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03「穏やかな日々」

 リュチカたちの好意にありがたく縋らせてはもらったものの、無為徒食をこれ以上続けるのは、身体的というよりも精神的に心苦しかった。


 この日から権左は積極的に戸外に出てあたりを散策するようになった。リュチカはリュチカで家の仕事があるし、ロボは村の雑多な仕事に追われているので基本的にリハビリはひとりで行わなければならない。


「ゴンザさま。無理はなさらないでください。まだ、怪我が治りきっていないのですから」


「や。大丈夫だ。少々キツいかもしれないが、今動かしておかないとあとあともっと大変になるんでね」


 リュチカは権左がひとりで外に出ようとすると、幼子を心配する母親のようにあとをついて回ろうとしたがとりあえずそれは遠慮した。彼女は権左によって命を救われた事実を過大に評価しているようであったが、元々お節介焼きということもあるのだ。彼女に家の仕事を放り出させて、リハビリにつきあわせるのも心苦しいものだ。


 権左の持ち物はすべて回収して丁寧に保管してあった。まず、歩兵銃の弾倉に込められていた弾を抜き取った。万が一の暴発を防ぐためだ。


 布きれでぐるぐる巻きにしていると、離れた場所で繕い物をしていたリュチカがとてとてと傍に寄って来る。よく人に慣れた座敷犬のような愛らしさがあった。


(上目遣いのリュチカさんカワイイ)


「あ、その不思議な杖。わたしをお助けくださったときにお使いになられていたものですよね」


「杖?」


 権左は手にしていた歩兵銃を上げ下げしてとまどった。


(そうか。リュチカにはこれが杖に見えるのか)


「ゴンザさまは高名な魔術師でおられるのですよね。そうでなければ、あれほど離れた場所からわたしを救うなどできませんし」


 ――なにか、もの凄い勘違いが生まれている。


(そもそも魔術とはなんなのだろうか。俺は妖術師か仙人だと思われているのか)


 小銃が暴発しなかったのはたまたま運がよかっただけのことかもしれない。


 どうやらこの土地は文化程度がずいぶんに低い。


 行軍中厄介になった大陸の住民ですら鉄砲の存在は当然ながら理解できていた。


 それでもリュチカは本能的に鉄砲を「怖いもの」と捉えているのか下手に触ったりしなかったのは不幸中の幸いだった。


「あのなリュチカさん。これはだな……ええと、とっても危険なものなのでよほどのことがない限り触らないようにな」


 権左はきらきらと瞳を輝かすリュチカに対して説明することを放棄した。


「はい。リュチカはゴンザさまのおいいつけに従いまする」


(なんだかこの子妙に時代がかった話し方をするんだよなぁ)


 なんとなく座ったままこちらをジッと見つめているリュチカは褒美を求めてしっぽを振る猟犬のようにしか見えなくなってきた。


「どうかいたしましたか?」

「いや……」


「で。ゴンザさまはほかにどのような術が使えるのでしょうか」


 とりあえず、自分は仙人でも方術士でもないことをリュチカに納得させねばとため息を吐いた。


 権左は病的に残弾数を確保しながら戦っていたので、比較的持ち弾の数は多いがそれでも合わせて二百発程度しか残っていない。


 しかしこの世界では弾を使い切ってしまえば、この銃も無用の長物となる。


「ま、なるようになる、か」


 鉄砲(シロビレ)が使えなくなっても弓や熊槍(タテ)で猟は充分できる。どれほどすぐれている道具であっても結局のところマタギの腕を決めるのは獲物が取れるか取れないかの二択でしかない。


