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第二十四話『僕の居場所』

 身体の調子も戻り、さぁ今日から学校だと、いつもの日常を取り戻そうとしていたら、しばらく会わない内に青翔の奴が何だか激しくなって戻ってきた。

 再会した日の朝は、急に俺に抱き着いたり手を握ったり強引に連れ去ったりと、とにかく目に余る行動を繰り返してきた。数日経った今でもそれは変わらない。

 その活発的な性格の青翔は、学園内でも健在だった。

 青翔は授業中、恐ろしいぐらいに静かで集中している。発言もしなければ板書を写すのみで、それが終われば何かがあるわけでもないのに、ひたすら黒板の一点だけを凝視していた。

 だけど、授業が終わればあの人格は戻ってくるらしい。そいつは声がデカいし、動きが大きいし、とにかく明るい。

 前までは青翔と交流をしていなかったクラスの中心的存在の奴らが、俺のいない間に青翔と仲良くなっていた。授業が終われば当然のようにそいつらが青翔の周りにいる。

 青翔がそいつらを拒むことはなく、逆に太陽のように眩しい笑顔を絶やさず、非常に友好的に接していた。

不良っぽい外見も相まって、青翔は完全にそいつらの輪に馴染んでいた。

 ところで、クラスの中には見えないが確かな階層がある。そういうのを『スクールカースト』と言うらしい。階層が上がるにつれて周囲を黙らせられる権力を持つという仕組みだとか。

