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第二十八話『抜け殻』

 ヨモギ学園は終業式を終え、冬休みとなった。当分学校に行く必要はなくなった、と思えば我が学園じゃすぐ冬期講習が始まる。

 学園の習わしなのか、これには生徒ほぼ全員が参加していた。意識したことはないが、ヨモギ学園は間違いなく進学校なのだから、生徒の意欲が高いのかもしれない。そのせいかよほどの事情以外、受講は当たり前、のような雰囲気がある。

 冬休みになってまで勉強なんて冗談じゃない……とは思いつつ、つまり、俺の意欲は皆無だが、なんとなくとだが、講習は参加していた。

 今ではその時の自分の安直さに絶望している。

 俺は全く気付かなかったが、この講習はなかなか上手いこと日にちが調整されている。講習は土日にやらない。つまり暇。そこで問題なのは、よりにもよってその日が、クリスマスとイブのまる被り。

 冬休み、確実に休みが取れる曜日、しかも重要イベントが二日続き。その二日間、願わくは誰と過ごしたいか。まず間違いなく好きな人とだ。

 言わばこの講習が直接約束を漕ぎ着ける最後の手段で、みんなそりゃあ必死になって色めきだすのだ。

 もちろん、怖い、不良、危険の単語と余裕で等式を作れる風体の俺に女子なんて滅多に近づくはずもない。

 一度、顔を真っ赤にしたおさげの子が俺に近づいてきたのだが、青翔が現場に突撃してきたせいで怖がられ、完璧におじゃんとなった。

 青翔はワザとじゃないと土下座していたが、久しぶりに殺意というものが湧いた。しかもその子は意外とタイプで可愛かったのだから救えない。

 その件で、俺は直接被害を被ったわけだが、俺が講習を受けたことに後悔したのは別の理由がある。

 彼女を持たず、明るく接しやすい青翔晴。あいつを狙って何人もの女子がアタックしていたのだ。

「――あ、見つけた!」

「僕?……どうかした?」

――しかも、俺の目の前で。

 講習と講習の合間の休憩時間。

 俺と青翔はいつも一緒にいて、女子はその俺と青翔の会話の間を狙って話しかけに来る。女子は当然俺なんかに興味はないのだから、話を振りはするが、中心は青翔。俺は爪弾きものにされる。そして……。

「――だから……」

「ごめん。…………ごめんね」

 青翔は決まってその誘いを断った。

「あ。あぁ……そう、やっぱり……。また、今度行こうね」

「うん」

 青翔が土日に何の予定もないことをみんなは知っていた。大方女子達にはそういう連絡網があるのだ。

 女子は期待と不安でいっぱいに青翔を誘い、あまりに青翔が優しく接するものだから、その思いが増長し……残酷に裏切られる。

 青翔は誘われると決まって、俺の表情を見て、バツの悪そうな顔をしてから、断る。

――赤髪の不良に言い寄っている男がいる

 本当はどうせ、赤髪の不良だとか、男だなんて言わなくても、みんなそこにどんな個人名が入るか知っている。

でもそれが、自分の好きな人のウワサなのだと、すんなり受け入れられない子だっている。そして半信半疑な心は、こんな光景を目の当たりにしてしまって、それは察しないほうが可笑しいのだ。

