受け入れてくれる場所、受け止めてくれる人
「話って……何?」
涙を溜めているマリは囁くような声でそう問いかけた。
「まあ、ざっくり言えば……マリの将来について、かな?」
マリは涙を溜めながら、押し黙った。
「まあ、何も言わなくていい。マリが過去に何かあったってのは、何となく分かってるし、それについて言及することもしない。ただ、マリにはこの世界で幸せに暮らしてもらいたい。だから、黙っていていいから、俺の話を聞いてくれ」
マリはぺこりとゆっくり頷いた。
「さっきも言ったけど、マリが過去に何かあったのは分かる。元々、教師だったから、そういう奴はいくらでも見てきたからな」
他人の辛い部分に触れる時、とにかく理解してあげることが必要だ。
だから、とにかくゆっくりと、優しく、丁寧に受け答えしなくてはいけない。
「ただ、お前の辛さは俺が見てきたのとは少し違う気がする。何かが出来なくて自分の劣等感に哀しむことが一般的だが、マリの悩みは、多分俺が感じたのと、似てるのかもしれない」
ただの妄想だ。
マリの過去について、俺は一切知らされていない。
でも、マリの出来の良さと裏腹にこの悲観の様はあまりにもおかしい。
だから、思った。
俺と同類のなのではないか……と。
「ガクト君……と?」
「ああ、俺も昔っから頭が良くて、クラスメートとよく区別されてきた。結構虐められてきたんだぞ」
「そう……なの?」
彼女の反応に妄想は確信へと変わった。
「ああ。自分は悪くないのに、勝手に誰かが嗾けてきて、かなり酷い目にあったよ。一度は俺も挫折しかけたもんだ」
彼女は思わず頷いていた。
共感しているのだろう。
「でも、俺は辞めなかった。諦めなかった。自分の知りたいように学んで、自分の生きたいように暮らした。そこに周りの意見は介在してない」
「えっ?」
「こんなことは勇気とか甲斐性とか、そんなものは全く必要ない。ただ、自分の心に従って強欲に生きたんだ。それで、それだけで、俺は幸せだったよ。例え、周りに誰もいなくても、畏れの念を抱かれ続けたとしても、な」
マリは訳がわからないように表情を悩みの形で固めてしまった。
「お前は、マリは、優しすぎるんだよ」
「……優しすぎる?」
「そうだ。自分の感情を抑えて、周りの為に、人の為に努力して、考えて、抱え込んで。この上ないほど、慈愛に溢れていて、バカみたいに優しい。いや、寧ろバカって言ってしまってもいいぐらいにな」
「そんなことない。私は逃げて……」
「そんなこと誰だってある。と言うより、お前がそんなになるまで逃げなかったことの方が誇らしいと思うぞ」
マリの表情は氷が溶けていくように、ゆっくりと柔らかなものへと変わっていく。
「マリ。もっと強欲になっていい。我儘になっていい。自己中になっていい。もっと、欲張っていこう」
「そんな、私。何が欲しいのかも……分からないし……」
「大丈夫。俺がそれを見つけるのを手伝う。というか、もう見つかってるとも思うんだが……」
「……何、分かるの?」
「この世界すべてさ。お前が欲してたのは、人と環境。自分を赦してれる人。自分を受け入れてくれる環境だ」
「……でも、私のクラスメートとともうまくいかなかったし、もうそれも……」
「大丈夫だって。ここは日本とも地球とも違う。向こうでの常識はこっちでは非常識だ。一回ぐらいうまくいかなかったって、そう簡単にクラスメートは諦めないと思うぞ。それに、街も人も、きっとマリを待ってる。期待してるんじゃない。共に生きたいと待ってるんだ」
「……本当に?」
滂沱たる涙を流しながら、とても小さな声でそう問いかけた。
俺はマリの肩を抱き、俺の胸にマリの顔を押し当てた。
頭を優しく撫でて、優しく囁く。
「ああ、きっと大丈夫。俺が保証する。だって、この世界に来た先輩だぞ。この世界、オブリビアには受け入れてくれる街がある。認めてくれる人がいる。受け止めてくれる友がいる。だから、心配するな」
彼女は赤子のように俺の胸で泣きじゃくった。
泣いて、泣いて、泣き続けた。
もし、俺の今の姿を日本で見られてたら、懲戒免職を免れないだろう。生徒に抱きついているんだから。でも、こんな悪行でも、今は許してほしい。というより、自分でもこの行動は必要だと思う。間違っていないと思う。
人が、立ち直る為に、真剣に向き合った為の結果なのだから。