 弾がなくなったら弓でも槍でも使うさ――。


 権左はロボに借りた予備の服を着込んで扉に手をかけた。


「気をつけてくださいね。無理をせず、お昼どきになったらすぐ帰ってきてくださいね」


 子供扱いするリュチカの心配をよそに戸外に出る。

 冷たく尖った冬の空気が肌に心地よい。

 軍帽を深くかぶり直して目を細めた。


 半月も身体を動かさなければ自然と鈍ってしまう。

 マタギは別段トレーニングなどはしない。


 数か月ぶりに山に入っても獲物を追って、一日四、五十キロ程度駆け続けることができなければ平均的な能力を有しているとはいえないのだ。


 とはいえ、未だ傷口が完全にふさがっているとはいえない権左である。


 まずは歩くこと。


 人間、動けなくなってしまうと必然的に思考能力も低下してゆく。


 昨日、ひと通り村を歩き回って感じたのは極端に男の数が少ないことだった。


 狭苦しく密集している集落の戸数はせいぜい三十そこそこである。


 村人は百に満たないだろう。


 未だ権左のことを警戒しているのか若い女の姿はあまり見かけなかったが、家の軒先で椅子に腰かけている老人たちは比較的友好的に接してくれた。


 とはいえ、どこから来たのだとか独りものかどうかとか、世間話ばかりなので実のある話は聞けない。そもそもが、誰も彼も顔貌が違い過ぎてそれに慣れるだけで権左は精一杯だった。


「で、また来たと」


 権左は背後から歓声を上げて駆け寄って来る集団を見てがっくり肩を落とした。


「あー。さっきの兄さだー」

「なにやってるのー」

「抱っこしてー」


 そこいらをぶらぶらしていると先ほど絡まれた子供たちの一群が権左の身体のどこといわずくっついたり引っ張ったりと騒がしいことこの上ない。


 子供の人種も多種多様だった。金髪に青い目の白人であるというだけでも慣れない上に、中には先ほどの柴犬めいた顔を持つコボルトや長耳のエルフ、やけに色が黒いのもチラホラと。


「この兄さん、ゴンザっていうんだぜ。さっきロボさまがいってたよ!」


「変な名前ー」

「兄ちゃん、珍しい帽子かぶってるー」


 権左はその場にしゃがみ込むと、やたらとその場でぴょんぴょん跳ねるエルフの少年の頭に軍帽をかぶらせてあげた。


 少年は軍帽の星章の形が気に入ったのか両手を突き上げてぴょんぴょんあたりを跳ねまわっていた。サイズが大きすぎるのか庇がずり落ちて来るがそれはそれで楽しいらしい。


「ねえねえ。ゴンザはなにをしているの?」


 犬のぬいぐるみを抱いている五、六歳くらいのやけに色白な女の子が不思議そうに訊ねてきた。


「権左さんは傷の養生をしているのだよ」

「お顔もいっぱい傷だらけ。痛いの?」


「まあ、だいたい大丈夫かな。ほとんど今はふさがったから。名誉の負傷だ」


 そっと自分の左目の下から頬のあたりを指で撫でると小さい傷の引き攣れがあった。


 二〇三高地で受けた銃弾の傷痕だ。


 鏡でも見ないことにはわからないが、それなりに酷いものだろう。権左個人としてはあまり気にならないのだが、それと他人の感想は別物である。


「ゴンザは兵隊さんだったのかー」

「おれの兄ぃも街で兵隊さんをやってるぞ」

「ぼくのアニキは荷物担ぎだ」

「あたしのおとーさんは石積みだよ」


 なるほど。やけに壮年男性の姿を見かけないと思ったら、村の働き手のほとんどは街に行っているということか。


 権左が子供たちを相手にしていると、幾人かの村の母親たちが次々と子供を預けてゆく。


 遠くから視線を感じていたのは権左が危険ではないかどうかを遠巻きに確かめていたのだろう。


(負傷兵でも子守くらいはできるってことか)


