魔法はやっぱりタダじゃない。剣で未来を切り開け!
お待たせしました。後編です。でも小説全体タイトルが「六枚の翼(前篇)」なのは初投稿ゆえの過ちです。認めたくないものだな、若さゆえの(以下略)。
本タイトルは単なる「六枚の翼」が正解でこれで一先ずの完結です。今回の文章冒頭にはちゃんと「六枚の翼(後編)」と銘打っているので勘弁してください(平伏)。
それはそうと後編あらすじ
大切な人を失い、欠けた六枚の翼。だが容赦無く占術によって予言されたドラゴン『傲慢たる天使長』との地球の命運を賭けた血戦の日は迫りくる。
更に切られるヴァーリ大王やレティーグとのラ・フォーロ・ファ・ジーナの命運を賭けた大戦争の火蓋。
折り重なる修行と他愛もない幸せと、そして闘いの日々。
シエラは、エリスロは、またも大切な人を失うのか?
それでは本編をどうぞ(^-^)
「六枚の翼(後編)」
月曜の学校。四時限目の授業が始まっても、一矢とシエラとパランタンとレイチェルとエリスロの席は空だった。
『何やってるのよ? あいつらは』斉藤は心の中で呟いた。
その時廊下からバタバタと足音が響く。
「遅れてすみません!」扉を開けざまの一矢の声が響く。
「五人揃ってどうしたんだ?」数学教師で担任でもある福山が訊ねる。
「執事のヨゼフが亡くなったのです。仮葬だけ済ませてきました」シエラが淡々と答える。
「そうか……。本葬はいつになるんだ? 伺わなくてはな」
「骨はオーストリアに送りました。本葬も本国です」
「ああ。それもそうか。わかった。席に着いて授業を受けろ」福山は労りの視線を向けた。「辛いだろうが、気をしっかりとな」シエラ達の淡々とした様子の中の疲労と悲しみに気付いているのだ。「さあ、再来週は期末テストだ! 集中、集中!」
斉藤はほっとした。それを見た吉田と景山も顔を見合わせてほっとした。さあ、授業だ。
放課後、シエラ邸で一矢達を出迎えたのは、丸々とした身体を執事服で包んだ中年紳士だった。その名をエドワルド・ラインと言う。
「ヨゼフ様の後任として遣わされました。見ての通り剣は不得手ですが、探知魔法、とりわけマナの偏りを探る事においては一家言持っております」
地球においてクロブと賢者の石を探すには最適の人物だった。クレアの采配である。
「とは言え、日本全土を探るとなると、一月はかかるかと。ご容赦ください」
「いや、助かる。礼を言う」シエラはエドワルドと握手を交わした。
「今までは半年かかるペースだったもん。ずっと早いよ」レイチェルはガッツポーズだ。
「こっちの方を手早く済ませないと~、向こうで戦争が始まっちゃうもんね~」エリスロも掌に拳をぶつける。
「ヴァーリ大王とレティーグには我々の手でお灸を据えねばなりませんからな」パランタンの言葉に一同が揃って笑い頷く。やっと皆に笑顔が戻った。
「探知は私に任せて皆様はどうぞ修行を。弓道場もヨゼフ様の手配で、二的ですが出来上がっております」エドワルドは自信に満ちた笑みを浮かべ慇懃丁寧にお辞儀をする。
「よっしゃ。今日は気合入れてやるぜ!」一矢は拳を突き上げた。
袴装束に着替え、弓に弦を張り、素引きを繰り返し、巻き藁を射る。基本は風巻道場で先週の内に習っているので、初めて実戦的なコツを伝授する。
「コツってのは、つまり骨の事なんだ」一矢は説明しながら矢を番え、射る。中る。「骨を以って的から己の中心に向かって射る。的から力を骨の髄に通して己の中心へ向かわせ足から土へ。血肉、気合は柔らかく足から手へと水の様にゆっくり流れ続ける。指と掌の骨で獲物の命の重さ、力を頂き、前腕上腕の骨、鎖骨、胸骨を上から下、肋骨の全てを前から後ろ、背骨に集まり、頭、頸骨から背骨を下へ、剛くしなやかな竹の様に骨の髄に力を通し、同時に竹を伝い落ちる水の様に髄の中を流れ落とす。仙骨、腰骨(骨盤)から股関節、腿の骨、下腿の骨、踵の中心より皮一枚前を以って力の滴を土に還す。これを易骨と言う。剣を振る時も基本は同じ。相手から骨を以って命の重さ、力を頂き土に還すつもりで斬る。掌中とか掌握とか土性骨とか意地とか真髄とか言う言葉の語源らしい」
科学的に、否、浅学を承知で言うなら、体の表面の筋肉に力を入れず、骨に近い筋肉で体を支えるという事なのだろう。だが実践においては骨に近い筋肉と言うイメージさえ持たず、ただ骨をイメージし、髄に力の流れを通し緊張と荷重を預けるのだ(余談だが肩こりは骨の無い僧帽筋に力を預けている事も一因である)。食事の時も掌から骨の髄で力を頂くつもりで食べる。普段も大気の中のエネルギーを掌から骨髄を以って得て大地に還すイメージで過ごす。
すると大地から湧泉(足の裏の土踏まずの前側の窪み)より柔らかい流れ、気合が生じ、力とは反対に骨を軸に、血肉を以って、足から膝、腰、臍の下、背中、胸、背中、肩、腕、肘を経てゆっくりと手へと向かい、掌と指先から気合いが滴り落ち、大気の中に蒸散する。その筋肉を通る気合の道こそ道筋や筋道と言う言葉の語源である。これを易筋と言う。剣や弓矢を構える時はたまたまそれに、そして的に気合いが注がれるだけ。剣を振る時は気合いの流れが速くなるだけだ。もっとも速い流れを実感するのには、相当に肉を柔らかくして骨を鍛えねばならないのだが。
「骨だからコツと言うのですかー。勉強になりましたー」パランタンが感心する。
「言っとくが『コツコツやりますー』とかいうダジャレは無しな」
「ああっ! 無常……」パランタンはハンカチを噛んで泣き崩れた。皆は無視した。
「後、弓を引く道具の弽は、通称かけって言うんだが、これも掛け替えの無いって言う言葉の語源なんだそうだ。他にも怒り心頭に達すとか、肚に据えかねるって言葉もあるように、感情は基本臍の下にあるのが昔の日本人の常識だったんだぜ」
感情を臍の下に手放し鎮めるための胸式(逆腹式)呼吸も、ナンバ歩き(右手と右足を同時に前に出す日本古来の歩き方)も、踵を地面に着けて駆り、足の五本の指を柔らかく伸ばして僅かに反らす歩法も、すべて近代スポーツによって否定され、時代遅れとされてしまった。剣術と剣道を同時に学ぶ者はこの齟齬と矯正に苦しむ事になり、多くの古流剣術が途絶えた。
同時に日本文化本来の言葉の意味も多くが途絶えた。
「爺ちゃんの道場も、今は半分近くが女性なんだよな。最近の歴史ブームとか歴女ってやつでさ、お侍さんに憧れる女性が多いお蔭でどうにか食いつないでるようなもんだ」
周囲の者からは禅も教えているのだから、いっその事非課税になる宗教法人化すればいいのではとも勧められたが、英明は『剣も弓も命を奪う物。殺生の業が宗教を名乗るなどおこがましい』と、一蹴している。
「スマン。話が長くなっちまったな。とにかく射てくれ」
ボソッ。的でなく土に矢が刺さる音。
「ぬっ、コツを教えられたと言うのに中らないな」シエラが怪訝な顔をする。
「喋るのは、ちゃんと残心を終えてから。流れを最初から最後まで途切らさず意識する。そんなに早くコツが身に着いたら誰も苦労しないって。それにコツが身に着いてからが本当に中てる為のスタート地点だしな。やっぱり本数、努力なんだぜ」
パスッ。小気味いい的に中る音。
「私は中りましたでーす」残心を終え弓を下ろしてからパランタンが自慢げに言う。
「お前もう二年三か月以上やってるだろうが。初心者に本数射させてやれっつーの」
「そうだそうだ!」「早くどいてよ~」レイチェルとエリスロが責め立てる。
「フッ。道化師とは孤独なものでーす」
「いやそれ今明らかに関係ねー。後、レイチェルとエリスロは礼儀正しくしろ。道場では絶対に、早くどけなんて言わない事。凄い非礼なんだぜ」一矢は真面目に叱る。
「「は~い」」二人はしおらしくしゅんとした。
「わーい。怒られましたねー」パランタンが喜ぶ。
「お前も反省しろ!」一矢は叱る。
「わーい。私も怒られましたー」パランタンが喜ぶ。
「喜ぶな!」一矢は頭が痛くなった。
弓の練習を終えた後、少しだけ剣の練習もやってからシャワーを浴びて夕食となった。
エスタルと言う名のブイヤベースに似たクロースリアの海鮮物の煮込みをメインに、色取り取りの料理が並ぶ。
「美味いなー」一矢は毎夕喜んで食う。母には申し訳ないが家の料理よりずっと美味い。
「一矢」シエラはパンをちぎりながら控えめに切り出した。「一つ尋ねるが、一矢もいじめられっ子だったのだろう。何故いじめられたのだ?」
「ああ。まあ理由は二つ、いや三つばかりあったかな」
もともと一矢は超がつくほどの運動音痴だったのだ。駆けっこは学年ビリ。スポーツ全般も駄目。遊びで三角ベースやサッカーをやる時は、女の子を混ぜていても一番いらない奴と両方のチームが押し付け合う。鬼ごっこをすれば一度鬼となったが最後、一矢が鬼のまま誰を捕まえる事も出来ず取り残される。
「あれは切なかったなあ。本当に」しみじみと語る。
二つ目は家が貧乏だったこともある。父親が借金の保証人をしていた相手が破産し、家計は返済でいっぱいになってしまったのだ。高価なゲーム機はおろか、ビーダマバトラーやハイパーベーゴマや水鉄砲やエアガンやレーシング四駆やカードゲームも玩具も買えないので遊びの輪に入れない。一緒にコンビニで買い食いもできない。仕方ないので図書館で本を借りて読む事だけが慰めとなった。
「私は裕福だったが、本の虫だったのは私と、同じなのだな」シエラは一矢の瞳を見つめて、ほろ苦く微笑んだ。
一矢は赤くなった。どぎまぎしつつ、少し視線を上に逸らして話を続ける。
三つ目は父親が剣術家で、躾に厳しく、一矢が礼儀正しく育てられた事だ。
「それがなぜいじめられる原因になるのですかー?」パランタンは眉根を寄せた。
「近所の家のガキ大将がさ、繰り返し親に言われてたんだよ。『一矢君はあんなに勉強が好きで礼儀正しくていい子なのに、お前はなんて悪い子なんだ。少しは見習え』って」
「あー。そりゃ一矢殿をいじめますなー」パランタンはやれやれとかぶりを振った。
「それはその親が悪いよ! 自分の育て方が悪いって事は棚に上げて、自分の子と他人の子を比べて非難するなんて、酷い事だよ!」レイチェルが立ち上がって怒る。
「少なからぬ今時の親にとっては、教育の責任なんてものは、自分達じゃなくて、保育園や幼稚園や学校の先生にあるんだよ」一矢は苦い思いで答えた。それに昔から子供をほったらかしにして仕事に励むのを美化する風潮さえある。自然と親は自分が責の無い被害者だと思い込む事もあるのだ。
「貴方がたの社会は、職業選択の自由もあり、能力次第で重用される効率的な社会ですが、我々の社会が劣っているとは感じられませんなー」パランタンは皮肉気に唇を歪め、笑った。「我々の社会は基本的に親と子が同じ仕事をします。親が子供に手渡しで、仕事と生き方と愛情を責任もって教えまーす。人と言うものは基本的に人にされた事を他人にもするもの。貴方がたの社会はこう言っては失礼ですが、代を重ねるごとに愛情が水に薄まっているようなものでーす」道化師とは時に手痛い真実を語るのが役目だ。
「そうかも知れねーなー」高齢独身者も自殺者も精神病患者も登校拒否児童や引き籠りやニートも犯罪者も年々増えている。減っているのは出生率だ。犯罪者の原因は同じく増えている失業率にあると言えもするが、他についてはどうだろう? ゆとり教育は解決策には程遠かった。「そう言う事だと、爺ちゃんから手渡しで剣術を教えられた俺は幸せだな」
一矢の父、徹矢は覇気の無い息子に剣道を習わそうとした。だが一矢は棒切れで人に殴るのも殴られるのも嫌だと抗った。祖父、英明は剣術なら人と競い争わなくともいいと、異例の幼さでの入門を認めた。竹刀で殴り合わず、ただ型を地道に繰り返す。基礎体力と小遣いを得るために、新聞配達も始めた。
そしてある日、ついに一矢は素手での喧嘩でガキ大将に勝利した。パンチをかいくぐって胸倉を掴み大外刈りで倒し、相手が泣くまで何度も何度も頭突きを繰り返したのだ。
一矢は一層稽古に励んだ。中学の時は体育の剣道の授業で、現役の剣道部員に勝ってしまった。しばらくの間『剣道部に入れ』との勧誘がしつこかったが、その時は無視した。徹矢も借金を返し終わり、これで後は趣味のうどん屋を開くための資金を貯めるだけだなと笑っていた。これからは何もかもうまくいく、その時一矢はそう思えた。
だが中三の終わり、徹矢は交通事故で亡くなった。
悪い事は続くもので姉の栄理も大学受験に失敗し、短大への進路変更を余儀なくされた。
努力は報われないものなのかと一矢は苦悩した。
一矢は運命に抗いたくて高校から剣道を始めた。結果は知っての通りだ。努力はやはり報われないのかと、一矢はへこんだのだ。相当に。
「すまない、一矢」シエラは頭を下げ謝罪した。「私だって父を亡くした苦しみは知っていたのに、腑抜けなどと言って悪かった。この通りだ」
「いや。腑抜けだったのは本当さ。努力が報われないって言ったって、日本中にいる剣道部員は何万人もいるんだ。日本一になった一人以外はみんな報われてないんだよ。それで努力を放り投げようとしていた俺が未熟なのさ。今は掛け替え無く今しか無いのにな」
「いや、それにしたって……」シエラはそう言って再度俯いた。「駄目だな、私は。姉の様には強く優しくなれない」
「確かにマリエルさんは強いよな。人の悪意に振り回されないし、人の懐に入るのも、懐に人を入れるのもうまい」剣の言葉に『切っ先触れ合う間合いは地獄、一歩踏み込んで懐に入れば極楽』と言うものがある。マリエルにはシエラの貴族を馬鹿にして間合いを取ろうとする様な弱さが無い。人を馬鹿にしなければ驕りも油断も生じない。
「……確かにな」瞳に憂いが陰を落とす。
「でもこの間みたいに懐に短剣を隠し持つ奴だっている。実際においても心においても。絶対的な洞察力や修練を得るまでは、人に少しの警戒心を持つ事も必要だよな」
「そうだな。私はそれで姉を補いたい」シエラは俯いた顔を上げ瞳に力を込めた。
「それに一度とは言え、レティーグとの婚約を承諾したって言うのは、相当、自分が国の為に何もしてないって気にしてたんだろうな」そうでなければ、本来の彼女は愛の無い結婚はお互いの身にとり不幸だと断っていただろう。「国の為とか人の為とかっていうのは偽善に陥り易いって。してやっているって言う驕りと幻に囚われて、自分のアプローチが間違っている事にも気づけなかったり、いざと言う時に自分の意志では無かったと言い訳にしちまう」人事では無いと書いて仏と読む。お互いの身になり考え、自分の気持ち、意志で行動する、嘘をつかぬ本当の善良さは互いの孤独を癒す。偽善に陥れば必ず互いに不満が生まれる。戦争を経て時代遅れのモノの見方となってしまったが、今でも因果応報なのだ。
「シエラさんはマリエルさんの間違いを正したんだ。誇っていい」
「う、うむ」シエラは少し赤くなった。
食事が終わると皆で勉強をし、九時半には一矢のみ自宅に帰る。そんな穏やかな日々がしばらくの間続いた。
暗い地下室にローブ姿の男達が唱える怪しげで陰鬱な呪文が響く。
円形の魔方陣の周囲には規則正しく並ぶ明かりを放つ燭台が十二本と、男達が十二人。
やがて男達が最後の一節を唱え終わると、魔法陣の中心に光と闇が舞い踊った。
「やったか?」男達は固唾を呑んだ。
現れたそれは、のそりと長い身体を動かした。
「ド、ドラゴンか?」男達は期待と狂気に目を輝かせる。
「いえ、ただの大蜥蜴ですな」クロブは淡白に答えた。
「期待を持たせおって!」男は腹立ちまぎれに大蜥蜴を蹴ろうとした。大蜥蜴が男に口を開けて威嚇する。男は慌てて足を引っ込めた。情けない姿だが、これでも大企業の重役で大株主である。他の者達も表の顔はひとかどの名士だ。
「期待以上です」クロブは淡々とした表情のまま拍手した。「これで貴方達にも召喚呪文が唱えられる事がわかりました。もう十日程も訓練すれば、ドラゴンの召喚も可能でしょう」
「ク、ククク……」男達は笑いだした。「やったぞ。我々は魔術師だ! 真の魔術師になったのだ! すべては我々『宵闇の月』の前にひれ伏すであろう」
「『宵闇の月』万歳!」「万歳!」「万歳!」熱狂が場を支配する。
だが彼らはドラゴンを召喚するのに必要な代償がなんなのか知りはしない。彼らの妄想が現実になる事は決してないのだ。その滑稽さにクロブは暗い愉悦の色を浮かべた。
早朝。一矢は風巻道場で英明の指導を受けるのが日課だ。
軽い袋竹刀でゆっくりと柔らかく、力と気合いの流れを漏らさず途切らさぬ様丁寧にじっくりと道筋を開き型をなぞる。一通りの型を終えた後、今度は鋼の模擬刀で猛烈な速さで型をなぞる。『在る』から『在る』へ、滝の如き一気呵成の動きでありながら、その切り返しはやはり同じ水にして流水の滑らかさだ。螺旋を成す気合いの流れで切り返しているのだ。
気合いと言ってもやはり筋腱で動いているのには違いない。風巻光水流でも真剣の五割増しの重さの振り棒で極端ともいえる大振りの型も鍛錬する。今シエラ達に教えている型がそうだ。思い切りの大振りを『止める』事が出来無ければ素早い切り返しなどできはしない。できるのは小振りの小手先である。そして小手先の動きでは気合いの流れは生じない。大きい動きからは小さくできるが、その逆は気合いと言う中身が無くなってしまう。大振りの負荷から、腱骨を関節を血肉を神経を臓腑を、痛めず守る無意識の流れを観て聴いた時、真の気合いは始まる。筋力であると同時に丹念に会話を繰り返した末の信頼であり愛なのだ。
