災厄の巨龍
火に照らされ姿を見せたのは、異形の龍だった。
黒く、暗く、飲み込まれそうな鱗を全身に張り巡らせ、4本足で罷り通る。凶悪な笑みを浮かべると、全てを噛み砕く、牙を覗かせる。
その巨龍を目にした時、集落にいたもの一同は、思った。
非常に危険だと……。
「あの、龍を追い払うぞ!」
集落の皆に、その指令が知らされる。
「おう!」
「了解だ」
「俺らの力、見せてやるぞ」
指令に呼応するように、集落中の人々が頷く。
「私達も、やろう」
ヴィーヌはティカに確認を取る。
「うん」
ティカは暗黙の了解をして答える。
「よし、タイミングを合わせて、一斉放射だ。あの魔物を焼き尽くすぞ」
一人の男が勇敢に指示を出す。
「俺が指令をしてタイミングを教える。その時に頼む」
「了解した」
「分かったわ」
集落中の人々が、再び頷きを見せる。
「シャアアアアアアアア!」
巨龍は威嚇の咆哮をしながら、4本足の一本を、集落に向けて、叩きつけようとした。
「よし、今だ」
魔法で瞬間的に一斉送信された指令は、全くのラグがなく伝えられ、一秒の狂いもなく、火炎魔法が放たれた。
一つの標的に魔法陣が集まり、一つの大きな魔法陣となって、巨龍を囲む。
瞬間、紅い光と、衝撃波を伴って、巨龍が燃え上がる。
「ボワァァァァァァ!」
数秒のラグがあって、爆発的な炎から放たれた衝撃波は、轟音となって聞こえてきた。
「よし、やったぞ。魔物を討ったたぞ!」
指令を出した男が、勝鬨の指令を、魔法で伝える。
「よっしゃああ」
「やったのね」
「俺らの強さ、見たか」
千者千様、それぞれ歓喜の声をあげ、喜びを表現している。
「はあー、何事もなくて良かったわ」
私は緊張の糸が切れたのか、溜息をつき言葉のイメージを周囲の人に漏らす。
「溜息は、よくないわよ」
ティカが呆れた表情で、そう伝える。
「あなたも、ボーッとしてないで、少しは喜んだら」
ルースに向かって、そう伝える。
「はっ、本当なのか?」
ルースの苦い表現は、消えていなかった。
「何言ってるの? もう戦いは終わったでしょ」
ルースは苦い表情をより翳らせる。
「いや、違う」
彼がそう言った瞬間、炎の中から凄まじい勢いで、黒いオーラが溢れ出した。
「急いで、準備しろ。まだ、終わってないぞーーーー!」
ルースは、頭がどうにかなりそうな強烈なイメージを集落中に発信した。
黒いオーラは包んでいた炎をゆっくりと侵食していき、かき消していった。
「何だ、炎が消えていってるぞ」
ルースの魔法で、集落中の人々が、巨龍の異変に気付き始めた。
「倒したんじゃなかったの?」
「まだ、だ」
「いやぁー」
皆、上を下への大騒ぎで困惑していた。
「落ち着け! もう一度やれば、きっと倒せる」
先程指令を出した男が、再び指令を出す。
「了解」
「分かったわ」
皆、頷きを見せる。
「よし、今だ。いくぞ!」
千人の魔法の暴力が、再び、巨龍を襲う。
「ボワァァァァァァ!」
炎は天高くまで、火柱をあげた。
「やったか」
指示者の男がそう漏らす。
しかし………。
「オゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」
唸り声をあげ、黒いオーラが現れると、炎は少しずつ、鎮火を見せてゆく。
「なぜだ?」
男は苦悶の表情を浮かべた。
そこからはいたちごっこだった。
魔法で襲いかかるが、黒いオーラでかき消され、再び魔法を放ち、オーラがかき消す。
ずっと、その繰り返しだった。
ただ、無限に回復する龍と、有限性のある魔法は、徐々に差を生んでいった。
染み出た黒いオーラは、植物や水を少しずつ侵食し、夜通し行われた戦いが終わる頃には、ほとんど姿を消していた。
「シャアアアアアアアア!」
もうすぐ夜が明ける頃、巨龍は諦めたのか、最後の唸り声をあげ、踵を返し、ゆっくりと歩き始めた。
ある程度、歩いたところで、漆黒の翼を広げ、地面を一打ちすると、猛スピードで飛び去っていった。
「やっ、やっと、……終わっ…たの…ね」
私がその言葉を漏らしている頃には、人々はほとんど行動不能になっていた。
その龍は、まさに災厄。災害。自然の理の様に過ぎ去るのを待つしかない。そんな存在であった。
ボロボロになった人々と集落を、幻想的な朝日がただ照らしていた。