表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/59

第12話 毘沙門天

第12話 毘沙門天


毘沙門天…正確にはぺさんの背中を抱くように、毘沙門天の刺青が大きく彫られてあった。

刺青とは言え、何とも精密で色鮮やかな毘沙門天なのだろう。

思えばぺさんの裸を見るのは初めてだ。

手足が長いからとても優美な上、白い肌に刺青が良く映える。

美しい人は裸にしても美しい、これが私の妻か。

私が間近で覗いているのに気付かないのか、ぺさんは指を動かしつづけていた。


ぺさんの指は動く。

乳房から乳首を通って、腹を走り、腰から太腿へ、太腿から内股へと。

彼女はひとりでしているのだ…それも私を思って。

ぺさんの目が動く。

私に視線を流して微笑み、「おいで」と誘う。

私の方が恥ずかしくなって、もじもじしてしまった。


「構わんよ、夫婦なんだから…」

「…きれいな刺青だね、これは驚いた」


衣を脱いで、洗い場で湯に濡れた毘沙門天にそうっと触れてみる。


「私も一応はヤクザの女だからね…この毘沙門天の図柄は両親と同じものだ。

昔は父と母が揃いで入れていたのだよ」

「ご両親が?」

「うちは『上杉』だからな…それよりも」


ぺさんは私の手を取り、その手を脚の間に導いた。


「触って欲しい、あとちょっとだったところを邪魔されてしまった。

責任をとってくれないか、謙信よ…」


妻とは何と大胆な生き物である事よ…。

私は洗い場にぺさんを寝かせると、膝を開いて脚の間に顔を埋めた。

私の指が動く、舌が走る。



その秋の終わり、私たちは結婚式なる祝言をあげた。

式場は上杉の会社の広間だった。

私もぺさんももう若くはなく、大げさにはするほどでもなかったので、

会社の広間で身内だけの簡単な式とした。

それは借り物やお下がりの婚礼衣装に身を包み、皆の前で盃を交わす程度のものだった。

私は飲酒を禁じられているので、ぺさんが気を遣って盃の中身を桜湯にしてくれた。

ぺさんはこの式を感謝の形として、信玄殿に見せたいと言っていた。

信玄殿が彼女に結婚をすすめてくださったのが始まりだから…。


私たちはすでにお上に届け出を提出して、お上の認める正式な夫婦だったが、

この式で上杉家中の者らに祝われ、社会的にも夫婦となった。


「お嬢様がこうしてご結婚されて、しかもそれが幸せなもので…本当に嬉しいよ。

無理を申してでもおすすめしてよかった…」


信玄殿は嬉しさに涙を流していた。


「武田さん、私も武田さんにはとても感謝している。

今日の式は武田さんに感謝の気持ちを見せたかったから…本当にありがとう」


ぺさんもまた、信玄殿の皺だらけの手を握って涙を浮かべた。


「お嬢もこうして無事結婚された事だし、お嬢の次はもちろん婿殿の謙信だろうね?」


山本殿が目に笑みを含ませて、私たちを冷やかした。


「山本…!」

「極道は男の世界、女の身では出来る事に限りもある。

武田さんもそれをわかってお嬢に結婚をすすめたはずだ。

誰かお嬢に代わって、表向きの事をしてくれる婿殿をと。

俺ら上杉の全員で謙信を支える、いつか謙信を俺ら上杉の顔にしてみせる」

「やろうぜ山本さん、俺らで謙信を『上杉謙信』にしようぜ…!」


宇佐美殿が山本殿にふっくらと丸っこい手を差し出した。

山本殿が嬉しく手を重ねると、そこへ先の尖った手が重なった。


「甘粕殿!」

「俺もやりますよ…『上杉謙信』、面白い」

「俺も大賛成す! 上杉会の会長が上杉謙信とか、マジかっこ良くね?」


安田殿も手を上に重ねた。

すると、みんなも次々と手を重ね置いていった。

最後に信玄殿が一番上に手を重ねて言った。


「私の代で上杉の家はだいぶ笑われてしまった…『上杉』なのにトップが『武田』だの、

構成員の給料が塩で支払われているだの、研修は絶対川中島だろだの…。

しかし今の上杉には謙信がいる、今こそ笑われ続けた成果を見せる時…!」


上杉の皆は声をあげ、一致団結した。

いかつい男ばかりの家中に、私はあの世…戦国を思った。

…私のいた上杉の家にも、こういう団結があればよかったのに。

私には家臣の統率力がなく、団結どころか家臣には何度も離反されていた。

それから皆はぺさんに私の盃事を早くしてくれと催促した。


「心配するな、年明けには行うよう手配をすすめている」


ぺさんの言葉通り、私の上杉会入門の盃事は年明けと決まり、

私はそれに向けて練習を始めた。

練習は会社の広間を使い、宇佐美殿と時折ではあるが信玄殿が見てくれた。


「ふうん…多少違うけど、謙信はこういう儀式事も慣れているんだな」


ある日、練習を見る宇佐美殿が私の所作に感心していた。


「前にいたところでも儀式は多うござりました故…」

「えっ、そうなんだ? やっぱ僧侶だったから?

武田さんが謙信は僧侶だったらしいって言ってたけど」

「僧籍はありましたが、私はずっと城におりましたので…儀式は出陣の折やら何やらと」

「城! 出陣!」


宇佐美殿は出っ張った腹を抱えて大笑いした。

そうか…宇佐美殿には戦国の事など話しても、信じてはもらえないのだったか。


「それは頼もしいな、さすが『上杉謙信』だ…!」


私は返事にも困って、言葉を濁すだけだった。

何しろ「上杉謙信」はこの世の英雄だ、それがまさか不識庵謙信など、

こんな何の取り柄もない、だめなばかりの小男だとは…口が裂けても言えぬ。


その日の帰りは安田殿が仕事で不在にしており、甘粕殿の送迎だった。

ちょうど方向が同じだと言う。


「…謙信は大出世だな、いきなり会長かよ」


甘粕殿は高い橋のようになった道路を、飛ばしながらぼやいた。


「えっ…」

「普通は下積みから始めるもんなんだよ、刑務所にも何度か入って、

そうやって幹部になって、次の頭である若頭になって組長や会長になるんだよ」

「次の頭、若頭とはそういう意味が…!」


それはまずい、上杉の家中には山本殿という若頭がいる。

本来ならば彼が次の会長だったのだ。

つまり私は山本殿の昇進を阻んでしまった…!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