魔物調理と大宴会
ジャイアントボアとの激闘を繰り広げ、見事勝利を収めた俺達は、30分程休憩した後、帰路についていた。
「ルース、大丈夫なのか?」
そう尋ねるのには訳があった。
魔法を使う予定はなかったはずなのに、結果的に使わせた挙句、ボロボロの体で猪の巨躯を持ち上げさせていたからだ。
「ああ、大丈夫だ。このくらい、持っているうちにも入らない」
そう言う、ルースの顔は本当にいつもと変わらない様子だ。
自分の体の数倍はある猪を肩に携え、引きずりながら、俺と話している。
全くとんでもない身体能力の持ち主だ。
「ルース達は、この魔物をどうやって食ってるんだ?」
ふと疑問に思ったことを尋ねる。
「5人で丸かぶりだな」
「こいつ生で食えんのか?」
「雷で十分黒焦げになってるから、火は入ってると思うぞ」
「それ、もう食い物じゃない」
彼らのスケールのでかさとあまりにも酷い結末に、呆れて物も言えない。
「ってことは、お前らこいつを下ろしたことないんだな?」
「下ろすとは、なんだ?」
「生物を開いて、食べやすいように切り分けるってことだ」
「ああ、そんなことはやったことない」
「しょうがないか。一朝一夕でできるとは思えないが、やってみるだけやってみるか」
そんな話をしているうちに、俺達は集落に戻っていた。
集落を照らす月の光は、夜の闇が一層際立たせていた。
「ただいまー」
「帰宅したぞ」
すでに今日の作業を終えたヴィーヌ達が家でくつろいでいた。
俺らの声に反応して、玄関まで迎えに来る。
「よく帰ったね」
ヴィーヌが暖かな声で労いをいれてくれる。
「ガクト、腹減った」
のんきにそう言ってきたのは、赤髪のティカだ。
パトラはといえば、一瞬の目配せをすると、ソファーの上で伸びをしている。
全ての立ち居振る舞いが、何かいやらしい。
「ガン、ガン」
「おい。やめろ、やめろ」
振り向くと、ルースがどでかい猪を無理やり室内に持ち込もうとしている。
「だめ、なのか?」
「当たり前だ。家を壊す気か」
「ふふふ、何か楽しそうね」
俺達の茶番を笑顔を浮かべて、見届けるヴィーヌの姿に少しときめきそうになる。
「ガクト、早く食べたい」
ティカが急かしてくる。
「分かった、分かったから」
その場で流れている雰囲気は、まさに家族のそれであった。
家の外でロープを使い、猪を吊るす。
自宅にあった包丁で、吊るしたジャイアントボアに切れ目を入れていく。
俺の調理姿が気になったのか、5人共外に来て、俺を見守っている。
あんまり注目されると、緊張してしまうのだが。
「プシュー」
先程、傷を与えていた首に刃を入れると、血がドバドバと出てきた。
あれだけ、血を出したにも関わらず、まだ残っているなんて想定外だ。
「うわー」
パトラがその光景に明らかに引いている。
ルースはティカの目を巨大な手で押さえている。
「ルース、見えないじゃない。早く手をどけて」
ティカが駄々をこねる。
「お前が見るものじゃない」
本能的な倫理観に苛まれたのか、ルースはその手を全く動かそうとしない。
俺的にもその行動は助かる。
ロイはあまりにもグロい様子を察知したのか、早い段階で部屋に戻っている。
「硬いが、ここを切れば」
「ガリッ!」
不快な音が流れると同時、猪の頭が地面に落下した。
「うわっ!」
思わず、その光景に声を上げてしまった。
これは色んな意味で、18禁だ。子供が見るものではない。
俺と同じく、皆引いた様子だ。
一人を除いては。
「うわっ、凄いね。頭落ちちゃった」
ヴィーヌはなぜか嬉しそうに、そう言った。
こいつはもしかして、ドSなのか。はたまた、サイコパスなのか。
今の俺には知る由もない。
何とか、食べられそうな部位を切り分け、取り出すことができた。
すぐ調理する分は、火で炙り、残り物は乾燥させて、長期保存させる。
それで数日の間は持つだろう。
「ほら、そろそろいいだろう」
駄々をこねていたティカに、焼いた肉を渡す。
「はふっ」
渡した肉にかぶりついた。
「美味しい。いつものと違う」
嬉しそうに食べてくれるなら、俺も苦労した価値がある。
「うん、美味しい!」
「確かに美味しいね」
「うまいな」
「美味しい」
皆、笑みを浮かべて食べていた。
「よし、俺も食うか」
異世界の食べ物で、しかもあんな化け物の肉だからか、躊躇していたのだが、意を決して一口食べる。
「う、う、美味いーーー!」
国産の和牛ほどジューシーであるが、くどくなく、噛み応えもある。
現世界で食べても、十分通用する味だ。
「ガクト、本当に美味しいよ。こんなのは食べたことない」
ヴィーヌが笑顔を浮かべて答える。
「まあ、確かに美味いが、これをさらにさ美味くしてるのは、皆でワイワイ言いながら、食べてるからだと思うぞ」
安っぽいセリフかもしれないが、今の俺は心底そう思える。
「確かにそうかもね。私とガクトとロイとティカとルースとパトラ。この六人が揃って初めて美味しくなるのかもしれないね」
口角を上げて、笑みを浮かべている姿は本当に似合っている。
彼らと笑いあいながら、食事を楽しむ日々が、いつまでも続くといいのだが…。