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6

小道さんの声がした方へ走る。

一体何が。尋常じゃない声だった。

走りながらふと窓の外を見ると、相変わらず橋は上がったままだ。

階段を駆け上る。と、新見さん達も合流してきた。

「今の声、聞いたか?」

「聞きました。明らかに普通じゃない声でしたね」

僕と新見さんは走りながら会話を交わす。

「!!天堂君!」

先導するように走っていた星咲が急に立ち止まった。

その視線の先には、小道さんが腰を抜かしたように廊下に座っている。僕たちに気づくと、声にならない声を発しながら部屋の中を指差した。

そこは、この館の主人、九凱慎也の部屋だ。

「だ、旦那様が……」

小道さんはそれを言うのもやっとだというふうに口をパクパクさせている。星咲が先陣をきって部屋に飛び込んだ。

続いて飛び込んだ僕は、目の前の光景にビックリする事はなかった。半ば予測していたのかもしれない。

とても豪華な調度品で統一された部屋。その部屋の真ん中で、九凱慎也は天井からぶら下がっていた。

屍体は思いの外、綺麗に見えた。粗相の後も見られない。やはり紳士は死後にまで気を使うのだろうか。

と、星咲が机の上に置かれていた便箋をみつけた。

そこには、彩乃さんを失った悲しみが綴られており、文末に九凱慎也と署名もあった。便箋の横にはモンブランの万年筆があり、机の上に出ていたのはその二点だけ。

星咲は机の上に便箋と万年筆しかないのを見ると、小首を傾げた。そして机の引き出しを開けてみる。小綺麗に整頓されている引き出し内。しかしそこに探し物は見つからないらしく、すぐに引き出しを閉めた。

「とにかくおじ様を下ろそう」

星咲の提案にうなずくと、僕と綾田さんは屍体を下に下ろした。

「あぁ……旦那様……」

小道さんは屍体の横で膝をついて涙を流している。そして眼鏡を外して床に置くと、涙を拭った。床に置かれた眼鏡は、左側のツルが外側に少し広がっていた。僕はなんとなしに小道さんの眼鏡を見ていたのだが、小道さんは僕の視線の先に気づくと、極めて自然なそぶりでまた眼鏡をかけた。

その間、星咲は綾田さんと新見さんに手伝ってもらいながら屍体を改めていた。

「天堂君、天堂君天堂君天堂君」

「どうした?」

「おじ様の首回りを見てみたまえ天堂君。ロープの跡がふたつある。更におじ様の屍体、背中に死斑がでている。この事から総合して考えると……」

「自殺じゃないってのかお嬢ちゃん!」

新見さんが上ずったような声を出した。

「ありえないね。それにこのロープ」

星咲は輪っかになったロープを指差した。

「このロープ、左利きの人が結んでいるよ。おじ様は右利きだったのに」

「そんな……彩乃さんに続いて……」

望月さんが愕然としたような表情をした。

「なぁ星咲、自殺じゃないってのは確かなのか?」

「十中八九、ね。首にロープの跡がふたつあるのは、一度首を絞められた後、首を吊った証拠」

星咲は屍体の首を指差した。さらに、屍体の背中を示して、

「背中に死斑が出るのは、死んだ後しばらく寝かされていた証拠。首吊り自殺の屍体じゃこんな死斑は出ない」

そして、机の上を指差しながら、

「さらに言えば、老眼鏡がないんだよ天堂君。天堂君はおじ様と図書室で会ってるから知ってると思うけど、おじ様はそれなりに度の強い老眼鏡をかけていた。なのに、ここにはそれがない。遺書と万年筆はあるのにね。老眼鏡がなきゃ遺書が書けないよ」

