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ジルヴォンニード  作者: 名雪優花
Animasions;serendipity.
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記憶の花よ辻風と散れ-Ⅲ


 

 

 術式とはすなわちキーマンの思念である。

 対象の即死に繋がるような高度な念までとはいかないが、対象の深層意識に働きかける洗脳めいた念ならば、術式を持つ者ならば誰だって簡単になし得てしまう。

「待てよティカル! おい、なんのーー一体何のつもりだってんだ、答えろ!」

 白衣の聖剣使いが思念でイリヤを“次元の海”に落とすことも 、また。

 ティカルはイリヤの脳波に術式を飛ばし、彼の海馬に流れる視覚情報と実際の現象との間に“認識の裂け目”を作ることでデュースとの距離を物理的に切断した。

 イリヤの意識は為すすべもなく黄金の粒子に絡めとられ、彼の視界から二人の姿が砂塵のようにぼやけ……やがて形もなくなっていく。

 

「随分と意地汚い真似をされるのですね」

 イリヤが現世から次元の果てへ引き剥がされた様子を睨みつけて見ていたデュースは呆れたように呟く。

「教会の乾板を持ち逃げした君に言われては世も末だ。ゆめ忘れるなよ支局の撒き餌、その気になればいつでもお前の首を刎ねるくらい、僕には何の造作もない事を」

 それは怒りでも恨み辛みでもない、ただ獲物を狩る者としての意思のみを乗せた声が、黄金の術式をなした光の帯と共に低く這う。

「口だけなら何とでも言えるでしょうよ。私は私の意志に従って、阻む者を屠るのみです」

 デュースは袖口から忍ばせたビー玉ほどの大きさの石を指で弾く。その石は日の光を紅に映し、たちまち自身の右腕そのものを刃とする装甲へと変化した。

「躾のなっていないオンボロキーマンに教えてやるよ……」

 ティカルは舌打ちしながら聖剣を閃かせ、彼の装甲を百万馬力で剥ぎにかかる。

 大振りの剣先が紅の装甲を突いた瞬間、金が削り取られるように火の花が散らばった。

「我が聖剣は常世の写し身と也やーー」

 その火花さえも術式のコードへと姿を変え、削れた刃を補うように剣先が熱を帯びていく。

 キーマンは術式展開の折、依り代を得物に変換する場合は名乗りを挙げる。

「其の階は青天の導きに非ず。其は波の花に航ること能わずーー」

 自らの肉体に彫られた刻印を行使して装甲を張る場合は、相手への宣戦を焚き付ける詞を紡ぐ。

「風と共に紫花(しか)よ躍れーー」

 依り代から術式の糸を抽出する場合は、独自の命令式を発動する。

「記憶の花よ、今ここに辻風と散れ!」

 抽出した術式を張り巡らして得物を放出する場合は、相手への別れを詠う詩を読み上げる。

 柄まで熱された果てに溶融されるティカルの聖剣は“円状”へと形を変え、改め“聖圏”は回転速度を上げデュースの元に投げ放たれた。

「っ、装甲をそんなに厚く張ってまで……」

 態勢を崩したデュースは擲たれた聖圏を辛うじて右手の刃で受け止める。

「そうまでして躍起になるということは、私の拾った映像は……あなた達にとって、相当なる痛手のようですね……」

 彼を諦めた聖圏は不本意げに弾んでティカルの手元へ戻っていく。しかし、追撃に穿たれた火花のコードを避けることまではかなわなかった。

「ざまぁないね、自称中立国の傀儡くん。だが否定はしない、広められては困るから即時に消えていただくよ」

 瓦礫の波に崩れ落ちたデュースが立ち上がる前に、ティカルが一歩一歩と乾いた靴音を立てる。

 聖圏を再び熱し、正しき形に戻った得物を鞘へ納めながら。

「さようなら、“間違った次元”の町に迷い込んだ子羊さん」

 琥珀の眼孔は同じ色を宿した剣先と共にデュースの急所を精確に捉え、その一閃は逆光に押され瞬いた。

 

 

 

 視界が開けた時にはすでに二人の姿も見当たらず、先より人の気がある町通りが見え、そして自分は何者かに肩を掴まれーーなぜか虚空を泳いでいた。

「いぎゃーーーッ!!」

 重ねてイリヤは高所恐怖症である。正確には足が地につけないだけでアウトであり、公園のブランコにすら若干の苦手意識を抱く重度の高所恐怖症である。

「だずげでーッ! いや結果的にだずがっでるがもはじんないげど怖いからさらにだずげでぇえええいやぁーーーッ!!」

 濁音にまみれた悲痛な叫びを上げながらイリヤは宙ぶらりんの手足をばたつかせた。

「ボクちんのお顔をお忘れなのねん?」

 すると体の向きをいきなり180°横に変えられ、イリヤはぎょっと目を剥いた。

 見覚えのあるーーありすぎる金髪碧眼のチャラ男。というか、先日会ったばかりのアルスの知り合い。

「あ、あんた、昨日の!」

 マーサ・クリュチコフが、間違いなくイリヤを抱えて次元の裂け目から匿ってくれていた。

「んまっまっま~とりあえずタイムオブタイムね、落ち着こ落ち着こ。チミはあの紫の子と知り合いなのねん?」

 イリヤの狼狽ぶりを見かねてか、マーサは近場の橋で着地する。それでも足先から川岸が見えるのだが、四の五の言っていられずイリヤは一生懸命に事の顛末を説明しようとする。