稽古が終わるころ、スマホのメロディーが鳴った。
畳んでいたズボンのポケットからスマホを取り出し、メールを読む。「城崎からか」
『相談したい事がある。学校が始まる前に化学準備室に来てほしい』
化学薬品臭のこもる化学準備室に行くと、城崎と、その友達のちょっとぽっちゃりした五十川がいた。彼らは化学部員で、ここの鍵の貸し出しを許されているのだ。
「何の用だ?」一矢は腕を組んで尋ねる。
城崎と五十川は顔を見合わせて決意すると「僕たち、脅されてるんだ」と切り出した。
昼休み、化学準備室には城崎と五十川と一矢だけでなく、シエラとレイチェルとエリスロとパランタンもいた。
「つまり五十川が万引きしたところを不良グループの片桐達に見つかって、それをネタに脅され、金品を巻き上げられているという事だな」シエラは深刻に考え込んだ後、城崎と五十川に向かって慈愛の微笑みをかけた。「辛かったな」
「「シエラさん……」」城崎と五十川は涙ぐんだ。
城崎は五十川に相談され、勇気を振り絞って片桐達に脅すのをやめさせようとしたのだが、その説得は通じなかった。「少しだけどシエラさん達と一緒に修行したのに情けないよ」
「いや。自分でもできる事を他人に頼るのは甘えだけど、どうしようもない事を人に相談するのは、立派な勇気で状況のコントロールだぜ」一矢は城崎を励ました。
「そもそも何で万引きしたんだよ?」レイチェルの尋問。
「最近成績が伸び悩んでて、つい魔がさして……」五十川が嘆く。
「やっぱりまずはお店の人に謝るところからだぞ」レイチェルの正論。
「それが、返すべき商品を片桐達に取られちゃってて……」五十川が嘆く。
「片桐、最低だぞ!」レイチェルの激怒。
「あー。ついにレイチェルをマジ切れさせてしまいましたねー」遠い目をするパランタン。
「片桐君、可哀想に~」遠い目をするエリスロ。
片桐に一体どんな未来が待ち受けてるんだろう? 口にはせず戦慄する城崎だった。
「となると、いよいよ実力行使も視野に入れなきゃなんないかな」一矢は思案する。
「いいのか? 一矢は確か高橋理大の特待推薦枠を狙っていただろう。暴力沙汰がばれると不味いのではないか?」シエラは慌てた。
「まあ、ついこないだ特待生じゃなきゃいけない理由は無くなったしな」
お覚えだろうか、一矢は月四十万の高給取りになったのである。
「ちょっとハンデついても一般入試でどうにかなるさ」
「御免よぉ、巻き込んで」五十川は泣きじゃくった。
「気にすんな、乗りかかった船だ」一矢はさばさばと言い切る。
「他に、もうちょっと駆け引きとかできないか?」シエラは熟慮を求めてみた。
「う~ん。片桐達のグループに対抗できるぐらい学内で幅を利かせてる連中となると、吉田の空手部と、横山のグループか。どっちも今気まずいけど、ま、どうにかしてみるか」
「言った手前でなんだが、特に横山はどうにかなるのか?」シエラの懸念もっともであった。
「『五十川から手を引け』と、前空手部長の青木から片桐達に言っておくよう手配すればいいんだな?」吉田は腕を組んで訊ねる。
「すまねえな。ここん所つるんでねーのに、こんな時だけ当てにしちまって」一矢は両手を合わせた。
「高くつくぞ。覚悟しておけ」吉田は不敵ににやりと笑う。
「そうか、何で支払えばいい?」シエラが生真面目に応える。
「え、いや、冗談で言ったんだが」吉田は思わぬ返答にたじろいだ。
「試験休み中にみんなで遊園地はどう?」斉藤が割り込む。
「お安い御用だ」シエラは笑って答えた。「私も行ったことが無いから是非行ってみたい」
「えっ? オーストリアには遊園地が無いのか?」景山が目を丸くする。
「あっ、ああ。日本のには行ったことが無い」シエラは冷や汗を流した。
「「そうそう」」レイチェル達もくどい位頷く。
「じゃ、じゃあ、忙しいんで遊びの話はまた今度な」一矢達は立ち去る。
「美人なだけじゃないみたいね……」斉藤はつぶやく。
「と言うか、一矢自身もあの連中と付き合うようになって、更にお人好し度が上がってないか?」「言えてる、言えてる」頷き合う吉田と景山だった。
休み時間は残り少ない。一矢達は直ちに横山達との交渉に入った。
「そりゃ虫が良くないか」やはり横山は難色を示した。「俺はお前と城崎に恥をかかされたんだぜ」
「面子を潰して悪かったぜ。確かに舐められるわけにはいかないよな。お前はクラスの顔役だもんな」一矢は邪気なく笑った。「でもクラスの顔なら、俺や城崎はともかく、クラスメイトの五十川を放っては置けないだろう。片桐達に舐められたことになるぜ」
「……話の持って行き方が狡いな」苦々しくもあり、一矢達にクラスの顔として認められたのが内心嬉しくもあり、横山は複雑な顔色になった。
「クラスの顔役。私からも頼む」「私も」「私も」「アタシも」シエラ達も頭を下げる。
「ずりーよな、シエラさん達にまで頼まれて断ったら、俺たち悪者みたいじゃん」
「それでは?」シエラは期待を込めて問うた。
「釘を刺すだけならしてやるよ。その代りシエラさん、レイチェルさん、エリスロさん、今度カラオケ行こうぜ」横山達はシエラ達に色目を送った。
「カラオケがなんだか知らぬが、一矢達も一緒なら構わんぞ」シエラは承諾した。
「一緒かー。まあいいや、今回はそれで。じゃあ、宜しくな」「宜しくー」「嬉しいっす」横山達は喜びの声を上げた。
五時限目のチャイムが鳴った。
放課後、シエラは帰宅の途中一矢に尋ねた。「よく自分を侮辱した横山に助力を請えたな。どうしてだ?」
「うーん。まあ、自分もいじめられてた頃、口では言わなかったけど、似たような事してたかなと思って」優れた他人を貶めて自分と変わらないと幻の安心感を得ようとしたり、劣った他人を見下して自分は普通だと言う幻の優越感を得ようとするのは、不安やストレスを抱えているからだ。今更そういった事をしたい訳では無いが、横山達もストレスを抱えているのだと思えば、それ程腹も立たない。それこそ今更自分と横山達を比べようとは思わない。昔の自分も、横山達も、今の自分も、ただ、今自分の目の前にある問題こそが最大の問題で、一所懸命なのだ。比べて莫迦にしたりしない。言うべきことは言うが。
相手の身、過去の自分の身になる事、洞察力が高い事は、結局今の自分をストレス、煩悩から救うのだ。更に状況把握力、洞察力が高まれば、自分のしたい事、やりがいのある事と、成すべき事も自然と一致してくる。それは更に心のストレスを少なくする。そこまで行くのも大変ではあるが。
「では、今のお前は剣人殿と同じように徳が高いのだな」シエラはクスリと笑った。
「いや、そんな気にはちっともならねー。それに俺の徳が高いんだったら、今ここにいるみんな、徳が高いんだろ」一矢はアハハと笑った。「かえって肩が凝らねーか? 今目の前にある事に一所懸命。それでいいと思うぜ」
「まずは五十川君の事だぞ!」レイチェルは拳を握りしめた。
「その後は…、うわ~、嫌になるぐらい色々あるわ~」エリスロは苦笑を浮かべ頭を振る。
「それでは今の心境に相応しいギャグを一発」パランタンの悪癖が始まった。
「やめんか!――って?」しまった。レイチェルの必殺の間合いにパランタンがいない。
「鶴は千年しませんねん。亀は万年寝まんねん」
―――眩暈がした。
もう嫌だ、本当に何もしたくない。寝たい。
自分たちはここまで酷い目に合う何かをしたんだろうか。
日本語なんてわからなければよかった。
「貴様だけ寝てろぉっ!」レイチェルの跳び蹴りがパランタンの眉間に突き刺さった。
……後はただ無常の風が吹いた。
気が付くとエドワルドが入れてくれた紅茶がやけに身に沁みた。
一同がダメージから抜け出し、その日の稽古を始めるまでに二十分の回復を要した。
「えーと、とりあえず基礎のおさらいな」まだ頭がくらくらしている一矢だったが、気を取り直して剣術の稽古を始める。
最初は弓矢を構える様に人差し指が相手に向かって引かれる気持ちで剣に五指をかけ、巻き込むように掌を握り込み振る。次に肘の重さで剣を振る。その次は胸筋と肩甲骨を動かして剣を振る。更に次は臍の下で剣を振る。更に更に次は内股の筋肉(大腰筋と腸腰筋)で膝を抜き腰を沈める事によって剣を振る。最後は足の裏で剣を振る。余分な力みが緩み、骨が鍛え上がりすべてが一致した時、それは逆に足から手へと向かう気合の流れ、筋道となる。
剣の術理も弓の術理と表裏一体。
稽古が終わるころ、スマホのメロディーが鳴った。
このパターンはひょっとして? 一矢は既視感を覚えた。
やはりメールは城崎からだった。
片桐達は手を切ってやってもいいと持ち掛けてきた。ただし手切れ金は十万円。明日の放課後に町外れの廃倉庫で待つと。
「どうする? 一矢」シエラ達もスマホの画面に頭を寄せる。片桐達は大半が進学では無くガテン系への就職組だ。暴力沙汰の不祥事など、『若いころはやんちゃしてました』程度で、むしろ箔付けにしか思ってないだろう。
「片桐、小悪党にもほどがあるぞ!」レイチェルのヒートアップは止まらない。
「こ~ゆ~場合、やるなら徹底的にだよね~」エリスロはニコニコと笑みを浮かべた。いつもと変わりない素振りがかえって空恐ろしい。
「命までは取らないでくださいねー」パランタンが大して止める気も無い風に言う。
翌日、耐錆塗装の剥げかけた鉄骨むき出しの殺風景な廃倉庫の中では、十数名の改造学生を着た不良たちが待ち構えていた。
一矢と城崎と五十川とシエラとレイチェルとエリスロとパランタンが、大きく開かれたフォークリフト用の搬出口から堂々と入って行く。
「随分と大勢で来たじゃねぇか」リーダーの片桐が顎をしゃくり上げる。「あ、やる気か?」「見ろよ、パランタンと風巻がいるぜ」不良たちがざわめく。「ビビんなよ、後は女ばっかじゃねえか」「得物も持ってねえし、こっちは倍以上だぜ」
「十万。持ってきたんだろうな? 五十川ア」ポケットに手を突っ込んだまま顎を突き出して片桐が一歩進み出る。「大学行かせてもらえるお坊ちゃんだ。親から盗めばすぐ用意できたよなあ」
ぷっつん。
レイチェルの頭の中で何かが確実に切れた。
「ふ・ざ・け・ん・なっ! それじゃあお前らは大学行けるだけの努力を一体どれだけしてきたって言うんだ? 特待生は? 奨学金は? 学費をバイトで稼いだか? そのどれかでもしたって言うのかよ。やればできるけど親の金が無いのを言い訳にサボってこなかったと言えるのかよっ! 自分の問題に立ち向かわずに、八つ当たりで弱い者いじめしてるだけじゃないか!」
一同静まり返った。
シエラが懐から十万円の束を出し、地面に放り投げた。「拾え。貴様らのしていることはそれくらいみっともない事だ」
「んっだとぉ? オラア!」「マブいからって調子に乗ってると犯すぞオラア!」不良たちは我に返って激昂する。
「……お前ら、絶対に穏便に済ます気なかっただろ」一矢は片手で頭を抱えた。
既にパランタンとエリスロは呪文を唱え終わっていた。発動。雷撃の網が十五人の不良を包む。ラ・フォーロ・ファ・ジーナであれば即死しかねない魔法だが、地球では賢者の石の力を借りても幾らか痺れさせる程度だ。
だが一矢達が不良たちを叩きのめすにはそれで充分だった。彼らは命の奪い合いを実際に経験してきている。素手でもこの程度の人数相手に怯みはしない。無慈悲に顎先に掌底を叩き込み、また、胸倉を掴んでは投げ飛ばしていく。
「く、くそぉ……」片桐は地に転がり呻いた。十五名全てが地を這っていた。
一矢達は背中のバッグから樹脂バンドを取り出して、次々と不良たちを拘束していく。
「何だ、もう終わったのか?」「無茶な連中だな。まったく」吉田達空手部引退組と横山達がどこから聞きつけたのか、遅まきながらやって来た。
「で、これからどうするんだ?」横山が尋ねる。
「うーん。素直に手を引かないようなら、このままパンツ脱がして写真撮ってそれをネタに脅そうかなと思ってたんだが」一矢が顎に手をやりながら思案顔で答える。
「お前の根性ババ色だな」「お前の方が悪党だろう、どう見ても」吉田と横山が非難する。「こんな奴に酷い目にあわされる前に早く例のブツとやらを出してやれよ」横山の善意の主張。
「……」黙りこくる片桐達。
「何でこんなことしたんだよ?」レイチェルが滔々と説く。「ファッションとか退けない主張とか反骨心で不良をやってるんならまだわかるぞ。誰にだってそんな時もあるもん。でも五十川の万引きを見た時、そんなのはやめろって言うべきだったんだぞ。その反対をした時、お前らは沢山の人たちの『不良だけどいい所もある』って言う善意を踏みにじって、『不良なんてこんなもんだ』って知ったような口を利く奴等の悪意に負けたんだぞ! それじゃあ他ならぬお前ら自身が可哀想じゃないか……」
そして涙した。
シエラはそっとレイチェルの肩を抱いた。
「ざっけんなよ」片桐は弱弱しく言葉を吐いた。「まったく、ざっけんなよ……」
しばらくレイチェルのすすり泣く声が響いた後、片桐は「そこの青いスポーツバッグの中だ。勝手にとって行け」と吐き出した。
五十川は恐る恐るバッグを開けると、腕時計を取り出した。顔が輝く。「良かった。これで謝りに行けるよ」涙が滲む。
「良かった、良かった。もう二度と争いの繰り返されぬよう、私がとっておきのギャグで戦いの虚しさを教えてさしあげましょう」パランタンが満面の笑みを浮かべる。
「やめんかっ!」嗚呼、何と言う事か。またしてもパランタンはレイチェルの必殺の間合いにいない。
「題、イワシとマグロの喧嘩。『オドレこのツナ野郎、エラにヒレ突っ込んで奥歯ガタガタイワシたろか?』『それはせツナいね~』」
「「………」」
眩暈がする。
あまりにくだらなく、切なく、虚しかった。
一矢達は片桐達の拘束を解くと、「あいつ好きにしていいから」パランタンを指差した。
「一発ぶち込んでいいんだな」「やってやるぜ」男達が指を鳴らす。
「それではみなさんまた明日――」パランタンは百m十一秒フラットの俊足で逃げ去った。
「馬鹿な奴……」誰ともなく呟いた。
「じゃあ、あいつは放っといて、カラオケ行こうぜ、カラオケ」横山は上機嫌だった。
横山には秘策があった。
早い話がイカサマだ。女子たちが自分と同室になるよう、くじに細工をしたのだ。その甲斐あってこの部屋には自分の他にシエラとレイチェルとエリスロがいる。後、比較的どうでもいい男子が三人。後は何人もの女の子(二桁に届かないあたりが理数系クラスの悲哀である)に『横山君歌上手~い』と言わしめた得意のJポップスを披露するだけだ。
隣の部屋では城崎が一矢に呟いていた。
「隣、五十川がいるんだよな。横山君達可哀想に」
シエラ達の部屋で一番最初にマイクを取ったのは五十川だった。
桁外れだった。超弩級だった。もう少し痩せていてイケメンだったら幾つものプロダクションからスカウト殺到間違い無しの超美声の超絶歌唱だった。
「五十川上手~い」「すごい、すごい歌だ。感動した」「プロが目指せるぞ」
嫌だ、この後に歌いたくない。横山は戦慄した。だが非情にも次の歌は自分だった。そこから後はただひたすらに惨めだった。音程を外している、リズムを間違える、声が裏返る。分かっているのに悪い流れに行ってしまう。オンステージと罰ゲームの繰り返し。
サバトだ。
料金先払いの二時間がひたすら長かった。
五十川なんか助けるんじゃなかった。横山は後悔した。
「有難う横山。五十川がこうして歌えるのも、お前たちの助力があっての事だ」
シエラにそう言われてちょっと後悔を止めた。「まあな」胸を張る。
次の日、五十川は行列を引き連れて時計屋に謝りに行った。
カチコチと鳴る掛け時計達の無機質な音が、威圧感となって五十川に迫った。
「申し訳ありませんでした!」時計を差し出して頭を下げる。
「一時の気の迷いだったんだ」「返すのが遅れたのには理由があったんだ」「かくかくしかじか」「すごく反省しているんだ、許してやってくれ」次から次へと弁護の声。
「フム」片眼鏡を掛けた気難しそうな初老の店主は鼻を鳴らした。
「許してください」五十川は二度目の頭を下げた。
「若いの、これだけの人間がお前のために必死になってくれる事など滅多にない。お前の人生でもおそらくこれ一度じゃろうな」店主は鋭く目を光らせる。「いいか、この先お前と同じように困った人間が現れた時、その時はたった一人でも、偽善と言われる事を恐れずに、その人間の味方になってやることじゃ。そして一人でも多くの味方を作ってやれ」
五十川はごくりと息を呑んだ。「……はい」
「それを誓えるなら今回だけは見逃してやる。二度目は無いぞ、いいな」
「……有難うございます。誓います!」五十川は涙ぐみながら三度目の頭を下げる。
「「有難うございます!」」後ろの皆も一斉に礼を述べた。
「みんな、有難う!」五十川は四度目の頭を皆に下げた。
試験休みに突入した。
一矢達は遊園地にいる。斉藤との約束を果たすためだ。
本来ならば家や図書館に籠って勉強に専念するための休みで、今日の様に皆で遊園地に遊びに来たなどという事がばれれば、普通、教師から大目玉を食らうところだ。
