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第16話 股肱の家臣

第16話 股肱の家臣


「リチウムはね、気分の波を抑えて何も無い状態に戻す薬だから、

その効果は地味だし、いまいち実感しにくいんですよ…でもね、上杉さん。

長い間飲み続けていくと、ちょっとしたところで効果を実感すると思います」

「へえ…?」

「『そういえば』…みたいな感じですかね」


それから私と医師は飲んでいないかなど、お酒の話をして処方箋を書いてもらった。

会計でまた「上杉謙信さん」と呼び出されて、他の患者らに笑われ、

薬局で薬を受け取ると、私は安田殿の送迎で一旦家に帰った。

家にはぺさんが昼食の用意をして、食卓に出しておいてくれていた。

握り飯と、容器のついた即席のうどんだった。

私と安田殿の二人分ある。


この世には車を筆頭に、便利な物があふれている。

病院には医療設備も薬も豊富だし、熱い湯を熱いまま保存だってして置ける。

ぺさんより習った、「湯沸かしポット」なる湯桶の使い方の通りに、

即席のうどんに出汁の素と具をあけ、湯を注いで待つ。

この世でいう「5分」ほどで、おいしいうどんが出来上がった。


…このうどんのような、即席の食料を大量に春日山城に備蓄しておけば、

兵糧攻めに遭っても、きっと耐えきれるだろう。

まずうどんそのものに味がついている、そのままだって十分においしく食べられる。

容器の原材料名に「味付き油揚げ麺」とあるから、一度揚げてあるのだ。

揚げた麺はお湯で戻せる…ああ、あの世の家臣らに教えてあげたい。


食卓で安田殿と向かい合って食事を済ませると、甘粕殿の家へと向かった。


「謙信、甘粕の兄さん刺されたって、大丈夫かなあ…」


安田殿は昨夜いなかったから、甘粕殿がけろりとしている事を知らない。


「傷は浅うござりまする故、大丈夫にござりまする…けろりとしておりましたぞ」

「てか…謙信は昨日一緒だったなら、甘粕の兄さんに誘われなかったか?

ほら、甘粕の兄さんてそっちの人じゃん? 俺も前に誘われてマジ困ったよ」


甘粕殿の自宅は家から近くの集合住宅で、わざわざ車を使うほどの距離ではなかった。

ぺさんより聞いた部屋の前で、預かった鍵を使って中に入ろうとした。

ところが鍵は開いており、中に人がいる様子だった。


「あれ? 甘粕の兄さんて一人暮らしじゃなかったっけ? 誰かと同棲してたっけな…」

「こんにちはあ、謙信にござりまする…」


私は安田殿を外に待たせ、声をかけて中に入ったが、

居間らしき部屋は灯りが点いていたものの、誰もいなかった。

寝室となっている奥の部屋をそっと覗くと、寝台に男がいた。

甘粕殿より少し下くらいの、この世の者らしく美しい男だった。

…男は昨日会った政宗殿だった。


政宗殿は寝台にうつぶせて寝そべり、上衣をはだけさせて胸を探り、

ズボンなる袴もずり下げて尻を露にして突き出し、片手で脚の間を弄んでいた。

彼は一人でしているのだ、その喉から甘い声が時折漏れ出る。

前の世の私だったら、これも夢のような光景だったであろう。


「…あ、謙信…上杉さんか、来てたんだ…」


彼は私に気が付いて、続けながらふっと微笑んだ。


「謙信で構いませぬ」

「見たよね、俺が甘粕さんを思ってしてる事…ずっと好きなんだ。

でも甘粕さんは謙信が好きみたい、手伝ってよ謙信、ねえ…」

「えっ…」

「甘粕さんの思う人…俺も触れてみたい、触れられてみたいから」


政宗殿は目の端に涙を浮かべていた。

なんともいじらしい恋心ではないか…。


「私はそなたに触れはせぬ」

「どうして…」


私は近づくと政宗殿を表にひっくり返し、脚を割って立てた膝に手を置いた。

そうしてじっと脚の間を見つめた。


「でもじっと見届けてさしあげよう、そなたの恥ずかしい姿を、行いを」

「本当? こんな、恥ずかしい俺を見ててくれるの…?」

「売れっ子筆頭がまこと見苦しい姿よの、政宗殿…」


政宗殿の恥ずかしい姿が、私には眩しく見えた。

私もぺさんを思って、政宗殿のように見苦しくなれる…?

見苦しい姿を晒す事を厭わぬほど、ぺさんを燃えて愛せるだろうか。


「こんなところを甘粕さんに見られたら、俺…」

「こんな事をしておいてか? さあ政宗殿、申してみよ…そなたが何をしているか。

そなたの脚の間がどうなっているか」


結局見舞いには、政宗殿も加えた三人で行くことになった。

政宗殿が偶然いてくれたおかげで、必要な物がわかって助かった。

安田殿はぺさんに入院費の支払いを頼まれていると、入口で別れた。


「なんで政宗までいる訳? お前帰ったんじゃねえの?」


甘粕殿は政宗殿がいる事に大層驚いていた。


「政宗殿とは偶然にござりまする」

「どうせ俺のマンションだろ、政宗には合鍵渡してあるし。

政宗の事だから、俺のベッドをおかずにあれこれ想像して一人でしてるに決まってる」


それがあまりにも図星だったので、政宗殿はびくりとした。


「図星かよ」

「あれ? 甘粕殿と政宗殿はそういう関係にござりまするか?」

「まさか、俺なんかただの遊びすよ…あ、ちょっとトイレ」


政宗殿は真っ赤になって否定し、ぱたぱたと部屋を出て行ってしまった。


「頬など染めて…甘粕殿も政宗殿は可愛らしゅうござりましょうな」

「確かに政宗は抱いて愛でるには可愛い、でもな謙信…俺が仕えたいのはお前だ」


甘粕殿は笑っていたが、急に表情を硬くした。


「昨日のお前にはびっくりした、そして惚れた。

お前の言う衆道とは違う、極道としてお前に惚れた」

「そんな、私など…」

「…こんなすごい人が俺の親分になるんだ、そう思うととても嬉しかった。

お前が会長に就任したら、俺を手足のように使ってくれ。

俺はきっと命を懸けて仕えるから、俺の残りの人生を全て謙信のために生きるから」


そう言って、彼は照れくさそうにふとんの中から手を差し出した。

私は恐る恐る手を伸ばし、彼の手を怖々と握った。


「甘粕殿、嬉しいのは私の方こそにござりまする…」


あの世の私は気に入らない事があると、家臣らに当たり散らしたりして、

人望がないどころか、正直嫌われ者ですらあった。

この世の「上杉謙信」にはほど遠く、離反者の多いだめな領主だった。

そんな私にここまで言ってくれるとは、嬉しくない訳がない。

…大事にしたい。


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