 ウワサは本当なのだと、それが学園中に知れ渡り、終いには誰もが臆がって、青翔のことを誘おうとしなくなった。

 俺は何もせず、ただ青翔の隣にいただけだったのだが、すごく申し訳ないことをした気分になった。

 あの子たちをあんなに悲しませるぐらいなら、俺は講習を受けるべきじゃなかったのかもしれない。そう、俺は後悔した。

 青翔がどんなデートの誘いも受けない理由はとうに分かり切っていた。俺も馬鹿でない。だけど理由を理解しているからなおさら、俺は青翔に対して怒りを募らせていた。

「――んならさっさと誘えよ!」

 そう俺はグラスの底をテーブルに叩き付けた。衝撃で溢れたレモネードの飛沫がテーブルに飛ぶ。

 あららと、俺の向かい側に座っている勝が台布きんで拭いた。

「こんな夜に相談に乗れって叩き起こしてさ、聞いてみれば……。そんなことでイライラしていたの? 馬鹿なの?」

 と、拭くのが終われば勝はレモネードを優雅に口へ運んだ。

 俺は悠々な勝の目を睨みつける。すると、それはあまりにも冷めた目なので、なんだか自分が声を荒げていたのが馬鹿らしいとまで思わせた。

「奴の顔がいいのは……悔しいが認める。明るいし、面白いし、優しい。女子から誘われるのももっともだ。だけど俺は、ああいうのを見るのはもう……」

 俺のことが好きならもういっそ、誘ってくれた方がなんぼもありがたいのだ。男とクリスマスにデートだなんてゾッとするような話だが、断られて去っていく女子の表情は何時になっても慣れない。感じるのは罪悪感だろう。

「せめて、予定があるって言ってやればいいのに……」

「ふーん。つか、君が彼を誘ってればよかったんじゃないの」

「は? な、なんで俺が、そんなことっ」

「だってそうじゃん。アホくさ。彼を誘ってきた女と同じ。青翔も怖いし勇気がいる。この前。彼が君にデートを申し込むよりも前に、俺は何度も相談に乗っていたし」

「なっ。それは……知らんかった」

 確かにあいつ、あの時は何時もの調子とは違ってめっちゃ緊張していたみたいだったけど。

「僕の見てきたあの様子じゃ、もう一度その勇気がそうも出るとは思えないかな」

 と言って、勝はくいっとグラスを傾け、ちらっと俺を見た。

 勝に試されている気がして、俺はいったん押し黙る。

 好きな奴を誘うのが凄く勇気がいるのは分かる。しかも青翔は一度俺が他に誘われそうになっているのを見てしまった。俺も怒ってしまったし、遠慮しているのかもしれない。

「なら、やっぱ誘いにはこないか……」

 そんな俺を勝がしばらく見つめていた。どうしたと聞いてみると、勝は深刻そうに発言をした。

「まさか……好きなの、青翔のこと」

「はっ!? ねぇよ、それは!……俺にあれは無理だ。俺はあれだ、女がいい」

「……へっ」

「なんだその嫌な笑い」

「誘ってほしいくせに相手のことは好きでもなんでもないなんて、相変わらず可笑しな関係だなって思ったんだよ」

「うっ……。わ、悪かったな、面倒くさい人間で」

「まあ気にしないで。俺は別にお好きにしてくれて構わないし――あ、もうこんな時間か」

「え……あ、そう、みたいだな」

「じゃ、おやすみさん」

 そう言い残し、勝は空のグラスを残してそのまま自室に戻って行った。

 俺は、煙に巻かれたと気づくと、手元のグラスの中を呆然と見つめる。

「……はぁ」

 俺がイライラしているのは、青翔がモテていて、それがただ羨ましくて。でもあいつが断るから妬ましくて。断られる女子が可哀相で。

 別にあいつが誰とデートに行こうが関係のない話だし、勝手に相手を見つけてもらったほうがありがたい。誰も傷つかないで済むから。

 それが正しいし、きっと正解だ。

「…………だめだ」

 あいつが他の奴とデートしていることもなんだか腹が立つ。女に腹が立っているわけじゃ決してない。青翔だ。もしそんなことになったら腹を立てるのは青翔に対してだ。

 青翔が、腹立たしい。

 胸がむかむかして、レモンティーを一気飲みする。

「どうかしている……俺」

 そのくせ俺は、どうせそうなるなら俺が青翔とデートしてやる、だなんて、そんな馬鹿なことを……どうして思っていたんだろう。

「あんな奴好きでもなんでもないのに、俺ってマジで……どうかしている」


 そして瞬く間に日付は十二月二十四日。クリスマスイブになった。起きたのはおよそ昼過ぎぐらいだった。長期休暇中の長年の癖と言うものだ。

 結局、青翔は俺を一度もデートや遊びに誘うことはなかった。だからといって他の女子からの誘いを受けたという感じもしない。まあ、俺の知らないところで受けているかもしれないが。

