逃走
私が声を荒らげてから、ルーナは数日間話しかけてこなかった。
何かを話そうと顔を向けるのだが、考え込むように黙り込んで、結局、会話が生まれることはなかった。
所詮、人間はこんなものだ。
他人のことを忖度するのにも、限度はある。
これは、私が望んだことじゃないか。
何を今更、気にしている。
これでいいのだ。
……これで。
しかし、この安寧の日々は突然軋みを見せた。
「おいっ、マリ」
話しかけてきたのは名前も知らないクラスメートだった。
「何?」
私は冷たい口調で問いかける。
「お前の世界のこと、教えてくれよ」
「……」
突然、尋ねられたことに何も言えなかった。
記憶から消したかったものが、たった一言で蘇ってしまったからだ。
「……私の世界のことなら、ガクト君にでも聞けば?」
溢れ出そうな感情を必死に堪えて、そう答える。
「先生には聞けねぇよ。忙しそうだし。俺、気になるんだよ。だから、さあ。教えてくれって」
少年は興味本位の目で私を追い詰める。
「私は、向こうの世界のことは思い出したくないの。だから、諦めて」
「そんなこと言うなって。頼むから、教えてくれよ」
彼の言葉に反応したのか、他の生徒も集まって来始める。
「おっ、なんだなんだ」
「マリの世界のこと?」
「俺も知りたい」
……嫌な目だ。
もう見たくない、私を顰蹙させるような嫌な目。
「ちょっと、マリさんは嫌がってるでしょ」
ルーナが私に気づき、必死に庇ってくれている。
だが、どうしてだろう。
私には偽善にしか見えない。
「でも、俺達の教育の理念って、マリの世界のものなんだろ。だったら、知らなきゃいけないんじゃないか?」
「そうだそうだ」
クラスメートが共同で私を追い詰める。
ほら、やっぱりこうなった。
私みたいな社会不適合者に学園に通う資格なんてなかった。
「バァーン!!!」
私は机を強く叩き、教室を飛び出した。
「マリさんっ!」
私の行動にルーナは声をあげる。
私はその声からも、クラスメートからも逃げるように学園を走った。
「やっぱり、私には……。誰とも関わらないのが……」
私は走った。
息が切れかけても。
体が痛んでも。
脳が強制的に動きを止めるまで走り続けた。




