第三十五話『かみ』
「あっれ朱連、まだうちのクラス来てんの? もう五月だよ? 向こうに友達とかいないの~?」
俺が学校で最初に掛けられる言葉はというと、新の売り言葉。昼休みに飯を食いにやってくれば、新の嬉々として発せられる多種多様なそれを浴びせられる。
わざわざそんなもの拾って買ってやるのももアホらしいと言わんばかりに俺は無視を決め込んで、無言のまま何時もの誰ともつかぬ机の上に弁当を広げた。
新は無視するなとばかりに俺の足を向かいからガシガシ蹴りつけてくる。
痺れを切らしてもっさりレタスを食しながら答えた。
「殴られたい?」
「いえいえ! そーではないですよ」
新は大袈裟に、丁寧に否定する。思わず「あっそ」と言葉が零れた。
「ワタシは単純に友である上西くんの交友関係を案じているのであって……」
「別に…………そういうのいらんわ」
絶好調な新は関わるだけ鬱陶しい。さっさと黙れ。
しかしこういう時の新は得てして止まることを知らない。
「あ、今オレのことウザいと思ってるな」
その通りです。
「まっ、別にいーじゃん。オレもお前らに辟易してるんだから」
「……緑川、辟易ってなに」
と会話相手を緑川に逸らす。
「ん? ウザいってことかな」
「ほー。新は俺らがウザいって?」
「あ、俺は数に含まれてないよ。朱連とそこの眼鏡くんのことね」
刹那ピリッとした気配を背後から感じる。俺は新を一瞥した。
「そりゃどうも」
「どうしてそこで睨むかね。オレが朱連に文句を言うことがあっても睨まれる覚えは流石にないよ。いいか朱連、一か月だ。一か月間、オレは犬と猿の小競り合いを観戦させられていたんだからね」
犬と猿。つまり犬猿の仲と新は言いたいようだ。それが誰を指しているかなんて、言うまでもない。
現在身体の向きを左にずらしている俺だが、それはわざとであり、右を直視しないがためだ。それは何を隠そう俺の隣の座席を使っているのは十六夜 一樹だからだ。
先ほどの新の発言の通り、一カ月以上こうして、俺と十六夜は緑川や新と共に昼食を取っている。
本来ならあってはならない状況。そしてどうしてこんなことになっているのかを説明するのはいたって容易。
二人ともぼっちだからだ。
俺たちは同じクラスだが、たとえぼっちが同じ空間に二人いたとして、友達になろうとする意思行動が起きなければ、そこにいるのはただのぼっち二人なのだ。
それが俺と十六夜ならなおさらのこと。ちょうど同極磁石のように反発し合う。なおさらそこから友情が芽生えることはない。
こうして二人のクラスのぼっちは、昼休みまで他人と一言も言葉を交えることなく時間を浪費していく。
別に構わないと言えばそうだ。
せいぜい失うものと言えば気力と本の残りページと睡魔ぐらい。
とはいえ昼休みまでぼっち飯決め込んで、周りのてんやわんやキャッキャうふふした声を聞いていたら、そら虚しいに決まっている。
そうして必然的に俺らはこういう思考になったのだ。
昼休み。昼飯を一緒に食う名目で他のクラスの奴と話せる。俺は緑川に会いに行く、十六夜は新に会いに行く。
結果、鉢合わせ。
もちろんそうなれば俺と緑川、十六夜と新、それぞれ別クラスで食べれば済む話。
しかしいざ場所を変えれば、やれ席が取られてただの、うるさいから無理だだの注文(とくに緑川)が多いこと。
とどのつまり、俺たちはGに天敵を隣に置いた状態で昼食にあたるという、振り出しに戻ったのだ。
G組の昼休みは優雅なもので、騒がしいところが苦手な俺には最適だった。
というか、俺と十六夜との喧嘩がここでは一番騒がしかったであろう。
喧嘩はこぼれた一つの小言から始まり、言い合いになり、掴み合い、殴りかかりそうになったところを新に止められる。
最初はその状況を見て「いつ仲良しになるか楽しみ」とはやし立ててた新が、今じゃ「もう来るな」と言うようになってきたので、新が精神的に疲労したか、いよいよG組連中から苦情が出たかと見ている。