 なかなか上手な表現の仕方だと思う。確かにそう言ったものはどんな学校でもあった。

 青翔は……そういう階層の何処に存在を置くべきかと聞かれれば、俺は間違いなく頂点だと答えるだろう。

 緑川も勝も、二人は桁違いだと思う。だけど、クラスを動かすほどの力を二人が持っているわけじゃない。

 緑川は完璧な容姿と才能から理由もなく男子に目の敵にされることがある。本人もそいつらを見下しているからどっこいだとは思うけど。

 勝は幼すぎる見た目でなめられることも多いし、第一あの大人びた性格は何処かトゲがあって人を選ぶ。

 青翔にはそんなのない。誰にだって平等で明るく接する。相手の機嫌をすばやく察して、その時に会った対応を心がける。だけど自分の思ったことは包み隠さずちゃんと言う。

 そんな青翔の人間性に、みんなが惹きつけられるようにして集まっていた。

 クラスはほとんど、いやもう完全に、青翔という存在で埋まっている。

 誰も奴を拒むことはない。誰も傷つけることはない。そこは青翔だけに許された、奴だけの居場所だった。

 そういう安心できる居場所を、俺は青翔に与えてやりたかった。

 世の中がそんなに悪いものじゃないって。人はわりかし良いもんだって。俺は教えてやりたかった。

 それがただ、俺の予想だにしない形で叶えられた。それだけだと言うのに……そうだというのに。

 どうして、授業が終わるたび真っ先に、朱連朱連って……俺の元に駆け寄って来てくる青翔を。ほんの少しのことでも俺に気遣いを見せてくれる青翔を。

 俺は、拒もうとしているのだろう。

 本当に、本当に分からない。

 自分のことも。青翔のことも。

 俺には分からない。

 別に俺なんか放っておいてくれてもいい。

 友達と好きなだけ喋っていても俺には関係ない。

 本当は好きじゃなかったのなら、そうしてくれて構わない。

 青翔の心はもう埋まったはずなのに。俺にはない居場所を持っているのに。誰からも愛されているのに。

 それなのに……これ以上お前は、一体何を求めている。

 なんで俺なんだ。

 俺じゃないとお前の欲しいものは手に入らないのか。

 どうして俺なんかを好きになった。

 たまに、青翔が俺に必要以上に話しかけてくるのを、面白くない顔で見ている連中と目が合う。それは見下しと僻みに満ちた目。

 どうしてお前なんかがソイツと話してるんだよ……と。

 俺にはそう見えた。

 たまらなく、辛かった。

 堕落した生活中で、そんな目は慣れきって今更どうでもいいと思っていた。どうせ俺は駄目で、あいつらのようにはなれないのだから、せめて好き勝手に生きてやればいいと。

 でも違う。俺は気づかないふりをしていただけだった。やっぱり俺は、怖かった。周りから仲間として扱われない孤独感に、気づかされるのが。

 それを、あんなに救いたいと思っていた青翔の前で、俺は何度も認識させられた。

 日に日に苦しみが俺の中で蓄積していく。徐々に崖へ追いやられるような感じで、耐えられなくなる。

 最近じゃ、俺は寝たふりをしたり、他のクラスに用もないのに遊びに行くと言ったりして青翔から逃げるようになった。

 でもどちらにしてみても、俺は八方ふさがりだった。今度は青翔に申し訳ないことをしているという罪悪感の気持ちが募った。

 どちらに行っても苦しいばかりで、俺はもう、笑うことすらできなくなっていた。

「朱連?……ねぇ、僕の話はやっぱり面白くないかな?」

「え……? いや、違うんだ青翔。お前は……悪くない」

 それに対して青翔は、常に笑っていた。

 青翔は俺の前では、周りの奴らと接するよりも明らかに優しく、柔らかい。俺だけが青翔の特別であることは痛いほどよく分かっていた。

 そんな俺は、青翔を嫌いになんてなれなかった。俺も青翔のことはとても大切だったから。

 大切だった……けど、俺は最低だ。

 大切な青翔が、俺の前からいなくなってくれることを、俺はもう、願っていた。




 昼休みになると、俺はすぐに弁当を片手に廊下を飛び出した。

 理由は、青翔の捕まりたくないから。

 声を掛けられる前に出て行きさえすれば、俺自身もあまり傷つかないで済むだろう。

 だから俺は歩いた。出来るだけ遠くへ。

 俺は一年生の教室から離れた廊下で突っ立って、俺は漠然ばくぜんと思った。

(どこ、行こうかな……)