だが斉藤は気にしない。JAXAを目指す彼女は普段人一倍努力している。彼女の成績は学年一位だ。今回みたいな些細な事では教師たちも何も言わないだろう。ちなみに二位はパランタンだ。当然ながら斉藤とパランタンに勉強を見てもらっている一矢や吉田、景山、シエラ、レイチェル、エリスロの成績もいい。今日の事はいい息抜きだった。
「なあ」吉田はレールを上昇してゆく緊張感高まるジェットコースターの席上で訊ねた。
「何だ?」隣の一矢が不機嫌に聞き返す。
ジェットコースターは頂点から急降下。
「何で女子が四人もいるのにお前なんぞの隣にいなければならんのだ~?」
「文句は斉藤に言え~!」
凄まじい速度でループへと突入していった。
今日のペア割り振りは斉藤が強硬にシエラとペアになることを主張したため、後は自然とレイチェルとエリスロ、一矢と吉田、パランタンと景山のペアに決まってしまった。
ジェットコースターはまだましだった。フリーフォールもいいとしよう。
だがお化け屋敷は最悪に詰まらなかった。一矢も吉田も作りものだと分かっているお化けに恐怖するような繊細な神経を持ち合わせていない。ただ退屈だった。これで相手が女子だったら『頼りになる人』アピールするチャンスだと言うのに。
一方シエラと斉藤は、「うわっ」「きゃっ」「斉藤、怖かったら、しっかり掴まっていろ」「そういうシエラさんこそ悲鳴を上げてたじゃない?」「怖くなどない、ただ驚いただけだ」「私だって」と、距離が縮まったのかそうでないのか判別し難い状況だった。
昼食を終えて一先ずは大人し目にコーヒーカップ。だがただ乗ったのではつまらない男性陣はやけくその様にテーブルを力いっぱい回転させた。カップは急回転。酔った。
「「おえええ」」
とどめとばかりにバイキング。更に酔った。
「「おえええ」」
男達は結構高かった昼飯代を無にはすまいと必死でこみ上げるモノを飲み下した。だが足元は覚束無い。これはチャンスだ。斉藤は目を光らせる。
「次はゲームコーナーでエアーホッケーしよう!」
一回戦で男性陣は無残にもことごとく討ち死にした。
準決勝。シエラと斉藤は目と目を合わせ火花を散らす。じゃんけんは斉藤の勝利、先攻。
斉藤のスマッシュ。シエラは辛うじて打ち返す。サイドに当たってスピードの落ちたパックをホールドして再び斉藤のスマッシュ。シエラはぎりぎりでしのぐ。パックはサイドに当たって左右し、シエラの陣内で止まる。シエラはパックを手元に引き寄せて逆襲のスマッシュ。斉藤はダイレクトに打ち返し、それをまたシエラがダイレクトに打ち返す。
パックは目まぐるしく両陣を行き来し、時間が終わった時、一点差でシエラが勝利した。
「悔しいー!」と、歯噛みする斉藤に、シエラは握手を求めた。
「強かった」
「……そっちもね」二人は手を握り合わせた。
決勝ではエリスロが勝利した。「いえ~。皆の者アタシにジュースを奢る事を許す」
「赤マ○シドリンクでいいですかー?」パランタンのジョーク。
エリスロとレイチェルのサンドイッチパンチがパランタンを捉えた。
一行はその後シアターホールでミュージカル仕立てのキャラクターショーを見物した後、仕上げの観覧車に乗った。
斉藤は登って行くゴンドラの中で切り出した。「シエラさんは風巻の事どう思ってるの?」
「一矢か」シエラは少し考え込んだ。「フニャフニャして掴みどころのない男だ。用心深いのか、大胆なのか、よくわからない」
「あー。してるしてる、フニャフニャしてる。あれでもう少しシャキッとしてたら私も見直すんだけどね」
「だが時にまさに一本の矢のように鮮やかな時もある。自分が何を為したかなど振り返りもせず、恩にも着せず、ただ前に飛ぶ」
ゴンドラは頂点に辿り着いた。
「美しい街並みだな。どこでもそうだが、この日本でも、人々は平凡に、普通に、だが懸命に営みを繰り返している。それはこの上なく美しい」
シエラは外の景色から斉藤に視線を移した。
「私の故郷にはテレビニュースにこそ出ないが、いささか問題が起こりつつあってな。人々の営みを守るため、一矢の力が必要なのだ」
「シエラさんこそ、前に進む人って言うか、闘う人なんだね。それなら遊び仲間を持ってかれるのも仕方ないか」斉藤の中で何かがストンと腑に落ちた。笑みが浮かぶ。
その時シエラのスマホが鳴った。「もしもし」
それはエドワルドからの連絡だった。賢者の石の反応を捉えた。先行してメイドたちが向かったが、彼女たちの手には負えないだろうから、大至急戻ってきて欲しいと。
「すまない。火急の用が出来た。私達と一矢は帰らなければならない」
二人のメイド、ベルノとランカはタクシーの中から、植込みも立派なレンガ造りの豪壮な屋敷を張り込んでいた。表札には藤倉とある。
「見て、あのでっぷりしたのが主人みたい」ベルノがオペラグラスを覗きながら言う。
「エドワルドさんにも負けない恰幅ね」ランカもやはりグラスを覗きながら答える。
「あっ! 今後ろから出てきたアタッシュケースを持たされてる男、手配書のクロブに似てない?」
「言われてみれば似てるかも」
藤倉とクロブと思しき男とお抱えの運転手はガレージのシャッターを開き、ロールスロイスのシルバーゴーストに乗り込んでゆく。
「ランカ。運転手さん。貴方達はあの車を追って」そう言いながらベルノはタクシーを降りる。
「ベルノはどうするつもりなの?」ランカは目を丸くする。
「主人のいない間にちょっと家探ししてみる。大丈夫。私、間者の心得もあるんだから」
「エリスロ程じゃないでしょ、気を付けるのよ!」
「いいから早く、行った、行った」ベルノは手をひらひらと振る
ロールスロイスはゴーストの名に相応しく音も無く静かに発進した。
「くれぐれも気を付けるのよ!」念を押したランカは不承不承タクシーの運転者に発進を促す。
ロールスロイスとタクシーは走り去って行く。
「さあて、一丁気合い入れて行きますか」ベルノはパキパキと指を鳴らした。
一矢達は腰に剣を帯びた。天使長の占術が正しければ、一矢達は天使長、即ちドラゴンと戦う事になるからだ。
これがラ・フォーロ・ファ・ジーナでの戦いならば万に一つの勝ち目も無い。ドラゴンはただの一頭で一万の魔法使いに匹敵する存在なのだ。
だがマナのほとんどない地球でならばドラゴンの無敵の魔術も大きく制限される。
剣で倒せる可能性も僅かながらあるのだ。
一矢は役に立つこともあろうかと、持ち運びのしやすい短くあつらえた弓を手に取った。長さの割に強さが三十五キロもある逸品だ。
一矢達が玄関を出ると、パランタンが真っ赤な大排気量のアルファロメオを回してきた。
「もう免許取ってたんだ?」一矢は感嘆した。
「車以外の何を使って向かうと思ってたんでーすか? まあ、春の間に夜間でちょちょっと取って来ましたでーす」お笑い以外は何でもそつなくこなす男である。
「よし、行くぞ!」シエラが凛とした声で号令をかけた。
ベルノは慎重に歩を進めていた。
勝手口から侵入し、厨房からリビングへ。屋敷の中央の広間まで進むと、贅沢に空間を使った、ゆったりとした螺旋を描く、二階と地下へ続く階段を発見。少しの間逡巡した後、「やっぱり悪い事を隠すなら地下室よね」と、地下に潜入。ほんの少し逸る気持ち。ほんの僅かな油断。頭上の微かな気配に気付く事は無かった。
扉の鍵を開け、室内に入る。黴臭い空気、乱積する魔道書、水晶球にタロットに動物の骨の細工物、十二本の燭台に囲まれた魔法陣、そして魔術が使われた何よりの証拠の、崩れて砂と化した使用済みの賢者の石。
「間違い無し。やっぱりあいつがクロブだったんだわ。エドワルドさんに報告しなきゃ」
ベルノは子供用携帯を取り出した。
しかし背後から忍び寄った手にその腕を掴まれる。
「きゃっ!」ベルノは携帯を取り落し、悲鳴を上げた。
藤倉幸雄は自分ほど不遇な人間はいないと思っていた。
藤倉財閥創始者の直系の子孫でありながら、会長に選ばれず、専務に留め置かれている不遇。逃避し耽溺した先の魔術の世界でも、国際的な大組織、『金色の夜明け』に常に頭を押さえ付けられている不遇。自分の思い通りになる事が何一つ無いと嘆いていた。
状況を打開するために必要な想像力と洞察力の欠如と、小さな幸せを幸せと感じる事の出来ない被害妄想と、すべてを周りのせいにし自己を血筋で正当化する自我の肥大化が原因だとは露程も考えない。指摘されても不当に侮辱されたと思って終わりにし、性格を変える事も磨く事もしてこなかった。
「違う。これからは違うのだ。私がすべてを掌中に収める時が来たのだ」藤倉は熱に冒された譫言の様に呟く。
「まことにその通りです。藤倉様」クロブは淡々と追従した.
「旦那様」運転手が控えめに忠言する。「タクシーが先ほどから尾行して来ております」
「直に高速だ。振り切れ」人に命令する事に慣れきった声。
「了解しました」
高速に乗った途端、猛然と加速するロールスロイスに、ランカの乗ったタクシーは引き離されていく。
「運転手さん、もっとスピードを出して!」ランカは悲鳴のように叫ぶ。
「無茶を言わんでください。ロールスロイスのエンジンはスーパーカー並みなんですよ。 こんな普通の国産セダンじゃ追いつけませんて」運転手は必死でアクセルを踏んでいた。
「ああ……、もうあんな遠くに」
ロールスロイスが点になる。
こうなっては後はベルノが屋敷で有用な情報を得てくれる事を祈るしかない。
「お前、どこのメイドだ? うちのとは制服が違うぞ」ニキビ面の二十代になったばかりの大柄な青年、藤倉達雄はベルノの腕を捩じり上げて問い詰めた。おそらく柔道の経験でもあるのだろう、巧妙に関節を極められ、ベルノは抵抗できない。
「誰が言うもんですか!」ベルノは気丈に言葉で抗する。
「ふん。お前、自分が賢いつもりか? それじゃあ、自分が不法侵入者だって言ってるようなもんだぜ」達雄はベルノを頭からつま先までじっくりと舐めまわすように見る。「よく見りゃいい女じゃないか。不法侵入なら姦られても訴え出られないよなあ」
ベルノは恐怖した。
「いやああぁっ!」
達雄は腰のベルトを外し、ベルノの両腕を拘束した。そして押し倒す。
ベルノは大声で叫びながら、自由になる足で懸命に抵抗する。
達雄はわざとゆっくりと、その抵抗をあしらい楽しんだ。少しずつ服を引き裂き、時に頬を張って嬲り、屈服させるのを愉しんでいく。
その余裕が命取りとなった。
いよいよ自らのズボンを下ろしてパンツを脱いだ時、フラッシュが閃きスマホのシャッター音が響く。
「なっ?」達雄が振り返ってみると、五人の剣で武装した男女。
「決定的シーン撮影~」エリスロがスマホを構えながら呑気に言う。
ベルノは安堵の余りボロボロと涙を流し泣き出した。「シエラ様~」
「さあ、貴様のような下種はどうやって思い知らせてくれようか」シエラが冷然と告げる。
「○△×で□☆◎とかしてみるか?」腕を組み傲然と物騒な言葉を放つ一矢だった。
夕霧高原の藤倉の別荘の庭では、既に集まっていた十一名の男達が巨大な魔方陣を描き上げつつあった。
「ご苦労」藤倉は顎で男達に声をかけると、一度別荘の中に入り、いつもの魔術師然としたローブに着替えてゆく。
「藤倉様。これを」クロブが古びた、だが厳然とした風格の指輪を差し出す。「ドラゴンを呼び出すアーティファクト、『魔法王の指輪』です」
「おお。これさえあれば七十二匹のドラゴンを操る真の魔法王になれるのだな」藤倉は恍惚とした表情でそれを受け取り、指に嵌めた。「どうだ!」
「相応しゅうございます」クロブはこうべを垂れた。
程なくして魔法陣が完成した。
そして『傲慢たる天使長』を召喚するための三十分に及ぶ大儀式が始まる。
一矢達がベルノに持たせていた子供用携帯のGPSアプリで居場所を特定しての救出劇から少し後、無理やりの六人乗りで一度市街地まで出てベルノに破れたメイド服の代わりの服を買ってやり、タクシーで送り返した後、ランカとエドワルドとも連絡を取った。達雄へのちょっとした尋問(精神的拷問)で得た、夕霧高原の別荘に父が向かったとの証言を元に、エドワルドに正確な位置を探査してもらう。
ランカの報告ではクロブ達に後れをとる事およそ三十数分。
間に合うか間に合わないか。
パランタンはアルファロメオのアクセルを床まで踏み込んだ。エンジンが吠え猛る。
占術では天使長と直接相対する事と決まっている。だが、皆、間に合ってくれと祈らずにはいられなかった。
魔法陣から輝く光の柱が屹立した。
その中に六枚の翼を持ったドラゴンと思しき長大なうねるシルエットが浮かび上がる。
「おお、おお。遂に」藤倉は陶然とこぼした。すべての労苦は今報われた。
だがその時、異変に気付く。手の先が、足の先が石と変わっている事を。
「「何だ? これは!」」気付けば十二名全ての手足が石と変わり果てていた。
「クロブ! 聞いておらんぞ、こんな事は!」藤倉は激昂した。
クロブは冷淡に答えた。「ドラゴンを地球に召喚する事は、重大な禁忌として呪いが掛けられているのです。その呪いを打ち破るには十二人の命、生きた賢者の石が必要なのですよ。つまりあなた方は文字通り新たな魔法文明の礎となるのです」クロブは藤倉達に見せた事の無い、愉快でたまらないといった嗜虐の笑みを浮かべた。「光栄でしょう?」
「「クロブ! 貴様ぁ! 貴様ぁ!」」男達は怨嗟の声を上げた。だが非情にも彼らの石化は胴体に、そして頭へと急速に進んでいく。
声が止んだ。
やがて十二体の賢者の石は崩壊し、砂と化し崩れ去って行った。
「ようこそ地球へ。我が真なる主、天使長様」クロブは恭しく、心からの礼を施した。
傲慢たる天使長は巨大な龍体を振るわせ、咆哮した。クロブの体が芯から震える。
「クロブよ、真なる魔術書は『金色の夜明け』とインターネットとやらに渡しておるか?」ドラゴンが問いかける。
「万事、手抜かりなく」
「そうか、ならばお前も死すがよい」ドラゴンは六枚の翼を広げて大きく口を開き、息を吸い込んだ後、炎の息を吐いた。
「なっ!」クロブは慌てて逃げたが炎に捉えられ、火達磨となった。地面を転げまわる。
「一吹きで三千の兵を焼き殺す我が吐息も、地球では貴様一人にとどめを刺すには足らぬか」ドラゴンは嘆息し、斜め後ろを振り返った。「占術通り、貴奴らも来た」
「皆さんに耐火の呪文を施しましたが、どれだけ持つかはわかりませーん」パランタンがやけくそのように明るく言い放つ。
五人の勇士は今、天使長に立ちはだかった。
「来たか。放っておけば、この世界はクロースリアが支配する世界となったであろうに」
マナの満ちた世界で科学技術を復旧させる手段はクロースリアにしかない。
「この世界はこの世界の住民の物だ!」シエラが宣戦布告する。
一矢が、シエラが、エリスロが、パランタンが、散開し四方からドラゴンに斬りかかる。
一人レイチェルだけはクロブに駆け寄り、治癒の呪文を唱えた。
「何故その男の命を助ける? 娘」ドラゴンは腕で、翼で、長大な尻尾で四人をあしらいながら、レイチェルに問いかける。「取るに足りぬ小悪党ぞ」
「それでも法の裁きを受けさせて、罪を償わせるべきだぞ!」レイチェルは真っ向叫んだ。
「フフフ。青い。心地良き青さぞ」ドラゴンは笑った。「その青さで我を退けて見せよ!」
一矢達はあらん限りの技で、力で、ドラゴンに立ち向かった。
しかし圧倒的な質量の差が立ちはだかる。ドラゴンの僅かな身じろぎでも、受け損なえば必死の打撃をもたらすだろう。
一矢はすべての気合いを振り絞った奥義でドラゴンの鱗に切り付ける。爪を鎬で受け流し必殺の突き、また次は電光石火の切り返しでドラゴンの腕を断ちにかかる。
だがすべてが浅い。今の一矢の技量とクローム鋼の鉄を断つ刀を持ってしても固く分厚い鱗の前に、ほんの僅かな浅手しか与えられぬ。
シエラ達の剣ではその浅手すら与えられない。このままではじり貧だった。
ドラゴンの尾がパランタンを薙ぎ払わんとする。パランタンは体操選手めいた敏捷さで跳んで躱す。だが着地でたたらを踏む。「おっとっと」
そこに往復の尾の一撃。
「冗談はよしこさーん!」吹き飛ばされてしまう。
「パランタン!」レイチェルが急いで駆け寄り治癒の呪文を施す。
「おーう。リリたんの愛が身に沁みまーす」
「馬鹿! 冗談言う元気が有ったら、さっさとみんなを救けに戻れ!」そう言うとレイチェルも剣を抜きドラゴンへと立ち向かって行く。
「リリたんと一緒なら元気百倍でーす」パランタンも遅れず付いて行った。
ドラゴンが炎の息を吐く。エリスロは必死に躱すが幾らかは彼女をかすめる。耐火の呪文が限界を迎える。「あちちちっ~!」
「エリスロ!」シエラが叫ぶ!
「大丈夫~。ちょっと髪が焦げたぐらいで済んだ~。耐火の呪文も自前でかけ直すから心配しないで~」心配させまいとしてか、いつも以上に呑気に答える。
後退したエリスロを庇うようにパランタンとレイチェルがドラゴンを牽制する。
だがドラゴンはそれによって手空きになった尻尾で今度は一矢を薙ぎ払いにかかった。
「くそったれ!」刀をかざし、左手を峰に添えて受け止める。足は踏んばらない。すり足の要領で滑り流れるに任せる。それでも後ろに停めていたアルファロメオまで弾き飛ばされてしまった。背中を激しく打つ。「げほっ!」
辛うじて起き上がる。その時地面に捨て置いていた弓と矢が目に入った。
頭に様々な事が閃き駆け巡る。
ドラゴンはなぜ炎の息を吐ける?