 懐かれるままに子供たちの相手をして、気づけば昼飯どきに差しかかっていた。


 そういえばリュチカは昼飯どきになったら帰って来いといっていた。


 権左が動けば子供たちの群れも動く。


 当然のように固まってくっついてくる子供たちを追い払うわけにもいかず、そのままリュチカの家に戻った。


 昼飯はすでに用意されていた。鍋に盛られた粥はぐつぐつと煮え立ってふんわりといい匂いを漂わせている。


 十数人の子供たちはぴたりと騒ぐのをやめていい香りが立ち昇る鍋にジッと見入っていた。


 リュチカは目を丸くして驚きながらも、

「よければあなたたちも食べてゆきなさいな」とふんわりとした笑みを浮かべいった。


 権左はサジを動かすことも忘れ、きゃあきゃあ騒ぎながら一心不乱に粥を掻き込む子供たちの旺盛な食欲にたじろいでいた。


 子供たちは満腹になると、そこいらじゅうの床に転がって目を細めている。


「しかしだな、リュチカさん。俺がこんな大食らいだと思っていたのか」


 用意されていた食事の量は予めこれほどの来客を見込んでいたとしか思えないものだった。


「ええ。だって、大方このようになるだろうと思っていましたので。ゴンザさま、先ほど村の子供たちに凄く親しまれていたでしょう」


「そういうようにもとれるのか」


 権左が見るところ、村の子供の誰もが栄養状態は悪かった。権左の生まれ故郷である東北も肥沃であるとはいえない土地柄だった。子供たちの痩せこけ具合に変わりはない。


「ほら、あなたたち。食べ終わったらゴロゴロしましょうね。ごろーん」


 リュチカは満腹になった子供たちを転がしながら寝かしつけている。貧弱なカロリーを少しでも身体に溜め込むためには悪くない習慣であるといえた。


「あ。ゴンザさま。サロスウルフ族では子供たちをこうやって育てるんですよ。食べてすぐ休めばお肉もつきやすいですし」


「こうやって子供たちを集めてよく食べさせているのか?」


「わたしの家は村の中でも比較的裕福ですから。量には限りがありますから。それにこうやってときどき面倒を見てあげることしかわたしにはできませんし」


 少し悲しそうに目を伏せるリュチカの瞳には慈母観音のようなやさしさが湛えられていた。


 権左が見るところ、リュチカ自身の生まれは卑しくない。


 それどころか、あの白魚のような手を見れば生来からそのような雑事に追われて育ったのではないという出自が知れた。


 ロボの孫娘というが、それだってどこかチグハグだ。


(やめよう。そんなこといくら考えたってどうしようもない。あまり俺が首を突っ込むこともでないだろうしな)


 夕暮れどきになって子供たちを返すと、他行していたロボが戻って来た。


「今日も大猟……というほどもでもなかったわい」


 手には山キジを二羽ほど手にしていた。頭上の犬耳は垂れ下がっており、しっぽも若干股の間に巻き込んでいる。


 リュチカはわだかまりなくねぎらいの言葉をかけているが、ロボは巨体を縮込めてすっかりしょげかえっていた。


「いくさ場で剣を振るうようにはいかんのう」


 粥と一緒に炊いた小さな肉片をつつきながらロボがぼやく。話を聞けば、この土地にたどり着いたのはこの夏くらいであり、それまでは軍人だったらしい。


 ――土地勘もない俄猟師に大猟を許すほど山は甘くない。


 権左は意気消沈するロボたちを横目で見、苦笑しつつ明日からの行動に思いを馳せ、手に入れた藁などを縒って手作業に没頭した。


 急造で各地の難民が寄せ詰められたいわゆる「亜人村」は資産に乏しかった。また小雪がチラつく長い冬の季節を思えば、近場の街へと壮年男性を出稼ぎに出していたとしても残った村の女子供は現金収入の道がないのだ。


 これが連綿と続く昔からの村であるならば、周辺との付き合いもあってなにかしら道は探せそうだが、今日回ったところほとんどが街に長らく住む人間がなぜか多く、田舎で暮らしてゆく知恵といったものがまるでなかった。


(ま、そうでなきゃどこの誰ともわからぬ傷痍軍人である俺なんぞを受け入れたりはしないだろうな)


 村人は権左の性に「悪意」がないことを敏感に感じ取ったところで、労働力の目を見出していたのだ。


 ただでさえ、村には若者がいないのだ。十四、五人の子供たちが立派な労働力として成長するまで村人は待っていられない。


 また、このような寄せ集めの集団でなければ権左は受け入れられることはなかっただろう。


 それらを考慮に入れたとしても、権左はこの村のためになにかをしてやりたかった。


 ならば、マタギである彼のやれることは決まっている。



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