「だいたい、普通の人間ならこの頃には友達の一人や二人出来るでしょ。どんだけ人見知りなの……」
「ばっかだなー新。それが最初から出来てたら朱連たちは今頃ここにいないって」
確かに俺は今まで自力で友達作ったことないけど。他人によほどの用がなきゃ滅多に話しかけられないけれど。人見知りなのは認めるけど。こうも盛大にため息とか笑顔で断定されると腹立つ。
「…………ん? たち……?」
「俺がなにか間違った? 十六夜くん」
「な……なにも。いや、いかし、俺がこいつと同類とは、いささか心外だと、思う……」
と、ぼそぼそ呟く。あぁそういえばこいつ、いつもは偉そうなくせして特定の人物にはめっきり強く出られなくなるんだったけ。
「……んだよ、十六夜。まさか緑川相手にビビってんのか?」
「……口を慎め低俗」
「は? しねや」
「はいすとーぷ」
といつもの声。
半開きの口にストローをぶちこんで頬杖ついた新がどうするんだと俺らを見てくる。
ここで無視して手を出せば色々と酷い目(恥ずかしい秘密を知人全員に暴露される等)に合ったことがある。
俺らは互いに睨み合った。
…………長考し、膝を折る。
新が長い息を吐いた。
「俺も馬鹿じゃない。人見知りで喧嘩っ早い不良と終始上から目線の清潔感ナシ男の友達作りなんて、一生かかっても成功しないと理解してる」
無意識に握力測定する時ほどの力が出してしまうぐらい、すごく失礼だが、的を射ていて言い返せない。
「つかアレだよ、朱連クン。B組って君のフィアンセいるし行けば? きっと凄くすごく楽しいよ」
「へぇ、面白い冗談だね。それで、何語のジョーク?」
「はい、今のはとりけーす」
緑川と青翔はお互いの話題を出すのも憚れるぐらいには仲が悪い。喧嘩の勝敗をゲームの勝敗で決めるなんてガキっぽいことしてるけど。
「というか新、どうしてそんなに二人の喧嘩をやめさせたいの?」
「あたり前なことをわざわざ聞くな緑川」
「別にいいじゃん。だって殴り合ったところで十六夜は朱連に傷一つつけられずに負けちゃうんだもの」
その通り。俺がこんなもやし男に負けるなんてことは天地がひっくり返ろうが起きない。十六夜はそれに納得してないようだったが、対して新はこれでもかと言うほど肯定の頷きを繰りかえす。
「でもな緑川、たとえ朱連が無事だったとして、十六夜が鉛筆一つ持てないぐらいにボロボロになったらオレが困る。分かるだろ?」
「俺は困らないから分からないかな」
と清々しいほどステキな笑顔で答えた。
「……オレは君に再三にわたってあなたは異常であるという趣旨の内容を告げなくちゃいけないことに嬉しさを覚えるよ」
と頭を抱えた。
あの、物事なんて深刻に考えません、な新でさえうんざりしているのに、うちの緑川ときたら……。
天才はやはり常人には理解できない範疇に思考は働いてるのだろうか。そうすれば緑川に異常という言葉は正しいな。
今日は新の髪が度重なるブリーチとストレスでお亡くなりにならないか心配する昼休みになった。明日は新のなにを心配する日になるだろうなと思いながら、俺はさっきから肘が当たってウザかった十六夜の足を仕返しばかりに踏んづけた。
「……ってことがあってさ、やっぱり思ったわけ。緑川はやっぱ人間じゃないんだなーって」
部活が休みで暇そうにしてた青翔と下校中、俺は今日の昼休みの事を十六夜への愚痴に混じらせて話していた。
「……今の話の着地点ってそこ? 二人が仲が悪いとかじゃなく?」
「俺と十六夜が仲が悪いのは今に始まった話じゃないし。いまさら感が」
「まあ確かに」
「つか気になったんだけど、緑川みたいなのって、サイコパスっていう?」
「知らないよ。僕は思うに、あいつはただの悪趣味だ」
「そう思うのか」
恥ずかしながらサイコパスという言葉はニュースで度々聞く程度で詳しいことは知らない。だから俺以外の人間に違うと断定されると無性にほっとした。
「大丈夫だって。殺人快楽者じゃないんだから、なにもないよ。もしあっても僕が朱連を守るしね」