 よくよく考えたらいつもの俺は、一人で素早く食って寝るか、天と翼と新で集まりだらだら食うかの二択だった。

 ここまで来てしまったら知り合いになんて会うこともできないだろう。わざわざ探し出すのも面倒だ。

 それならば何処か場所を見つけて食べて、そのまま授業をサボってしまえばいいか。そうしたら青翔にも会わなくて済むし……。

「あっれー、なにしてんの朱連。こーんな寂しいとこで」

 俺が歩いてきた廊下のさらに先の方から、軽いステップのような足音を鳴らしながらこちらに向かってくる男がいた。

 ニヤリと吊り上がる口角から飛び出す白い棒は棒付キャンディーのもの。

 耳を覆う程度の白い髪を今日はピンでとめているらしい。久しぶりに見ることもあってか、一瞬誰かと思った。

「新か……」

「よっ、おひさ」

「あー……確かに久しぶりだな」

 新は俺のほんの数メートルの、妙な間を作って制止した。

 糸のように細くされた目が俺のことをくまなく観察しているかのようで居心地が悪い。

「ふーん、それって弁当? もしやこの先の行き止まりで食べるつもりか?」

「え……あー、まあ」

 意識せずに歩いてきたからよく分からない。俺は適当に頷いた。

「へぇ」

 新は何を思ったのか、つかつかと俺の横を通り過ぎた。

 そして気がつけば、俺が握っていた弁当箱が何処かへ消えてしまっている。

 俺は慌てて新へと振り返った。

「おい、新なに……!」

「でもこの先行っても誰もいないし何もないし。朱連、どうせ一人で食べるんなら、俺と食べようか」

 背中だけを向けてさらっと言う新に、俺はポロっと聞き返した。

「え、いいのか?」

「は?」

 新が両眉を寄せ、口の端をヒクつかせながら振り返る。そして新は肩を震わせて、笑いを噴き出すと、ひとしきり声を上げて笑った。

 息を少し切らせながら、新は口元の笑みを引っ込めずに話す。

「一緒に食べていいのかって質問さ、はっきりって意味わかんないから。俺ら友達じゃなかったっけ?」

「! そ、そうだよな。うん……じゃあ行くか、新」

「……あぁ」

 新は顔を下向きに、白い歯をチラリ見せて笑うと、くるりと向きを変えて、俺の元来た道を戻り始める。

「……?」

 俺も行こうと思って足を進めようとした時、誰かに呼ばれた気がして、俺は後ろを振り返った。

 長くのびている廊下。

 その先にあるのは、資料室と、非常階段への扉。

 背中の方から新の声が響く。

「ぼーっとしていると置いてくからなー」

「……あぁ、今行く」

 新が、誰もいないと言っていた廊下の先。

 もしかしたら、誰かいたのかもしれない。

――新には、関わらない方がいい。

 ふと思い出したその言葉は、昔誰かが、俺に訴えた言葉だった。でもそれも今となっては、遠い遥かの記憶だった気がする。

 とりあえず俺は、新の後を追うことにした。




 昼休みが終わり、クラスに戻ってくると、隣に座っているはずの青翔の姿はなかった。

 トイレかなーと思っていたのだが、次の授業が始まっても姿を現すことはなかった。

 とうとう帰りのSHR。いくら待とうが奴は結局来なかった。

 誰もいない空白が、その日はやけに広く感じる。

 あれだけいなくても構わないと思っていたのに。居なければ居ないで、とっても俺の周りは静かになってしまう。そのことに一種の寂しさを覚えていた。

「なあ」

 俺は気がつけば、近くを通りかかったクラスメイトに声を掛けてしまっていた。

 そいつは青翔とよく一緒にいるクラスの中心グループの一人で、俺もあまり知らない奴だった。

 そいつは目をまん丸くして俺を見ている。当り前だ、普段から誰にも話しかけたりしない俺だから。こいつと話したことなんて全くない。

「え、オレ? んだよ上西、いきなり」

「青翔のこと、知らないか?」

「あー……あぁ、あいつか。あいつは昼休みに頭痛いつって保健室行っていたけど……」

「頭痛か……あぁそうか、どーも」

 俺は適当に礼を言って手をひらひらさせる。

 そうすればこいつがいなくなると思っていたのだが、可笑しなことにこいつは俺の席の前に止まっていた。

「……どうしたお前」

「あー、いや上西……お前に聞きたいことあってさ」

「俺に?」

 ろくな交流もないクラスメイトに突然こんなことを言われるのは初めてで、俺はとっさに身構える。

 相手も相手で、不良な俺相手に話しかけるのはさすがに緊張しているらしかった。

「お前さ、青翔とどういう関係なんだ?」

「……は?」

 俺が聞き返すと、こいつはしまったなといった感じで目を泳がせる。こいつは青翔の椅子を借りると小声で話し始めた。どうやらあまり周囲に聞かれたくないらしい。

「いや……なんつーかさ……。お前は昼休み教室にいなかったから知らないだろうけど、オレらあいつと飯食ってたんだよ」

 そこまで言うとこいつはとても言い辛そうに口ごもった。手がしきりに遊ぶし、まばたきの回数も多く、目が明後日の方へ逸れている。

「なあ。ぜってー怒んなよ、上西」

「話の内容によるな、そりゃ」

「そりゃそうか。ま、まあなんつーの。オレらの一人がさ、お前のことすげー悪く言ったんだよ」

 そいつは俺のご機嫌を確認するように俺の目を見た。だけど俺もどういう反応をしていいのか分からず無言だった。

とりあえずこいつは許されたいのだと俺は解釈し、ため息をつくと、結構無理矢理にこいつに言ってやった。

「まあ、俺なら悪く言われてもしゃーねぇんじゃねぇの」

「いや、ごめんなマジで」

 そいつはとても安心しきった顔で言う。

 どうやら俺がそれを聞いて怒ったりするのではないか、そう恐れていたらしい。

 でも悪くない奴相手に怒るわけにもいかない。それにこうやってちゃんと俺に謝ってくるこいつは結構いい奴だ。ますます怒りは生まれない。というか、クラス中心グループの中に属するのも色々気苦労が絶えないものなんだなと逆に同情した。