心の底で考える。きっとあれも魔術だ。息を吸う動作はただの息継ぎではなく、濃密なマナを集中させているのだとすれば? 一矢はヨゼフの形見となった首飾りを握った。
一方、ドラゴンの爪の一撃が正面からシエラを捉えた。辛うじて剣で受けるも、踏ん張り切れず、地面に打ち倒されてしまう。
「うぅっ!」
「「「姫様!」」」レイチェルが、エリスロが、パランタンが、ドラゴンの注意を自分に向けんと必死に斬りかかる。だがドラゴンはそれらを軽くいなす。
ドラゴンは咢を広げ、シエラの身をその牙にかけようとした。
その時―――――
一本の矢。
それはドラゴンの左目に突き刺さった。
ドラゴンが矢の放たれた方角に頭を向ける。そこには二つ目の矢を番える一矢の姿。
一矢の意識は今までに一度も無かったほど澄み渡っていた。矢がどのような軌跡を描き、どこに向かうかが完璧にわかる。
的を狙うのでは無い。
ただ己の骨を以って悪を奪い力を頂いて土に還すのみ。敵意でなく、気合を注ぐのみ。
ただ矢はその道を的より己になぞるのみ。
ドラゴンが一矢に向かって炎の息を放たんと口を広げ息を吸う。
「南無八幡大菩薩」一矢は弓を引き絞る。
まさに炎が放たれんとしたその瞬間――――
転移の首飾りが結びつけられた矢はドラゴンの口中に在った。
魔法陣の中、轟音と共に光と闇が舞い踊った。
そしてドラゴンは消え去った。
「……やった」一矢はへなへなと座り込んだ。「まさか、こんな思い付きがうまくいくとは思わなかったぜ」一生分の運を使い果たした気がする。
「「一矢!」」パランタンが、レイチェルが、エリスロが、そしてシエラが駆け寄って一矢をもみくちゃにする。「「よくやった!」」「お前はえらい!」「すごい、すごいよ~」
「は、は、あっはははは」一矢は笑った。腹の底から笑いが込み上げた。
そんな一矢にシエラが意地悪く言う。「しかしどうする? 転移の首飾りは恐ろしく貴重で高価だ。弁償してもらうぞ」
「は……」一矢の笑いが引きつる。「……ローンとか利くかな?」
「冗談だ。貴重で高価なのは確かだがな。そんなものは私がいくらでも立て替えてやる」シエラは涙すら浮かべて笑い、ぐしゃぐしゃと一矢の頭をかいぐり撫でた。
クロースリアの白亜の城の中庭に、ドラゴンは輝く光の柱を屹立させ現れた。
「「天使長様だ!」」人々はざわめく。「目に矢が刺さっておられるぞ!」「抜いて差し上げねば!」
「よい」天使長は念動魔法で自ら矢を抜いた。みるみる傷も塞がる。
「天使長様!」クレメンティア女王が参り出て膝を衝き頭を垂れる。「如何様な御用で?」
「此度は自ら訪れた訳では無い」
「と、おっしゃりますと?」
「お主の娘達は見事我を地球よりこの世界に押し返したぞ」ドラゴンは轟音を響かせた。それが笑い声だと人々が理解するにはしばしかかった。「やりおった、あの一矢とか言う小童め。愉快ぞ、愉快」
「我が娘どもの勝ちでございますか?」クレアも誇らしげな笑みを浮かべた。
「勝ちよ、勝ち。我の負けよ。我はしばらく地球には手を出さぬわ」
西暦二千十六年七月某日。温暖化問題を先送りにしただけとは言え、地球に住む人々は、人知れず、救われ命を繋いだ。地球がどうなるかは地球の人々の手に託されたのだ。
余談となるが、インターネットに流布された件の魔術書は、何の効果も無い嘘八百のデタラメとして風化していった。
隙間無く居並ぶ兵と言う幾万もの飛沫で構成された、うねる陸の大津波が地平を覆い尽くす。
それは原初の畏怖を呼び起こす光景だった。
行軍が止まる。
ローンガルト大陸、中央エブレ平原においてヴァーリ大王の軍十八万と諸国連合の軍十五万は向かい合った。
睨み合う両軍から伝令が放たれ、中央で会す。
諸国連合の伝令が書状を開き読み上げた。
「我等ギルナ、バーサ、ノートリウスの諸国連合は、これよりヴァーリ大王の指揮下に入り、ミッデルシア大陸に遠征することを決定した!」
ヴァーリ大王の伝令も書状を読み上げる。
「我等ヴァーリ大王が旗下三国は、汝らが同盟を快く受け入れる。ともにミッデルシアの豊饒な大地を我等が物とせん!」
静まり返った後、嵐のような歓声が両軍から沸き起こった。戦士たちは槍を掲げ、斧を掲げ、剣を掲げ、盾を掲げ、打ち鳴らし足踏みをする。比喩では無く大地が揺れる。
「「ミッデルシアを我等が物に!」」三十三万の熱狂が渦を巻く。
「これで貴様の絵図面通りと言う訳か?」ヴァーリ大王は騎上からレティーグに問うた。
「いやはや、脅したり、なだめたり、すかしたり、密使や間者を用いて色々と小細工しましたが、最終的にはやはり大王の威徳の賜物でございましょう」
「戯言を申せ、貴様の脅しなら相当にえげつない事もやったのであろう?」
「お見抜きですか。ですが、せいぜい子供や愛妾をひと時誘拐して、血判を裏で押させたまでの事。実際に血判通りに膝を屈させたのは、敵に勝る十八万の軍勢を招集し率いた大王の御功績にございます」レティーグはクツクツと笑った。
「思い通りになって楽しそうだな?」
「楽しゅうございます。世にこれ以上の楽しみなど他にございませぬ」
「良かろう。だが我が意に沿わねばいつでも斬るぞ」笑みを浮かべながら眼光を光らせる。
「それはもちろん。遣り甲斐のある王命に従う事は我が二番目の楽しみ」怯まず喜ぶ。
「一番と言わぬとは正直な奴よ」
大王と軍師は呵々大笑した。
その夜、ギルナ、バーサ、ノートリウスの王達はヴァーリ大王の幕舎に呼ばれた。
近衛のカロとジッタは恭しく王達を迎え、幕舎の中へと案内した。
緊張する諸王にヴァーリ大王が声をかける。「まずは酒を飲まれよ」
王達はおずおずと角杯を傾けた。豪放なローンガルト人らしからぬ飲み方だ。
「どうもいかん」ヴァーリは横に首を振った。「余の軍師が余計な事をしでかしたせいよな」指を鳴らし、レティーグを幕内に入れる。「あれを出せ」
「はっ」レティーグは懐から血判状を取り出しヴァーリに渡した。
ヴァーリは鷹揚な態度で血判状を受け取ると、それを火にくべ燃やした。「誇り高きローンガルトの戦士が脅されて人に従った事など無かった。それでよかろう」
「それでも気が済まぬなら小細工を弄した私めをお斬り下さい」レティーグが跪く。
諸王達は毒気を抜かれた。この男達は途方もない野望に文字通り命を賭けている。
バーサの王が口を開く。「いや、此度は何事も無かったのだ。なれば軍師殿を斬る謂れも無い」そして角杯をグイッとあおる。「実によい酒よ」清々した笑みを浮かべる。
残る二人の王も一息に角杯を飲み干した。
王達は真に大王と軍師に敬服したのだ。
酒宴は遅くまで続いた。
ローンガルト大陸全軍によるミッデルシア侵攻確定の報は二つの大陸中を駆け巡った。秘密裏に大量の軍船や輸送船を建造していた事も明るみに出る。
対ローンガルトのミッデルシア五か国軍事同盟が発動され、各国は軍を招集した。
世界の覇権をかけた戦いの始まりである。
一矢達は逸る気持ちを押さえながら禅の修行に専念していた。
ヴァーリ大王の侵攻の報を受けたものの、期末テストが終わって夏休みが始まるまでは、決してクロースリアに戻ってはならぬとクレア女王に厳命されたからだ。
実際向こうに居たからと言って、大王の軍が上陸して来るまで、特に一矢達に何ができる訳でもない。訳では無いが、やはり居ても立っても居られない。
激情を治めるための修行に一層の熱がこもる。
今日の座禅には城崎と五十川も加わっていた。彼等も一連の経験を経て強い人間になりたいと思った。肉体的には無理でも精神的にならどうにかならないかと門をくぐったのだ。
だがやはり初心者、慣れない座禅で上手く骨に力を預けられず頻繁に身じろぎする。
「城崎、五十川。お前ら背骨がどこにあるか知ってるか?」一矢は訊ねた。
「「背中にあるんじゃないの?」」城崎と五十川は自信無さ気に応える。
「違うな。背中に、普通に言う背筋にあるのは魚で言うところの背びれの骨だ。背骨はもっと前側、体の内側約前後七対三の所にある。体の中心を軸にして中丹田、下丹田と釣り合いの採れる反対側の所だ。と言うより、三対七に有る中丹田、下丹田が軸から背骨の反対側に有ると言うべきなんだろうな。背筋に意識が集中しているなら、まず体の中心、背骨の前側を意識してみろよ。大雑把に言えばそこには体全体を支える前縦靭帯が有り、それが大体正中線、軸だ。その軸に圧を集中する事を刀禅の流派では玄と言う。それから肛門の皮一枚後ろ、胸骨の髄、頭の頂点を吊り上げる三本の糸をイメージし直してみるんだ。天へと上る軸を保ったまま気と力を前後に分け、気を前側の三丹田に鎮め、力を後ろ側の背骨の髄に通し流し落とし易くなるはずだ」
「なるほど、本当だ」シエラが納得の声を上げる。「城崎と五十川には感謝だな」
「うわっ、これって体の歪みを思い知らされてかえってきつい所もあるよ」城崎が悲鳴を上げる。「本当だ~」五十川も悲鳴を上げる。
「ま、じっくり肉の力みを緩めて水と成して血潮の流れを促し、じっくり骨の髄に力を通して鍛え神経を通すんだ」
「一矢~」今度はエリスロである。「どうもこう、焦る気持ちってのが、気を抜くとすぐ臍の下から浮ついて胸に上がっちゃうんだよね~。いい集中方法ってないかな~?」
「うーん。まだ早いかも知れねーけど、丹田を回転させるといいかな」
他の流派では回転方向が決まっていたり、または右に十回回した後、左に十回回す練習をするなどの流派などあるが、風巻光水流では特に定めていない。その時その時で、丹田が自然に回る方へと回すのだ。丹田との会話、それ自体が重要なのである。上手くいけば臍下丹田に光熱の気と養水の気が練り混ぜ合わされ熱くなり、気は落ち着く。
中丹田では光彩の気と潤水の気、上丹田では光明の気と冷水の気を練り混ぜ合わせるのだが、それは臍下丹田を回転させればついでに成って行くものと思えばよい。
最初は回転せずとも、三丹田の声を懸命に聞こうとする事が焦る気持ちを鎮めるのだ。
やがて三丹田のそれは、神仏、英語で言えばディヴァインの見識(意識)、思考、感情となる。
かの沢庵和尚は丹田に鎮めた感情こそ身体中に解放しなさいと柳生に説いたと言う。
『喜』は星の如く道を示す。『怒』の炎は会陰(肛門と性器の中間)から体の後ろ側、背筋を通りて百会へと伝い、願いと祈り、即ち天へ尽くす礼となりて昇り、また天より道を照らす灯となって降りて体の前側、胸腺を通り会陰に還る(大週天)。寂寥に感じる『哀』は愛となり気合いとなって心身を満たし場を満たす。そして『楽』は解し道を開く。
達人ともなれば天地を繋ぐ柱を目指す。
「爺ちゃん、大先生は天地を繋げているって言う雰囲気有るけどな。うまく言えないけど大先生の周りは天が近い感覚があるんだ。まあ、そこまで目指せとは言わねえ。俺たちは自分の人生を勝ち取るだけでも大仕事だしな」一矢は場を解すような調子で言った。
だが一矢達は後に神仏の如き思考と見識を切望する事となる。
座禅が終わると一矢は特別に無手闘術の講義を始めた。
「風巻光水流無手術の基本の技は掌底なんだけど、それは気合を操れるようにならないと効果が薄いから今回は見送る」
気合とは流れであり、波でもある。全身の波を以って掌底を放った時、相手の脳や内臓を揺らす振動となるのだが、初心者には無理だ。
「今日教えるのは大外刈りだ。左手で相手の袖を掴み、右手で胸倉を掴んで右足を外から相手の右足にかけて倒す。やってみてくれ」
投げる形が様になるまで稽古を繰り返す。
「よし、形が出来てきたから実戦のコツを教える。五十川、相手してくれ」
一矢と五十川が組む。
「胸倉を掴んだ手をぐっと引く」五十川が踏ん張った。「後ろに踏ん張った相手の力を利用して倒す」言葉通り五十川が呆気なく倒される。五十川を立ち上がらせてもう一度組みなおす。「五十川、今度は引いても踏ん張らないでくれ」一矢が胸倉を引く。五十川は引かれるに任せる。「そういう時は頭突きを入れる」鼻柱に向かってくる一矢の額を見て五十川の体が強張る。「食らって体が後ろに逃げたところを倒す」実際に頭突きを入れられてないのに易々と倒される。どちらも力尽くで倒されたのではない、五十川の力を利用したのだ。
「柔道じゃ反則だけど実戦なら有効だぜ。まあ、柔道家なら引きに逆らわなかった時は払い腰とかするから、別に柔道以上の技って訳じゃねーけどな。単に柔道や柔術専門家よりも習い覚える技や時間が少なくて済むだけの剣術家の裏ワザだ」
大事なのは自分の出方に相手がどう反応するか、逆らうか任せるか流れを観、聴き分け判断する事である。それには普段から禅を心がけ、自分の五体隅々に意識を行き渡らせて、自分の体や骨や丹田と会話することが必要なのだ。
分かり易いハードトレーニングだけが武術では無い。
やがて稽古が終わるころ、スマホの着信音が鳴った。
一矢はまた厄介事なんだろうなあ、と、諦めの気持ちでスマホを手にしようとした。だが自分のスマホの音では無かった。しかしそれより深刻かもしれない。
音が鳴っているのは五十川のスマホだった。
しかも相手は片桐だったのだ。
「もしもし」五十川は覚悟を決めて電話に出る。
一同は緊張して見守る。
「分かった。伝えておくよ」五十川が電話を切る。
一同は息を呑む。「「何だったんだ、一体?」」
「片桐が、明日の放課後レイチェルさんに会いたいって」五十川は困り果て縋るような瞳でレイチェルを見た。
「え――っ?」レイチェルは呆然とする。
「やれやれ、またでーすか」パランタンがぼやく。「またよね~」エリスロがため息をつく。「また玉砕なんでしょうねー」「多分ね~」「「可哀そうに」」
「これもレイチェルが女前過ぎるからだな」シエラは苦笑した。
その日のテストの手応えは皆まあまあだった。すごく良かったわけではないが、皆で教え合って勉強した分だけの甲斐はあった、そんな出来だった。
それよりも関心はレイチェルが片桐に呼び出された事だった。レイチェルの後をこっそりと一矢達は付いて行く。学食裏でそわそわしながら待ち受ける片桐にレイチェルが歩み寄る。一同はその二人の姿を手鏡で確認すると、角に隠れたまま耳を澄ませた。
「来てくれたのか、レイチェル」片桐の声には安堵がこもっていた。
「まあ、そりゃ呼ばれたら来るよ」
「なあ」片桐は少し間を開けた。「付き合ってるやつはいるのか?」
「いないぞ」即答。
(ですってよ~、パランタン)エリスロが笑いを堪える。(きーっ、悔しいでーす!)パランタンがハンカチを噛む。(……日ごろの行いだろ)一矢が呆れる。(静かに!)シエラの一喝。
「じゃあ、俺と付き合えよ」片桐がレイチェルの前に立ち、ドンと片手で壁を衝く。
「何でだよ?」レイチェルは喜ばない、怯みもしない。
「俺に……俺に媚びも恐れもせず、蔑むわけでもなく、あんなにまっすぐに物を言うのはお前が初めてだったんだ」片桐は心を絞り出す。「お前しかいないんだ」
「断るぞ」きっぱりと言う。
「何でだ!」悲痛な叫びだった。
「お前は私が欲しいんじゃない。本当の事を言ってくれる誰かが欲しかっただけだぞ」
「何が違うんだ?」
「お前は甘えてるだけだぞ。今までお前に本当の事を言いたかった奴は沢山いるかもしれないぞ。お前がそれを拒まなかったと、威圧や恫喝で、暴力をちらつかせて人を操って、その言葉を封じてこなかったと言えるのかよ? 誰かの期待を背負うのが嫌で、失望させて口を封じてこなかったと言えるのかよ!」レイチェルは片桐の頬を張った。「自分で作った壁は自分で壊しなよ。人に凄んでいいなりにするのはやめなよ。そうしたらお前にまっすぐ向かい合ってくれる人はきっと現われるぞ」
「嫌だ! そんなの待てねえ!」片桐は乱暴にレイチェルの腕を掴んだ。「今いてくれ。お前がいてくれ!」強引に抱き寄せ唇を奪おうとする。
その時―――
パランタンは片桐の腕を捻り上げた。「はい、そこまででーす」
「「「速っ!」」」一同が感嘆する。流石百m十一秒フラットの俊足であった。
「リリたんに手を出すと言うならこの私が相手でーす。今も、そしてこれからも、何度でもお相手しまーす」パランタンは片桐を突き放した。
「くそがぁっ!」片桐がパランタンに殴りかかる。
がつんっ!
パランタンは顎先へのカウンターの一撃であっさりと片桐を沈めた。見事な手際である。
「……お前ってさー」レイチェルはジト眼でパランタンを見た。「県予選ベスト8って成績、明らかに手を抜いてただろ」
「当たり前でーす。うっかり本選に残って戦争が起こって出場辞退なんて事になったら周りに迷惑でしょー」悪びれない。
「正論だよ。ああ正論だぞ! 冷静で合理的だよ。でも期待してくれた先生や仲間とか、真剣に向かってきた対戦相手に失礼だとか思わないのか!」
「失礼でした。悪かったでーす。でもそれよりリリたん達の方が大切でしたから仕方ないでーす」パランタンはレイチェルの手を取って微笑む。
レイチェルは手を振り払う。「お前のそれってどこまで本気かわかんない」
「本気ですよー」パランタンは更に優しく微笑む。「自分で言うのもなんですが、私は勉学もスポーツもできるちょっとした天才でーす。でもその分、ギャグの才能だけでなく、人間として大切な部分がたくさん無いでーす」パランタンはレイチェルの胸を指差した。「でも、私の無いもの、リリたんのそこにはいっぱいありまーす。格好をつけて言うならば、天使の翼が私には片方しか無くて、リリたんがもう片方を持っているのでーす」
パランタンは大仰に両手を広げる。「リリたんがいなければ、私は無責任で怠惰な冷笑家だったでしょう。でもリリたんが共にいてくれるならば、私は空だって飛べるし、何にだって挑み立ち向かう事が出来るんでーす」両手を翼のように羽ばたかせる。
――ああ、わかるなあ、その気持ち。一矢は同感した。一矢もシエラが共にいてくれるなら、何にだって挑み立ち向かえるのだ。
ぼすぅっ!
