第20話 新婚旅行
第20話 新婚旅行
義だの何だのきれいごとを言って、安請け合いをして戦に出る。
家臣らに見返りなき労働を求め、その結果不満を募らせた者らに離反される。
そうして背いた者が戻って来ると、簡単に復帰を許してしまう。
それが次の離反を呼んでしまう…。
前の世の私は他の国の大名らの目に、さぞ無能に見えた事だろう。
頼めば嫌とは言わない、利用しやすい男に思えた事だろう。
「誰彼なく拾ってくる人だった初代の頃は、そういう揉め事もあったみたいだが、
武田さんの代からはないね…うちは歴史が浅いし、規模も大きくないから」
ぺさんはふふと笑って、分厚い綴りをぱたりと閉じた。
「まあ、とにかくこのはがきに書かれた人物を雇ってはならないし、
取引もしてはならない、もちろん私的にも交流を持ってはならない。
…在籍していた組が追跡している事もある、状況によってはうちで始末する事もある」
「始末…」
「狭い世界だ、敵対し合っているだけが極道じゃないのさ。
さ、早く終わらせて帰ろうか謙信…今夜は何食べたい?」
安田殿の送迎で三人、他愛も無いおしゃべりを楽しみ、
途中で「スーパー」なる、巨大商店で買い物に寄って家路につき、
庭を掃除してから断酒の集まりに出かける。
帰って来ると、ぺさんが美味しい夕食を用意して待っていてくれる。
不識庵謙信など、気分屋の飲んだくれにはなんと過ぎた幸せよ…。
「ぺさん、この世の食べ物は何でも美味しゅうござりまするね。
こないだのすき焼きも、洋風の焼き鮭も、この春巻なる揚げ物も…。
それもみんなぺさんが料理上手だからでしょうね」
前の世では食事を慎んでいた上、酒浸りになってからはほとんど食べられなかったが、
この世に来てからは、酒の代わりに食事が毎日の楽しみになっていた。
南蛮や大陸から伝わった料理など、変わった物が多く、
どれも目新しくて、この上ない美味だった。
この世は食べ物も豊か、技術の進んだ便利な世だから何でも揃う。
これを浄土と言わずして何と言うのだろう。
「…母がね、とても料理の得意な人だったのさ。
行事ごとの料理を作るのも姐の役目だから、娘の私もずいぶん手伝ったよ」
「あ、まさかあの宴の料理も…?」
ぺさんは笑顔で返してくれた。
「さすがに宴会の時は、構成員の妻たちに手伝ってもらってなんだが…」
「すごい…! ぺさんはまこと凄うござりまする!」
私は食卓の上に身を乗り出して、ぺさんの手を取った。
この人を日の本一の妻と言わずして何と言うのだろう。
「そう言ってもらえると作った甲斐もあったよ…あ、そうだ謙信」
食卓の上で手を握り合ったまま、ぺさんが不意に何かを思い出した。
「はい?」
「私たち、まだ新婚旅行もしていないよな? 今度行かないか?
謙信も組に入って一段落したところだし」
「『新婚旅行』? ぺさん、それはどういった旅にござりまするか?」
ぺさんは薄型電脳小箱を取り出し、画面を呼び出して私に見せてくれた。
萌黄に近いほどの、恐ろしく明るい青の海を背景にした夫婦の画像だった。
「謙信…『新婚旅行』とは祝言をあげた夫婦が、その記念と夫婦の親睦を深めるため、
物見遊山の旅に出かけるという、この世の習慣なのだ」
「それがこの背景の海にござりまするね」
「いや…別に外国の海だけとは限らず、山でも近場でもどこでもいいのさ。
実は行き先については、ひとつ行きたいところがあるんだ」
「御意…私はこの世の地理には疎うござりまするゆえ、ぺさんの心のままに。
でもそれは一体どこにござりまするか? やはり海にござりまするか?」
私が訊ねると、ぺさんはまた小箱の画面を呼び出した。
そこには熟年の美しい男性が映っていた。
「この人…見た目こそ男なのだが、身体の内側は女なのだ。
お前のいた世でいう『ふたなり』に相当する」
ふたなりの者はあの世にもあった、聖職や占い師に多かったと思う。
「義理ではあるが、私の祖母に当たる人なのさ。
祖母には今も何かと可愛がってもらっている、この祖母の住む台湾を謙信と訪れたい。
結婚式には一番に呼びたい人だったが、なにしろ祖母は仕事が忙しい。
私が遅い結婚をした事を、謙信という夫がある事を、祖母に報告したい」
「ぺさん…!」
私は畳の上をにじり寄って、ぺさんの隣へ移動した。
そして彼女の肩をしっかりと抱いた。
「参りましょう! ぺさん、それはぜひ参りましょう!」
「本当に? 良いのか?」
「もちろんにござりまする…して、台湾とは?」
「あ、そうか…台湾は琉球の先にある島だ、言語や文化は明国に近いと思う。
祖母は私や母と同じで、日本生まれの日本育ちだが、台湾人の血が入っているし、
台湾の家と仕事を継いだから…」
ぺさんの楽しそうなおしゃべりを聞きながら、私もおかしくてつい笑顔になってしまった。
琉球はうんと南の国だ、さらにその先となるともっと南方。
しかも島と言う…新婚旅行の行き先はやっぱり背景の海じゃないか。
可愛いな、妻とはなんと楽しい生き物である事よ…。
台湾にも射撃の出来る場所があるとの事で、私たちの新婚旅行は研修の一環とされた。
薩摩から夜間に出航する、知り合いの貨物船で台湾へと渡る。
私たちは暴力団関係者だからと、ぺさんが教えてくれた。
南へ下るごとに空気が熱く湿ってゆくのを、船の上で感じた。
台湾に着くと港には迎えが来ており、私たちを待っていてくれた。
黒塗りの大層長い車を背景に、男たちが並んでいた。
その頭らしき赤い肌の熟年男性が私たちを見つけ、同じ年頃の太った男と共に歩み出てきた。
「ソンシル…!」
男はぺさんの「成実」を「ソンシル」と、朝鮮半島の読み方で発音した。
ぺさんの祖母だ、本当に外見は男そのものだ。
この美しい男が身体の内側に女を秘めているとは、まこと不思議なものよ。
「おばあさま、おじいさま」
「よく来てくれたね、ずっと会いたかったよ…」
ぺさんとその祖父母は抱き合って、お互いに再会を喜び合った。
そしてぺさんの祖母は私に目をやった。
「この方がソンシルのだんなさんだね…私はソンシルの祖母で吉富直政、
結婚式には仕事で行けなくて本当に申し訳なかった」
「いいえ…私は上杉謙信と申しまする、こちらこそお目にかかれて嬉しゅうござりまする」
するとぺさんの祖父にあたる太った男が、目をむいて大層驚いていた。
「上杉謙信…!」