「知り合いも何も、アイツはーー」

 舌も頭も回らなかったが、彼にこちらの身の上を伝えたところでどうにもならないのでグッと飲み込んだ。

「アイツは、教会都市の人間なんだ。野放しにしとくといつかは面倒な事になると思ってはいたが、まさかあんな早く行動に及ぶなんて、」

「タンマ、タンマですよんイリヤくん。チミはその子を知ってても、さっきの話を聞く限りその子はチミを知らないみたい」

 だからこっちが向こうの情報を持ってる事を逆手にとるのねん。マーサは拳を作ってアピールする。

「マーサ、お前こそあいつの事知ってんの? ていうか教会都市の人間が島から出て何しに来たんだ?」

「そのティカルって子は外野で名前を聞くぐらいなのねん。チミがランクスの群れに追っかけられてるって小人さんに云われたから、けどいざ駆けつけてみると途中でデュースがランクスより危なそうな子に絡まれてたの見ちゃったのねん」

 本来ならばもっと早く合流できる場所にいたらしいのだが、セントラル全面封鎖という間接的なティカルの妨害を受けて大通りに迂回せざるを得なかったという。

「そ、それはその、色々お騒がせしやした……」

 面目なさげにイリヤは頭を掻く。

「デュースの所へは今ボクちんの知り合いが向かってるから安心安心。それより、早くここから出たほうがいいんでない? 教会都市も馬鹿じゃないから、アルキョーネが留守の間を狙って連中が直々にカールスルーエに来ちゃうかも」

 そこでマーサは橋から停船所へ下り、舟を借りて隣町のマンハイムまで逃げ延びる提案を持ちかける。

 イリヤは先ほど張った障壁がティカルに破られる事を憂いつつも、グズグズとしていれば先日のようにマーサの身にも危険が及ぶだろうと察し、渋々と承諾した。

「逃げるはいいにしても、教会とカールスルーエに何の因果関係があるんだ? アルスからは王室と東岸部隊の事以外何一つ聞いてねーぞ」

「そりゃ、アルキョーネも知らないでしょ~よ。だってここの支局一帯が教会に目を付けられてるんですもん」

「……なんだって?」

「わかりきったコト。カールスルーエ自体が、ウィルにマークされている人たちが隠れるのにうってつけの土地なのねん」

 漕ぐ手を休め、マーサは思案を寄せるように腕を組む。

「ウィルって、確か王室の実権を牛耳ってるーー」

「のんのんのん! ダメダメダメダメ! どこで彼奴らからトーチョーされてるか分からないのねん!」

「お、おう悪りぃ……俺自身が一番警戒すべきだったな」

 マーサは食い気味に両手を交差させて制止のポーズを向ける。勢いに気圧されたイリヤは冷や汗を浮かべながら苦笑した。

 彼はルクレツィアを目の敵にしている。デュースの言った通り、彼女は情報戦において真価を発揮するハッカーだ。いざとあればありとあらゆる手を尽くして、こちらの口から漏れた会話の内容を教会へ送り込む筈だろう。

「エイドから連絡が来てたのねん。ティカルって子がデュースを追跡した果てにカールスルーエまで及んだって……あ、彼は味方じゃないよ?

 彼の同僚とボクちんがお友達」

「随分と人脈に恵まれてんだな。まぁ、誰が味方とかは今のところないだろうから信じるよ」

 裏を返せばこれまで出会った者たち全員が敵ーーそういった最悪の可能性も視野に入れていた。

 現に、旧友のティカルがこちらの出会い人に敵意を向けていたのが目に見えて分かる。状況次第によっては、自分が彼と交戦せざるを得ない事態になろうと不思議はない。

「デュースはね、教会都市からウィルのデータを持ち去って、彼らにとって現時点で一番の脅威になってるんだ」

「そんなにヤバいデータを持ってったの? 媒体は? フィルムとか書類とかそんな要領か」

 マーサは首を横に振り、神妙に告げた。

「乾板。写真の……暗いところとかに保管されてるようなやつ」

「ああ、ようやく読めたぜ。人形兵器に関する実験記録、とか?」

 まるで肯定すら躊躇うように、マーサは重々しげに頷いた。尤も考えたくもないだろうーー人形兵器といえど元はヒトを象った存在。それを玩具のように弄ぶ者を、自分達と同じ人間と認めるのだから。

「教会の辞書に人の権利なんて言葉は存在しないからねぇ。僕たちが考えつく限りの最悪な想定はすべて、すでに実行してるって疑ってもいいんじゃないかな?」

 オールを握る二人の手に力が込められる。

 ティカルの矛先がデュースからこちらに逸れた場合ーー嫌な想像だ、イリヤは掻き消すように頭から彼の事を振り払った。

 

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