 俺は朝飯兼昼食を食べようと自室からリビングへ降りてみれば、青翔がソファに寝そべっていた。特に服装にオシャレをした様子もなく、部屋着状態だった。これから何処かへ遊びに行くといった服装ではない。

「あ。朱連おは」

「あ、うん。いたのか」

「まーね。せっかくの遊びのお誘い、ぜーんぶ断っちゃったから」

 そう青翔があっけらかに笑う。

「なんでだよ、そんな。もったいねぇなぁ」

 心の中で俺が青翔の言葉と表情に、自分がどう感じていたのか、それもよく分からず、俺はなんだか、そう愛想混じりに笑うしかなかった。

「けっこう可愛い子、いただろ?」

 実際、青翔に話しかけてきた女子の中には学園の中でも人気な美人や可愛い子がいた。断るのを隣で見て、もったいないと思いもした。

 だけど青翔はそんな俺の考えもよそに照れくさそうに頭を掻くと、こう言ってきた。

「え、えー……だって、朱連には、だんぜん負けるもん」

「は……ハハハ。はぁ?」

「あの、だからね! 僕は朱連以外、悪いけど、全っ然魅力的に見えないからってこと!」

「……よ、よかったな」

「あ……ありがとう?」

そんなこと、顔を真っ赤にしてわざわざ言わなくてもいいのだが……。本当にこの男は、呆れ返るほどに俺のことしか見えていない。いい加減俺みたいなクズのことなんか諦めて、他にいい女でも探せばいいのに。

「ふぅ……お前には、心底感服させられるよ」

「え、何が、何が?」

「べ・つ・に」

「あいだっ」

 俺は青翔にデコピンをし、飯の準備をするため台所に向かった。適当に腹ごなしをする程度なので、あまり時間もかからずとも料理は完成した。俺は適当な椅子に座ってパンを齧りながら言った。

