5人の愚者
災厄の巨龍がもたらした被害は、想像以上に甚大なものであった。
自分のキャパシティを超える魔法を使ったものは倒れ、資源や食料は全体の半分以上が消失してしまった。
「みんな、大丈夫か?」
そう訴えるのは、指令を張り切って出していた男だ。
「何人か犠牲になっている…」
何処かから、そんな訴えが虚しく響いてきた。
「そうか」
魔法の使いすぎによる栄養失調で、全体の1パーセント程が、餓死をしてしまったようだ。
「うわぁぁぁぁぁ!」
犠牲になった者の家族や友人が、咽び泣いていた。
豊かな楽園のような集落を、漆黒の龍は、たった一日で地獄絵図に変えてしまった。
ただただ、それが当然であるかのように……。
決まりきった、運命であるかのように……。
「皆に、伝えたいことがある」
そう伝えてくるのは、集落の長に近い存在の老人であった。
「我々は、此度の戦いで、あらゆるものを失った。二度と取り戻すこともできないものもだ」
彼の真剣な語りは、自然に周囲を静かにさせた。
「そこで、だ。誠に遺憾ではあるが、我々の住処を移動しようと考えている」
辛そうな表情を浮かべ、涙を零しながらそう伝えた。
「なぜだ。我々が長らく育った場所であろう」
彼の言葉に賛同しかねる存在が、異論を唱える。
「仕方がないだろう。あの魔獣が、二度と帰って来ぬと言えぬではないか。それともお前は、無益な戦いを繰り返し、今、以上の犠牲を増やしたいというのか?」
怒声をあげながら、反発した者を一蹴した。
「くっ!」
男は何も言い返せない。
「他に異論のある者はいないか? いないなら、今すぐ旅の準備を…」
「私は、行きません!」
私は思わず、そう伝えていた。
「どうして、彼女が?」
「なんでなの?」
周囲の人々も、驚きを隠せない。
「何故だ?」
老人が問うてきた。
「私はこの亡くなった人達を、見守りたい。例え会話できなくとも、側に居続けたい」
「無駄死にしたいのか?」
「それでも、いいです」
黄金色に輝かせた髪を風にたなびかせながら、静かにそう答えた。
「私も行かない」
そう答えるは、赤髪の幼女。もとい、ティカであった。
「なぜだ? お前のような子供が…」
「子供じゃないわ」
食い気味に反論する。
「私は、ずっと美味しい物を食べ続けたいの。どうせ残っている食料も大したことないだろうし、それならここで彼女と一緒に朽ち果てた方がよっぽどマシだわ」
老人は呆れた顔を浮かべた。
「そんなくだらないことで。なんという愚か者だ」
「俺も行かない」
断言するのは、筋骨隆々の青年、ルースであった。
「例え逃げたとしても、あの龍に襲われたら終いだ。その時のため、俺はここで全力であの龍を食い止める。それが俺の理由だ」
「私も残るわ」
そう力なく言うのは、銀髪の美女、パトラである。
「ついて行っても、楽しいことないだろうし、男共に付き纏われるのは、もうごめんだわ」
「それなら、僕も残るよ」
青髪の少年、ロイもそう言った。
「僕の友人達が、残るって言ってるんだ。そんな友人達を放っておけるわけないしね。それに、あの龍のこともうちょっと知りたいからね」
「なぜだ、なぜ言うことを聞かぬ」
老人は怒声をあげる。
私はしっかりと言葉を選び、諭すように答えた。
「私達は、自分の信念に従って残ろうとしている。その信念をへし折る気ですか?」
「今はそんなくだらない事を、言っている場合ではないだろう。それよりも早く支度をしなさい」
私は真顔で答えた。
「お断りします」と。
老人は最大級の怒声をあげ、一言。
「この、愚か者共がーー!」
自嘲するように冷たくも、芯の通った笑みを浮かべて答える。
「そうですね。私達はとんだ愚者かもしれない。でも、間違ってはいない。しっかりと己の考えを吟味し、行き着いた信念を貫き通す。それは、愚者でもあり、賢者とも呼べるのではないでしょうか?」
「もういい、こいつらは置いていく。他の者は支度をしろ!」
怒りを全身に体現し、そう答える。
「了解しました」
「はい」
彼の言葉に流されるように、愚者5人以外の者は、集落を後にする事となった。
…… 数時間後。
現在手に入れることの出来る、全ての食料や資源を手にして、集落の住人達はどこかへ旅立とうとしていた。
「本当にいいの?」
一人の少女が、別れ際、私に語りかけてきた。普段からそれなりに親交があった少女だった。
「ええ、私が決めたことだから。気にしないで、行ってきて」
少女は涙を浮かべ、説得する。
「今なら、まだ間に合うはず…」
全力で穏やかな表情を作り、返答した。
「大丈夫だから。私、強いから……」
ジョークのようなことを言って、愛想笑いをした。
「それじゃあね……」
「絶対、死なないで。生き続けて…」
その言葉を残し、少女は人の流れに従うように歩き始めた。
目的地さえ見えない、遠い遠い荒野の果てを目指して……。