に強いな…。

軍師の9-HEY殿はゲームに精通しきっていて、指示も的確だし、

よっしー殿も補佐とは言え、連合の運営をよく心得ている」

「ゲームを始める前にも言ったが、あの二人だけじゃなくて、

謙信のとこの連合員全員が全員、上位で活躍して来た猛者だ」

「『クラブLOVELY』の設立後は皆、『引退』と称して、

前のアカウントでの活動を停止しているらしいな…名の知れた者もあるだろうに」


ネットで見る限り、上位連合メンバーの引退はそれほど大きく取り上げられていない。


「彼らにとってこっちの方が本垢で、前の垢がサブなだけだ。

謙信のところ全員のガチャもかなり甘くしてある、資金力にも不足はない。

すぐって訳にはいかないが、いずれは勝てると思う。

『はっぴーはうす』は出来るだけ引き付けて、煽っておいて欲しい」

「了解…そうやって金を引き出すんだな、旨い仕事よの」


上杉会の上部組織である、井上会の総本部に着くと、

私と同行の甘粕は意外とも言える人物と再会した。

彼は広間の畳の上にきちんと正座をしていたが、私たちを見つけるとにじり寄って来た。


「謙信殿、久しぶりだね…!」


それは台湾で世話になったぺさんの義理の祖母、吉富直政殿だった。

今こうして見る彼は、どこからどう見ても高位の極道だった。


「これは吉富殿…ご無沙汰しております。しかしなぜここに…?」

「あ、ここの顧問なんだよ。今は台湾伊家を継いでいるけど、

私自身は井上会の出身でね、台湾へ帰る時におやじさんから顧問に誘ってもらって…」

「顧問とはつゆ知らず、台湾では数々の無礼を謝ります」

「そんなのちっとも構いませんよ、それより謙信殿…」


吉富殿は急に真顔になった。


「ソンシルと別れたそうだね」

「はい…申し訳ないのですが」

「どうして? あんなに仲良かったのに」

「実は…」


私は吉富殿に離縁までの経緯を話した。

台湾に滞在中、長らく消息不明だったぺさんが実家の者と遭遇した事。

帰国後すぐに実家の両親が、彼女を迎えに来てしまった事。

ぺさんの実家である武本家の事。

両親の思いと私の思いが一致した事…。

側に控えている甘粕も私の説明にうなずき、それが離縁の真実であると証言した。


「…驚いた、確かにそれは離婚もするはずだ。

私でも謙信殿と同じ立場なら、迷う事なく直政やシンレイと絶縁を選びます。

…私たちが日陰者である事は、曲げようのない事実ですから」

「吉富殿、ぺさんは近々再婚します。

恐らく親の決めた結婚だと思いますが、私はそれで良いと思っています。

吉富殿もどうか、彼女の幸せを願ってくださいまし…」


吉富殿は天井を見上げて、顔をしかめた。

その目の縁にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「…そうするよ、でも謙信殿はなんと辛い決断を」

「良いのです、離縁は愛のあまり行った事ですから…ところで吉富殿。

直政殿はあれからお元気でいらっしゃいますか」

「あ、そうそう…それで謙信殿にひとつお願いしたい事が」


吉富殿はより近くへと膝を寄せて来た、何事だろう。


「はい?」

「再来月のこの集まりなんですが、私は向こうの仕事の都合で来られないので、

直政を代参させようと思っています」

「直政殿を?」

「上杉の家の片隅で良いので、直政を泊めてやってくれないだろうか」

「それはもちろん喜んで…でも直政殿にうちは狭過ぎやしませんか?」

「実はね、そこなんだよ」

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