表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ジルヴォンニード  作者: 名雪優花
Animasions;serendipity.
5/27

始まりは時の線路-Ⅴ




「これが、あいつの術式……」

 裂破溶融――彼のドライゼによって貫かれたモノ全てを粉砕し、融き解す銃技。

 男の呼び寄せた豪雨は端という間に止み、日輪が燦然と、灰塵の空を照らす。

 突如刺し掛かる日射しと、ラストといわんばかりに飛沫を立てる水柱の乱反射に激しい瞬きを繰り返しながらイリヤは、戦場であれば必定の物々しい光景を目の当たりにする。

 相手に戦意は無いと見て取ったアルスは、跪いた男に接近してその額に銃口を向けた。あどけなさを残した丸い頬を汚い冷笑で押し上げ、再び銃把を人差し指でつつく。

 どう料理してやろうかと挑発するように、落とし前をつけてもらおうかと煽り立てるように、わざと足音を立て、じりじりと詰め寄り、獲物との距離を縮めていく。

 ――カツンと、それを最後に足音は止まった。

「あ、あァ……あああァ」

 残弾は、もう無い。

 恐怖心からへたり込んだ男は顎骨を軋み立て、硬直する。アルスの人好きそうな笑みが余計に、男の恐慌を煽り立てていた。

「自ら墓場に出向いてくれてありがとう。これでオレの手間も省けたよ」

 きっとそれが狙いなのだろう、若葉のような瑞々しさを放っていた瞳孔はかっ開かれ、先の獰猛さにより拍車がかかっている。徐々に拡大していく濃緑の瞳孔は、まるで残された萌黄の清い虹彩を侵蝕するようで、今にも仕留めにかかりそうな猛獣の佇まいだ。

 もっとも彼に照準を捕捉された以上、必然の条理でしかないのだが。

「わ、分かった、わかった! 教えるよ、教授の目的と“十二宮環”の場所!」

「アンタの口からききたいとは思わないね。大体、オランダ軍の隠匿技術なんて底が知れている。アンタが何も言わなくたって、オレが自力で探しだすさ。それに――」

「わかってる! アンタのお仲間だろ!? 確かに悪かったよ! けど……けどあれは何もおらだけじゃない!!」

 保身を貫きたいが為にその口からそぐわぬ泣言を吐き出し続ける彼は、己が無力さを露呈しているも同然の有り様だ。

「ほら。人はそうやってホラ吹いて自分だけ助かろうとするんだ。それも、チームワークが必至の戦場で。これがクリミア戦争なら、ナイチンゲールもお怒りさ」

 憫笑の念を隠すことなく立て続けに自弁を垂れるアルスに、男は両肩を震わせて屈辱に耐え、許しを乞う。

「だ、だから謝るよ! すまない事をしたと思ってる! 他にいるんだ、おらの他にも、11人!!」

 死神の人差し指が引鉄に絡む。彼が指の関節を曲げるかの可否で、ドライゼを突きつけられた男の命運は歴然と決まっていた。ほんの一押しで、瞬時に。

「その12人のうちの1人ってこったろ? 要は。ならアンタを撃とうが12人の仇敵を1人殺したでカタをつけられる。同じことじゃないのさ。ただ己の不幸を呪いなよ……」

 その照準にあてがわれているのは自分ではないのに、銃口から覗く黒い気配にまるで此方が凝視されているかのような心持ちになる。

「お前たちにもオレにも“代わり”なんていくらでも在るんだしさ。今さら足掻いたって無駄だ。すぐ“代わり”がやってくるよ、ほら、すぐそこに」

 つくつくと笑い、アルスは撃鉄を起こして愉しげに銃口を擦り付けると、止めの決まり文句を吐いてトリガーを絞った。

 ――銃声は、聞こえない。不審に思ったイリヤがそれまで耳を塞いでいた手を降ろすと、アルスは何を思ったかドライゼを地に叩き落とし、男の目の前で跪いた。

「Tschüs.Bis Hölle――」

「ガアァァっ!!」

 ドライゼの銃口を見てしまった以上、男の死は決定付けられていた。無理もあるまい、アルスの瘴気を前に、ヒトは立ち向かう術を持たないのだから。

 しかし男を撃ったのはドライゼでもボルクハルトでもなく、今アルスが突き立てた中指のリングから、いわゆる中石に内蔵された仕込みピストルによるものだった。

 呆気にとられたイリヤは思わずアルスの右手を凝視する。中指は、執行完了の合図を告げるかのように紫煙を発していた。

 倒れた男には意にも介さず、アルスは弾け飛んだ血と脳漿から避けるように踵を返す。安堵のため息をつきながらイリヤは彼を迎えようとした。

「お、おつかれ――」

 その時、二人の間に大きな影が差す。

 振り返ると、倒れていたはずの男の眼球、鼻腔、口腔という身体のありとあらゆる穴から電線のような管が飛び出し、カラクリ仕掛けめいた機甲がつぎつぎと積層されていく。

 拡張される異形のそれは繭を食い破る蛹のように、徐々に成虫へと姿を変えていった。

 ある部分は術式のように凝結する歯車へ、ある部分は煙突のような大筒へ、ある部分は歯車の接ぎ穂へと変形していき、ギアが軋りたてながら可動する様は蒸気機関のような外装を醸し出しているともいえる。限りなく表現を美化させたという上の、前提であるが。

