第13話 ホストクラブ上杉
第13話 ホストクラブ上杉
「それでは甘粕殿、私は…」
「マジになるなよ謙信、俺がちょっと嫉妬しただけ。
謙信の会長就任は山本さんが言い出した事だし、
階級を飛ばして会長になれと言われても、俺だって困る…嬉しくは思うけどな」
甘粕殿は前を向きながら、ぷぷと吹き出した。
「上杉の家はそんなに大きな組織じゃない、だから皆それぞれが仕事を持っている。
山本さんは健康食品の販売だし、俺はホストクラブ始め娯楽関係やってるし」
「甘粕殿、『ホストクラブ』とは何にござりまするか?」
「男の従業員が接客する飲み屋…俺らは『ホストクラブ上杉』て呼んでるけど」
「ホストクラブ上杉」…何となく想像はついた。
「それは上杉謙信の春日山城にござりまするな…」
春日山城にあった頃の私は、女の代わりに多くの稚児を側に置いた。
…酒浸りで出来もしないのに。
女の代わりだったから、当然なよなよと女のような稚児を好んで侍らせた。
「ホストクラブ」とはあの頃の私を指す状態なのだろう。
「上杉謙信はホモって言われてるぞ…」
「ホモとは何にござりまするか、甘粕殿」
「戦国で言う衆道だな」
「ああ、衆道か…」
衆道はあの世の武将のたしなみだった。
私もたしなみはあったが、今は…。
「ちょっと寄り道するか」
信号待ちで車が停まると、甘粕殿は私に視線を流してまた車を走らせた。
いつもとは違う出口から高い道路を降りて行く。
「甘粕殿、ぺさんが心配いたしまする」
「そんなの俺が怒られとく」
甘粕殿は声を立てて笑った。
「ホストクラブ上杉」を経営しているだけあって、彼には色気がある。
これは夜の商売ならではのものだろう。
ゆるく波打った黒髪も長目にしてあるし、崩したスーツ姿も様になっている。
あの世の甘粕も彼を見習って欲しいところだ。
「姐さんはくそ真面目な人だから、あまりこういうところには行かないと思うんだよ」
甘粕殿が連れて行ってくれた先は、とても明るく賑やかなところだった。
彼はこの場所をゲームセンター、略してゲーセンと教えてくれた。
「遊ぼうぜ謙信、何がいい?」
「そう言われても…何を選んだら良いか見当がつきませぬ」
「んじゃ、謙信は何が好きなんだ? 『上杉謙信』だからやっぱり合戦か?」
「合戦は…まあ戦う事は嫌いではござりませぬ」
甘粕殿は店内を見回し、大型の台の前に私を連れて行った。
「初めてなら簡単なのがいいな…これとかどうだ?
二人で協力して、敵を撃って倒すゲーム…つまり遊びだ」
「面白そうにござりまするね…!」
私たちは台に付属の長椅子に隣り合って座り、甘粕殿に操作方法をあれこれ教わった。
遊びでも戦となると、やはり心が弾む。
この世の戦ごっこは敵も宇宙の妖怪と変わっているが、
音楽もあるし、操作を行うと画面の中を移動も出来るし、
弾も発射されて、敵を攻撃する事も出来る。
私はすっかりこの遊びに夢中になり、後ろに順番待ちの者がいないのを良い事に、
もう一度、もう一度と甘粕殿に何度もせがんでしまった。
「謙信、お前絶対ゲームの素質あるだろ。
さっきのゲームだって、やってる間にもめきめき上手くなっていく」
ゲーセンなるところで遊んだ後、甘粕殿は私を食事に連れて行ってくれた。
「ファミレス」なる、珍しい献立のたくさんある食堂で、
どうやら家族向けの店らしく、子供の姿もあった。
甘粕殿はカレーライスなる辛味汁かけ飯を頼み、私はパスタなる南蛮風の麺料理を頼んだ。
「ゲームと申しますか、このような戦ごっこは子供の頃にもいたしました故…。
当時は家庭の事情で、寺に預けられていたのですが、
城の模型を使った戦ごっこに夢中になり過ぎて、実家に帰されてしまいました」
「ああ、つまり謙信はゲーマーて事ね…なら話は早い。
俺は今、『ホストクラブ上杉』の他に、ソーシャルゲームの仕事も任されていてね…」
「ソーシャルゲーム…甘粕殿、それは一体何にござりまするか」
甘粕殿は上着の物入れ袋から、薄型電脳小箱を取り出し、
それをいじって画面を呼び出し私に見せてくれた。
「スマートフォンを使ったゲームの事だ。
このゲーム内にガチャというくじ引きがあるんだけど、これが儲かる」
「ふうん…?」
「上杉会ではゲームの制作や運営など、実際の仕事を業者に頼んで、
俺と部下がその管理をしているんだけど、謙信に頼みたい事があるのさ…」
すると、机の上の薄型電脳小箱の画面が突然切り替わった。
「着信中」、「姐さん」とあった。
「おっと、電話だ…もしもし?」
甘粕殿が電話に出ると、「何やってる甘粕!」という叱声が聞こえ、彼はひょっと肩をすくめた。
電話はぺさんからだった。
「ごめん姐さん、謙信は俺と一緒す…今、メシ食ってます。
あ、はい…はい、俺も車ですから…謙信、姐さんから」
食事を続ける私に、甘粕殿は薄型電脳小箱を差し出した。
「もしもし、謙信にござりまする」
私は前にぺさんに教わった通り、小箱に話しかけてみた。
すると、ぺさんの声が聞こえてきた。
「謙信か、心配したぞ…遅くなるなら電話してくれれば良いのに」
「申し訳ござりませぬ、ぺさん」
「甘粕と食事らしいが、酒は飲んでいないだろうな?」
「それはもちろんにござりまする」
「甘粕にはあまり変な事を謙信に教えてくれるな、酒は飲ませるなと言ってあるが…。
まあ…あまり遅くはなるな、もう一度甘粕に代わってくれないか」
私はスマホなる小箱を甘粕殿に返した。
彼はぺさんとまだ話があるようだった。
「…姐さん、俺これから謙信を『ホストクラブ上杉』に連れて行きますけど、いいすか?
このついでに俺の仕事も見せておきたいす…それと姐さん、謙信て一体どういう人すか?
謙信はあまりにも物を知らなさ過ぎます。はい…日の変わる前には家まで送り届けますから」
甘粕殿は電話を終えると、私に言った。
「謙信、メシ食ったら『ホストクラブ上杉』に行くぞ」