プロローグ
名探偵。
ドラマや漫画や小説で、誰もが投げ出すような事件を華麗に解決する、アレ。様々な時代に様々な名探偵が存在し、今も新しい名探偵が続々と現れる。
お年を召した方は鳥打帽にパイプが名探偵だと言う。また、モジャモジャ頭にヨレヨレの袴が名探偵だと言う。おばあさんの名探偵を指して言う人もいるし、口髭に命をかける名探偵を指して言う人もいるだろう。若い人はモジャモジャ頭の名探偵の孫だと自称する高校生を名探偵だと言うし、薬で子供にされてしまった高校生を名探偵だと言う。
その時代時代で名探偵の像は違うが、やる事は一つ。
「難事件を華麗に解決する」
それが、『名探偵』に課せられる唯一の条件。唯一にして絶対の条件。唯一無二の条件。
その灰色の脳細胞を使い、尋常じゃなく鋭い洞察力で。ある人は現場を這いずり回り、ある人は安楽椅子にふんぞり返り。
彼女も、そんな特殊な才能の持ち主。
さて、今回も彼女のお手並み拝見と洒落込もう。
ーーー
さんさんと爽やかな陽がさし、良い陽気な午後の公園。昼寝をしている人、ボール遊びをしている子供。様々な時間の過ごし方をしている人達。
そんな公園の片隅で、周りに黒い気を発しながらうつ向きベンチに腰掛けて手の中にある封筒をもてあそんでいる少女がいる。少女は悩んでいた。時たま、大きなため息をつく。
その少女は、片方の目に伊達の片眼鏡をしている。
美しい黒髪が風に揺れる。凛とした瞳。背は高くなさそうだが、バランスは良い。いわゆる、美人と形容される容姿。着ている制服は近所の学校の物。
どうやら、少女は高校生らしい。制服姿と片眼鏡がなんとも不釣合いだ。
彼女は今、考える人より考えていると自負している。
それくらい、大問題なのだ。
ーこの有難くない招待をどうするかー
行きたくない。だけど、断るには理由がいる。理由付けもめんどくさい。だけど行きたくない……思考が堂々巡りする。
どうやら、封筒には招待状が入っているらしい。
少女は封筒から招待状を取り出し目を落とす。もう何度読んだか。何度読んでも内容は変わりはしない。
『誕生日パーティを致します。是非ご参加ください』
パーティ……
少女はため息をつく。
ふと前をみると、一人の男子高校生が目に入った。
まるで周りは眼中にないとばかりに、真っ直ぐ前を見て歩いている。
ひと目で誰だかわかった。少女は男子高校生に向けて叫ぶ。
「天堂君、天堂君天堂君天堂君!!」
だが男子高校生は振り向きもしない。
僕は耳にイヤホンをいれ、割と小さめの音で音楽を流していた。
流行りの音楽は嫌いですか?
