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「なぁ星咲、僕は本当にこんなカッコする必要があるのか?」
「わりと本気なパーティだからね。正装は当然だよ天堂君」
星咲に誘われてから数日後、僕達は電車を乗り継ぎバスを乗り継ぎやっとの思いで硯島までやってきた。
いや、遠かったよ?
そしてやっとの思いで到着して、星咲が『陸の孤島』と表現したのがすぐにわかった。本土と硯島は橋でつながっているのだが、その橋は跳ね上がる橋。つまり、橋を上げてしまえば完全に硯島は孤立してしまうのだ。もっとも、星咲の話では橋を上げてる所なんて見たことがないらしいが。
で、ここは星咲の友人の家である九凱邸の一部屋。今日はパーティー客の着替えなどのために解放されている。普段は何にも使用していない部屋だそうだ。かといって、物置のように物が散乱しているわけではない。むしろ、今からここで住め!と言われても問題ないくらい綺麗。なんとも豪気な話だ。
そんな場所で僕は人生ではじめてモーニングなんか着た。星咲がどこからか調達してきた物だ。
着替えを済ませ、部屋の前で辺りを見回す。
屋根が高い。僕なんかでは価値もわからないくらい調度品の数々。
うん。大豪邸だな。
無意味に壁など見ていると不意に後ろから、
「悪くないじゃないか天堂君」
振り向くとイブニングドレス姿の星咲がたっていた。星咲は見た目はとても良いからな。とても綺麗なんだろう。実際、似合っている。しかし片眼鏡は外さないのね。
「別に悪い人はいないから、そう緊張しなくて大丈夫だよ天堂君。誰も君をとって喰おうとなんてしないはずだよ」
はずってなんだ。はずって。そこは断言していただきたい。
「着替えはお済みになりましたか?」
白くなった髪をオールバックにし、銀縁眼鏡に黒い執事服を着たザ・執事という格好の人が僕達を見ると一礼をした。
「星咲様、お久しぶりでございます」
「招かれたから参上したよ。本日の主役はどこにいるかな?」
「彩乃お嬢様も他の皆様も会場の大ホールにおられます。場所はご存知でございますね?」
星咲がうなずくと執事さんはニコリと微笑んだ。
「どうぞごゆっくりお楽しみください」
執事・小道宗輔さんに見送られ、星咲に先導されるように歩き出す。しかし大きなお屋敷だ。こんな豪邸、いったいどれくらいお金持ちになったら持てるんだろう。目に入る調度品とか絵とか花瓶とかいちいち高そうなんだよなぁ。
「ここにはかなり大きな図書室があってね。私はここに来ると必ず見せてもらうんだ。後で天堂君も一緒に行こう」
図書室か。
星咲の読書量は尋常じゃないからな。それにこんなお金持ちの家だ。普通じゃ手に入らない稀覯書とかありそう。
そんな話をしながら階段を下ると、そこは大きなホールだった。シャンデリアが光り輝き、テーブルには料理が並ぶ。いわゆる立食式のパーティーなのだが、人々は優雅に談笑している。まるで住んでいる世界が違う。
なんとなしに雰囲気に圧倒されていると、
「天堂君、きちんとエスコートしてくれたまえよ?」
星咲がニヤニヤ笑っている。
さぁどうしようか。
「さしほちゃん!」
星咲を呼ぶ声がする。声の方を見ると豪華なドレスをまとった、僕達と同い年くらいの少女が近寄ってきた。ボブカットにした髪がとても似合う、活発そうな娘だ。
その後ろで紳士がニコニコして立っている。白くなり始めた髪を綺麗に分けていて、筋骨隆々というのかとても立派な体格をしている。
「紹介するよ天堂君。こちらがこの邸の主人、九凱慎也さん、彼女が本日の主役、九凱彩乃。おじ様、彩乃、こちらは私の学友の天堂秋羅君」
「初めまして。九凱彩乃と申します」
「九凱慎也です。よろしく」
「天堂秋羅です」
僕達は挨拶を交わしていると、慎也さんは誰かを見つけたようで、「失礼」とその人物の方に行き、
「おーい、彩乃ー」
と、機嫌良さそうに彩乃さんを呼んだ。
「あら、お父様がお呼びだわ。それではごゆっくり。また後でお話ししましょうね」
彩乃さんは慎也さんの元に走り寄る。
慎也さんの周りには何人か男性がおり、どうやら彩乃さんを紹介しているようだ。
僕は手近なテーブルからグラスを取ると、改めて辺りを見回した。人の出入りはあるが、常時数十名の客がいる。僕達くらいの年齢もいれば、きっとお父上の仕事関係だと思われるサラリーマン風な人もいる。
と、星咲が僕を肘でつついた。
「あそこにいる彼、望月竜也君は彩乃の恋人なんだよ。もっとも、おじ様は認めていないみたいだけど」
見ると、壁際で彩乃さんに熱い視線を送っている男がいる。年の頃は僕達くらいか。小ざっぱりした格好をしている。なんとなく坊ちゃん坊ちゃんした感じが抜けてない感じ。でもとても優しそう。あ、グラスの中の液体を一息に飲んで彩乃さんの方に一歩踏み出した。ん?止まった。あ、慎也さんが睨んでる。シュンとしたように頭を垂れると、また壁際に戻った。
大変だなー。
僕は彼を観察しながらなんとなしにポケットからスマホを取り出した。
圏外。
あれ?橋を渡る前は電波来てたのにな?
