第29話 ソーシャルゲーム
第29話 ソーシャルゲーム
「…『あなたのニックネームを入力してください』と、画面に出ておりまするが、
これは何をすればよろしゅうござりまするか?」
私は甘粕殿と政宗殿に教わりながら、会員登録のための必要事項を入力していた。
「ゲームで使う名前をつけるんす、ゲームの中だけすから本名じゃなくていっす。
俺は本名が『菊川政宗』だから、『菊正宗』にしてるっす。酒の名前っす」
政宗殿は『コーラ』なる炭酸の入った黒い飲み物を、びいどろの透明な盃に注いで笑った。
この『コーラ』なる飲み物は、色は黒だが柑橘のような香りと香辛料が混ざったような味がし、
「お好み焼き」とよく合って、何とも言えぬ美味であった。
…この世には酒よりはるかに旨い飲み物がたくさんある。
もう酒だけが飲み物ではないのだ。
「ふうん…? では甘粕殿は?」
「俺? 『焼肉弁当390円』…俺は管理側だし、時々チェックするぐらいだけどな」
「『焼肉弁当』! そんなんでよろしゅうござりまするか…うーん、迷いまする」
私は腕を組んで天井を見上げ、しばし思案した。
「『ダメ過ぎ謙信』…いかがでござりまするか?」
「いいんじゃないすか?」
「いいんじゃね? まさか本名が『上杉謙信』とは、誰も思わないだろう」
名前も決まり、それからはゲームのやり方を二人に教わった。
ゲームは「もえもえ戦国☆ダンシング」という戦国らしからぬ題名で、
手札をひたすら集めて「デッキ」なる組を編成し、それで戦うという、
私にもわかりやすい仕組みになっていた。
この仕組みは多くのソーシャルゲームで採用されている、「ありがちなシステム」らしい。
手札はゲーム内の「クエスト」なる、小さなゲームでも集まるが、
強い手札は「ガチャ」なるくじ引きの景品となっていた。
「ガチャ」は無料のものと、有料のものが存在する。
当然、最高の手札は有料の「ガチャ」の景品になっているらしい。
「この『ガチャ』で儲けるんだよ、それが俺らの仕事だ」
甘粕殿はそう言って、私にガチャを引くように言った。
「初心者なら歓迎の品として、有料ガチャも無料で引ける券を持っているはずだ。
引いてみろよ謙信、絶対いいの出るから」
私は言われるまま、券を消費してみた。
すると画面に花が咲いてきらきらと光り、極楽浄土と思われる画面に切り替わり、
女人の絵が描かれた一枚の美しい札が現れた。
「おー、上杉謙信だ! 超当たりカードっすね」
政宗殿が画面を覗き込んで歓声をあげた。
私は目をぱちぱちさせた。
「上杉謙信…? 上杉謙信はここにおりまする」
「ああ、謙信は知らないのだったな…。
このゲームのカードは、武将が女性化されて描かれている事もあるんだ。
客寄せだよ、逆に男の武将は女の客が好みそうな絵柄に描かれてある」
「へえ…上杉謙信とかこんな見苦しい小男が、かように美しい女人に描かれようとは…。
まこと面白うござりまするね、他の武将がたも気になりまする」
食後は政宗殿が片付けをしてくれ、私は甘粕殿に教わりながら、
歓迎の品である無料の「ガチャ」を引いたり、自身や手札の強化をしたり、
「デッキ」なる組を組んでみたりしていた。
戦力は数値化されており、手札が強いほど戦力も高くなるとの事で、
この戦力はそのまま「合戦」での攻撃力に反映されるらしい。
「合戦に出るには連合に所属する必要がある」
「連合」
「このゲームをやってる人同士の組だ、合戦はこの組と組の戦いなんだよ」
「ふうん、戦国で言うお家みたいなものにござりまするね」
「政宗はすでに自分の連合を持っている、謙信には新しく連合を作ってもらいたい。
その連合の連合員にはうちで手配した者が入るから」
確か私には政宗殿の対抗馬になってもらいたい、甘粕殿はそう言っておられた…。
「しかし甘粕殿、こんな初心者が政宗殿の対抗馬で良いのでござりまするか?」
「初心者の集団がどんどん強くなっていって、最終的に政宗の連合に勝つ…。
つまり最強の連合を倒して天下を統一する、そういう筋書きだ」
「政宗殿の連合は最強なのでござりまするね…わかり申した、やってみまする」
片付けの終わった政宗殿が戻ったところで、新しく連合を作る手続きを取り、
やはり二人からあれこれ教わりながら、手続きを進めて行った。
「連合への加入は認証制にしてくれ、ここを『OFF』…無効にする」
「…御意。して甘粕殿に政宗殿、連合の名も要求しておりまする」
「そこは政宗の連合に合わせたいから、こっちで命名させて欲しい」
「御意、政宗殿の連合はなんと申すのでござりまするか?」
「うちは『MANIA CLUB』だよ。ほら、『ホストクラブ上杉』て少数の熱心な人向けじゃん?」
政宗殿は甘粕殿をちらりと見ながら言った。
そんな甘粕殿は親指の爪を噛みながら、連合作成の画面をじっと睨んでいた。
「ホストクラブ上杉」で、売れっ子筆頭だった政宗殿は、
長めの明るい髪がぺさんにもらった少女向けの絵物語のようで、華やかな美しさがある。
しかしこの甘粕殿だって、少しも彼に見劣りはしない。
ゆるく波打った黒い髪に、服の上からでもわかる立派な筋肉はどうだ。
夜の世界で身につけた色気は、むしろ彼の方が勝っていると言えよう。
たぶん甘粕殿もまた相当の売れっ子だったのだろう。
「そうだなあ…うーん、『クラブLOVELY』…どうだ?」
「…いっすね甘粕さん、なんか水商売ぽくて。水商売対決か…うん! 見映えする!」
「『くらぶらぶりー』…何と言う意味にござりまするか?」
「『クラブ』は同じ趣味の人の集まり、それか従業員が接待する飲み屋だな。
で、『LOVELY』は『可愛い』、『素敵』って意味の英語」
甘粕殿と政宗殿の二人は、どこかに連絡を取っているらしく、
話しながらも薄型電脳小箱をいじる手を、忙しそうに動かしていた。
私の方の手続きも済み、連合「クラブLOVELY」は立ち上がった。
するとそれを待ちかねていたかのように、私の端末に「加入申請」が続々と届き始めた。
「うちで手配した者らだ、全員了承してくれ」
甘粕殿がそう言うので了承すると、連合に連合員が加わった。
ところが、その全員が私と同じ初心者だった。
「なんと、皆初心者ではござりませぬか…これは一体?」