「そーいや青翔」

「んー」

「お前、今日ちょっと付き合ってくんねぇか」

「いいよ! で、どこ?」

「即答かよ。まあ、ちょっと八百屋とかにな」

「えー……なんでまた」

 こいつ、俺とデートにでも行けるとか思っていたのか。……おめでたい。

 まあなんでと聞かれると、これから八百屋に行った後の予定を思い起こしてしまい、意識しても頬が緩んでしまう。

「なぜニヤける」

「あ、あはは。いやま、帰ってからのお楽しみってことで」


 八百屋で注文して買ったばかりの新鮮な果物が詰まった買い物袋をテーブルの上に転がした。果物の量もさることながら、種類もザッと見て五、六種類あることだろう。

「ねえ朱連、こんなに沢山買っても大丈夫なの?」

「それ、今日と明日で使い切るけど」

「正気?」

「俺そこまで可笑しくはない」

 すると、ぱたぱたと階段を軽い足取りで下りてくる足音が聞こえた。その音の軽さでその人物が誰なのかは容易に判断できる。

「よぉ。いま起きたのか、勝」

 そう俺が声をかけた勝はいつもの寝間着を着ていた。

「そんなわけないでしょ。今の今まで起きていたって言うか、徹夜していたんだよ。眠気覚ましにコーヒーの一杯でもと思ってさ」

 そう勝は欠伸と同時に小さく涙を零した。どことなく面影にゲッソリとした雰囲気がある。

 勝はたまに理由は知らないが、何日も徹夜を続けている時期がある。今回もまたそれだろう。

 勝はやかんでお湯を沸かし始め、ついでに台所の上へと目を落とした。

「……んで、この様子ならこれからクリスマスケーキ、作るんだよね」

「あぁ」

「ふん。ブッシュ・ド・ノエルが、いいと思うよ」

「あぁ。俺もそう思う」

「く、くりすますけーき? 朱連、そんなの作れるの?」

「まあな。一応…………パティシエ目指してるから」

「……うん?」

 さっきまで穏やかな顔をしていた青翔の顔が一瞬で引き締まり、何か深刻な顔つきのまま固まった。

 そこに勝がゆっくりと、青翔に確認させるかのように言い直す。

「朱連の将来の夢、パティシエ」

「…………あ、あぁ! パティシエね、うん。あれだよね、ケーキとか作る……ね!……え?」

 よほど俺とパティシエをイコールで結びつけるのに苦労しているのだろう。いまだに眉を寄せて疑るような視線を俺に向けていた。

 確かに俺は自分で言うのもなんだが喧嘩好きで粗暴な男だ。繊細なお菓子作りをやりたがる男には見えないだろう。もし俺が青翔だったら二人に騙されているのではないかと疑うと思う。

「やっぱ、変か」

「う、う~ん。にわかには信じがたいけど。……嘘なんかじゃないよね?」

「そんな嘘ついてたまるか」

「そ、そうだね、意外だけど。……ちなみに腕はいいの?」

「俺一人の意見だけど、普通に美味しいよ。見た目も凝っているし」

「……緑川はなんて?」

「緑川かぁ……。あいつ食べてくんねぇんだよなぁ。甘いもんは好きじゃないからって」

「あいつせっかく誕生日に朱連がケーキ作ってあげたのに断ったよね。まだ一度も食べてないんじゃないかな」

「へぇ。そうなんだ」

 緑川は確かに好き嫌い激しそうだけど、まさかケーキがダメだなんて俺も昔は知らなかった。

 今まで何度かイベントの時にチャレンジしてみたが俺の全戦全敗で終わった。筋金入りのケーキ嫌いで、どんな種類でも一口すら無理のようだ。

 もっと他の人に味見してもらって意見聞きたいんだけどなぁ。

 そう俺が内心ため息をついていると、今まで話していた声とは声色の違う声が割ってきた。

「――食べるよ」

 それは恐らく青翔のものだった。一瞬もだ他に誰かいるのかと思ったが、そんなことはありえない。

 俺がそっと青翔の方を見れば、そこにはどこか虚ろで死んだ目をした青翔が佇んでいる。たぶん以前に会ったことのある人格だ。

「ケーキ、食べてあげるって言ったんだけど。聞いてなかった?」

「あ、あー……すみません」

「じゃ、そういうことで」

そんな青翔の横に勝がすすすと近づき、腕を掴む。

「それじゃ、朱連が作ってくれるまで俺とゲームでもしてようか」

「……別に、いいけど」

 という青翔は少し驚いた様子だった。

 勝は妙に楽しそうに笑うと、俺に手を振りそのまま自室へ青翔を連れて行ってしまった。

 勝はいったい何がお気に召したのか知らないが、青翔の人格が変わった瞬間に顔色が変わったように思える。

 人格によってやっぱ好みとかあるのかねぇ……。

 そんなこと俺が考えたって答えは永遠と出ないだろうなと諦め、俺はケーキを作ることにした。

 しかしまたあの人格に会うことになるとは思わなかった。しかも自らケーキを食べるために出てくるだなんて想定外の出来事だ。




 あいつと俺が前に会ったのはおよそ一週間前。

 青翔はハウスに来てから朝食や晩飯を一度も取らなかった。何度注意しても無駄で、俺もいい加減に頭にきてしまい、食事を無理矢理にでも食べさせようとした時のこと。

「いいか、そんなんじゃいつか倒れるぞ!