たしかに、老眼鏡は見当たらなかった。さっき引き出しを開けたりしてたのは老眼鏡を探してたのか。

「小道さん、一旦みんなで落ち着きましょう」

星咲は小道さんに肩を貸すようにして立ち上がらせた。その時、小道さんから何かをくすねたのを、僕は見逃さなかった。僕以外は誰も気付かなかったみたいだ。

談話室にでも戻るのだと思った。きっと僕以外の人たちもそう思っていたとおもう。

みんな普通の心境じゃない。一度気持ちをリセットする方がいい。

誰も言葉を発さなかった。ただ、先導する星咲について行った。

そして、着いた場所は彩乃さんの部屋の前だった。

「星咲様。何をお考えなのですか?」

小道さんが抗議をするように言った。さっきの弱々しさが嘘のようだ。

「こんな三文芝居に付き合うほど、この星咲さしほは優しくないし暇じゃない」

星咲はポケットから何かを取り出した。鍵だ。

「いつの間に!」

小道さんが狼狽する。

「やりすぎだったんだよね。彩乃の時はあんなに冷静に事を運んだのに、おじ様の時はあの慌てよう。どっちが演技なのかな?」

星咲はニヤリと笑うが早いか、鍵穴に鍵をさし開錠した。

「答えは後者。慌てた演技なんかしない方がよかったね」

星咲はドアを開けた。

そこには、 彩乃さん が座っていた。

「あら、見つかってしまったのですね。さすがさしほちゃん」

彩乃さんは心底楽しそうに笑う。

「え?星咲、じゃああの屍体は?」

「六実さんだよ天堂君。アバンギャルドなネイルアートがつけ爪だとわかった時、可能性を感じたんだ」

星咲は彩乃さんを睨む。

「身代わりにしたんだよ。彩乃は。六実さんを。そして、本命はおじ様を殺すことだったんじゃないかな。初めから彩乃と小道さんが共謀していたかはわからないけど、恐らく初めは共謀してなかったんじゃないかな?だから小道さんはこの部屋を不自然な程の冷静さで施錠した。中で彩乃を隠すために」

星咲は小道さんを見た。

「お生まれになった時からお世話をしておりますから。あれが彩乃様でないとすぐにわかりましたよ」

小道さんは、どこか余裕を持った態度で受け答えする。

「で、彩乃がおじ様を殺した。それを自殺に偽装したのは小道さんじゃないかな?小道さん左利きでしょ?」

小道さんはおもわず自分の手を見る。

「眼鏡の左側のツルが開くのは左利きの人が片手で眼鏡を外すからだよ」

小道さんがううむと唸る。

「ねぇ彩乃、なんで眼鏡を用意しなかったの?おじ様が老眼鏡を使ってるのを知ってるだろうに」

もう星咲は二人を犯人と決めつけて話をしている。二人も特に異議を唱えたりしない。

「お父様の首を絞めた時、指の傷が開いて血がついてしまったのです。代わりを探しても見つからないし、隠してしまいました。でもさすが、さしほちゃん。妾は、さしほちゃんに捕まえて欲しくて、今日を決行の日に選んだんです」

彩乃さんはイタズラでも見つかった子供のような気軽さで話した。星咲はそれを聞いてため息をつく。

「よく言うよね彩乃。私に捕まえて欲しかったなんて言って、眼鏡を隠したり逃げる気満々じゃない」

彩乃さんは一転、チッと舌打ちをする。

「星咲様。わたくし共は少々星咲様を見くびっていたようでございます。失礼ながら、そのように博識だとは思いませんでした」

「あなたは私を経験の浅い若造だと、女子高生だと思ってなめすぎたね。人生経験は浅いが私は今まで読んだ書物でできている。書は知識なり・・・なんてね」

星咲はモノクルの位置を直しながら胸をはった。

パチパチパチ。

拍手の音。彩乃さんが面白い劇でも見たように手を叩いている。

「さすがさしほちゃん。でも、その回答だと花マルはあげられません」

星咲が怪訝そうな顔で彩乃さんを見る。

「だって犯人は妾と小道だけじゃなく、さしほちゃんと天堂さん以外はみんな仲間だもの」

はぁ?と思う間もなく、後頭部に鈍痛。

そんな展開あるか?

僕はあっさり意識を手放した。

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