レエイチェルの拳がパランタンの鳩尾に刺さった。「ふんっ!」そっぽを向く。「お前がもう少しまともにならなきゃまともに取り合ってなんかやらないぞ!」
パランタンは蹲りながら「……はっはっは。今更焦りませんでーす」と答えた。
焦って見せればレイチェルも本気に受け取るかもしれないのに、潔いのも考え物だよね~。と、思っても口には出さないエリスロだった。
「処で、片桐はどうする? ここに捨て置くのも忍びなかろう」シエラが一同に尋ねる。
「熱中症で倒れた事にして、保健室のベッドで寝かせてやろうぜ。倒れた時に頭を打ったから脳震盪を起こしたかもって言えば、適切な処置もしてもらえるだろうさ」一矢は片桐をおんぶした。「重っ!」
彼らはまた修行と勉強の日々へと戻って行く。期末テストは続くのだ。
決戦は地と海の利を鑑みてクロースリアのぺリオスで行われると思われた。
ローンガルトがミッデルシアのどこの国に上陸するにせよ、駆け付けるにはまず中央のクロースリアに兵を集結させておいた方が良い。そしてレティーグはともかく用兵に於いて迂遠を好まぬヴァーリ大王は直接集結した大軍と雌雄を決する事を好むだろう。それ故の理論の帰結であった。
クロースリアは単独でも十四万の兵を動員できる大国だ。それも農民兵を含まぬ専業兵士のみである。他の国は国力で劣るものの、ブラッドとダルファンはそれぞれ八万、ヒクセンとラスパニアはそれぞれ九万の兵を動員できる。
ミッデルシア同盟五か国合わせて四十八万の大軍。
しかしローンガルトの兵は体格に優れ屈強で、通常の一・五倍の戦力に匹敵すると言われる。三十三万の兵は実質四十九万五千の大軍。
ほぼ互角。
後は軍を指揮するヴァーリ大王とセントゥリウス元帥の用兵術の力量差となるだろうと誰もが読んでいた。
だが反面、誰もがこうも思っていた。互角の戦いなどあの『謀略』のレティーグが盤面に描く訳などない。きっと陰謀の糸を張り巡らし、戦力を削りにかかるはずだ、と。
各国の首脳は躍起になって密偵狩りを行った。しかし何も網にかからない。彼らはあずかり知らぬところだが、レティーグはほぼすべての密偵を引き上げさせるか、または活動を休止させて潜伏させていたのである。
不気味な沈黙の中、もっともクロースリアから遠い、ヒクセンとラスパニアが兵員の移動を始めた。
一方ローンガルト軍。
行軍の休憩中、ある田舎の無骨な造りの支城の、古ぼけたタペストリーで飾られた広間で、レティーグはヴァーリ大王と五人の諸王に自らの謀略を明かしていた。
「古来『謀は密なるを以って良しとする』と言います。ですがそれは普通の謀の話。最上の謀略とは当事者の誰もが知る事となりながら、それに逆らえず絡め捕られるものです」
「そんな謀略があるのか?」諸王達は疑問に思う。もしあればそれこそ神算鬼謀だ。
「ええ。ちょうど今頃書状を呼んだ王達は、目を白黒させている事でしょう」
「卵がゆですぎだ! つくりなおせ!」美食家で浪費家のヒクセンのバンデル王は食べかけのゆで卵を殻ごとメイドに投げつけた。大金を費やしてクロースリアに軍を送らねばならぬことが不満で、癇癪の頻度が増えているのだった。
「くそっ、何故先祖の仇に援軍など寄越さねばならぬのだ!」ラスパニアのゲラード王も同じく不満をこぼしていた。
「恐れながら王よ、理由も無く同盟を拒めば多大な罰則金を払わねばなりませぬ」一人の老臣が諌める。
「「何かないのか、都合よく軍を派遣せずに済む手だてが」」二つの国で、二人の王が同じ不平をこぼした。
その時、一枚の書状が届けられた。
ミッデルシアの諸王はレティーグより届けられた紙の書状に驚いた。通信魔法では無く直筆の書であるからには相当以前から用意されたものであるからだ。
だがそれ以上にその内容に驚愕した。
『ブラッドのバスターク地方とダルファンのフェイノーサ地方では、現在危険なほど住民と領主の間に対立意識が高まっている。もしここにヒクセンの軍とラスパニアの軍が通過しようとすれば、住民と軍は合流し、領主を打ち倒して地域の帰属権を再びヒクセンとラスパニアに戻す事であろう。
ブラッドとダルファンの両国はそれぞれ四万の兵士をバスターク要塞、フェイノーサ要塞に残し、ヒクセンとラスパニアの侵入を拒むべきである。
ヒクセンとラスパニアの軍は、要塞の前でただ軍を留めればよい。それだけでヴァーリ大王はブラッドとダルファンの領地の半分を割譲する。
五か国同盟には、住民を刺激せぬため、通過を拒まれたため、仕方なく参戦できなかったと言えば済む。
どちらが勝とうと一兵も失わぬ損の無い話である。
もし要塞に兵有らずば、そのまま進軍し、空のブラッドとダルファンを手中に収めるが良し。ローンガルト軍がもし敗れたとしても、損耗した同盟軍に再びブラッドとダルファンを奪い返す余力は残らないであろう。ローンガルト軍と共闘して同盟軍を挟撃するならば、より事は確か。一考為されよ。
ブラッドとダルファンにおかれては、九万の兵を四万の兵で足止めをしたとすれば損の無い話である。それより兵を少なくすれば、軍と住民を同時に敵に回して要塞を守りきる事は至難と言えよう。また要塞に兵を残し過ぎても今度はローンガルト軍との戦いに著しく不利。それはヴァーリ大王も望む処に非ず。
重ねて九万の兵と四万の兵を睨み合わせる事こそ上策と申し上げる』
まったく同じ書面を五か国の王すべてに送り付けたのである。
バンデル王は身勝手で欲深な行いを省みない性格であった。ゲラード王は父祖からダルファンとクロースリアへの恨みつらみを聞かされて育った、頑迷で不平家な性格であった。
彼らは書状を読んで欣喜雀躍した。苦言を呈す忠臣の言葉は遠ざけられた。その性格、行動を既にレティーグに見切られていたのだ。
ブラッドとダルファンの王は隣国の王の人と為りを知るが故に苦悩した。要塞に兵を置かずば、彼らは書状に書かれた通りの行動を起こすだろうと。
決断を下す。
要塞に三万五千の兵を置き、ローンガルト軍に対しては四万五千の兵を送る事を。書状の数字通りにしなかったことがせめてもの矜持だった。
クロースリアでも首脳達が苦悩していた。
中でもいきり立ったのは『剛腕』のモートンだ。「おのれレティーグめ、折角の儂の魔術師協会を介した各国への根回しを無にしおって!」怒りの余り女王陛下の御前なのに語調も荒い。
「レティーグを敵に回すとはこう言う事。分かっていた事でありましょう」こちらは一切顔色を崩さない『賢哲』のラスゴー。「後は元帥にすべてを任すしかありますまい」
「部下が良い策を献じてくれるのを祈るしかありませんな」『良耳』のセントゥリウスは部下の前では決して見せない、憔悴した表情を見せた。
「こういうのはどうだ?」モートンは頭を掻き乱しながら考えを口に出す。「ジュデッカの王達をどうにか唆して、海からヒクセンとラスパニアを襲わせるのだ。そうすれば軍勢は引き返さざるを得まい」
「唆すと言われるが、どうやって? それによってブラッドとダルファンの軍が戦場に駆け付けるに間に合いますか?」
「それは……」ラスゴーの問いにモートンは返す事が出来なかった。
それまで目を閉じ口をつぐんでいたクレア女王が口を開いた。「ヒクセンとラスパニアは今の所表立っては同盟を反故にしたわけでは無いのじゃ。間接的とはいえこちらから手を出せば信義にもとる」
女王の言葉に一同は沈黙した。ミッデルシア大陸の同盟と秩序を盟主国自らが破る事は出来ぬ。
クロースリアに集結できる軍は二十三万。
ローンガルト軍の三十三万の約三分の二。実質戦力四十九万五千の半分以下にまで落ち込んだのである。
圧倒的不利であった。
地球で報せを受けた一矢達もまた苦悩した。
だが遠く離れた彼らにできる事は何も無かった。いや、できたかもしれないが、それには神仏の如き見識と思考が必要だっただろう。彼らはそれを切望したが、いまだそこまでは誰も達していなかった。
「仕方ねー。こうなったら普通に戦に勝つ算段を立てようぜ」一矢はさばさばと言った。「地球の歴史上ならそれくらいの戦力差をひっくり返した例が皆無って訳じゃねー。相当厳しいけどな」卓上に決戦地となるであろう王都への要衝ぺリオス平原の地図を広げる。
「こういう時には切り替えが早いですねー」パランタンが感心する。
「何事も嫌々やると却って疲れるし、結果も付いて来ないもんだしな」心も体も強張ってしまい、余分な力が必要となり、満足に動けなくなる。または逆に骨まで力が抜けてしまい、やはり満足に動けない。「『身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ』って言葉もある。流れが決まっちまったらそれに委ねた上で利用して一ミリでも前に進むべきなんだろうさ」
「お前は今まで十分事を成してくれた。戦争にまで付き合わなくともよいのだぞ」シエラが憂いと哀しみと労りを込めた瞳で一矢を見つめる。一矢がともにいてくれる事は心強かった。だが、ヨゼフの事もあった。天使長との戦いの最中では、はっきりと死を覚悟した。
そこにきてこんな不利な戦争に連れて行けば、今度こそは命を落とすかもしれない。一矢がどれだけの剣の腕前を持っていても、戦争での生き死には個人の力量ではどうにも出来ないのだ。一矢には、欲を言えば他の誰にも死んで欲しくは無い。
一矢は照れて鼻の頭を掻いた。「確かに何を成したかを評価してくれるのは有り難いし、社会的にも当然の事さ。でも当の俺が過去のそれに執着しても何の意味もねー。まぐれかも知れないんだし、俺の価値がそれで決まった訳じゃねー。色即是空さ」チベットの砂マンダラだ。出来上がった形も幻と消え去る。大切な事は人の内に残る。手慣れた事でも無意識だけで行わず、常に隅々まで意識する事による技術と経験の蓄積。そして今この瞬間の気付き。何をすればどうなるか、流れを、因果を知る事。空即是色。禅や武術とはそう言う事なのだろう。すべてを『今』に、そして手から手へ、明日へと繋げるために。
「大事なのは今、俺がシエラさんの力になりたいって事なんだ。でないと、俺は必ず後悔する。今は掛け替え無く今しか無いんだ」一矢は力強くシエラの瞳を見つめ返した。
シエラはふっと目線を外した。一矢も急に恥ずかしさが増して視線を外した。残りの三人はそんな二人をじっと眺める。
一矢は慌てて言葉を紡ぐ。「二十三万って数さ、増やせないかな。だって建築をする念動魔術師とか結構な数いるんだろう?」
「いるけど、現代では使われないぞ。それは戦闘魔術の方が念動魔術より安全だからだぞ」レイチェルが指を立てて答える。
「普通、逆じゃねーか?」一矢の頭は疑問符で一杯だ。
エリスロが解説する。「例えば~、念動魔術で岩を敵陣に投げるとするよ~。でもそれが消散されたり念動で対抗されたりすると~、味方の陣に落っこちる事も多いんだよね~」
パランタンが後を継ぐ。「炎や雷を放つ戦闘魔術ならば、消散や障壁の魔法で対抗されても味方に被害を与える事はありませんでーす。それ故使われなくなったのでーす」
「成程なー」一矢は一つは納得した。だが他にも思い付く事があったのだ。地図を指差し、「でも、他にこういう使い方ならどうかな?」と、告げた。
一矢の思い付きはセントゥリウス元帥に伝えられた。
かくして、クロースリア中から選りすぐりの腕利き念動魔術師たちが召集される事となったのである。
期末試験の結果が出た。
相変わらず斉藤が一位でパランタンが二位だった。
他の面子もそれなりの上位だったので、今日はシエラ邸でお祝いのバーベキューをしようという事になった。
「「肉だ肉ー!」」吉田と景山ががっつく。「それは俺の串だ!」一矢が抗議する。
「慌てないでもまだまだありますよ」ベルノとランカが手早く次の串を用意していく。
「まあ、私の肉を少し分けてやる」シエラが笑いながら言う。「「「私も」」」パランタン達も分けてくれた。人の情けが身に沁みる。
他愛も無い幸せ。
だがもう二度と訪れないかもしれない幸せ。
シエラ達はそんな幸せへの愛おしさで胸がいっぱいになりそうだった。
「明日の終業式の後にはオーストリアへ帰っちゃうんだっけ?」斉藤は紙コップを手に持ちながらシエラに尋ねた。
「うむ。すまんが一矢も連れて行く」シエラは青緑色の瞳に決意を込めた。「夏休みが終わる前には必ず皆で帰る。土産は何がいい? 首飾りとか細工物でも買ってこようか」
「お菓子ぐらいでいいわよ。それよりも、帰ってきたらお盆過ぎだしクラゲが出るから海じゃなくてプールに行こう。約束だよ」
「ああ、約束だ」
「何? という事はシエラさん達の水着だと!」「リリたんの水着!」「「やったー!」」
一気に浮かれる男性陣。
「やっぱやめようか?」斉藤が呆れ顔で言う。
「「「お願いだからやめないで」」」
涙目で哀願する男性陣だった。
そして夏休みが始まった。
クロースリアで先ず一矢を待っていたのは、ヨゼフの形見の鎧だった。
「体格は大体合っていると思う。後はパッドとベルトで微調整すれば合わないか?」
ラ・フォーロ・ファ・ジーナの戦鎧は概ねやや薄めの板金をよくなめし表面を滑り易くした厚手の革で挟み込んだものである。板金がむき出しだと炎や雷の魔法に弱いからだ。
一矢は鎧を着込んだ上で刀を抜き、簡単な型をこなした。違和感を感じる。
「肩と膝、もうちょっとパッドを薄くしてもらえるかな」
一矢の注文を受けて職人が当て布と綿の量を微調整する。後は不具合なく一矢の体に合った。
「きっとヨゼフがお前を守ってくれる」シエラの声は一矢にだけでなく、自分にもそう言い聞かせているようだった。
その後鎧を着込んだまま、乗馬訓練に移った。
「結構うまいではないか」シエラは一矢の手綱捌きに感心した。
「秋祭りじゃあ、パランタンと一緒に流鏑馬とかもしてたんだぜ」
「そうでーす。リリたんにも見せたかったでーす、あの雄姿」
「別に見たくないぞ」レイチェルはそっけない。
「トホホー」しょげるパランタン。
「でも最近乗ってなかったから鈍ってるな。パランタン、ちょっと相手してくれ」一矢は腰の木刀を抜く。
「では行きまーすよ」パランタンも馬上で木剣を構えて一矢に並走する。
激しく鎬を削り合う両者。傍目にもはっきりと分かる程レベルが高い。
だが徐々に一矢が押されていく。剣の技量ではなく、馬上でのバランスにおいて劣っているのだ。「わったたた」馬上から転がり落ちそうになるのを辛うじて馬首にしがみつく事でしのぐ。
「私の勝ちでーすね」パランタンは鼻高々である。
「調子に乗るな」レイチェルが後ろから木剣で後頭部を突く。
一矢は鞍に座りなおすと、馬上で大きく何度も異なる角度で木刀を素振りし、バランスを確かめた。
『いいか、一矢。下丹田は気を沈める場所であって、必ずしも重心では無い。重心は左右の歩を進めるたびに右に左に移るのが当たり前だし、荷重点ともなれば左右の腰帯を∞の字を描くように巡り、下丹田の下に帰り、また出て行くものだ。故に力を込めぬ。移動する重心や荷重点を理に逆らい固定する事になるからな。まあ、力を込めると意識や思考まで臍下に集まって鈍重になるという事もあるが。馬の上でも基本は同じ。気を馬の丹田にまで繋げ沈めるだけではなく、右に剣を振るおうが、左に崩れようが、荷重が左右の鐙に、馬の左右の脚に振れるを聴き、∞の字を描いて己と馬の丹田の下に帰せば良い。常日頃の歩く事を内観し、禅とする姿勢がお前を助けるのだ』英明の言葉を思い出す。
「よし、パランタン、もう一度だ」一矢は剣を構え直す。
「オウ、なんだか今日中には、もう負けそうな気がしてきましたでーす」パランタンは冷や汗を流した。
翌日は女王から各貴族が決戦軍での役職を与えられる叙任式が行われた。
真っ先に、セントゥリウス元帥が同盟軍司令長官に任ぜられる。
続いて海軍提督にケイオーグ将軍が任命された。
各軍団長に将軍たちが次々と任命され、虎の子の魔法騎兵団団長にはカイネル将軍が任命された。製紙印刷革命の後も、ローンガルトにおいては魔法は呪い女の使うものと言う風潮が強く、戦闘魔術師の数は少ない。馬術にも長ける者となると皆無だ。故に敵には魔法騎兵団が無い。数少ないアドバンテージだった。
そして魔法騎兵団の副団長にはシエラが抜擢された。残り一矢達四名も正式に騎士となった。『傲慢たる天使長』を退け地球を救った武勲を称えてである。
叙任式が終わると、そのまま壮行会を兼ねた夜会へと移行していった。
男性陣はそのままの格好でよかったが、女性陣は騎士のなりからドレスに着替えねばならなかった。城付きのメイドに手伝ってもらってコルセットと格闘する。
その甲斐はあった。
見目麗しき三人の登場に周り中が感嘆の声を漏らした。
次々とダンスの申し込みが殺到する。一矢とパランタンはなかなか近付けない。合流するまでにシエラ達はそれぞれ十名近くのダンスの相手をしなければならなかった。
「シエラザード姫。俺と踊っていただけますか」一矢は精一杯の格好をつけてシエラの手を取った。ダンスの仕方は待っている間必死で目で見て覚えた。自信は無いがそうせずにはいられなかったのだ。
「よかろう。許す」シエラの笑みは輝いているように見えた。
最初はぎこちなく、だが少しずつ確かにステップを踏む。一矢は夢の中にいるかのような心地だった。抱き寄せた胸から響く互いの鼓動すら重なっているような気がする。
だが――――
「これであの小娘がレティーグ殿を我が国から追い出していなければ、我らの勝利は確実でしたしょうに」「まことに」「天使長殿に楯突くなど正気の沙汰とは思えませぬ」
隠然とした声があった。人ごみの中に隠れながら、わざとぎりぎりシエラに聞こえるか聞こえないかの陰口を叩いたのだ。人々はざわめき、「不敬な」と言う者もいれば、「そうやもしれぬ」と不安を言う者もいた。
シエラの身が強張ったのを感じた。一矢はほんの一寸だけ柔らかく抱き寄せ、シエラの耳元で囁いた。「頭で抱え込まずに腹の底で受け止めるんだ」
「……いきなり何を言うかと思えば。まったくお前は」シエラは苦笑した。
二人はそのままステップを踏んだ。今ダンスを止めて逃げれば陰口の主を喜ばせるだけだ。堂々とすべきなのだ。
やがてクレア女王が進み出る。「シエラの行いはすべて故あっての事。我の判断と思うがよい。その行いに異があるなら、我に申せ」
ざわめきは水を打ったように鎮まった。
一矢とシエラはダンスを止め、クレアに一礼した。「「お心遣い感謝いたします」」
「「「姫様!」」」パランタン達が駆け付け二人を囲む。
「大丈夫だ」シエラが答える。
「みんな集まった所でバルコニーにでも行こうぜ。もう相手も逃げたとは思わないだろ」一矢は親指を立てて笑った。
「夜風が心地よいな」シエラが結い上げていた髪を下ろした。風に赤い髪がなびく。「とにかく勝とう。勝てば誰もが黙る」
「そうだな」一矢もバルコニーの手すりにもたれかかりながら頷く。「人の悪意に振り回されても何も始まらないからな」
「人はいい加減なものでーすからね」パランタンがやれやれと首を振る。