「いいから食えよ。健康に悪い。そんなんじゃバスケもできなくなるぞ」

 青翔はバスケと言う言葉に一度は反応したが、いっそう顔色は曇る。

「ごめん朱連。無理……無理だよ、ダメだ……。僕は、嫌だ、食べたくない。食べたくないよ」

 両拳を膝の上で握りしめ、肩を震わせながら俯く青翔を見た時、俺も本当はその辺にしておけば良かったんだ。そんなにも青翔が拒絶するんだから、何かあるんだって気づくべきだった。

 それなのに俺って奴はまた……。

「せい……――っ!」

 息をする間もなく、俺の目の前には二つの目があった。青翔の右手が俺の両頬を挟んで掴んでいる。それは、いつの間に、の出来事だった。そして俺が次に聞いたのは、冷え切った低い声色で話す、青翔の言葉だった。

「黙れ」

「ふぁ、ふぁに……?」

 突然の事態と、急に頭が前方へぐわんと揺れたことによって目がチラつき頭の整理がつかない。

 青翔は頬から手を離す際に横へ乱暴に払った。俺はその勢いにバランスを崩す。その後に青翔は溜息をついてから箸を手に取った。

「それ温めてない……」

「別にいい」

「別にって……ど、どうしたんだよ、青翔」

 俺が青翔の手を止めようとすると、不意に胸ぐらを捕まれて、鼻の先がくっ付くかと思えるほどの近距離に青翔の顔があった。光のない目がジッとこちらを睨みつけていて、息を呑んだ。

「……あんたのせいだから」

「――え?」

 すると今度は勢いよく突き飛ばされ、俺は背中と尻を床にぶつけて倒れてしまった。

「ってぇ……」

「…………いただきます」

 そんな俺をよそに、青翔は礼儀正しく手を合わせてそう言うと、もくもくと料理を口に運び出した。

 それはさながら機械のようで、流れ作業だった。料理を箸で摘まんで、口に運んで、飲みこめるように噛んで胃に流し込む。

 無駄がない。それ故にその工程には、味わうという、食事において大切な部分が圧倒的に欠けていた。

 俺にはそれが異様に見えた。そして同時に恐ろしくも思えた。

 まるで人間そっくりのロボットを見ているかのような錯覚で、現実味がない。そして何より、俺は何かに打ちひしがれた気分だった。

 今の中はっきりすることは、いつもの青翔じゃない、違う青翔だということ。俺は誤って青翔の別人格を引き出してしまっていた。

 こんな時、どうすればいい。

 混雑する頭の中で青翔のことを見つめていると、ふいっと顔が向けられ目が合い、身体が大きく脈打った。その目はまるで精巧につくられた無機物のようで、狂気を感じた。

「食べたよ」

 そして何を言うかと思えば、そんなことだった。当然拍子抜けした気分になった。

「も、もうか」

「……別にいいじゃん。あんたはこれで満足なんだし」

 と、青翔が指を指すのは俺の作った食事。

 立ち上がってよく見ればどれもぺろりと綺麗に平らげられていた。

 そうだというのに、これっぽちの喜びも達成感も感じられない。逆に俺は間違っていたのだと気づかされたのだ。

「……う、うん……」

「寝る。おやすみ」

「お、おおう……おやすみ」

 本当は何か言うべきことがあったのかもしれない。

 だけど俺は、あんな目をした、人間の身体を持つアンドロイドのような男を相手にすることは、どうしてもできなかったのだ。


 その夜が明け、また朝になった。

 学園が休みだとはいえ、昼を過ぎてもなかなか部屋から出ない青翔が気になってしまい、しかも昨日の今日だからなおさらで、だから俺はあいつの部屋を訪ねてみることにした。

 ノックをして声をかけると、どうぞと一言だけ声が返ってきた。

 たぶんいつもの青翔ではないだろう。いつもなら俺が来たと知った瞬間に喜び勇んで自らドアを開けて出迎えてくるからだ。

 俺は覚悟をしてドアを開けた。

「お邪魔します……」

「はい。何かご用でしょうか、上西朱連さん」

 入った瞬間から知的な雰囲気を肌身で感じる。それはなんだか図書館にいる時を思い出させた。

 回転椅子ごとこちらに体を向けてきた青翔は、黒縁の眼鏡をしていた。その男は見紛うことなき、青翔の別人格である、トウジの姿だった。


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