 ――形容すれば、トルソーに無理やり部品を貼りつけた機械兵器そのものである。

 そんな機甲の一つひとつが起動していくたびに広場の空気が一変していくのを、イリヤはひしと肌で感じ取った。

「な、なんで、人から……機銃が」

「――どうりでそんな事だろうとは思ってたよ」

 吃驚で思考が追いつかないイリヤの傍らで、アルスは溜め息混じりに呟く。

 元はといえばイリヤが狙われた事によるとばっちりと似たようなものだ。文句のひとつ言おうが罰は当たらない。

 本人に直接吐き出さない辺り、何やら気を遣わざるを得ない事情でもあったのだろう。だが彼の零した言葉は単なる愚痴ではなく、どこか推論めいた響きを含んでいた。

「――ヒト型殺戮兵器、ソルダート。長年の財政難を脱するためにソ連から生産された。ホムンクルスを機変改造することによって量産される、倫理から遥か遠く外れた人類の野望と、欲望の結晶。人類の犯した、最大の罰」

 兵士の大量動員に銭を削ぐあまり兵器の開発資源に逼迫していたソビエト連邦は、同盟を組んだ連合国による輸入資源より、その永きに渡る赤軍の威光を存続させていた。

 空輸に頼らねば銃のひとつ持てやしない祖国の状況を打破するために、ソ連より生み出されたのは『人形兵器』。倫理の壁をいとも簡単に破壊せしめた、第一人者だ。

 兵士という意味合いをもった“ソルダート”という俗称で呼ばれる彼らは、母体の“十二宮環”の胎盤から産出され、相手の精液を加えることでその者と同じ姿の人形兵器を生み出せるという。

 戦争による犠牲を減らすといった、人の都合で増産された命を、人の都合で使い捨てにすることは、真に犠牲を無くす対策として正当性に足るといえるか。

 そういった問題が浮き彫りになり、とうの300年以上前より産廃されたそれらの産物は今、こうしてイリヤ達の前に立ちはだかっている。

「どうやら奴は最初から仕込んでたみたいだ。自分が死んだとき、内核の可変装甲が自動的に作動するように仕組まれた措置を」

「は、はあ!? じゃああのオッサン、最初から当て馬だったって事かよ!」

 焦りに焦りを生む状況に頭がフレイムバーンしてしまいそうな中、冷静に分析するアルスの神経の太さにも肝を冷やされる。

「というよりかは、人形兵器が奴の内部に寄生して待機していたとも」

 寄生していた宿主の肉を食い破る様はまるでカンディルを思い起こす。イリヤはその様子に全身が毛羽立っていくのを感じ、身震いした。

「ご丁寧に無反動砲まで積層されているなんて、相手の頭は余程こちらの始末に躍起らしい。あの大筒なんかそう、まるでウチの軍のカールグスタフみたいだ」

 淡々と独り言を放ちながら、二挺の銃を構え直してアルスは横溢した悪夢の根源を前に、さらなる展開を張った。

「Wieder anfangen……」

 広場を覆い尽くすほどの術式が二人の足下に敷衍していく。煉瓦の敷地を一気に碧の池へと変え、変幻自在にテリトリーを網羅させていった。

「Zielerfassung――術式を拡張する」

 人形兵器はそれらから逃れるようにギアを起動させ、回転数に比例した速度で後退していく。同時に回転する繋ぎ目から連綿と、機銃が放射され、射水と調和するようにその勢いは増した。

 あと2分で止まるかもしれないという微かな期待を寄せつつ、アルスは精密射撃を続けるレーザーとスプリンクラーの垣間を転がり抜けながら、人形兵器の急所を見定めようと手当たり次第に雷管を叩き続ける。

