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第10話 義でつながる家

第10話 義でつながる家


上杉に助けられた者…そういやぺさんは前にそのような事を言っていたな。


「さらわれた先…売春組織の事務所で、事務員として働かされていたのだが、

そこを上杉の父と母が見つけて助けてくれたのさ」

「へえ…そうでござりましたか」

「母もかつて私と同じ身の上だったからだろう、私を娘にまでしてくれたのさ。

上杉の父と母にはずいぶん可愛がってもらった、だから私も…」


ぺさんは隣に座る私の手をそっと握った。


「今度は私の番だ…私は謙信を婿に迎えた、必ず大事にする。

上杉の両親が私に注いでくれた愛情を、今度は私が謙信に注ぎたい」

「ぺさん…謙信はとても嬉しゅうござりまする。

でも私は誰に愛情を注げば良いのでござりまするか? ぺさん以外に考えられませぬ…」


すると、ぺさんも安田殿も声を立てて笑った。


「…ずばり俺だな。俺と、甘粕さんと、宇佐美さん、山本さんだろ、武田のおやじさんに、

それからもちろん姐さんも…まあ俺ら上杉のみんなだね」

「安田の言う事が正解だな、上杉の皆が私たちの子だから…」

「それ、わかりまする…私のいた上杉の家も子は皆、養子にござりましたから」


私は前の世で独り身どころか、生涯不犯を通してきた。

当然子はいない。

そして私自身もまた養子だった。


「上杉の家は…やくざになる者は、家族に恵まれなかった者が多い。

そういった者らが集まって、家を作り、家族になっていくのだよ。

血のつながりではなく、絆や義でつながる家族…」

「…ぺさん、それもわかりまする」


私のいた戦国の、上杉の家もまたそうだったから。

家に戻って掃除に庭へ出ると、ちょうど一番美しい時間だった。

庭石やら池やら、あちこちが光を反射して燦然と輝いている。

ぺさんは皆でこの庭を造ったと言った。

…ここが私の家、皆が私の家族。

私はなんだかこの上杉の家がとても好きになった…。


夜、断酒のための集まりから帰って来ると、ぺさんは座敷の仏壇に手を合わせていた。


「あ、お帰り謙信」

「ぺさん、この仏壇はご両親の…?」


私もぺさんの隣に座り、手を合わせた。


「両親と初代…母の前の夫だな、母とはずいぶん歳が離れていたから、

亡くなる前、父に母を託したのだよ」


仏壇には写真なる、この世の精巧な似顔絵が飾ってあった。

後ろに流した白髪頭のがっちりした熟年の男性が初代、

頬に傷跡のある、太った初老の男性がお父上、

長い前髪をふわりとかきあげている、ぺさんと同年代の男性のような女性がお母上か…。


「母はずっと人身売買組織に囚われていた遊女で、

そこから自由になるため、上杉の初代が母を男にしたんだけど、

そのために少しだけ身体をいじっていてね、それが元で早くに亡くなってしまった」

「…ペさんも遊女にござりましたか? だってぺさんはとても美しい」


私は畳の上に流れるぺさんの手に、自分の手を重ねた。

ぺさんはふふと笑った。


「いや…最初は私も売られそうになったけれど、買い手がつかなかったのさ。

私はその当時すでに二十歳を超えた年増だったし。

運良く朝鮮半島の言葉を使えたので、通訳を兼ねた事務員に回されたよ」

「どうして今までずっと、独り身を通して来られたのでござりまするか?

ぺさんほどのおなごならば、あまたの男から望まれたのでは…?」


ぺさんもよくぞこんな不識庵謙信などと、酒浸りの小男など選んだものよと、

その不釣り合いさを不思議に思って来た。

私はこれほどの女に思われる資格があるかと。


「謙信…女はどんなに美しくとも、学があってはならぬのだよ。

ましてや外国の血が混じるなど論外…」

「ぺさんは外国の血が混じっておられるのですか?」

「私も母も朝鮮半島の血が入っている。

『ぺさん』の『ぺ』とは、南北朝鮮人の苗字だ…衣の裾が長い様を表した、難しい漢字を書く。

私は仕事でこの国に渡り、この国に帰化した朝鮮人の子孫にあたる」

「へえ…私のいた世にもそういった者たちが大勢おりました。

私にとっての朝鮮半島は、文化も経済も政治も、何もかもが進んだところなのですが…」


そう不思議がる私の膝に、ぺさんは頭を乗せて横になった。

そして腕を伸ばして私の太い首に引っかけ、ぐっと引き寄せる。

唇で唇に触れ合い、彼女は笑みを含んだ目で私を見つめた。


「だめなのさ、ここじゃ『在日』って言って侮蔑の対象だ。

でも良かった、誰からも求められなくて、ずっと独りでいて…。

それはきっと、今こうして謙信と添うため…そうだろ?」

「まことに…」


私は嬉しくぺさんの髪を撫でた。

妻とはなんと愛おしい生き物よ…。

でも、今はもうその温もりが少し辛い。


「…謙信、お前のちょっと大きくなった?」

「ほんの少しにござりまする、まだまだ役には立ちませぬ」

「涼しい顔をするな、顔が赤い…ねえ、触らせてよ」

「だめにござりまする、こんな何の役にも立たぬ…謙信は恥ずかしゅうござりまする」


ぺさんは寝返りを打ち、顔を私の腹に向けた。

片手で腰を抱き、目を伏せる。


「愛してる人に触れたい、それの何がいけない…」


ベルトなる帯の、ズボンなる袴の金具を、ぺさんの白い指が解いてゆく。

役に立たなければ始まりはない、同時に終わりもない。

私は長い時間ぺさんの枕になっていた。



翌日は通院日だった。

ぺさんも安田殿も仕事があり、私一人での通院だった。

ぺさんがくれた絵物語に夢中になっていると、また「上杉謙信さん」を連呼され、

待ち合いの者らに激しく笑われてしまった。


一人での通院にあたり、ぺさんは私に「スマートフォン」なる、

薄型電脳小箱を持たせてくれ、その使い方を教えてくれた。

確かこれで調べものも出来ると言っていた…。

「上杉謙信」がそんなに笑われる名なのか気になり、帰りの昼飯時に私は調べてみた。

そして、その結果に私は目をむいた。


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