8
暗闇に身を隠してからどれくらいたったか。
数分のような気もするし、一昼夜くらい過ぎたんじゃないかというような気もする。
周りに聞こえる音といえば、僕と星咲の呼吸音くらいだ。
地響きのような音はいつの間にか鳴り止んでいた。
なんで星咲はこんな所で黙っているのだろうか。
問いただそうと口を開きかけた時、二人分の足音が近づいてきた。
話し声も聞こえる。どうやら新見が戻ってこないので綾田と望月が様子を見に来たようだ。
「!!!」
鉄格子の中の新見を見るなり、綾田と望月が鉄格子に駆け寄る。望月は鉄格子の扉を揺すぶった。しかしガチャガチャ音がするだけで開かない。
と、その瞬間を見逃さず星咲は僕に合図をして暗闇から飛び出した。
意識していなかった所に星咲の猛烈なタックルを受けて望月は鉄格子に叩きつけられる。
僕も同時に出て行って僕に背中を向ける格好だった綾田の後頭部を拳銃のグリップで殴った。
糸が切れたように綾田が膝から崩れ落ちる。
「ナイスタイミングじゃないか天堂君」
星咲はそう言いながら鉄格子の扉を開けた。二人を中に押し込みまた扉を施錠する。
「さて。そろそろ彩乃にお仕置きしに行こうか」
とりあえず何処に向かうべきか。歩きながら考える。階段を上る。
「彩乃の部屋を覗いてみようか」
ゴールがわからない以上、端からまわってみるしかない。僕たちはまず九凱彩乃の部屋に向かうことにした。
歩きながらふと星咲の顔を見る。意外と無表情。
何か作戦はあるんだろうか。
部屋の扉は閉じていた。
扉にそっと耳を当ててみる。しかし、中に気配はない。ノブを回すと扉は何の抵抗もなく開いた。
誰もいない。
ただ、相川六実のものだと思われる屍体が床に寝ているだけだ。
なんとなく目礼をして扉を閉める。
また星咲は歩き出した。今度はどこに向かうのか。
歩きながらふと窓から外を見る。橋が戻っていた。
星咲もそれに気づいたようで、
「あの地下室で感じた振動は橋が戻る時の振動だったんだね。これで帰れるよ天堂君」
そう言いながら星咲は、僕のベルトに挟んだ拳銃を抜き真正面に構えた。
「ねぇ彩乃?」
コツコツコツ。
足音が普段より響いて聞こえる。
「あらあら。勝手に出てきてもらっては困ります。さしほちゃん」
前から九凱彩乃が歩いてきた。どこか余裕を見せている。
後ろを振り向くと小道さんがこちらに近づいてくるところだった。
挟まれた。
「みんなはどうしたの?さしほちゃん。まぁみんな死ぬのだからどうでもいいけれど」
「どういうことかな彩乃?」
「爆弾を仕掛けましたの。考えてみれば、わざわざ犯人をつくって、妾を死んだ事にしなくても、犯人もろとも爆発してくれれば妾は死んだ事にしなくても悲劇のヒロインです」
九凱彩乃はこころなしかうっとりした表情をした。狂っている。
「あなたが甘やかすからだよ小道さん」
後ろから近づいてくる小道に向かって星咲が皮肉たっぷりに言う。しかし小道はそれを聞こえないかの如く無視をし、急に歩調を早めた。
僕は小道と対峙する。
爆弾と聞いたら、早く探して止めないと。こんなところで死ぬなんてまっぴらだ。
そのためにはまずこの二人を突破しないと。
星咲と九凱彩乃は睨み合ったまま。僕は小道との間合いを詰めた。
まずは小道の蹴りが僕の頭を狙う。それをくぐるようにかわし、そのまま後ろ回し蹴り。小道の鳩尾を捉える。
ウッと短い声を漏らした隙を逃さず、僕は攻撃の手を緩めない。
ラッシュ。
僕の拳が、足が、小道を捉える。しかし、上手く急所を外されて決定打にならない。
「調子に乗るのは感心できませんね」
小道は何発目かの打撃を繰り出した僕の左手を掴むと、いなすように壁に叩きつけられた。
一瞬、目の前が真っ白になる。
そして、頬、腹と鈍痛。
形勢は完全に逆転してしまった。
小道の拳が僕の腹にめり込む。
声も出ない。
膝の力が抜け、床に膝をつく。
トドメを刺すように小道の革靴のつま先が僕の頭を狙っていた。
せめて頭は守らないと!
「はーい、そこまでー」
わざとらしく間の抜けた声。
その声に小道が動きを止める。僕も顔を上げた。
見ると、星咲が九凱彩乃のこめかみに銃口を突きつけていた。