「その大砲は飾りかい? 砲塔がまるっきり筒抜けだよ。残念だったね……」

 歪んだ嗤笑にありったけの悪意を込めて、アルスは排莢と装填を手早く済ませて撃鉄を起こす。

 急所を悟られた機械人形は呆気なく、本体の男ごと粉塵の風に消えていった。

「そ、っか……砲口を撃てば奥の弾薬に直撃して爆発するから、あえてソコを狙ったんだ」

 思わぬ盲点を突いたアルスの表情は、男と対峙していた際よりも爛々と昏く耀いているようにも見えた。

 しかし、それだけで終わるほど人形兵器という異物は柔弱に造られてなどいない。

 あろうことか死に際に発した、人の耳で聞き取れる限界に近い高周波数の怪音波に反応して、四方から増援の人形兵器たちが広場に光線を落としながら接近してきたのである。

「……なるほど。まさか砲塔の奥に仲間を呼び寄せるシグナルが搭載されてるなんて、そこまでは気づけなかったよ」

 先刻よりも狂気を倍増させた彼の嘲弄に、イリヤは戦慄すら覚えた。何やらこの先、ロクな事が起きない予感がしたからだ。

「ここ最近、ヤワな連中としか殺り合えなくて退屈してたトコなんだ。」

 またひとつ、イリヤの心底に懸念が蟠った。

 無尽蔵に増え続ける彼らをマトモに相手にしては日が暮れる。とにかく、その中において特に頭角を現す獲物を見つけださなければならない。こぞって標的を付け狙う習性をもつ怪物であるため、リーダー格の人形兵器を真っ先に葬り帰すのが上策だ。

 そのあとは、上手く撒くしか生き延びる手立てはない。ましてやただ観光に来ただけのイリヤを巻き込むのは言語道断。

 ならば……『おとぎ話』における『死神』の名を、いまいちど思い出すのみだ。

「オレに楯突いた輩へ約束される、未来は無い」

 その時、黒衣越しにアルスの左腕が脈打つように発光して、装甲がさらに禍々しい輝きを増した。

 いくら量産された人形兵器といえど、元はヒトを模ったものである。破損を伴えば血は吹き出し、心臓に代わる“コア”を破壊されればそれまでだ。

 だが彼らにヒトの心は無い。故に社会や倫理といった概念を持たず、ただ目の前の敵を滅殺するだけの存在にしか過ぎない。そういった機構に設計されたのだから、致し方ないといえばそれまでの話であるが。

 倫理の概念が欠如しているという点で弁別すれば、アルスとて同じ事が言えよう。ヒトの心裏、常識、理念を持たない彼は、これらの肉人形をひとつの展開で血の溜まり場にする事さえ容易だ。

 しかしそんな下卑た真似を許してくれない足枷を抱えていたのも、事実だった。

「おいっ、もうやめ……、っそいつもう息してない! やめろって!」

 徐々に大きさを増し、響き渡る制止の声。これが一回目の警告ではなかった。決して無視をしている訳ではないが、殺らなければ殺られる、という瀬戸際で受けるにはいささか難儀な注文だ。

 何度も振り返って詫びようとするが、そのたびに迫りかかる歯車の円刃を押しのけていかなければならないので、余計に袖口を血と臓腑で濡らす状況を強いられる。

「おいっ!」

 イリヤの叫びに少しずつ苛立ちが入り混じっていく。それは焦りや怒りといった単純なものでない事ぐらい、血の乾いた額から汗を滲ませるアルスとて理解していた。

 迸る絶叫、慟哭、阿鼻叫喚から耳を塞ぎ、助ケテクレと許しを乞う者たちを足蹴にして、彼らのコアに風穴を通していく。鮮血が糸を引くこの戦場で、情けの意味するものはあくまで死でしかない。

「は。いい気味だ」

 それでも自分は外道でなくてはならない。なけなしの矜持が、無意味な意地が彼の不要な闘争心を奮い立たせる。べっとりと鮮血の張り付いた手を裾で拭いながら、さらなる敵を探し出そうとした。

「やめろっつってんだろ!!」

 これまでにないくらい声高に叫んで、やっとアルスは怒気迫った制止に振り返る。

 びくりと、目にしなくても分かるイリヤの剣呑な視線に気まずさを覚えながらも、念のため辺りを見回した。

「……もう誰も居やしねーぞ」

 言われた通り、辺りはすでに鉄錆と硝煙の臭い燻る血戦の跡地となっていた。

 噴水のコールもすでに終わり、盛況な賑わいを見せていた広場の面影など、どこにもない。

 返り血をぬぐうことなく、肩を縮ませながらイリヤの元へ歩み寄る。使用後の拳銃は光の粒子となって何事もなかったように消滅し、鋼鉄の手錠に戻っていった。

 先ほどの凶悪な様相が嘘であるかのように、アルスはまるで親から呼び出されて叱責を身構える子供のような面持ちでイリヤを見据える。その顕著な豹変ぶりに鼻白むも、本題はただひとつ。

 人を人とも思わない外道の到り。もうイリヤはアルスの皮肉に毒気抜かれることも、感嘆することもない。

「――すこし詳しく聞かせてもらおうか」

 ただひとつ言えるのは、それはもう人の発するものと思えぬほど、質す声音が凍えていたことだけだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