初収穫と災厄の予兆
こちらの世界に来て、1ヵ月程経った。
現世界では、四月の終わり頃だろう。偶然かもしれないが、こちらの気候も日本の四季と大して変わらないかもしれない。
ヴィーヌ達も言っていたが、この世界では、雪や雨も降るらしい。
季節の成り行きには多少、差異があるが基本的に日本の四季とほぼ同じだ。
現に四月の月末並みの暖かさを今感じている。
腰を曲げながら………。
「ああ、キツいなぁー」
俺は、5人と食べ頃の野菜を収穫しながら、ボヤいていた。
マンションで家庭菜園をしていた時は、基本的に取りやすい位置に植木鉢を置いていたため、苦痛を感じたことはなかった。
しかし、今はどうだ。
ドロドロの土の上を、腰を屈めて、農作業。
慣れない俺には、苦痛でしかない。
全国の農家さん、マジリスペクトです。
「ガクト、どうやって取ればいい?」
ヴィーヌが聞いてくる。
「そうだな。二十日大根は、この葉っぱを持って、全部出るまで引っ張ってくれ」
「分かった。よいしょっと」
立派に育った、二十日大根が姿を現わす。
「こんな感じで、育つんだ。面白い!」
初めての作物に興味津々だ。
ただ、ヴィーヌ以上に興味を持ってたのは、ティカであった。
「これ、食べていいの?」
「ああ、水で土をしっかり落として、その白い部分にかじりついたらいいぞ」
「オッケー」
井戸水を使って、土を洗い流すと、白く輝く大根が本来の姿を晒す。
それに負けないほど、ティカの目も輝いている。
前々から感じていたが、ティカは料理や食べ物に関しては、特に関心が強い。
将来、食糧関連のことはティカに一任することになるかもしれない。
「はぁーむ」
小さな体に似つかわしくない、大きな口を開いて、かぶりつく。
「ううっ!」
ティカの顔が歪む。
「ううっ、うっ!」
目に涙が溜まる。
「かっ、かっ、からーーーーーい!」
「おっ、当たりだな」
俺は嘲笑うような笑みをつい浮かべてしまう。
「はっ、はふぁったわね」
苦悶と憤怒の二つの感情を合わせて、俺にぶつけてくる。
「しょうがないだろ、そういうもんなんだから。生では辛いものも多いが、火を通したら、うまいはずだぞ」
「じゃあ、なんで食べさせたのよ?」
「それでも、十分食えるからだ。食べれないものは、俺も食べさせない」
「くう〜」
俺の屁理屈に言い返せないのか、悔しがった表情をしている。
ちょっと意地悪をしただけのつもりだったが、ここまで悲しませるとバチでも当たりそうな気がする。用心しなくては。
「さあー、作業はもう少しだ。皆、もう一踏ん張り、頑張るぞ」
「「「おー」」」
ティカとパトラを除いた3人が声をあげると、初めての収穫作業は最後の仕上げを迎えた。
「ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!」
「なんだ、なんだ?」
大きな音を立てながら、家が揺れ始める。
耐震工事がまともにできていないこの家では、少しの揺れでも結構グラつく。
「これは、地震か? この世界でも起こるんだな」
そう考えているうちに、揺れは収まりを見せた。
「よかった、あんまりでかい地震じゃなかったみたいだな」
そう言って、誰かが声をかけてくれると思っていたのだが、誰も声を発さない。
俺もしかして、ハブられてる?
気になって、5人の元へ振り返ると皆、非常に暗い表情を浮かべていた。
「おっ、おい。大丈夫か?」
ヴィーヌが表情を崩さず、答えてくる。
「ごっ、ごめん。気にしないで」
「地震、初めてだったのか?」
「いや、そういうことじゃないんだけど。とにかく、気にしなくていいから」
明らかにヴィーヌの様子はおかしいが、これ以上、踏み込むことはやめるべきだと判断し、聞かないことにした。
夜の闇に紛れて起こったその地震は、その晩、再び起こることはなかった。
二日後の夜、また奇妙なことが起こった。
雲ひとつない空にも関わらず、遠雷が鳴り響いていた。
「本当に大丈夫なのか? 何か嫌な雰囲気がするな」
窓の外で見えない遠雷を眺めながら、そう言うと、5人の顔がまた曇っているのが窓に反射して見えた。
「もしかして、あの魔物が……? 本当に嫌なことを思い出すわね」
普段、口数が少なく、色気のある姿で立ち尽くしているパトラも、口を開き顔をしかめている。
「………っ」
今日も勇気を出して聞くことができなかった。
教師としては失格だ。
また二日後の夜、今度は強烈な寒さに見舞われた。
かと言って、雪が降るわけでも、氷が張るわけでもなく、ただただ寒いのだ。
現世界の暦で五月の初旬ぐらいのはずなのだが、この寒さは異常としか言いようがない。
「やっぱり……」
案の定、彼らの表情は暗いものであった。
この異常気象と、やはり何か関係があるのだろうか。
正直、知りたい。
知識欲者の本能的部分もなきにしもあらずといったところだが、彼らのために何かしたいというのが一番の理由だ。
俺は自分の信念に従い、再びヴィーヌに尋ねることにした。
「おいっ、やっぱりこの異常事態のこと何か知ってるんじゃないのか?」
「ガクト、大丈夫だから。気にしなくてもいいから」
ヴィーヌは口をつぐみ、はぐらかそうとしている。
「お前らが俺を気遣って、うやむやにしようとしているのはわかるよ」
「ビクッ!」
ヴィーヌが反応を見せる。
「でも、そんなこと俺は何も嬉しくない。それは俺を信頼していないことと同義だから」
「……はっ!」
彼女の反応を確かめながら続ける。
「俺は、確かにお前らよりひ弱で脆弱で、その上、魔法も使えなくて、本当に頼りないかもしれない。でも、俺はお前らの教師だ。指導者だ。救世主だ。生徒が困っている時に動けないんじゃ、俺の役割は無くなってしまう。だから、俺を信頼してくれるのなら、相談してくれ。頼ってくれ。これが今、俺が言える全部だ」
5人共、何か表情が変わったような気がした。
「俺は勇気を出したぞ。今度はお前らの番だ」
「本当にいいの? 苦労をかけるかもしれないよ」
ヴィーヌが心配そうに言葉を発する。
「ああ、当たり前だ。お前らの教師なんだから」
空元気で溌剌そうに返答する。
「じゃあ、勇気…出してみようかな」
ヴィーヌは絞り出したような声でそう言う。
「そうこなくっちゃ」
自分のできる、全力な笑みを見せながら、そう答えた。
季節外れの寒さと漆黒の暗闇が、恐ろしい気配を誘う中、ポツンと火の灯った家が、何かを追い払うように、明るく輝いていた。