と俺の肩に手を置く。速攻で払いのけた。
「確かに気にするだけ馬鹿らしいか」
緑川は常に笑顔で、悲しいとか悔しいとか、そういう負の感情を他人に見せない。
いま思いついたのだが、自分が誰かと比べて劣っている、という状態に身を置いたことがないからかもしれない。
だけど俺は願わくは、そんな負の感情を浮かべた緑川も、見てみたいと思ったりした。
「つか……なんだっけ、あの白髪の朱連の友達」
「城之内 新?」
「あぁそう。城之内っていう人のためにも、僕のところに来ればいいのに。無論緑川は連れてきちゃだめだけど」
「あーそれはいいよ、遠慮しとく」
青翔のクラスにはなんたって緑川の彼女がいる。会いたくない。緑川もいい気分はしないだろうし。
「えー」
ズシッと成人男性一人分ほどの重さが背中に伸し掛かってくる。急に来るなボケと思いながらも体制を整えた。
「なんでぇ」
「やーお前がやかましそうでイヤだわー」
「確かにそうだけどー今までよりは断然楽しー……」
ここぞとばかりに髪に顔をこすりつけるな。このまま後ろに倒れるぞと思っていたところにふと青翔が言う。
「――そういえば朱連、髪のびたね」
「え?……のびた、か?」
青翔はうんと頷くと背中から降りる。
長い右側の髪を見てみると、もうすぐ毛の先が肩にかかりそうなまでになっていた。
「うん、長い。あーでも、緑川ほどじゃないだろ?」
だってあいつ、もうすぐ毛の先背中の半分ぐらいまでいきそうなんだから。
「それもそうだけど朱連、緑川には神様が作り上げた天性の美貌があるんだよ? いわば美の神。あれと自分を比べるだけ惨めなこともない」
と首を横に振る。
「……お前、結構はっきり言うのな」
というより、お前は緑川をなんだと思っているんだ。美の神って……。
「この僕でさえ、惨敗を喫したからね」
「まあ……お前も十分顔のいい部類に入るし、そのお前がそう思うなら、そうなのかもしれない……」
「髪切ったらもっとモテるんだろうなー……」
はっきり言うと、緑川の髪は短いほうがいい。というか、男の髪は短いほうがいい。緑川だって小学校の時は短かったのに……。
去年は夏休みの初めにばっさり切ったっけ。今年もそうするんだろう。
「お前も、そう思うか」
「この前仲良くなった後輩の女子受け売りの女心だからね」
と親指を立てる。
「んなドヤ顔で言うな死ね」
どこの女だ。最近バスケ部に入った童顔で可愛いと有名なマネージャーか。俺よりも背の高い女子バスケ部のモデル級美人か。誰であろうと羨ましい。紹介しろ。
「大丈夫、僕の心は朱連のものだ、か、げふぁッ!」
「うざったい」
膝蹴りが入った青翔が地面にうずくまる。
そうだな、第一俺にはこいつがいるから女が寄ってこないんだ。望んでも無駄だな。
「お前は俺心については全く無知なのは理解したよ」
……ってあれ? そういえばなんで青翔は女子にまだ人気があるんだ? やっぱ顔?……ですよね、人間見た目ですよね、はい。
あぁ俺はどうせ目つきの悪い人見知りなひねくれ者の不良青年……。
「そういえば朱連の髪って――」
「どーん!」
「うぁえっうおっ!?」
腰辺りにラグビー部顔負けタックルを受け、骨が嫌な音を立て身体が反り返るとそのまま地ぶっ倒れる。受け身はとったがアスファルトに激突かと思ったところに、青翔が間に入ってきてクッションになった。
「ご、ごめん青翔」
「ウィンウィンだから大丈夫」
という青翔はちゃっかり俺の背中に手をまわしている。今回ばかりはそれに気づかない振りをしておこう。
「ふっふっふっ、驚いたか!」
「天、走ったら危ない」
「驚いたかって言うか……」
いろいろ言いたいことはある。だがとりあえず天の重さを背負ったまま身体を起こした。起きる際に膝がじんわり傷んだんで、ちょっと血が出てるかもしれない。
「天がごめん。大丈夫? ケガした?」
「まあちょっと血が出た、かも?」
「どこ?」
「膝……って、うわっ、いいって翼、そんなわざわざ!」
