観察と決着と笑い声
ジャイアントボアの捕獲を一度中断し、集落に戻ってきた。
到着すると同時、ルースが詰問してくる。
「で、あいつの捕獲はどうするんだ?」
「まあ、そんなに焦るな。俺に考えがある」
疑いの色を見せながら、答える。
「どんな考えだ」
「ちょっと、待っとけ」
せかせかと部屋に戻り、目的のものを手に入れて、ルースの元に戻る。
「こいつを使うんだ」
部屋から持ち出したのは、長さ10メートルほどの丈夫なロープだ。
「それを何に使う?」
真剣な表情でそう聞いてくるので、少したじろいでしまう。
「あいつをこれで引っかけるんだ」
こいつにとって、奇想天外な作戦だったのか、とても驚いた様子だ。
「あいつの様子を見る限り、視界が極端に狭い。多分、前方が少し見えているぐらいだろう」
「何で、そんなことが分かる?」
ルースが至極不思議そうに聞いてくる。
「あの猪が俺らに突っ込んできた時、岩陰に一度隠れただろ」
「ああ」
「その時、少し猪の横側に行っただけなのに、俺らを見つけられなかった。つまり、あの猪は視界が狭いって予測できるってわけだ」
「そうか、今まで考えたこともなかった」
「いや、理解するだけでも十分だ」
彼のひた向きな態度に感心していると、ルースがまた質問してきた。
「ガクトは、どうしてそんなに予測ができるんだ?」
彼の真摯な態度は依然変わらず、俺もしっかりと答える。
「まあ、元々いた世界で色々覚えてきたってのもあるが、予測っていう点では、観察をしっかりしてるからかな」
「観察?」
「そうだ。しっかりと相手の様子を窺い、目で見て、耳で聞いて、理解する。神経を研ぎ澄まし、観察することで、相手自身が知らないようなことも、きっと見えてくる」
「確かに、その通りだ。今まで魔法に頼って、魔物のことを何も知ろうとせず、ただ屠ってきただけだった。俺はとても無駄なことをしていたんだな」
「そんなことないさ。魔物との戦いの経験はきっとお前の役に立っている。その上で、観察を意識することで、きっと今までよりも戦いやすくなる」
「今からでも大丈夫だろうか?」
口角を上げ、笑みを浮かべながら答えた。
「大丈夫だ。少なくとも、お前は俺よりも狩猟の才能がある。お前が観察をマスターできれば、俺なんて到底、及ばないほど強くなれる。俺の教えた罠も、気休め程度のものだと思ってくれたっていい。ただ、お前の才能を活かすために狩猟ってもんを楽しんでほしい。それが俺の願いだ」
「ああ、そうだな。狩猟を楽しく、か。確かに面白いかもしれない」
少しは教師らしいアドバイスができただろうか?
「よし、朝、取り逃がした猪の野郎を捕まえに行くか」
「そうだな、今晩の飯のために、暴れてくるか」
罠用のロープやナイフ等を持ち、荒野を駆けて行く二人の表情は、心底楽しそうだった。
荒野の真ん中に戻ってきた俺達は、再び猪の魔物、ジャイアントボアにエンカウントしていた。
しかし、先程と状況は違う。
ジャイアントボアの側面に立ち、俺達は見えていても、猪側からは全く見えていないようになっている。
俺は、手を振り、サインを出して、走り出す。
ルースも手を振り返し、動き始める。
俺達の作戦はこうだ。
俺がわざと猪の前に立ち、全速力で駆けて、猪を引きつける。
ルースは岩にくくりつけたロープをピンと張って、構えておく。
ルースのいる方へ向かって行き、ロープを躱わして、猪を引き続き引きつける。
ロープに引っかかり、転がった猪を襲うという寸法だ。
「ドオーン、ドオーン」
予定通り、轟音を出しながら追いかけてきた猪を背に、全速力で走る。
「ルース、そろそろ行くぞ」
「ああ」
ロープの片側をルースが持っていて大丈夫かとも思うが、あのガタイならばきっといけるはずだ。
「シュッ」
ロープの下を華麗に潜り、勢いを殺さずに走り続ける。
「ドオーン、ドオーン、ドッオーン!」
足音が近づいてくる気もするが、走るしかない。
「ギイッーーー」
強烈なロープの軋む音が聞こえてきた。
「オッオゥゥゥーーー!」
猪が唸り声を上げる。
しかし、猛スピードでロープに突っ込んだ勢いを、そう簡単に殺すことはできない。
「大丈夫か、ルース?」
苦悶の表情を浮かべ答える。
「厳しいが、なんとかっ、耐える」
すると、猪の勢いがロープに傷をつけ始める。
(やばい、このままだとロープが切れてしまう。切れてしまったら、ルースと築いた関係も、今日の晩飯も終わってしまう。何か方法はないのか?)
「このまま、では」
ルースは苦しそうだ。
「キイッーーー!」
ロープも悲鳴をあげている。
(どうしたら? そっ、そうだ。こういう時にこそ)
雄叫びをあげるように答えた。
「ルースっ、魔法を使え! イメージはロープを固く、しなやかにする、だ。ロープの持ち手は俺がフォローする。なんとか、頑張ってくれ」
そう言って、ロープを持つルースの元へ走る。
「了解、だ。俺の力よ。ロープに」
魔法陣が辺りを包み、ロープが変化を始める。
そのタイミングで、俺もロープを掴み、なけなしの力で尽力する。
「 「うおーーー!」」
ジャイアントボアの唸り声とルースの叫び声が混ざり合い、辺り一帯が震えるような雰囲気だ。
すると、辺りの光は姿を消し、強化されたロープ、もといワイヤーが強烈にしなり、猪の脛をえぐる。
その力に押し負けたのか、猪は前方へ宙に舞いながら、倒れこむ。
その瞬間、俺はワイヤーを手放し、ポケットに忍ばせていたナイフを手に取る。
仰向けになった猪の首や眉間といった弱点と思しきポイントに、全力でナイフを突き立てる。
「プシュー」
刺した傷口から、赤い血が噴き出る。
「ウッオゥゥ」
猪が唸り声をあげるが、その声は少し辛そうだ。
「いける、いけるぞっ!」
その言葉を発した途端、猪が暴れ出す。
ナイフをより深く突き立て、耐える。
「ウオゥゥ」
最後まで、叫びをあげ続け、ついに限界を迎え、意識を失った。
「やった、やったのか?」
魔法を使い、少し疲れた様子のルースが答える。
「ああ、やったぞ。俺達はやった」
「そうか、なら、良かった」
そう言って、地面にへたり込む。
「大丈夫か?」
「いや、ちょっと、きついな。少し休ませてくれ」
疲れを隠すように、笑みを浮かべながら、そう答えた。
「俺もだ。少し休みたい」
ルースも笑みを浮かべながら、そう答えた。
「はっはははっ」
「はっはははっ」
お互いを見つめる。
「「はっはははっ」」
二人で空を仰ぎながら笑った。
今日は少し帰るのが、遅くなりそうだ。