「いい加減じゃない人もいるぞ!」レイチェルはパランタンの頭を叩いた。
一矢は相変わらずのコンビ芸に笑った。「そうだな。そしてそういう人の善意には尚の事応えなくちゃな」
一矢は父、徹矢が死んだ時、英明に説かれた。人は死ぬと仏になって、諍いやわだかまりによる悪意を忘れ、ただ純粋な善意を向けてくれると言う。人はその善意に応え、形を問わず、周りの人まで幸せにしてしまうような幸せになる事が大切だと。
だが、実はそれは今生きている人間にも言えるのだ。今生きている人の悪意に振り回されず、気まぐれでも不確かでも小さくともその善意、仏性に光を当てる様に幸せになる事が。
「そう言う意味では、人は如何様にも変わり得るいい加減でいいし、自分を貫く価値はあると思う。自分を善意に受け取ってもらえて、それで喜ばれれば、その人間はそれをもう一度味わいたいと思うもんだよ」
「あんな陰口を言う奴等でも、私に善意を向けてくれる事があると思うか?」
「可能性はゼロじゃない。横山達の例だってある。そんな事を気にするよりも、自分たちがこれから国を救うって言う幸せにみんな巻き込んじまえばいいんだ」
「能天気だな、一矢は。だが一理はある」シエラはフッと笑い、しこりを吐き出した。
「それでも駄目ならそのあと考えようぜ。一度向けた悪意に自分でも引っ込みがつかなくなる事もあるだろうけど、そこまで考えるほど今の俺たちは暇じゃねー」
「ああ、暇じゃあない」「確かにね~」「でーすね」「だぞ」
「だから、シエラさん、エリスロさん。幸せになることが大切なんだ。ヨゼフさんの仇のレティーグを討とうとする余り、命を落としたりしちゃいけねー。絶対」
「「むっ……」」言葉を詰まらす二人であった。
バルコニーの扉が開く。
「失礼、若者の輪に私も加わっていいですかな?」現れた山羊髭の紳士は誰あろうセントゥリウス元帥だった。
「うむ。かまわぬぞ」シエラは鷹揚に答える。残りの四人は慌てて最敬礼した。
「姫様は気落ちされていないようですな。友がいるとは良いものだ」そう言うと元帥はパイプを取り出し、煙草を詰めて火を点ける。何気ない仕草が絵になる男だった。「今頃は陰口を叩いた当の本人たちの方が嫌な思いをしておる事でしょう」
批判を受け入れない者に進歩は無い。だが批判と誹謗は違う。それは悪意や敵意の有無、そして責任の放棄だ。誹謗は当の本人に返るものなのだ、人の批判を誹謗だと思うようになってしまう。誹謗とは甘えのようなものであり、感謝できることはかえって自立している事なのだ。
「そうだな。一矢達には感謝だ」シエラは腕を組んで肯いた。
「出来ればそのきっかけを作ってくれた陰口貴族にも感謝する事ですな」
「……それは難しいな」シエラは苦虫を噛んだ表情になる。
「せいぜい良い歳の取り方をなされなさい」元帥は莞爾と笑った。「ところでそこにおられるのが一矢殿かな?」
「あっ。はい」一矢はハトが豆鉄砲を食らった顔になった。
「そんな顔をせずともよい。私に献策したのは貴殿なのだろう。私が貴殿に興味を持つのは当たり前の事だ」
「では聞きたかったのですが、この策で本当にいいでしょうか?」
「心配性だな」
「今まで何度も余計なお節介をしては失敗してますんで」
「お節介と軍略を一緒にするとはな」元帥は声を高くして笑った。
「失敗すれば人を傷付けるのは同じです」一矢はきっと元帥を睨み付ける。
元帥は一矢の視線を柔らかく受け止めた。「ならばその失敗を糧にしてきたのだろう。良く検証された策と言える。実地の修正は私に任せる事だな」
元帥が何故『良耳』と言われ部下から慕われているのかわかったような気がした。
日は流れ、エヴィング海峡海戦が起こる。
ローンガルトとミッデルシアの両大陸を隔てるこの海峡に、それぞれの海軍戦力が結集した。だがヒクセンとラスパニアの船はいない。この両国にはジュデッカの海軍による襲撃が有り、海軍戦力を出せなかったと言うのだ。
十中八九、レティーグの計略である。
仮にモートンの策が実行されていたとしても、ジュデッカの海軍が報酬を二重取りするだけで結果は変わらなかったろう。何から何までレティーグの盤面の上であった。
「敵艦艇数はこちらのおおよそ八倍ですな」望遠鏡を覗きながらミッデルシア同盟軍の参謀のコルトスが報告する。「うち半数がドン亀の輸送船でしょうが、それでも向こうはこちらの四倍です」
「三十三万の陸戦力を乗せているんだ。それくらいの数にはなるだろうて」ケイオーグ提督は葉巻の端を噛み千切り、火を点けた。「とにかく一隻でも多く沈める。そうすれば、それだけ陸の連中の戦いが楽になる」
魔術師の質ではこちらが勝っているはずだ。向こうの魔法の届かない遠距離から火力を集中させれば少しずつでも数が削れる。接近され移乗攻撃を食らえばおしまいだ。圧倒的な兵力差に呑み込まれる事だろう。
「つまり野郎ども、こっちの付かず離れずの逃げ足頼みってわけだ。俺たちの逃げ足の速さを見せつけてやろうぜ」ケイオーグはわざと茶化して言った。
「了解でさあ、提督!」「間男しに行ったのが見つかって、相手の旦那から逃げ出すぐらいの逃げ足を見せつけてやりましょうぜ!」「おいおい下品すぎるぞ」笑いの渦が巻き起こる。
やがて距離は縮まり魔法の火箭が閃いた。
「戦闘艇ウルス轟沈!」ローンガルト同盟軍アジョー提督がヴァーリ大王に報告する。
「乗組員は無事逃げおおせたか?」ヴァーリは甲板の上で腕を組み、仁王立ちしながら問うた。
「は、予定通りに艀に乗り移っております」
「よい。もう二、三隻沈めさせて調子に乗せてやれ。後、例の物はぎりぎりまで他の船の陰に隠せ。引きつけてから一気に行け」
「はっ」
「やった! また沈めましたぜ。提督」船乗り達が快哉を上げる。
「敵の魔法は届きません。もう少し踏み込めます」コルトスは興奮を隠しきれない。
ケイオーグは逡巡した。敵の誘いかも知れない。だがある事に気付く。どの船も喫水線がぎりぎりだ。明らかに過積載なのだ。追いかける足は無い、今が好機だ。
「行け、今がチャンスだ。踏み込め、片っ端から沈めちまえ!」
だが彼らは知らなかった。確かに三十三万の陸兵を乗せ、どの船も過積載ギリギリだったのだが、今彼らが相手にしている一角の船は兵の代わりに石を積んでいた、沈められる予定の偽装船団だったのだ。
そして十分に引きつけた時、沈む船の影からそれらは躍り出た。
速力最重視の小型戦闘艇である。櫂を漕ぎ、魔法で操った風と海流に乗り、それらはミッデルシア艦艇に向かって来た。
「火力を小型艇に集中!」ケイオーグの必死の指揮。
だがローンガルト艦隊の温存されていた魔術師たちは、魔力の奔流から障壁を張って小型艇達を守る。障壁が届かなくなってから辛うじて一隻を沈めたが、他の船はもう致命的な距離に近づいてきた。
「全艦白兵戦準備! 移乗戦闘に備えろ!」ケイオーグは剣を抜き覚悟を決めた。
だが敵の攻撃はケイオーグの覚悟を上回っていた。
小型艇の真の脅威は乗組員による移乗攻撃ではなく、槍の様に鋭く尖った船首の金属製の衝角だったのである。
ケイオーグも無論衝角の脅威は知っている。刺さる程の速度差を与えぬよう、こちらも魔法も用いて全力で逃げの操船を命じた。
速度差が少なければ小型船の質量では衝角に十分な威力を乗せられぬ。
しかし、衝角の先端がゆっくりと船体に触れた時―――
ガヅンッ!
圧縮されていた内蔵の巨大なバネが解き放たれ衝角が突き刺さる。
船体を揺るがす轟音とともに船壁は破られ、みるみる海水が船内に流れ込む。
傾く船の上、ケイオーグは怒鳴る。「総員退艦! 艀に乗り込め!」そして傍らのコルトスに振り向くと、「後の指揮はお前が取れ。儂はこの船とともに沈む」と告げた。
「出来ません! 提督を置いて行くなど」コルトスは泣き縋った。
「頼む。儂をこれ以上惨めな男にしてくれるな」敗戦の将。それも愛する己の船を沈められた男がおめおめ生き残って帰っても、そこは針の筵だ。誰が責めずとも自分が自分を赦せない。
「提督……」コルトスはようやく引き下がった。
二人は最敬礼を交わした。
そして船は沈み、残りのミッデルシア同盟艦隊は敗走した。
逢引きを見つかった間男のように、ただ、逃げに逃げた。
一人でも多くの魔術師を陸上決戦に届けるための、それは英断だった。
「レティーグ」ヴァーリ大王は憮然とした表情で軍師にこぼした。「お主の考案した新兵器は効率が良すぎる。余はもっと血沸き肉躍る戦いがしたかったぞ」
バネ仕掛けの衝角を使わずに足の速い小型艇と荷の軽い通常艦艇をそれぞれ別働隊とし、連携させて通常戦を行えば、手に汗握る展開となったかもしれない。
「私が考案したわけではありませぬ。以前読んだ地球の書に有った物を少し工夫しただけの事。むしろ大昔の勝利に胡坐をかいて、船壁に鋼板を張るなどの創意工夫を何一つしてこなかった敵軍の怠慢をこそお責め下さい」レティーグは青い顔だったが、それは船酔いのせいであって、別段恐れ入っているわけでは無い事はヴァーリにもわかっていた。
「屁理屈を」ヴァーリは苦い顔だ。だがそれ以上追及はしない。贅沢を言っているとの自覚はあるのだ。
「それより制海権を握ったのです。先遣船を出して斥候をぺリオス平原に出し、下見をさせておくべきでしょう」
「心得ておる。斥候魔術師に近衛から護衛を付けさせる」
「豪儀ですな」
「近衛団長のブルハンが言うておった。カロと言う男が若手の中では一番の伸びが有り、見所があるとな。ならば経験を積ませてやるが良かろう」我が事のように嬉しそうに笑う。「余の三歳の息子にも斯くの如く育って欲しいものよ」それまでの子は女ばかりで、ようやく授かった念願の男児だった。
「将来の覇王とその片腕たる近衛騎士団長と言った所ですな」
「気が早すぎる」ヴァーリは追従を一蹴した。「世界は広い。それを征するまで余が大王位を退く事は無い。先は長いぞ」
それを生き急いでいると言うのです。と、レティーグは胸中で呟いた。だが、そういう男でなければ彼が仕える甲斐も無い。
通信魔法と言う便利なものがある以上、魔法騎兵ほど斥候に向いている兵種も無い。
一矢とパランタンとエリスロは探知魔法の得意な若手騎士アレオとともに、粗末な狩人の服に身を包み、弓を携えて馬上の人となった。
「私も行きたかったな」とシエラは不満を口にしたが、副団長が軽率に斥候に出るわけにもいかない。「ドラゴンとの戦いは良かった。立場など意味が無かったから」
「立場じゃなく、指揮を任せられる実力だぜ。観念してくれよ」一矢は笑ってシエラを宥めた。
剣の腕も高く、魔法の腕前は熟練の者も舌を巻くほど。そして何より演習で実証された果断にして巧緻な指揮能力は、シエラを魔法騎兵団の将兵達が崇拝するのに十分だった。彼女が斥候に出ると言えば護衛を志願する人間が百人は出るだろう。目立つ事この上無い。
レイチェルを護衛に残し、一行はぺリオス平原へと馬首を巡らせた。
雄大なザナウ河沿いに北へと向かう。道中狩人らしく数匹の獲物をしとめ、馬に吊るす。
三日後には平原に着いた。
「あれがドーラ丘陵か」一矢は脳内の地図と実際の地形を照らし合わせた。
ドーラ丘陵は丘と言うほどやさしい地形ではない。厳しい急斜面で囲われた丘の孤島だ。馬の脚で登るのは相当な難儀だろう。一矢達の想定通りであった。
実地で最後の確認をすべく、一矢達は長い時間をかけて慎重に馬を丘陵の上へと進ませる。斜面を登れば上面は意外となだらかで、主戦場となるであろうぺリオス平原を一望する事が出来た。
「これならどうにか行けそうでーすな」パランタンが声をかける。
「ああ、後は俺たち自身で実際に確かめるだけだな」一矢は鞍から降りて馬に水を与えた。「頼むぞ」そう言って馬首を撫でる。
少し離れていたエリスロから通信魔法が届いた。『東側はもう斜面って言うより崖だよ~。近付かないよう言っておいた方がいいね~』
「そうか。エリスロさんこそ気を付けろよ」
『大丈夫、大丈夫~』気楽に請け負う声。だがそれは、
『えっ? ああっ』
悲鳴に変わった。
「「エリスロ!」」間に合わぬ一矢とパランタンの叫び。
油断だった。まさか馬が毒蜥蜴の尾を踏むとは。
落馬し、崖から転がり落ちたエリスロが次に目を開いた時に映ったのは、純朴そうな青年の顔だった。
「大丈夫か?」カロは躊躇せずエリスロに話しかけた。
ラ・フォーロ・ファ・ジーナには言語は実在の天使たるドラゴンの言語一つしかない。ローンガルト人の彼でもミッデルシア人に話しかけるに不都合は無かった。それより斥候である彼が軽々しく他人に話しかける方が問題だったのだが、崖を転がり落ち、怪我をしているかもしれない人間を見捨てると言う選択肢は彼には無かった。
そしてエリスロの開いた琥珀の瞳にカロの心は奪われた。
「うん。何とか大丈夫~」
容姿は整っているのに親しみを感じさせるそばかす。悠揚にして迫らぬ穏やかな声。そのすべてがカロの魂を射止めた。
エリスロは立ち上がろうとした。だが頭を打ったのか、ふらつく。
「急に立ち上がらない方がいい」カロはエリスロを支えた。
「ヒュー。やるじゃないか、カロ」ジッタは冷やかす。最初はエリスロを助ける事に難色を示していたが、あっさりと掌を返す事にしたらしい。
カロは顔を真っ赤にしながら、「冷やかすな。それより桶に水を汲んできて濡れタオルの準備を頼む。それから天幕を張って休ませる場所をつくるんだ」と、指示を飛ばした。
「了解、了解。若旦那」ジッタはおどけながら請け負った。
アレオの探知魔法がエリスロの居場所を突き止めたのは辺りが暗くなってからだった。
それまでの間、カロとエリスロは互いの正体こそ明かさなかったものの、自分達でも意外に思うほど、お互いの事を話し合った。
実の父をお互い早くに亡くしている事、カロの母とエリスロの養母の気丈な性格がよく似ている事。馬の話や飼っている犬の話、好きな歌、好きな食べ物。驚くほど気が合った。
一矢達が迎えに来た時、エリスロは一筋涙をこぼし、別れを告げた。
「さよなら」
カロは何も言えず、ただ立ち尽くした。
「………一矢、パランタン」エリスロは帰りの道中、ぽつぽつとこぼした。「どうしよう。アタシの欲しい幸せは、周りのみんなを幸せにするような幸せじゃないよ~」
一矢とパランタンは何となく察した。
「大事なのは、形じゃなく、心さ。形の意味なんだ」一矢は諭した。「最初は反対されても、それがエリスロさんの心から周りを幸せにしたいと思えるほどの幸せなら、きっといつか、周りまで幸せにする。心があれば形だっていずれは追い付いてくるさ」
「まずは終わらせましょう。戦争を」パランタンも頷いた。
ぺリオス平原決戦。
世界の覇権を決する最後の戦いの幕が切って落とされた。
集った軍勢はローンガルト同盟軍三十三万とミッデルシア同盟軍二十九万。ラ・フォーロ・ファ・ジーナの歴史上最大の戦いとなった。
「多い、多いぞ!」ヴァーリ大王は胸をときめかせ喜んだ。「敵もこちらに見劣りせぬ軍勢を揃えてきたではないか!」
「急遽土木工事業の念動魔術師六万をかき集めたとか」レティーグが不満げな顔で報告する。
「いいぞ、いいぞ。味方を巻き込むことも怖れずに投石攻撃を仕掛ける気だな。その覚悟やよし。余自ら指揮をとる甲斐があると言うものよ」ヴァーリは高らかに笑った。「海戦の如き一方的な戦いはつまらんからな」
「私は戦う前に勝敗が決している方が好きです」レティーグはますます渋い顔だ。「ジュデッカも攻め落とすおつもりなら、兵をあまり損ないますな」
「それとこれは話が別よ。当然圧倒的に勝つ」
ヴァーリの自信には根拠がある。ミッデルシア軍が増強したのはあくまで魔術師。前線を支える歩兵の数は少ないままなのだ。接近さえすれば陣の厚いローンガルト軍が一気に踏み潰してしまうだろう。
「ならば何も申しませぬ。存分にお楽しみください」
一方ミッデルシア軍の士気は今一つ上がらなかった。
大軍同士の戦いの定石とは言え、包囲される事を避けるために西のザナウ河から東のドーラ丘陵までぺリオス平原一杯に横に長く引き伸ばされた陣は厚みに欠ける。加えて体格の差もある。触れれば最後、押し潰されてしまうのではないか。ヴァーリと同じ事を彼らは恐怖として感じていた。
「案ずるな」魔法で拡大されたセントゥリウス元帥の穏やかな声が響く。「盾の陰に身を隠しておれ。そうすれば必ず持ちこたえられる」
両軍から使者が平原の中央に進み出た。
恭しく巻物を広げて厳かに読み上げ、降伏を受け容れぬならば武力によって雌雄を決するとの宣言を互いに行う。
セントゥリウスは神妙に、ヴァーリは欠伸をしながら口上を聞き終えた後、兵達に檄を飛ばした。
「「全軍、戦闘開始!」」
「姫殿下、下知を」カイネル団長が促す。今やシエラはカイネル自身よりも兵を奮い立たせる存在だ。突撃の為の最初の言葉は彼女に任すべきだった。
シエラは頷く。そして剣を掲げ声を張り上げた。「我等魔法騎兵団は先鋒の栄誉を賜った。一兵でも多く敵を屠れ! そして一兵たりとて諦めて死ぬな!」
「「おおおぉっ!」」兵達が剣を掲げて歓声で答える。「死ぬなだって」「俺感動した」「生きて帰るぞ!」
「突撃!」シエラは掲げた剣を敵陣に向かって振り下ろした。
魔法騎兵団がミッデルシア陣から飛び出す。
「初手から切り札を使ってきましたな」レティーグは渋面のままだ。
「他に使い用もあるまい。出し惜しみの無いのはいい事だ」ヴァーリは一見冷静に答えた。内面では湧き上がり燃え上がるような衝動を解き放つ時を今か今かと待ち受けている。
魔法騎兵団は蝶の様に舞い、蜂の様に刺した。
つかず離れずの距離からローンガルト軍の戦列に的確に魔術を叩き込んでいく。一矢は一人弓矢を射かけた。隙あらば敵陣の裏側に回り込もうとしたが、流石に敵騎兵に牽制されてそれは叶わない。
「裏にさえ回り込まれねば、所詮は寡兵」ヴァーリは角杯で水を呷る。酒を飲まずとも、とうに血は滾っている。
ローンガルト軍は損害をものともせず着実に前進した。
遂に戦列の東端がドーラ丘陵に届く。
戦場は閉じた。
「猟犬よ追い立てろ! 今度はこちらが裏を取る好機ぞ!」ヴァーリは騎兵と己の中の熱塊を解き放った。
戦場が閉じた以上、逃げ道はクロースリアとブラッド、ダルファンそれぞれの陣の間にできている隙間にしか無い。さも無ければ両軍の間ですり潰されるのみである。そして魔法騎兵団が逃げ込んだ直後、隙間が閉じる前に騎兵が突入できれば敵陣の裏を掻き回せる。
「総員全速撤退!」カイネルが叫ぶ。
魔法騎兵団が全速で逃げ、ローンガルト騎兵がそれを全力で追いかける。やがてミッデルシア軍の魔法の射程に入ると、猛烈な投石と火箭がローンガルト騎兵に降り注いだ。だがその速度故になかなか致命的な打撃を与えられない。
魔法騎兵団が陣の隙間に逃げ込む。
隙間が閉じるには時間がかかる。間に合う。飛び込める。
ローンガルト騎兵たちは勝利を確信した。
だが、しかし―――
ガシャガシャガシャン!
