笑顔と優しさのオブリビア
俺は考える。
真昼で少し暇な学園の俺の自室で。
どうして、俺はこの世界に来たのだろう、と。
今まで、ちゃんと考える余裕もなかった。
ジェットコースターのように毎日が過ぎていき、急降下やターンを繰り返すが如く、想像もし得ないことが起こる。
最初の内は、気にする暇もなかったし、気が動転することも多かった。
でも今考えれば、楽しい思い出だ。
と言うより、元々こんな展開を望んでいたのかもしれない。
得るものを失って、手に入れようという気概のない者に、くだらないことを教えて。自分にも他人にも有意義なことなんてなかった。
でも、この世界に来て、全て変わった。現実にはあり得ないことの連続、俺をしっかりと必要としてくれる人、ここに来て退屈だったことなんて一切なかった。
ここに連れて来た存在、神様と言っていいのかも微妙だが、その存在には感謝の念しかない。
退屈だった日々を、見失っていた時を、全部返してくれた。
いや、生まれ変わらせてくれた。
そんな日々は今までも、これからも続くだろう。
「コンコン」
誰か来た。
「ガクト、そろそろ」
入って来たのはヴィーヌだ。
少し笑いながら、そう呟く。
「ああ、分かってるよ」
「かっこよく、お願いね」
「ああ、分かってる」
定型文のように続く会話も、何気ないアイコンタクトも、全てが楽しい。
さあ、そろそろ時間だ。
俺はヴィーヌに従い、部屋の扉を閉めて、外へ出た。
「えー、ごほん」
咳払いを一つ、大きな時計台の下で、オブリビアの住人が見守る中、俺は言葉を紡ぐ。
「えー、みんな、今日は集まってくれてありがとう」
「ガクトー!」
「あったりまえだろ!」
ガヤが俺を急かしてくる。思わず、失笑を隠せない。
「今日で、何日めかは正直分からないけど、この生活も慣れてきただろう。みんな、マリとはもう仲良いよな?」
「もちろん!」
「マリちゃん、愛してるー!」
「大好きだよー」
小さく見えるマリの顔はどこか照れ顔で、でも本当に楽しそうだった。
「俺やマリっていう、違う住人を受け入れてくれてありがとう。おかげさまで毎日楽しい」
「俺たちもだ!」
ルースが抜きん出た身長と大声でそう答える。
「唐突だが、一つ話をしたいと思う。大切な話だ。世界には平等に時間ってもんがある。時間っていう概念を感じる度合いによって、それの重さも長さも変わるが、一方通行で進むのは平等で変わらない。まあ、こんな堅苦しい話をするってのも、ただ生きてられるの時間があるってことを伝えたいだけなんだが……」
「どういうこと?」
「教えて、ガクト」
興味を持っている住人とロイがそう答える。急かすな、ふふふ。
「結局……結局、俺達にも限界があるってことだ。いつ強大な魔物に襲われた餌になるかもしれないし、重篤な病気になって動けなくなるかもしれないし、俺やマリは向こうの世界に帰らされるかもしれない。時間そのものは無限にあるけど、それを感じる人の感覚には有限性がある。つまりは、今感じているこの感覚もある日突然無くなってしまうかもしれないってことだ。だから……だから、俺は思うんだ。今を楽しむしかないって。この時間が、そばにいる人が、覚えた知識が、通ってきた軌跡が、どれだけ大切で、どれだけ価値のあるものなのかを理解する必要がある。でも、そんなものを全て背負えるほど人間は優れていない。それこそ神でもない限り、完全理解なんてできないはずだ。だからこそ、楽しもう。人間にできる範囲の中での最大限にできる理解が楽しむことだと思う。何かを作って、誰かと触れ合って、勉強して、そんな平穏で魅力に溢れた世界を最大限に楽しもうじゃないか。まあ、言わずもがなのことだし、そもそもみんな楽しんでいるからそれでいいんだがな」
何千人という住人がはははと笑う。
本当に楽しそうに。
「でも、まだ俺達は楽しめる。きっとまだまだ何でも出来るはず。だから、手を取り合って、笑い合って、限界を超えて楽しもう。笑おう。支えよう。そして、みんなで生きよう! 以上、終わり」
盛大で美しい拍手の音が何度も何度も、大きく大きく鳴り響いた。
俺は本当に幸せ者だ。
この世界はオブリビアは笑顔に溢れている。優しさに溢れている。ヴィーヌも、ロイも、ティカも、ルースも、パトラも、マリも、そしてここに生きる人々も。もちろん俺も。
結局、笑顔が一番なんだろう。
ありふれた言葉だけど、今はその言葉の重みと大切さを身に染みて感じる。
真実でも、嘘でも、優しくあれば人は笑うし、笑うことはそのまま優しさになる。
因果の関係で成り立つその循環を俺は壊したくないし、汚したくない。
だから、俺はこの世界で全力で生きて、全力で笑って、全力で教えて、全力で戦う。
ちっぽけな俺ごときじゃ、ここの住人の足手まといになるかもしれないけど、やれるだけのことはやりたい。
ここに連れてきてくれた誰かさんのために。自分のために。それが、自分ができるここに来た意味の証明につながると信じて……。