よくシャカシャカ音を漏らしながら歩いてる人いるけど、周りの音が全く聞こえないってかなり怖いと思うんだ。あの人達は周りの音とか聞こえなくても気にならないのだろうか。音が聞こえないと、視界の隅に動く物体を捉えてハッとした時にはトラックが横にいた……とかなりかねないと思う。
だから、僕はボリュームは小さめに。
だから、突然後ろから名前を連呼されたのもちゃんと気づいた。気づいてからの……シカト。
だって、奴がこう名前を連呼する時はめんどくさい要件が多いんだもん。
突然、耳からイヤホンが抜けた。
「天堂君、この『星咲さしほ』は天堂君が大音量の音楽で自分の鼓膜を痛めるほどマゾじゃないとしっているよ?」
満面の笑みで、しかし皮肉を感じさせる笑みで、少女は僕に言った。
「…おはよう星咲」
「よろしい。人間はコミュニケーションがとれる生き物だからね」
星咲は片眼鏡の位置を直しながら、満足げに言った。
自己紹介が遅れまして。僕の名前は天堂秋羅。ごくごく普通の高校生……だと思う。
唯一、普通じゃないとすれば、『ルパンさん』なんてあだ名を持つ片眼鏡の少女と同級生で、かつ割と仲が良いくらいか。
星咲、友達いないからな……
「天堂君、今現在、この星咲さしほは悩める仔羊なんだけど、少しの紳士的な気持ちを星咲さしほに向けてもらう事はできないだろうか?」
「よきにはからえ。以上」
僕はまたイヤホンを耳に入れようとした。
「天堂君天堂君天堂君、君はいつからそんなに愉快な冗談が言えるようになったんだい?」
星咲は、僕からイヤホンごと携帯音楽プレーヤーをもぎとりながら言った。
口角は上がっているが目が笑っていない。
やれやれ。
僕は持っていた缶コーヒーに口をつけながら言った。
「…どうしたんだ?じぇんとる麺な僕に言ってみ?」
「その発音だと元暴走族がやってるラーメン屋みたいだけど、天堂君ならこの星咲さしほの悩みを聞いてくれると信じていたよ。天堂君、相談なんだけど、私と、この星咲さしほと一夜、一つ屋根の下で過ごす気はないかい?」
僕はコーヒーを盛大に惜しげも無く吹き出した。
……、なにをいってるんだ?このお嬢ちゃんは。
「天堂君だって、こんな美女と一つ屋根の下なんて嬉しい事この上ないだろう?」
「とりあえず、事の経緯を順を追って説明してみようか?」
「実はね……」
星咲が語るところによると、今度星咲の大富豪のお友達が誕生日パーティを開くらしい。
そこにお呼ばれしたと。
しかしエスコートしてくれるような奇特な人物は僕以外にはいない。
だからパーティに一緒に行こうという事らしい。
僕はわりとマジで悩んだ。
だって、この展開って……。
いや、でもな……。
悩んだ末の解答。
「断る!」
「何故?何故なんだい天堂君!?本気で言っているのかい?いやー、天堂君もジョークが言えるようになったんだね!」
「よく考えろよ?それって推理小説の王道パターンのやつだよな?横溝正史やアガサクリスティの書物を紐解けばわかりそうなもんだよな?」
「相変わらず石橋を叩いて破壊した挙句に渡らない性格をしているね天堂君は。大丈夫、万が一億が一兆が一、天堂君になにかあったらこの星咲さしほが仇をとると約束するよ」
……なんか前もこんな台詞で丸め込まれた気がする。結局、口で星咲に勝つなんて無理な話なのだ。そもそも、男の脳みそは女に口で勝てるようにはできてない気すらする。
「わかったよ。付き合ってやるよ」
「天堂君ならそう答えてくれると、星咲さしほは信じていたよ」
星咲は満足そうにうなずいた。
やれやれ。
面倒な事に巻き込まれないように祈るとしよう。
「ところで、場所は?」
「硯島って陸の孤島だよ。大自然を感じられる静かな場所でとても空気が綺麗。運が良ければ野生の動物とか見れるんじゃないかな。周りに民家や余計な灯りが無いから、天気が良ければ夜は星が降ってくるようだよ」
陸の孤島……ね。
もう嫌な予感がバリバリするんですけど。今から断ってもいいかな?いいよね?だって健全な男女が一つ屋根の下とかよくないよね?
「あのさ……」
口を開きかけたその時、星咲の手の中でミシッと音がした。……あ、まだ僕の音楽プレーヤー握ってたのね。ってか、やめて?そんなに笑顔で音楽プレーヤー握りしめないで?笑顔と右手に込められてる力が比例してないよ?
「なーに?天堂君?まさか男が一度言ったことを覆すなんてことはないと思うけど」
その間も、星咲の手の中で音楽プレーヤーが悲鳴をあげ続けている。
「い、いやー、タノシミダナーハヤクイキタイナー」
「そんなに楽しみにしてくれるなら誘った甲斐があったよ天堂君」
星咲はニコニコしながら僕に音楽プレーヤーを手渡した。
気づかれないように、そっと溜息をつく。
やれやれ。どうなることやら。