地面から鉄製の枠組みが立ち上がり、噛み合い、鋼の穂先の跳び出した馬防柵となる。予め地面に敷設していたそれを念動魔法でこの一瞬に組み立てたのだ。
一矢の策である。
ローンガルト騎兵は止まれなかった。
先頭の者達は馬もろとも串刺しとなり、後続の者達は味方同士押し合い潰し合った。足の止まった騎兵に魔法火力が殺到する、この世の地獄絵図となった。
ヴァーリは良将故に裏をかかれた。
「おお、おお」ヴァーリの胸中では怒りと喜びが渾沌と渦を巻いた。「やりおる、セントゥリウス」だが、無論戦意を失うことなどは無い。
むしろ今これからが彼の待ち望んでいた瞬間だと感じた。
「見よ、今まさに余の勇猛たる騎兵たちは、その身を以って魔法を引き受けておる! 今前進せずにいつ前進するや? さもなくば先に召される彼等より天から嘲弄を受けると心得よ! 戦士の誉れ有るは今!」ヴァーリは腰の剣を抜き放った。
「全軍突撃!」
ローンガルト軍と言う地の大津波はミッデルシア軍に襲いかかった。
念動魔法による投石攻撃がローンガルト軍に襲いかかるが、普段は土木工事に従事する一般人故か、今一つコントロールが定まらない。それでも相手が大軍という事もあり、約半数は命中しようとした。ローンガルト軍は小さいものは魔法障壁で受け止める。
「残りは後ろへ飛ばせ!」大きいものは念動魔法によって加速させた。
速度を緩めて前に落とせば兵は怯み前進は鈍る。速度を上げさせて後ろに落した方が恐怖は前進する勢いとなり士気は保たれる。咄嗟の指示だが、やはりヴァーリは凡将では無かった。
続いて火炎が、雷が、ローンガルト軍を襲う。だが前進は止まらない。
ミッデルシア軍が僅かに後退する。馬防柵を放棄して陣の隙間を埋める為だったが、ローンガルトの将兵達は相手が怯懦したと思った。
距離が近付き過ぎた為、投石攻撃も止んだ。
血が沸き肉が躍る。
ヴァーリの求めていた瞬間だ。
生きていると言う実感が体中を駆け巡る。
地の大津波は今まさにミッデルシア軍を飲み込まんとした。
槍が打ち合わされ、盾と盾がぶつかり合い、そのままの勢いで体格で大きく勝るローンガルト兵はミッデルシア兵を押し倒そうとして―――
できなかった。
幾度押そうとも叩こうともミッデルシア兵の盾は大岩か何かの様にビクともしない。
一矢の第二の策であった。
種を明かせば、投石攻撃を止めた念動魔術師たち六万に、最前列の兵士が持つ盾を固定するよう指示を与えていたのである。大岩を浮かべ城をも築く念動力はがっしりと盾を固定した。そして兵士たちはセントゥリウスに言われた通り、ただひたすらに盾に身を隠した。
だがローンガルト兵達は一体何が起こっているのか分からない。
両軍の足が止まる。こうなると歩兵戦力よりも魔法の火力が物を言う。ローンガルト軍の陣の厚みは死兵となってしまったのだ。そしてミッデルシア軍の戦闘魔術師の兵力はローンガルト軍のそれとほぼ同数。質に置いては遥かに凌駕していた。
一方、一矢の第三の策も同時に実行されていた。
更に隠されていた一万の念動魔術師によって、ドーラ丘陵上に騎兵の軍団を持ち上げたのである。三万の騎兵はドーラ丘陵を駆け下り、ローンガルト軍の後方を急襲した。源義経の一ノ谷の奇襲の再現である。
突如現れた騎兵戦力にさしものローンガルト兵も混乱を来たす。
続いて一矢達魔法騎兵団一万も持ち上げられ、そして駆け降りる。
「勝ってくれよ。そしたら俺たちも勝利に貢献したって、村の娘っ子たちに自慢できるんだからよ」「そうだそうだ!」「もうただの土方屋とは言わせねえぞ」念動魔術師達は陽気にざわめきながら、本陣の戦いに合流すべく歩を進めた。
「後詰めの騎兵出ろ!」ヴァーリは尚喜んでいた。恐怖が体中を駆け巡る。故にここからどうやって勝つか知恵を振り絞るのが愉快でたまらない。「近衛もだ! 奴らを皆殺しにせねば生きて帰るも覚つかんと知れ!」騎兵全戦力を突如現れた敵騎兵に向かわせる。
「馬鹿な……、戦術が戦略を覆すなど、有り得ぬ……」レティーグは呆然自失だ。「盤面は既に勝利を描いていた。有り得ない……」親指を噛んで退行しかける。
「おい」ヴァーリはレティーグの胸倉を掴みあげ、その頬に往復の平手を張った。「目を覚ませ。たかがその程度の器量の男で終わるつもりか?」
「わ、私は……」
「自己憐憫に浸る暇が有ったら、敵の不倒のからくりがどうなっているのかぐらい暴いて見せろ。余の意に沿う事と人を思い通りにするのがお主の喜びなのだろう?」
「そ、そうだ。草に連絡せねば」レティーグは正気に返った。
「まさか俺たち近衛の出番が来るとはな」兜の尾を締めながらそう言うジッタの声は上ずり、震えていた。
「怖いのか?」
カロにそう言われてジッタの男の矜持が恐怖を押し殺す。「まさか!」
「そうか、俺は怖い」カロは淡々と吐露した。
「おいおい、しっかりしろよ」先ほどまでの事は何とやら、自分が恐怖していたことも忘れ、ジッタは兄貴分ぶって励ます。
「戦場でエリスロ達と、敵同士で出会うことが何より怖い」カロのその顔から感情は抜け落ちていた。
「カロ……」ジッタは顔を泣きそうにしかめた後、激しく首を横に振って感傷を振り払った。「攫っちまえよ。その時は。ローンガルトの海賊らしくさ」
「海賊らしくか?」カロは目を瞬かせた。
「そうだ」精一杯の鼻息。
「俺たちの先祖が海賊だって話はついぞ聞いたことが無いがな」カロはやっと笑った。
「心意気だ、心意気!」ジッタは景気付けにバシバシとカロの背中を叩いた。
魔法騎兵団は容赦ない火力を敵陣に叩き込んでいく。
一矢の弓矢も恐ろしいほど正確に盾の間をすり抜け眉間に撃ち込まれる。
だが、一矢達の胸中は高揚せず、ただ苦かった。エリスロの恋したカロがこの中にいるかもしれない。それでなくとも今更ながらにここにいる兵一人残らずが、誰かにとっての大切な子供や恋人や夫なのだと再認識したからだ。
エリスロは機械のような暗殺者ではいられなかった。
いや、皆が腹の底で苦しみ、心の底で悩んだ。
だが頭の意識には一滴の濁りも許さない。世界から目を背ければ負けだ。
心の底で考える事もやめない。もう二度とヨゼフを失った時のような過ちを繰り返さないため。あの時ドラゴンを追い返したあの思考を保つため。
今は悩みの言葉に満ち溢れていようとも。
そしてすべての感情を、戦場に満ちる激情を、腹の底で受け止めた。
「念動魔法だと?」レティーグは草、敵軍に潜伏させていた密偵から告げられたあまりに単純なそのからくりに鼻白んだ。前線の兵の盾の裏につけられたほんの小さな賢者の石の欠片を焦点に、念動魔法で固定されていたのだ。
「よく暴いた。レティーグ」ヴァーリは冷徹に思考を巡らす。こちらの魔術師にマナ消散の呪文を唱えさせ、敵の陣に穴を開けて兵を雪崩れ込ませる。こちらの防御と火力が一時ガタ落ちする事になるが、今はこれにかけるしかない。
数万もの魔法兵の消散の呪文の集中が中央クロースリア兵の念動魔法を中和するが、通常の呪文と消散の呪文では圧倒的に消散の方が効率は悪い。ましてや賢者の石まで使われていては、総力を集めても開け得る穴は一点のみ。
「中央前進!」
一度かかった罠は踏み破るしかない。
戦場は渾沌となった。
セントゥリウスは前線中央の綻びを見るや、予備兵力とドーラ丘陵から合流した念動魔術師たちを持って修復に当てた。だが少なからぬ数のローンガルト兵が陣を噛み破った。彼らは死を振りまいた。しかしローンガルト兵を魔法の火力から守る障壁も今は無かった。
敵味方問わず急速に増えて行く屍の数。
それは坂道を転げ落ち、肌を灼く毒沼に嵌りもがきのたうつ様な損耗戦の始まりだった。
ローンガルト軍後方に於いても騎兵同士が激突していた。
中でもヴァーリ直属の近衛騎兵の勢いは凄まじく、少なからぬ損害を出しながらも、彼らは魔法騎兵団にまで辿り着く。
魔法騎兵団にしてみれば、戦の序盤であればここは逃げの一手だった。だがカイネルとシエラは敵本陣に魔法攻撃を浴びせ続けるため、踏み止まり迎え撃つ事を選択した。
一矢は刀を抜いた。仲間を、シエラを守りたい。戦場では我が儘とも偽善とも言える、だが純粋なその一念が、思い(重い)の力の流れが剣につながり、気合が剣に注がれる。一矢はふと時計店主の言葉を思い出し微笑んだ。
襲い掛かる敵兵に弱兵は一人とていなかった。
一矢は刀の刃毀れを防ぐため、敵の剣を断つことはしなかった。暗殺者の細身の剣と戦場の剣では厚みが違うし、この数と力の相手に無理をすればクローム鋼の刀とて折れる。神経を磨り減らしながら剣を見切り、一瞬の隙に滑り込む。
流水を以ってなす緻密な剣。
そして屠った数が十を越えた時―――
目の前にその男、カロが現れた。
「あんたとは出会いたくなかった」
「俺もだ」
二人とも思った。勝てばエリスロが悲しむ。
もっとも、そう簡単に勝てる相手ではないが。
間合いが詰まる。
交わした剣の鎬が削り合う。
小手先で払うのではなく相手に進む己の中心軸を皮三枚(一ミリ)敵の剣先に向かいずらし入れて相手の剣を逸らす、滲む細き一日月の如き軌跡を以って、突き入れる。
風巻光水流剣技『滲み月(突き)』。
カロの師ヒエンが剣にも同様の技は有った。
互いの必殺の剣は逸れ、互いの頬を浅く切り裂いた。
互角か―――
ならば今この瞬間にも強くなるまで!
「我こそは近衛団長ブルハン。お主がカイネル将軍か?」偉丈夫が野太い言葉と恐るべき巨大な剣を突き付ける。
「そうだ」苦々しく応える。
カイネルの前に現れたブルハンは途轍もない強敵だ。その技量はここに辿り着くまでその巨剣で並み居る兵達を紙のように斬り伏せてきた事からも明らかだった。
カイネルは自身クロースリアでも指折りの剣士だと自負していたが、目の前の男には及ばないと悟った。
「助太刀する」「私もだぞ!」シエラとレイチェルが剣を構える。
「感謝する」やれやれ、これで負ける訳にはいかなくなった。
「構わぬ。三名まとめて来い!」ブルハンは吠えた。
「では遠慮なく」正直助かる。カイネルは苦笑いを浮かべながら斬りかかった。
襲い掛かる三人のコンビネーションは完璧と言えた。だがブルハンは余裕を崩さない。
一矢とカロは激しく剣を交わす。
そこに近衛の一人が横合いから一矢に斬りかかる。
一矢は冷静に僅かに身を逸らしながらいなすと男の剣を叩き斬り弾き飛ばした。
折れ飛んだ剣の先がカロに向かって飛ぶ。
「ちっ!」カロはこれを弾き飛ばすが、もう眼前には体を戻した一矢の剣先。
「「邪魔だ!」」剣がぶつかりカロと一矢の吠え猛る声が周囲を圧する。
最早この二人の剣に割って入ろうとする者は誰もいなくなった。
エリスロとパランタンと魔法騎兵の中でも前衛を任された剣の得意な者達は、後続の敵を食い止めるために必死だった。これ以上敵を通せばシエラ達に勝ち目は無い。
さしもの近衛も目の前の二騎が特に強敵と知ると、やや距離を取った。その中から二人の見知った一騎が進み出る。ジッタだった。
「男の方の相手は俺がする。女の方はカロが惚れた女だ。生け捕りにしてくれ」
「そりゃいい」「あいつもやるねえ」「カロに貸しが作れるのは悪い話じゃねえな」近衛の男達は豪放に笑う。
「パランタンだっけ? 受けてもらうぜ、一騎打ち」
「やれやれ、そういう暑苦しいのは私のキャラじゃないんでーすがね」肩をすくめながら油断なくジッタを窺う。おそらく腕は互角。きつい戦いになりそうだ。
一合ごとに速さが増す。
一合ごとに威力が増す。
一合ごとに正確さが増す。
「……こ、こいつら化け物だ」誰ともなく唾を呑み込み、呟く。
恐るべき生と死のやり取りに周りの者は近付く事すらできない。
無用と無理がそぎ落とされ、ブレと乱れは消えてゆき、せめぎ制し合う軸はより強く剛くなり、すべての動きがより丁寧に滑らかになって行く。
一矢とカロにとり、互いは最高の鏡であり、師であった。僅かな動きのコツを、呼吸を、貪欲に吸収し修正し合う。今まで求めていて出なかった答がそこにはあった。
血肉気合いは流水にして巻く風の如く軽くなり、振るわれる剣の重さは骨と大地の重さとなる。
これがただの稽古ならば精根尽き果てるまでいつまでも続けていたくすらある。
だが一矢の視界の端にはブルハンと戦うシエラ達の姿があり、カロの視界の端にはエリスロとジッタがあった。
二人の気迫がさらに高まる。
次の刹那にでも勝負を決めんと。
ジッタの剛直な剣をパランタンはのらりくらりと妖怪の様に躱し受け流していた。
「このっ、ちょろちょろと!」
「のほっほっほほほ」笑うパランタンにも実のところ余裕がある訳では無かった。こちらの出方に相手が打つ手を変えてこない、つまりそれ程ジッタの剣はほとんどパランタンを捉えかけているのだ。
やりにくい事この上無い。それは互いの感想であった。
さて、どう決着を付ける?