「いい。ちょっとだけ拭かせて」
翼はそういうと俺のズボンの裾を膝までめくった。そして赤くなっているところを濡れタオルで拭いていく。血も少し出てた。終わると手を差し出され、俺も素直に握り立ち上がる。
「サンキュ」
「他は大丈夫だった?」
「怪我はもういいんだけどさ、天にまた言っといてくれ」
「うん」
そういうと翼は天の襟首を掴むと物陰まで引きずっていった。
足の速さが自慢の俺より足が速い天が、全力で俺に突っ込んで来たらどうなるかなんて想像に難くない。
しかもこれは二度目だった。翼もさすがに呆れてるだろう。まったく兄の保護者係とは、弟も大変だな。
「あれ、本当にあっちが朝比奈兄なの?」
「そういうことになってる、戸籍上は」
二人は数分後戻ってきた。
「天、謝って」
「ごめん……」
天はしょんぼりしていた。翼にこってり絞られたのかもしれない。
「あー……今日は機嫌よさそうだな、天?」
「ん? あ、分かる? 今日400メートル計ったらスゲーいい感じでさ、したら陸上部の人に勝っちゃって。おれ陸上部に勧誘とか……」
「天、少しかは反省してる?」
「すみませんしてます」
「別に気にするなよ翼。こんぐらい舐めときゃ治る。つーか天、お前陸上部に入ればいいだろ。絶対活躍できるのに」
「そんなこと言ったら去年のマラソン大会陸上部差し置いて三位の朱連が言うセリフじゃないだろー?」
「おれ団体行動とか向いてねーし」
「俺だって無理だよ。朝練とかあるし。俺の起床時間は何時だって遅刻ギリギリ!」
「このまえ遅刻したよね。反省してる?」
「あ、はい。してますすみません」
真顔で謝る天。いったいあの数分間で翼に何を言われてきたんだ。
「……あ、そうだ。朝比奈兄弟って朱連との仲は長いんでしょ?」
「まー中学からだし、それなりに?」
「それがなに」
「朱連の髪って、左側だけ極端に短いじゃん? これなに? 朱連流のオシャレ?」
俺はチラッと左側の髪を見る。
「けっ。こんなの自分でするかよ」
「……あっ、確かあの時のか」
「…………」
「ん? なんかあった?」
青翔に聞かれ、俺ら三人は互いに顔を見合わせる。肩をすくめて、俺は自分から話しだした。
「あの時はどっちが俺と一緒にいたんだっけ?」
「天のほう」
「そうだっけか」
「ね、なにがあったの?」
とじれったそうに飛びつく青翔。
「まあ、端的に言うと、朱連がすれ違いざまに何者かに髪を切られただけなんだけど」
「そうそう。耳ぐらいのとこまでばーっさり。ほぼ丸刈りだったよね、あれはウケ……」
「あ?」
「ウケませんでしたすみません!」
「……ん? え、切られた!? なんで!?」
「しらねーよ。切った奴、足速くて、追うより先に姿くらまされたし」
どうしてそうなったのか、誰なのか、何が目的か、何故俺だったのか。あの日以降同じようなことは起きなくて、事態は未解決のまま俺の中に残っている。
切られた後の髪型をそのままにしてたのは単にめんどくさいからだったんだけど、たまにそれを鏡で見て、あの日の出来事を思い出すこともある。
「気持ち悪いねー……いくら僕でもそれはしないよ」
「お前、なんならするんだ?」
「……と、盗撮とか?」
「携帯出せコラ」
「例えばだよ、してないから!」
「――そういえば朱連の髪伸びたね。俺、切ろうか」
「お前も思うか?」
「なになに、朝比奈弟髪切るの得意?」
「髪はいつも翼に切ってもらってるよ。翼すごく手先が器用だから」
そう言われ、青翔と俺で天の髪をジッと見る。……まあ、普通? 上手い下手の区別は分からん。髪なんて坊主じゃなきゃなんだっていい。
「じゃー切ってもらおうかなー」
「そう。今週末は空いてる?」
「俺は暇人だしな。あ、ハウスの方に来てくれよ」
「えー里帰りしないのー?」
「えっ」
天のその言葉に心臓が止まりそうになる。
「じょ、冗談きつい……」
俺が中学時代に住んでいた地元には今も二人が住んでいる。二人の家に行くとなれば、当然実家にも顔を出すことに。出さなくても実家を思い出す光景を目にしなくちゃならない。
