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ジルヴォンニード  作者: 名雪優花
Animasions;serendipity.
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記憶の花よ辻風と散れ-Ⅱ


 

 

 カールスルーエの中継地、レリスタットに降り立ったエイドは早速サドワが縄を張っている駐屯地点へ向かう。

 今朝からシエナの挑発を受けて眉間により皺の寄っていた彼は、なるだけ事を立てまいと息を吐いてサドワへの報告する旨を整理していた。いくら“自身の術式回路に唯一リミッターをかける権限を持つ者”相手とはいえ、感情から出任せに余計な事を滑らせたくはないのだ。

 天幕に入ると無人であったが、代わりに置き手紙が荷台に置かれていた。アレクサンドルからの通達だ。神経質な彼らしくインク溜まりひとつのない、ひょろひょろとした字の羅列を目でなぞっていく。

「文にはなんて書いてあった」

 唐突に向けられた声に振り向くと、すぐ側で細身の青白い髪をした少女が腕を組んで待ち構えていた。

 ラツィルはいつにも増して険悪な気を纏いながらエイドの手元の文書を一瞥する。昨日の礼拝堂における騒動の一件で、怒り狂うアレクサンドルを取り鎮める役目を買って出たが為にその機嫌はかなり斜めへ傾いていた。

「俺宛ての文書なのだから他言しては意味がなかろうーーまぁ、特段大した事ではない。せいぜいシエナがカンリフと連携して“トレイシー”の元へ向かったぐらいの」

「おいおい、とんだ大問題もいいとこじゃねーの。なんでそんな緊急の旨を無線で報告しねぇんだあのオッサンは」

「こちらの無線情報はすべて“ウィル・トラッド”教授がハックしている可能性がある。これまで東岸同士で連ねてきた通信はすべて教会側へ筒抜けといってもいい」

 東岸部隊も、東岸部隊の最終決定権を持つ者も、そして彼ら組織を統括する教会都市の面々も、決してその実態は一枚岩ではない。

 エイドとラツィルもまた教会側との連携は足並み揃わず、どころか教会都市の中枢であるスウェーデン当局からの盗聴を警戒するあまりに自ずと東岸部隊の者同士で会合する機会もなくなっていた。

「トラッドの奴、やっぱりメカクレ野郎の事も一枚噛んでやがったか。どうにも信用ならねんだよ教会の人間どもは」

最初(ハナ)から知れた事だろう。お前は逮捕歴を持つ詐欺師に賄賂が利くとでも思っているのか」

 せいぜい踏み倒されて恩を仇で売られるのがオチでしかないと、皮肉めいた呟きをもって嘆息する。

 教会都市との連携など始めから無かったものとしてエイドは今まで唯我独尊のままに指揮を執っていた。が、近年シエナ・マヘルが部隊の監視として措かれたばかりに彼は事実上その身を封じ込められたも同然であった。

「……別の目的があるとしか思えないんだわ。特にティカルとかいう聖剣使いの男。あいつ、どうしてあんな血眼でメカクレ野郎を追ってんだ?」

 所詮は一般人を始末したところで特別なんの旨味もねぇだろうよ。ラツィルは鍵束を指に引っ掻けながら天幕の入口で胡座をかく。

「一概にないとは言い切れんようだ。デュース・トレイシー……こちらのデータ上には名前が一切載っていないが、彼は教会全体の、特に十二宮環に関する致命的な弱味を掌握している」

 エイドは自身の依り代である首輪を掴んで術式を編み、ラツィルの視界にホログラムを張った。

 彼の海馬から首輪に刻まれたコードを介して繋がれた映像の先には、ザンクト・カレンの縄張りを抜けたデュースが現暗室に保管されていたフィルムをすべて破壊する現場が捉えられている。

 そして中から一枚の乾板を抜き出して教会を去るという決定的証拠の場面も。

「なんで赤の他人の持ち逃げしたデータが教会の弱味だって分かんだよ」

「お前も利口な人間であればあらかた察しはつくだろう? ウィル・トラッド、あの男は自分の娘とーー」

「それ以上はいけないわ」

 涼やかな女性の声が日盛りの木々と共に揺れ、エイドの声は山場で途切れる。ラツィルは物々しげに首を上げ、エイドは気だるげに視線だけを動かし、台を上ってこちらを訪ねる女性の姿を確認した。

「エイド。あなたは今、“彼”の名を二度も口にしてしまいましたね?」

 床につきそうな長さをもった銀の髪の女性は、たおやかな相好を崩さぬままエイドを窘める。

「都市伝説だ。名指ししたところで特段何の痛手を負うこともなかろうて」

「いいえ、いいえ。あなたは言いました。こちらの情報はすべて“彼”に筒抜けですと」

 女性の輪郭と目元をほとんど隠す銀の細い糸、けれど日に照らされて毛先まで瑞々しい艶を放つロングヘアーからはむしろ清らかな品さえも感じられた。

「いやいやそれはないだろサドワさんよ。無線はともかく今はこうやってホログラム繋いでんだぜ? 機材もないのに、どこに盗聴する隙があるってんだ」

 頭に腕を組んで疑問符を投げるラツィルに、サドワは子供に言い聞かせるように諭す。

「“彼”は電子の鬼ですからね、ラツィル。我々人の子程度の知己が情報戦において、“彼”をまともに相手取れるなどと思わないことです」

「だったらウィルはどうなんだ、俺らキーマンが人の子ってんならあいつも同じどころか戦争屋ですらないだろ。第一あの男に俺たちの術式は肉眼で見えんのか?」

「そういった傲りはいつか我が身を滅ぼしますよ。一般市民に扮した天才以上の脅威など、この世には存りませんから」

 淡々としていながら芯から伝わる彼女の低い声音に、二人は期せずして気圧される。

「二人とも。私はあなた方に約束した筈よ、教会の人間(教授とカンリフ)にも、海の人間(カーネス嬢)にも、そして“空の人間(トレイシー)”にも、絶対、絶対に心を許してはならないと」

 念押しを込めて、サドワは踵を浮かせ二人の頬へ交互に口付けた。

 彼女の青い目は、エイドの傲りを隅々と見透かしていた。月明かりを映す夜の海、そんな色の小波を湛えている。

「……分かりきった事を」

 その頬を袖口で拭いながらエイドは彼女を睨む。

「すでに分かりきっているからこそ懸念を抱いているのです。特にエイド。あなたはどこか情に流されやすい()があって、いつも心配になるのよ」

「ーーフン、我が鍵の収まるところはついぞ此方の移り気を疑うまでに惰弱と落ちたか?」

 ふとした沈黙を見逃す彼女ではない。図星を突かれたエイドの眉が仄かに攣り、榛が揺れるのを誤魔化すように毒を吐いた。

「ええ、とてもとても信用に足りません。だってこんな真面目な話をしていてもあなた、今はいったい“誰の”背中を目で追っているの?」

 そう、彼女は自身の瞳のレンズ越しに、エイドが己ではない誰かの背を見つめ続けていた事を知っている。

 それもたった“二日前”の話、彼が旅人の少年と邂逅したその日より、すなわちエイド・シチェルビキンの変化を誰よりも早く察し、同時に懸念していたのであった。


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