「があああぁっ!」カイネルの口から絶叫が迸る。
右腕が剣ごと骨まで断たれたのだ。残りの肉と皮で力無くぶら下がるのみである。
すぐさま左腕で予備の剣を抜くが、もはや時間稼ぎしかできないであろう。シエラとレイチェルの疲労も濃かった。
「お主は良い敵であった」ブルハンは悠然と剣を振りかぶる。
パランタンは左手で剣を抜いた。左右二本の剣が交差し、がっしりとジッタの剣を受け止める。地球で習ったフェンシングでは二刀で戦う競技もある。だが競技用の剣と戦場で使う剣とでは重量が違い過ぎる。窮余の策だ。
だがジッタは突然の二刀流に警戒し、距離を開けた。
剣士としては当然の事だ。
だが魔術師を相手にそれは致命的な過ちだった。
「バラール!」パランタンは賢者の石を使って超高速で呪文を完成させる。
烈風がジッタの体を吹き飛ばす。
「わっ、わわっわ!」ジッタは鞍から転がり落ちた
「剣なら貴方の勝ちでーした」パランタンは馬の脚で仰向けのジッタの腹を踏んだ。
「げふうっ」ジッタは気絶した。
だがまだ敵はいる。皆も守らねばならない。
その時、ブルハンの剣がカイネルを庇ったシエラの剣を弾き飛ばした。
一矢の視線が一瞬逸れた。
一刹那の隙。
カロの剣はまっすぐ一矢の左胸に向かった。
一矢が辛うじて身を捻り心臓を守る。だが左の脇の下をざっくりと裂かれる。傷は間違いなく肺まで達した。カロは勝利を確信する。
だが、一矢は強引に食い込んだカロの剣をそのまま左腕で絡め締め上げた。
「なにいっ!」剣が抜けない。カロは焦った。
「殺さないでっ!」エリスロの哀切の声。それは果たしてどちらに向けられたものか。
一矢は刀の峰でカロのこめかみを打ち据えた。
カロは気絶し落馬した。
一矢はまっすぐにシエラの元に向かった。
シエラを斬り伏せんとしたブルハンの一撃をカイネルが左の剣と身を以って受ける。ブルハンの剣はカイネルの身に浅からず食い込んだ。カイネルは意識を失って落馬する。
レイチェルが懸命の突きを繰り出す。だがブルハンはこの剣を弾き飛ばす。レイチェルの手から剣が離れた。
一矢はまっすぐにシエラの元に向かった。
ブルハンが泰然と一矢を迎える。
一矢の左肺にどんどんと血が溜まって行く。もうじき血に溺れ死ぬだろう。
いや、このブルハン相手では十全でも勝ち目は薄い。
ブルハンは剣を振り下ろした。
一矢はクローム鋼の刀を最後の、思い切りの気合いでブルハンの巨大な剣に噛み合せた。
ブルハンは己の巨剣に絶対の自信を持っていた。
勝利の笑みを浮かべる。
だが、互いの剣は砕け散った。
「馬鹿な! かような細い剣で?」ブルハンは驚愕した。
そして、己の背から腹に抜けるシエラの予備の剣にまた驚愕した。
「ククク、一時、この儂にここが戦場である事を忘れさせるとはな……」
ブルハンと、そして一矢は同時に崩れ落ち、落馬した。
肺は血液で満ち、もはや息も出来ず、意識は遠ざかった。
「――一矢!」シエラの叫びが遠く最後に聞こえた。
死が両軍を飲み込もうとしていたその時、変異は起こった。
動かないのだ。
手が、足が、呪文を唱える喉と口が。
金縛りの呪文だ。
六十万を超す兵士が一人残らず、抵抗すらできない。
人間業ではとてもできない事だった。可能ならばこの戦など疾うの昔に終わっている。
やがてその呪文の主が兵達の視界に降り立ってきた。
七十二柱の天使、ドラゴンだ。
「傲慢たる天使長の名において命ずる。戦を止めよ」黄金の龍は厳かに宣言した。
金縛りが解ける。だが戦闘を再開する者は誰一人とていなかった。
一頭のドラゴンは一万の魔術師に匹敵すると言われた。だが身を以って感じた魔力はそれ以上だ。ここにいる六十万余りすべての人間を苦も無く一方的に消し炭に変える事ができるだろう。
「天使長よ、何故御止めになる!」ヴァーリが最初に叫んだ。
「異な事を申す? あのまま続ければお主の軍勢は全滅していたぞ」
「くっ……」ヴァーリは渋面をつくった。薄々わかりかけてはいたが、改めて指摘されると受け入れざるを得ない。捨て身の策は捨て身故に破れたのだと。
「そしてセントゥリウスよ。お主の軍勢も皮一枚で勝利を得るが、残った軍に最早まともに戦う力は残されなかっただろう」
「……でしょうな」元帥の表情はすべてを諦め、受け入れた者のそれだった。
「それでは東西から襲いかかるヒクセンとラスパニアの軍勢を退ける事は出来ない。大陸は彼らによって支配され、ラ・フォーロ・ファ・ジーナを救わんとするクロースリアの全ての試みは水泡と帰す」
「……それはつまり」セントゥリウスは唾を飲む。
「氷河期。それも全球凍結が訪れる。それを防ぐ介入の機会は今ここしか無かった。さも無くば、我々二百八十八頭のドラゴン全てで全人類の九割五分を間引かねばならぬ」
だがそれすら時間稼ぎにしかならない。追い詰められた人類はやがて天使を悪魔と呼ぶようになり、ドラゴンすら殺す魔術や武具を生み出すだろう。そしてドラゴンが討ち倒されれば、また人類は増え、結局は破滅の未来へと向かう。
それが天使長の占術に現れた未来だった。
「ヴァーリよ、実を捨てて名を取るがよい。我が詔を以って汝をローンガルト、ミッデルシア両大陸軍事連合の盟主に任ずる。だが連合内国家の主権を脅かし内政に干渉する事は禁ずる。それで良しとせよ」
「飾りになれと?」ヴァーリは食って掛かった。最後の矜持だ。
「そうでも無い。お主の力を必要とする時は来る。今は明かせぬがな」
ヴァーリは喉を鳴らした。ローンガルトとミッデルシアの全てを合わせた力が必要になる事だと? 身が再び歓喜に震える。
「ならばお受け致そう」腰を下ろし豪快に胡坐を組み、両拳を地に衝けて恭しく頭を垂れた。
「その言、確かに受け取った」そう答えてから天使長は王女に首を向けた。「シエラよ」
シエラは涙を流しながら、それを拭わず天使長に強い意志の籠った瞳を向けた。
ドラゴンはふっと緊張を緩めた。「一矢の傷は治した。そろそろ息を吹き返す頃だろう」
「本当ですか?」シエラはすぐさま馬を降り、一矢に駆け寄る。レイチェルもパランタンもエリスロも集まる。一矢は、まだ弱弱しいが、確かに息をしていた。
「有難うございます!」頭を下げてから屍の連なる周囲を見回す。「ですが何故一矢だけ?」
「命には命で返すまでの事」一矢が天使長をラ・フォーロ・ファ・ジーナに追い返さなければ、天使長は七十一柱のドラゴンを地球に召喚しただろう。
それは天使長の命を代償とする行為だった。
一矢は天使長の命を救っていたのだ。
「天使長の命を救い、我が近衛のカロとブルハンを倒すとはいかなる英傑ぞ?」部下の報告を受けヴァーリですら驚嘆した。後でセントゥリウスからこの戦の策を彼が立てたと聞いて更に驚嘆した。
クロースリア宰相『賢哲』のラスゴーは戦後処理に追われていた。激務の日々だが、それまでは何ら女王の役に立てていなかったのだから、むしろ今の方が気分は清々しい。
「ではバスタークとフェイエノーサの税率は他領地並みに下げて頂く。宜しいですな」
ブラッドとダルファンの大使は不承不承に肯いた。
「そう不満な顔をなされるな。何も住民の不満を抑える為だけではありませぬ。税が安くなれば商人と物流は今以上に増えるでしょう。こちらの試算では五年で以前通り、十年で以前の五割増しの税収が見込まれます。密輸業者も減り、治安も向上します。資料はそちらに。後で目をお通しください」
大使たちの顔は半信半疑だ。
ラスゴーは溜め息をつきたい衝動に駆られる。せっかくの製紙印刷革命なのだから、魔法書や娯楽の本ばかりでなく地球の経済学ももっと世に知られるべきだ。そうすれば相手もこちらの言いたいことをすぐに理解してくれるのに。だがまあ、資料をよく読んで貰えればさしもの彼らも納得してくれるだろう。
ラスゴーはさっさと次の会見に頭を切り替えた。
ヒクセンとラスパニアの大使が入室する。
当たり障りの無い話から始めて巧妙に互いの腹を探り合う。場が程良く温まったころにラスゴーは本題を切り出した。
「貴両国におかれてはやむを得ぬ事情があり、援軍を送れなかった事は承知いたしております。よって正式な同盟違反による違約金を請求は致しませぬ。ですが我ら三国が貴国らの盾として戦い、兵達の命を費やしたのは事実。それ故遺族への補償金を貴両国にはお支払いいただきたい」
正論であった。義と理は確かにクロースリア、ブラッド、ダルファンにある。提示された金額も払えない程では無い。だがバンデル王とゲラード王が承諾するかどうか。大使たちは口籠った。
「異をお唱えになるのであれば、三国は貴両国に対して制裁関税を実施いたします」
三国、特にクロースリアの経済力は高い。ヒクセンとラスパニアが対抗関税を行っても、先に干上がるのはどちらか明白である。大使たちは青ざめた。王を説得して補償金を払わせる他無い。
「滅相もない。補償金を支払う線で進めさせて頂きます」
「御同意頂けて嬉しく思います。では、後、いいお知らせと悪いお知らせをお話し致します。我ら三国は対ローンガルト軍事同盟の規約を無視してローンガルトと軍事連合を結びました。よって同盟破棄による違約金を貴両国に御支払致します」
確かにいい知らせだ。違約金の額は先ほどの補償金を補って余りあるどころか桁が違う。だが悪い知らせとは何なのだ。まさか――――
「悪いお知らせです。我等ローンガルト、ミッデルシア軍事連合五十二万はヒクセン、ラスパニアに宣戦布告致します。連合の盟主、ヴァーリ大王陛下は一国も平らげずにローンガルトに帰っては民に申し訳が立たぬとの事。御覚悟ください」淡々と告げた。
敵う訳など無い。一方的に蹂躙される光景が在り在りと目に浮かんだ。
「ま、待ってくれ」「講和金なら払う、いくらでも!」
通信魔法で報せを受けたバンデル王とゲラード王は泡を吹いて倒れた。
「結局戦わぬのか、詰まらん」ヴァーリは残念至極とばかりにこぼした。講和金よりは戦って国を奪りたかったのが本音である。
「国力と兵力の回復する五年後にはジュデッカ大陸を攻めるのです。これ以上兵を損なわぬ事は良い事です」レティーグはこの言を予想していたので平然と答えた。
「真にジュデッカに侵攻なされる御心算で?」クレア女王が口に扇を当てながら訊ねる。
「天使長は別に侵攻するなとは仰らなかったからな」ヴァーリはふてぶてしく悪ガキの様に笑った。「案外それも天使長の計算の内なのかもしれぬと思わぬかな、女王よ」
「有り得るであろう」クレアは苦笑で返す。
「と言う訳で『四本の剣』よ、女王ばかりでは無く余の役にも立って貰うぞ」
「「「「御意に」」」」
結局シエラとエリスロはレティーグの命を奪わなかった。仇討の為、本陣に魔法を撃ち込まんが為に一矢とカロの命を危うく損ねる所だったのだ。カイネルも一命を取り留めたが重傷だ。
それに、仇を討っても天のヨゼフは喜ぶまい。前よりもはっきりとそう思えるようになった。
怒りが天への願いと祈りならば、それは大事な人を守りたい、それだけの事だから。
そして天のヨゼフが喜ぶとしたら、やはりそれは彼等の幸せだけだ。
『だが今後お前がへまをして連合に不利益を与えるようなら、斬首刑吏の役を引き受けてやるにやぶさかではないぞ』と、シエラは不敵に笑い見逃した。
「まずはジュデッカの民を味方につける所からですな」四本の剣で議論が始まる。
「クロースリアは嫌われ者ですぞ」
「ジュデッカの各王が内政の失敗の言い訳をすべて強欲なクロースリア商人の所為と世論操作してきましたからな」
「そこでヴァーリ大王の出番です。大王の治世下に入るならば、配下にあるクロースリアの資金と技術と教育が民の手に渡り、豊かになると喧伝すべきでしょう」
「ジュデッカ諸王の政治の失敗も分かり易く民に広めるべきですな」
「分かり易い漫画や絵本を魔術師協会で用意しましょう」
「処で、新しい『五本目の剣』は?」ヴァーリはクレアに尋ねた。
「あの子ならば地球に帰ったのじゃ」
「子爵位を与えたのではなかったのか?」
一矢は戦の最大功労者として扱われた。褒章と爵位を身に余ると辞退しかけたのだが、セントゥリウスに『君が受け取ってくれぬと私も褒章を辞退せねばならぬのだが』と言われ、受け取る事にした。知略と剣の腕から『智勇』の二つ名も与えられた。
それでも一矢は大学に進学するし、卒業後も半分の時間は女王に仕えるが、残り半分は、五百年後に五十度の死の夏を迎えかねない地球の役にも立ちたいと言った。
「欲の無い奴よ」
「いや、あの子はきっと我らと同じぐらい欲張りであろう。臆病で、それゆえ優しい。あの子はあの子自身の主」
「つまり、臣下ではなく同志という事か」
「あの子は『滅相も無い』とか言うであろうが」
ヴァーリは目を瞬かせた後、ニタリと笑った。「まあいい、それよりカロとエリスロとやらの事だが」
「カロはラスゴー家の婿に欲しかったのであるが」
「勘弁してくれ、ブルハン亡き今、カロまで取られたら余は大困りだ。欲を言えば今すぐ地球から帰って来て近衛筆頭になって欲しいぐらいよ」
「良いのか、ラスゴー?」クレアはラスゴーに憐みの目を向けた。
「エリスロは子供の居なかった私たち夫婦に十分幸せをくれました。さすれば後望むのは、あの子の幸せのみです」ラスゴーは満足げに笑みを返した。
「そうよ、女王。お主の元にはレティーグを除いても大勢いい臣下が居るのだ。構わぬであろう」ヴァーリは鼻を鳴らした。
「いやいや、いい臣下などと、例えばラスゴーは堅物の正論ぶつしか能の無い糞爺ですぞ」
「レティーグこそ策謀しか能の無い性格破綻者ではないか」
「セントゥリウスなど人のアイディアの粗探しとアドリブだけはうまいが頭空っぽですぞ」
「そう言うモートンのごり押しの後始末に我々がどれだけ腐心したと思っておるのだ」
醜い言い争いは続いた。女王たちの前で無ければ掴み合いの喧嘩になりそうな勢いだ。
「……苦労もレティーグ一人を相手にしておる余の四倍のようだが」
「ライリック爺様の薫陶よ。長所と短所は切り離せぬ。個性を大事にせよと」満面の笑み。
「……成程。余の負けた得心がいった」ヴァーリの顔は晴々としたものだった。
一矢は道場で一心不乱に剣を振るった。
「よし。身が入っておる。覚触の悟りを得たようじゃな」英明は感心した。
「戦場じゃあ、今この瞬間にも強くなるしかなかったからなあ。今ここにいるしかないよ」
漫然と努力すればいずれは強くなるだろうとか、努力したから勝てると言うのは、甘えだと分かった。今この瞬間強くなるために努力する。努とは己を愛する事。己を産み直し続ける事。今は掛け替え無く今しか無く、望む明日を呼び寄せるのは今しか無い。その覚悟が今この時の努力の質と密度を変えた。日々の所作一つ一つが武術だという事が今ではよりよくわかる。
頂には一人しか登れぬかもしれぬ。
だが、流れを変える分水嶺には誰であれ辿り着ける。
心も少し変わった。以前よりもしたい事と成すべき事が収斂し、小さな迷いは少ない。だが少し大きな迷いは残ったし、幸福を感じるので小さな欲は減ったが大きな欲は増えた。
「まあ、とりあえずは収入の幾らかをクリーンエネルギー企業に投資してみるかなあ」
自分の価値はどう決まったのだろうか。女王からは過分ともいえる評価を頂いてしまった。それに中身を追いつかせるとなると、これからも相当な修行が要りそうだ。
気を遠くする暇はない。三丹田に気を鎮め、剛く力を骨に通し、柔らかく気合いを血肉に流し、落ち着いて今この時も、只、成し続ける。
道筋を開くのだ。
カロは黙々と農家の人隊と一緒にビニールハウスの組み立てに精を出していた。重い骨組みの鋼材をまとめて軽々と運ぶ働き者のカロは周りに好意的に迎えられた。このビニールハウスがあればローンガルトの寒村でもこれから耕作放棄をする人を無くす事ができる。カロの使命感は沸き立った。
「はるばる北欧からビニールハウスの勉強に来るとはたいしたもんだねえ」陽気な農家のおばさんたちが口々に褒める。
彼らの言葉はエリスロが通訳してくれた。地球では国ごとに別の言語があるなどとは、カロの想像を超えていたが、彼女と側に居る事の出来る時間が多いのは有り難かった。
「何でもエリスロさんとは恋仲なんだって?」一番年かさのおじさんが手拭いで汗を拭いながら二人を冷やかす。
カロとエリスロは同時に綺麗に赤面した。
一矢が陽炎の立ち登る暑いアスファルトの坂を登り、シエラ邸に辿り着くと、既に斉藤たちも揃っており、パランタンもワゴン車を用意していた。
「遅いぞ、一矢!」助手席からレイチェルが元気よく叫ぶ。
「待ちましたでーす」パランタンも急げとばかりにクラクションを鳴らす。
「時間は守ってるよ。お前らが早すぎるんだって」苦笑い。
約束通りプールに泳ぎに行くのだ。
「そうそう、一矢。堂島って、インターハイで優勝したんだよ」
「しかもお前しか堂島に一本を取られなかった選手はいないんだと」
「福山先生が言ってたけど、高橋理大の特待生推薦はほぼ内定だって」
斉藤と吉田と景山が興奮した口ぶりでまくしたてる。
「へー。そう」一矢は落ち着き払って他人事のように流した。
「「「もっと喜べよ!」」」
「今なら堂島にも勝てるのではないか?」シエラが一矢の前に回り込み、顔を覗き込む。
「そうだな、今なら」一矢は微笑み悠々と自信に満ちた態度で答える。「また反則負けするな」
「「「「「「あ、アホか―!」」」」」」
総ゴケであった。
八月の空は光に満ちていた。
―了―
禅や覚悟って今日(28年12月23日)見たニュースの流行の言葉ではマインドフルネスっていうんですね。この作品ある意味タイムリーでした。君も今を自分の体を味わい尽くそう!(エラそう)まあでも妄想や空想も大事ですよね。ちゃんとメリハリつけてそれぞれ集中しましょう。
そんなわけでよろしかったら感想ください(揉み手)。
それはさておき次作予告。
時は飛んで西暦二千六十二年。救われた地球。人々が思考感応端末によってネットにつながる未来。
極秘開発された謎の試作新型思考端末。それによって巻き起こる事件と陰謀。
世界を救った巨大企業大城財団。その本拠を置くメガフロートシティ、綿津見市を駆け抜ける私立探偵、風巻光水流剣士、東条千騎。
『13個目のピーピングジャック』
えー、そうです。六枚の翼ラストで投資を受ける事になる青年起業家が大城さんです。地続き作品です。
ファンタジー風じゃなくてハードボイルドサイバーパンクSF風です。でも相変わらず武術成分濃いです。
前・中・後編の予定です。二、三か月以内には前編を上げる予定です。
六枚の翼の直接の後編も構想だけはあります。主人公はマリエルねーちゃんともう一人。あのマリエルに釣り合う人ってよっぽど人格高潔な人かしらん?と妄想した所、結果は(以下略)。残念ながらヴァーリ大王は主人公の座を奪えませんでした。「八枚の翼」(仮題)。いつになるかはわかりません(おい)。
それではなるべく近い内に。再見。