「いやその……実家は、嫌いだし」
「……朱連って、御両親とは仲が悪い?」
「悪いと言うか――」
俺は天の口を押さえこむ。
「あ、あーそう! そうなんだよ。ま、まあなに、俺が反抗期拗らせ過ぎて迷惑かけまくったから会いづらいだけなんだけどさ……」
「うわ、露骨に誤魔化したよ……」
余計なことを言おうとする天にさっきの突撃の仕返しもかねてげんこつを喰らわす。
「家に来ないないにしても、俺はハウスの場所知らないな。駅で待ち合わせしようか」
「じゃーそうしよう。青翔もどうだ? その……変な前髪でも切ってもらえよ」
と助け舟のごとく現れた翼の提案に即座に反応する。
「や、やだよ。これは僕の美的センスに基づいてるんだから」
「マジか……」
その重力無視した長い前髪はワザとだったのか。緑川の髪云々より、お前の髪型の方がよっぽど女性を遠ざけてると思うけどね。だってダサいし意味不明だし。しかも髪型、本人それなり気に入ってるっていうね……救えないっていうの。
「つか僕、今週末は遊びに行く予定があるから不在だし」
「あーそうなんだ」
まあそういうもんか。青翔は俺と違って人気者。部活入ってるから友達だって多いだろうし。そうかこれがリア充か。
「じゃあ僕は帰ったら朱連がどんな可愛い髪型になってるか期待して遊びに行くよ」
と妙に目をキラキラさせながらウィンクして親指を立ててくる。俺はそんなやつを見てやけに冷静に「あそ」とだけ返しておいた。
約束の日曜日。駅前で待ち合わせをし、こんなに早く起きたことがない(昼の十時)という半覚醒状態の天を何とか歩かせながらハウスに向かった。
ハウスは自前に片づけておいたから三人がくつろぐ分には申し分のない広さだ。
「適当にくつろいどけ」
そして前、天に漫画を貸したときページに折り目がつけられていたのを思い出し、本は丁寧に扱うようにと追加で言っておく。
「分かってるって。あ、これこれー。前から気になってたんだー」
「あれ……朱連、この漫画、続きない」
「んー? あーそれは部屋だわ。取ってくるな」
そういえばいまハウスに誰がいるんだっけ。青翔は遊びに行ってて、緑川はゲームかな? 会ってないけど。勝は……。
「なんであいつがいる」
「え」
左下方向から手が伸びてきて、胸倉を掴まれ壁に押し付けられる。といっても非力のようで、簡単に払いのけられる。しかしそうしなかったのは、ちょんまりと小さな金色の頭が胸のあたりにあったからだ。
「なんでヤツがうちに来てる。説明を求める」
勝は俺に顔を見せず足元を睨みつけるようで、そしてドスの利いた声色でつぶやく。
俺は手短に答えた。
「遊びに来たついでに俺の髪を切ってくれるんだよ。……勝、そんなに天と会うのが嫌なのか?」
「ったりめぇだろ……日曜ぐらい、解放させろってんだ」
「……あ、うん。ごめん」
勝の怒りに流されて思わず謝ってしまう。
人間関係に苦労しすぎてこれまでの余裕がなくなったらしい。そういえば最近じゃ帰ったらすぐ自室に籠りっぱなしでゲームとか一緒にしてくれなくなったな。
俺は……まあ、十六夜の件でイライラはするけど、ここまでストレスは溜めこんではいないし。良かった俺、寝たら忘れるゆるい性分で。
勝は俺から手を離すとゆっくりと自室へと歩き出した。
「とりあえず、俺はいないって言っておいて。帰ったらメールで教えてくれ」
「分かった……」
勝は物音を気にする様子でドアを閉め、鍵までかけて部屋に籠ってしまった。
マジ切れした人間に恐怖心を抱くのに、性別も体格も関係ないと。
しかし今まで幾度となく身長でからかわれながら、ある先生には生意気だと思われ厳しい態度をとられながら、それをもろともしない大人の対応を見せつけてきた勝に、いったいどういう接し方をしてあそこまでの怒りを増幅させたのだろう。
天のやつ、無意識なだけで新以上に人をムカつかせる能力に長けてるのではないか?
