3
夜が明けた。長なったような、短かったような。
僕は今まで寝た事もないようなベッドで目を覚ました。高い天井。そうだ。ここは自分の家ではないんだった。もぞりと寝返りをうつ。サイドテーブルに置いておいた腕時計に手を伸ばし、時間を確認する。
午前7時。
そろそろ、橋守の人とは連絡がついたのだろうか。
連絡がついてくれないと帰る事ができない。それは困ってしまう。まどろむ頭の中で、うつらうつらといろんな事が浮かんでは消える。
と、その時、部屋のドアが荒々しく開けられた。
ドアを見ると、いつもの制服姿の星咲か立っていた。片眼鏡の位置を直し、静かに腕を組む。
「やぁ天堂君。目は覚めたかな?」
「……あのさ、ノックくらいしろよ」
「あぁ、大丈夫。君が人に見られたらまずいような行為にふけっていたら、見て見ぬフリができない星咲さしほじゃないよ。安心したまえ」
こいつは朝っぱらから何を言ってるんだろうか。お利口のネジをどっかで落としたのかな。
「朝食の準備ができたと小道さんが言っていたよ。食べに行こうじゃないか」
星咲の言葉に、僕はベッドからおりることにした。
備え付けの洗面所で顔を洗い、寝癖を直し、着替えを済ませた。昨日と違い、普段着だからそれだけでも楽だな。
「みんなもう集まってるみたいだよ。天堂君は寝坊助だね」
「つってもまだ7時だぜ?」
すっかり身支度を整えて、部屋を出る。なんとなく窓の外を見ると、まだ橋は上がったままになっていた。
「まだ橋上がったままなんだな」
「うん。さっきおじ様に聞いたらまだ電話に出なかったって言ってたよ」
食堂に入ると、すでに慎也さん、新見さん、綾田さん、望月さんが食事をしていた。
「やぁ、おはよう」
慎也さんが食堂に入ってきた僕達を見つけて声をかけてきた。皆さんと挨拶を済まし席につく。すると相川さんが僕達の朝食を運んできてくれた。
「あとはお嬢だけか。朝弱いんだよなー。お嬢」
相川さんはブツブツ言いながらまた奥に入っていった。
「しかしまいったね。君たちは帰りの時間とか大丈夫なの?」
新見さんが食後のコーヒーを飲みながら話しかけてきた。
「私や天堂君は学生ですからね。新見さん達の方が大変なんじゃ?」
「もーヤバい。刻一刻とオレの仕事がたまっていくよ」
わははと笑いながら新見さんは言った。その横で綾田さんは心底沈んだ顔をしている。
「俺も研究の続きを早く行いたいんだよな。九凱さん、橋はまだなんとかなりませんか?」
「こちらから動かせない以上、あちらの橋守と連絡がつかないことにはどうにもならないね」
その時、食堂に彩音さんが入ってきた。
「皆様、おはようございます」
皆んなが挨拶を返している中、
「なぁにがおはようだお嬢。今日も一番遅起きだぞ」
相川さんが彩音さんの朝食を運んできた。彩乃さんは運ばれてきたスープカップをつかんで、しかし持ち方が悪かったのか「熱っ」と言ってスープカップを落とした。落とした先にお皿が置かれていたからたまらない。ガチャンと音を立ててお皿が割れた。
「あーあーもうお嬢、なにやってんだよ」
相川さんが布巾を持ってくる。見ると、彩乃さんは破片で指を切ってしまったようだ。人差し指の先から血が玉の様にあふれている。
「けっこう切ってるね。彩乃さん、大丈夫?」
望月さんは彩乃さんの指先に絆創膏を巻いた。
「ええ大丈夫。ありがとう竜也さん」
そんな二人のやりとりを、慎也さんは少し苦い顔をして見ていた。星咲が言ってた「認めていない」っていうのは本当なんだな。
そんなトラブルもありつつ、朝食も終わり。
「さて、ワシはもう一度橋守に連絡をしてみよう」
慎也さんが食堂から出て行った。その途端、綾田さんと新見さんが同時にため息をついた。
「どうしたんですか二人して?」
星咲の問いに綾田さんは力なく笑う。
「このタイミングでも言えなかった。俺の研究室は九凱さんのスポンサーでやってきたんだが、最近スポンサーを降りるとおっしゃっていてね。もう一息で研究の先が見えそうなのに……」
「綾田、お前もなのか?オレも九凱さんと大口の契約があったんだけど、それを白紙にするって言ってきたんだ」
どうやら二人とも慎也さんに仕事の話があったみたいだ。そんな二人のやりとりを聞いていた望月さんぐ急にテーブルを叩いて、
「いい加減にしてください。彩乃さんの前ですよ?」
「いいんです竜也さん。皆様ごめんなさい。お先に退室いたします」
彩乃さんは席を立つと振り向かず食堂を出て行った。
「待ってください彩乃さん!」
それを追って竜也さんも出て行った。
後に残ったのは気まずい顔をした二人の大人と、なんとなく呆気にとられてしまった僕と難しい顔をした星咲。
「私たちも部屋に戻ろうか天堂君?」
星咲の言葉を待っていたかのように、僕は自然に席から立つと二人に軽く会釈をして食堂を後にした。