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第18話 上杉会の上杉謙信

第18話 上杉会の上杉謙信


前の世にあった私は戦に出る一方で、「源氏物語」などの恋物語を好み、

恋の歌をよく詠んだものだった。

戦国の世でそれは雅であると、教養とされていたが、

私にはこの世の「コンビニ」なる商店で、厠に並んでいる時にちらりと見て慌てて閉じた、

「エロ本」や「官能小説」とまるきり同じ存在であった。


酒浸りの結果、用を成さなくなった今とは違い、

若かった頃は、生涯不犯の誓いと欲望の狭間でずいぶん悩みもした。

まだ健康だった男の肉体が、子種を作らぬ訳がない。

どこかで処理をして、折り合いをつけねばならない。


私はそれを少年に求めた。

女のような少年ばかりを選び、恋人や夫婦のように連れ添う女のごとく侍らせ、

女の肌を思いながら少年を抱いて寝た。

しかし少年は少年、女にはなり得ず、ただ違いだけが際立つだけだった。

決して発散される事のない欲望は凝り固まる。

私は色恋に背を向けながら、誰よりも女との愛を思い、恋に恋をした。


「…ぺさん、私たちは似たもの同士なのでござりまするね。

この結婚もきっと、天からの贈り物なのでござりまするね…そう思いまする」


私たちは座敷に咲いた衣の花の中、ずっと固いままほころばぬ、ひとつの蕾だった。

白い上杉の花びらの内側で、若い雄しべと雌しべのように身を縮め寄せ合っていた。

同じ夢を見ながら、同じ幸せを分かち合いながら。



正月も過ぎて落ち着きを取り戻した1月のある日だった。

かねてから予定されていた、私の上杉会入門の盃事が会社の広間で行われた。

ぺさんが今どきの盃事は経費削減のため、盃事の儀式は簡単に執り行い、

かつ複数をまとめると教えてくれた。

当然私の盃事も他の盃事と一緒だった。


「あれ…政宗殿ではござらぬか」


紋付羽織袴の正装姿の者らが集まる中、私は政宗殿を見つけた。

彼も正装しており、初めて見る和服姿だった。


「謙信…こうして見ると本当に『上杉謙信』だ」

「政宗殿も祝いに来てくださったのでござりまするか…これはうれしい事」

「あ、いや…そうじゃなくてね…」


すると、ぺさんが私の腕を取った。


「政宗も入門だ、今日の盃事で謙信の子になる。

政宗はホストしながらの準構成員だったがキャリアはある、幹部候補生としての入会だ。

年末でホスト引退して経営に回ると、甘粕から聞かなかったか?」

「あ…そういや」

「よろしくな謙信…いや、謙信は俺より上になるから、『おやじさん』か」


政宗殿は照れくさそうに笑った。


「今まで通り『謙信』で構いませぬ、政宗殿」

「んじゃ謙信…でもなんで謙信は『上杉謙信』なんて名前なんだ?

戦国武将の上杉謙信と同姓同名とか…」


そうか、政宗殿は甘粕殿とは違って組の外にいたから、

私の「上杉謙信」の由来を知らないのだ。


「私は僧形で酔いつぶれて、路上に倒れ込んでいたので、

運ばれた病院の者らが私に、『上杉謙信』と適当に命名したのです」

「え…それって悪徳病院では? 福祉の金目当ての」

「良いのですよ政宗殿。『上杉謙信』という名だからこそ、ぺさんとも出会えた。

甘粕殿や政宗殿とも…私は『上杉謙信』、それで良うござりまする」


刻限がやって来て、盃事の儀式が間もなく始まる。

集まった皆は左右に別れ、畳の上に整列して座った。

部屋の壁にぐるりと張られた「寿」の文字や、いろんな人の名前の筆文字は、

やはり経費削減との事で、正月にぺさんと私で書いたものだった。

「寿」の書き方は独特で、これはぺさんが担当した。


「しっかし謙信は習字上手いな…張り出してある名前は謙信が書いたらしいじゃないか」


宇佐美殿が部屋をぐるりと見回した。

山本殿もうんうんうなずいていた。


「まるでヤクザになるために生まれて来た男だな」

「私も病院から聞かされて驚いたよ」


信玄殿もふふと笑っていた。


「上杉謙信も達筆だったって言うが…。

謙信のやつ、マジで上杉謙信の生まれ変わりなんじゃねえの?」


甘粕殿が私を横目でちらりと見た。

生まれ変わりか…そうだったらよかったなと思う。

こんな酒浸りの不能な坊主などではなく、まっさらな自分でやり直したかった…。


私の盃事はまず、信玄殿が父、私が子として、親子の盃を酌み交わす事から始まった。

ぺさんとはすでに祝言で夫婦の盃を交わしているので、これは省略された。

それから私を親とし、上杉会の皆を子とした盃事、

私の子になった者たち同士の兄弟盃、私を新会長とする盃事が執り行われた。

盃の中身は酒ではなく、酒に似せた「ノンアルコール」の酔わない飲み物だった。

手配の折、ぺさんが他にも飲めない人がいるからと教えてくれた。


儀式が終わると、皆はおめでとうと声をかけてくれた。


「上杉会の新会長は上杉謙信か…楽しみだな、武田さん。

これで名実ともに上杉の家だ」


客人の中には上杉会の上部組織にあたる組の者らもおり、

解散の折、信玄殿と話をしていた。


「謙信のおかげで私らも面子が立ちます。

他の組から、上杉のくせにトップが武田だの、組員の給料が塩で支払われているだの、

研修は絶対川中島だろだの、散々に笑われて来ましたから…」

「今度は敵に塩を送る義と、川中島の武勇を聞かせて欲しいね。

…期待しているよ、武田さん」

「は…」


前に断酒の集まりで会った島津殿は、上杉の家を憧れる者のいる武闘派と言ったが、

それは果たして本当なのだろうか。

だって今もこうして上からひそかに嘲笑されている。

本当は武闘派どころか、すごく弱い家なのではないだろうか。

そんな上杉の家の会長に、上杉謙信などと言う名の男を据えて、

余計に笑われやしないだろうか…。


「いや、笑われるだろ」


儀式の後は宴が催され、そこで山本殿に話すと彼は笑った。


「ええー、まことにござりまするか…?」

「大笑いも大笑い、武田さんの時以上の大爆笑だ!」

「そんなあ」

「…でもな、謙信」

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