「……んで、青翔の奴がそれ聞いてマジ切れしちゃってな。そいつの胸ぐら掴みかかって壁に押し付けたりして。暴力はさすがにしなかったんだけど、スゲー怖かった」

 そう言うと、俯いて息を大きく吐き出した。たぶん一番言いたかったことを言えた安堵感からだろう。

「で、頭痛いから保健室行くって言い捨てて行っちまった」

「ふーん……」

 青翔の調子が悪くなった経緯がだいぶ掴め、俺は数度頷くと、頬杖をつく。

「確かに人の悪口を言ったそいつも悪いよ。でもさ、まるで人が変わっちまったみたいにして怒るだよ、青翔の奴。お前さ、何か知らねぇの?」

「知らん」

 俺は即答した。

 青翔の持つ問題を軽々しく口にするわけにはいかない。

 こいつが青翔のことを心配で、わざわざ言い辛いことまで俺に伝えて、理由を知ろうとした気持ちは汲み取れる。

「俺とあいつに特別なことなんて何もない」

 でも、俺はあの問題にこいつを巻き込みたくなかった。

「でも青翔の奴、お前のことすんげー気にかけているしやっぱ何か……」

「俺が、あいつが転校してすぐの時に仲良かっただけだ」

 断固として、俺がこいつの心配をしているわけじゃない。

「悪口でキレたのも、あいつは特別正義感が強いだけなんだろうよ」

「……そうなのか」

「しらねぇ。それかたまたま苛立ってただけじゃねーの」

 むしろ、その逆だった。

「つかさ、そんなこと俺に聞くぐらいなら、直接本人に聞いてみれば。……そんぐれぇ出来んだろ」

 そいつは取り繕った笑顔で固まった。

「……そ、そーだな。そーだよな。ごめんな上西、嫌な話聞かせちまって。……じゃ、じゃーな」

 そうして今度こそ、そいつはそそくさと俺の前から消え去った。

 大方、あいつは青翔に何か聞くことすらできないで終わるだろう。

 あの時の言葉の意味は、どうせお前は本人を前にして聞く勇気がないから俺に頼ったんだろ、っていうことだった。

 俺はあいつの為を思っていたわけじゃない。

 青翔を理解しようとするあいつ自身が邪魔だったから、追い払ったんだ。

 青翔のことを、俺以外に理解してほしくない。

 本来俺が持っていたものと矛盾した謎の独占欲が、俺の心の中の何よりも勝っていた。ただそれだけだった。

 とりあえず俺は保健室に行ってみること決めた。




 放課後になってすぐ、俺は保健室に向かった。扉を無言で開けてみると、誰の歓迎の声も聞こえてこない。

 見たかぎり、保健室の先生はちょっと出てしまっているのか誰もいなかった。

 でも青翔は間違いなくここにいる。使用しているベッドが一つだけあったからだ。

 空間を区切るカーテンを開けて見れば、案の定そこには青翔がいた。

 寝ているわけじゃない。はっきりと目を開けているのだが、薄暗い中でジッと布団の一点だけを見つめているその様子は、異様だった。

「青翔」

「……朱連?」

「そうだ。俺だ」

 青翔は俺に遅く気づき、姿勢を変えて俺の方へ顔を向けた。どこか悩ましげな優しい表情で、学園内で俺に優しくしてくれる青翔だった。

「来てくれたんだ。ありがとう」

「まあな。で、頭痛は?」

「もう治った。だからもう部活行こうかなーって」

「大丈夫なのか?」

「逆。行かないとダメだから」

 青翔はニッコリと、よく分からないことを言った。

 でも俺はそれについては何も言わずに話を続けた。聞きたいことはもっと別のことだったから。

「お前さ、昼休みのこと覚えているか?」

「……いやー、変かもしれないけど、少しも覚えてない。何かあったの?」

 思った通り、昼休みに俺のことで逆上した青翔はこの青翔とは別人格だったらしい。

 俺は変に青翔に勘ぐられないように素早く答えた。

「いや、別に」

「えーなにそれ」

 そう青翔が小さく笑う。そして少しの間を置いて、自ら話し始めた。

「ね、朱連。一つ質問、いい?」

「ん? 別にいいけど……」

「んじゃ聞くけどさ、どうしてここに来てくれたの」

「はぁ? そりゃだって、よ……」

「僕のこと邪魔だって思っていた筈なのに」

 そんなことを言う青翔を、俺は疑った。

 俺の思っていたことが青翔にバレていたことに対して、そしてそれを、青翔がなんてこともないように言うのに対して。

 そんなことを笑顔で言うもんだから、俺は否定も肯定も出来なかった。

 そんな俺の様子から青翔は視線を外した。その横顔は青翔の決意を思わせるものだった。

「……悪かった。朱連だけが好きって、ちゃんと君に示せなかった僕が悪い」

 青翔は急にベッドから立ち上がると、俺のことを目の間に見据えて話しだした。

「数日前、いつも通りに学園に行ったら君がいなかった。僕は誰と話していいのか分からなくて、適当に、色んな人と知り合った。朱連みたく、僕のことを気遣ってくれるいい奴がその中にはちゃんといた」