俺が忠告できればいいんだけど、勝のことだ、余計なお世話と言われるがおち。それに天がまともに俺の意見を聞き入れるわけがない。天が耳を貸すのはせいぜい翼と新の言葉だけだ。
……まあいいや、所詮は他人事。まあせいぜい勝が過労死しないことを祈るとしようか。
髪を切る前に、自分で焼いた焼き菓子とジュースを食べながらゲームで数時間遊び、そのあと髪を切ってもらえることになった。寝てていいとのことで、俺は目を閉じ、うとうとと眠りにつくことにした。
「天、俺のカバンからハサミとビニール袋持ってきて」
「何用の?」
「髪いれる用。汚しちゃいけないから」
「はーい……」
爆睡してたみたいだ。起こされたときは寝る前に自分が何をしていたのか忘れるほどだったのだ。
しかし天が体をガタガタ震わせながら差し出してきた手鏡で己の状況を認識すると、頭は一瞬で完全に覚醒しきり叫んでいた。
二人とも帰ったと勝に聞かせるとすぐさまリビングに下りてくる。そして俺を見るなりぶっと噴き出した。
「それ、結局前の髪型と同じじゃん。ダッサ」
その通り。俺の髪は左だけが極端に短く、右が耳にかかる程度に長い。
「天が余計なことしなきゃな……」
俺は髪の短い左側の頭を擦る。じゃりじゃりしててさわり心地が悪い。
「つか左側に合わせればいいのに」
「坊主になるだろうが。それだけはごめんだぜ」
「ま、まあ髪型に個性があると分かりやすくていいんじゃない?」
緑川、青翔、俺、全員後ろから見ても誰なのか一発でわかる程度の見た目はしてるしな。
しかしそれはフォローにはなっていない。
そのことを言うと勝はそこまで馬鹿じゃないかと大笑いした。
「あ、お菓子たーべよ」
今日二人と一緒に食べてた焼き菓子。どうやら一人分そのまま残っていたらしい。どちらか食べなかったんだろう。ちょっと悲しいかも。
「そうだ、冷蔵庫にアイス入れといたぞ」
「まだ夏じゃないのに気が早いなぁこの暑がりは」
なんて言いつつ勝は一直線で冷凍庫を開けてアイスを取り出した。なんだかんだでお前が一番アイス好きだろと俺は笑った。
「アイス~…………って、朱連? 今日は髪を切ったんだよね?」
「見ればわかるだろ」
「うちのゴミ箱ってここにしかないよね」
「そうだろ」
「だよねー……」
「なんした?」
「べっつにー」
勝はそう言ってイチゴの棒アイス片手に俺の膝を足置きにしてソファに寝っ転がる。
まあ今日は天の件でイライラさせたし、リラックスできるならこれぐらいはいいかと、なにも言わずに台になってやることにした、
さて、うちのクソセンスの持ち主と天才くんは、俺の髪を見てどういう感想を持つのか楽しみだ。
それまでは、勝と一緒に対戦ゲームにでもしゃれこむとしようか。
かみが捨てられた形跡がないなんて、別に気にする程のことでもない……のだろうか。




