表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハルジオン  作者: K
15/15

終章

 柔らかい風が、アイオレスの頬を撫でていた。

 新しい息吹が芽生え始めていたが、大地にはいまだ無残な傷跡が広く残っている。

 時折、空へ浮上する戦艦がうららかな日差しをさえぎった。澄み渡った青空には、すでに無数のデストシア艦が帰路へと着き始めていた。

 空高く浮上する戦艦が陽光を反射する。

 その彼方、白く姿を見せる月と並ぶように、ルシフェンヌがたたずんでいた。

 ふと、地球を離れるディアボロイドらに向けて、春風に乗せた音色が流れてきた。それはまるで、私信としてアイオレスに別れを告げているかに響く。

 あれから一度も顔を合わせていないが、ピアノを奏でる姿が鮮明に浮かびあがる。紡ぎだされる音色は優しく、また母親の慈愛を含んだ悲しみが含まれていた。

「将軍」

 陽のあたる大地を見下ろしていたアイオレスに、同じ音色を聞いていたオセが声をかけた。

「デストシア一の戦士が、恋わずらいですか」

 昇ってゆく戦艦の陰から太陽が顔を出した。そのまぶしさにアイオレスは額に手をあてる。

「そんな幼稚なものではない」

「愛を説いた将軍が、愛を否定するのですか」

「そうではない」

 ふたりが人間の姿であれば、アイオレスの眉間にしわが寄り、オセの口元には微笑が浮かぶのが見られたであろう。

「それから、その将軍と呼ぶのはやめてくれ。もうデストシア軍は存在しない。もう我々は戦う必要がないのだから」

 オセは、後ろからアイオレスの視線を追って広がる大地を眺めると、吹きあがった風にマントがゆらめいた。

 その腰にはサーベルが下がっていない。

「ですが、これからは我々が自然の摂理と共に生きて行かなくてはならない過酷な試練が待っています。それは戦場で剣を振るうよりずっと難しく困難です。そのためにもディアボロイドを牽引する指導者が必要なのです」

「わかっている。だが将軍と言う肩書は必要ない。欲しがるようなら、あいつにでも与えてやれ」

「さぞ、喜ぶでしょう。いえ、それでは先代が墓より目覚めるほどに怒りましょう」

「どうかな。私は将軍の仕事を託された訳ではないのだから。そもそも、いま思えば彼とて好きでやっていたのではないだろう。同族の均衡を保つための抑止力として、出来の悪い子供たちの面倒を見させられていたのだ」

「不敬罪ですよ」

 ひときわ強い春風がふたりを包み込み、オセはそのまま目を閉じると流れる旋律に耳を傾けた。

「このピアノも、もう聞けなくなるのですね」

「永遠にではない。いつかディアボロイドが再び人間として生きられるようになったとき、人類は我々を受け入れてくれると、私は信じている」

「そんな未来が、本当に来るのでしょうか」

 アイオレスは降ろした手を見つめ、そして顔を上げた。

「来るさ。数千年も昔に失ったものを、我々は取り戻すことが出来たのだ。これから、どのくらい時間がかかるかは分からない。だが、いつかは必ず人間に戻れる。そのためにも、我々はもっと多くの事を学ばなくてはならない」

「その時まで、貴方のそばを離れませんよ」

「お前」

 絶句したアイオレスに、オセは喉を鳴らした。

「冗談です。さあ参りましょう、みなが空で待っています」

 急に人間臭くなったオセに戸惑いつつも、アイオレスはラベリウスの中へと戻っていった。

 そのとき風に揺れる大地を背に、アイオレスはいまだ旋律を奏でる彼女が持つ花言葉の意味は、何であったかと思い返していた。



             ハルジオン・完

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