「あぁ、この邸はジャミングされてるんだよ。おじ様は携帯電話嫌いだからね。この邸にいる限り、外界と連絡をとる手段は固定電話だけだよ。まるで昭和だね」
「マジかよ……」
ま、僕はスマホが無きゃ生きていけないタイプではないから問題ないけどね。しかし、個人宅で電波をジャミングしてるなんて初めて聞いた。お金があればなんでも出来るってことだね。いやー、勉強になるなぁ。
バシャッ
「うわぁ!ごめんなさい!」
「おい何やってんだよ綾田!」
見ると、星咲のドレスに大きなシミができている。どうやらぶつかって飲み物をこぼしたらしい。
「気にしないで大丈夫だよ。どうせ借り物だしね」
星咲は大したことなさそうに答える。が、二人の男は気が気じゃない。
「おーい、メイドさーん!」
「あん?あーあー、こりゃダメだね。諦めな、さしほ」
「六実さん、お久しぶりです。相変わらず客を客と思わないアバンギャルドなメイドっぷりはさすがですね」
「アタシは客を甘やかさないのがポリシーだからね」
相川六実
アバンギャルドなメイドさん。派手なネイルしてるんだけど、あれで業務をこなせるんだろうか?星咲曰く、相川さんは九凱慎也の愛人であるらしい。いやいやいや、九凱慎也は60近い年で相川さんは20くらいだよ?お金持ちって凄いな。
「本当に申し訳ない。クリーニング代はもちろん俺が出すからね」
綾田聡
星咲に飲み物をかけた張本人。科学者さんだそうだ。九凱家の支援で研究をしていたが、近々その支援が打ち切られるという噂があって気が気じゃないらしい。その支援を切る理由が相川さんだって噂も……と星咲談。
「綾田って頭いいくせに抜けてんだよなー。オレの爪の垢でも煎じて飲むか?」
新見新太
綾田さんの友人で営業マン。九凱慎也の事業と取り引きをしているらしい。その縁もあって、今回このパーティーに参加しているとのこと。営業マンって大変だよね……休みの日もこうやって取引先のご機嫌を取らなきゃいけないのか。
パーティーも終盤にさしかかり、入って来る客より出て行く客の方が多くなってきた。
僕と星咲は、先ほどの縁で綾田さんや新見さん、後から合流してきた彩乃さんと楽しい時間を過ごした。
うん。来てみれば楽しいもんだな。
「っと、うわ!こんな時間じゃないか!」
突然、新見さんが叫んだ。
綾田さんも自身の時計に目を落として、顔を歪ませる。
ここ、硯島は本当に辺鄙なところにあるため、交通手段が限られている。都内のように電車1本乗り遅れても数分後には次が来る……というわけにはいかないのだ。
気づけば、あれだけいた客も僕達くらいしか残っていない。
「さっきアタシが電車ヤベー時間だっつって、他のお客はそれ聞いて帰ったのに、アンタらだけ聞いてねーんだもん」
ちょっと話に夢中になりすぎたようだ。
「そうだわ、小道に言って車で送らせましょう。妾が引き止めてしまったようなものですし」
「すみませんお嬢様」
「これも何かの縁ですわ。さしほちゃん達は泊まって行かれるのでしょう?」
「そうさせてもらうつもりだよ」
と、その時、地鳴りのような振動。音。地震?しかしなんか変だ。ただ事ではないと直感する。そして、誰ともなしに玄関に向けて走り出した。
玄関につくと、執事の小道さんと慎也さんが口を半開きにして外を見ていた。驚きで我を失っている。
「どうしたんです……かぁ!?」
橋が。
橋が……上がっている。