 俺は今日、青翔のことを教えてくれたクラスメイトのことを胸の中で思い出しながら呟いた。

「あぁ……いたな。確かにいた」

「うん……だけど、朱連には敵わなかった」

「敵わないって、なんだよ」

「僕の心は、君じゃないと埋まらない」

「え……。えーっと……つまり?」

「つまり、僕には君がいないとダメなんだよ」

 むず痒くて恥ずかしい台詞を言っても、青翔はいたって真剣な目で俺のこと見つめていた。

 何で男相手にこんなこと言われているんだろうとか、どうして胸がドキドキするだとか考えながら、俺は黙って青翔の言葉に聞き入った。

「君がよければ、僕を君の隣に置かせてほしい。僕の気持ちに応える必要はない。僕は君といれるだけで幸せだから。朱連が好きだから」

「っ……」

 これは何度目の告白だろうか。

 いい加減慣れたい。だけど顔が熱くなるばかりで何と言っていいのか分からない。握った手の平に汗が滲む。青翔の顔を、直視できない。

「あ……あとね、僕は多分周りに自分の気持ちを隠すこととか出来ないと思う。好きだから、精一杯構いに行くし、それこそ人間関係が破綻するぐらい君に入れ込むと思う。僕の思いを君に全力で知らせたいんだ。すごく僕の我が儘だけど、それでも君が黙って受け入れてくれたら、嬉しい」

 その言葉を終わりにして、青翔は微笑みを残して口を閉ざした。ジッと、俺のことを待っている。

 恐らく俺がなにかしらの決断をしない限り俺を逃す気はないのだろう。

 俺は、青翔の気持ちを偽りだと思っていた。

 だけどもしかしたら……違うのかもしれない。

 前は、青翔に居場所を与えられるのが俺だけだから、俺を好きになるのだと思っていた。

 でも青翔は、クラスメイトから与えられた確かな立ち位置さえ捨ててでも俺と居たいと言う。

 こいつは俺となら、何処まででも堕ちていける。

 これは、どうしたことだろうか。

 思いが真実かは分からない。それを知る必要性もない。

 だけど俺は、そんなにまで言う青翔の言葉が本当かどうか、確かめてみたい。

 その時、あのクラスメイト達の視線のことなんて、本当にどうでもいいことのような気がしてきた。

 どうしてだろう。そこまでして知りたいと願うのは。

 ただの興味か、好奇心か。研究心でも芽生えたのか。

 それとも……。

 俺はしばらくしてから小さく、文句から切り出した。

「……お前、それずりぃからな」

「うん」

「お前には俺じゃないとダメってだけでも我が儘なのに、ずっとついて回りたいとか……しかもその選択を俺にさせるなんて……」

「そうだね。確かにズルい」

「それさ、俺……受け入れるしかねぇじゃんか」

「……うん」

 俺は青翔の目を真っ直ぐ見た。

「俺が分かってほしいことは、お前のことを恋愛対象としては見てないということ。……だけどお前のことは放っておけないし、守ってやりたいとは思っている……こと」

「その気持ちだけで、十分だよ」

 本当にこいつはそんな条件でも満足そうに笑うもんで、俺もだんだん恥ずかしさをとっこして呆れが出来てきた。

 やっぱり、変な奴だなこいつ。

 気がついたら肩の力が抜け、はぁーと大きな溜息が腹から喉へ漏れていた。

「なら、お前の好きにすればいいさ」

「ありがとう」

「……ほどほどにな」

「それは――どうかな」

 青翔はにやりと笑った。

「おいおい……」

 そーいや今思い返せば結構人間としていかがな発言をしていたな、こいつ。

「じゃあ僕はもう部活に行かないと。先輩に怒られるから」

「あ……あぁ、そうだったな。頑張れよ」

「うん。……帰り遅いから、今日もご飯は自分で食べる」

「そうか、分かった」

「それじゃあね、朱連」

 そのまま保健室から出ていくだろうと気を抜いていると、頬に何か柔らかくて温かいものが触れて離れた。

「……え」

 その事実に遅れて気づき、俺は慌てて自分の右頬に手を置く。意味を理解していくにつれて、顔が熱くなるどころかサーッと血の気が引いた。

「僕、たまに無性に朱連に触りたくなっちゃう癖があるからさ、これからは気を付けてね、朱連」

 その台詞を残して今度こそ去って行った青翔の後姿を見送りながら、俺はポツリ、独り言を言った。

「……振り回されそう」

 なんだか笑いが込み上げてきた。


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