第十二話『再会』
不意に意識が起き始め、少しの違和感に顔をしかめながら俺は瞼を開いた。普段よりも幾分か重しがのっかかった上半身を強引に両腕で持ち上げ起こす。
腰や背中の捻りに合わせて固まった身体の随所から小ぶりな花火が弾けるような音がした。
自分の額から溢れた熱量が身体中に張り巡らされたパイプを通して循環し、身体の芯まで俺を燃やしていく。
それとは反対に外気に晒された皮膚は指の先から順々に俺を凍らせる。
喉の粘膜に張り付いた鬱陶しさ。それを吐きだそうと何度もきつめの息を吐き続けるが効果は零に等しいようだ。
混沌としていて、ふわふわな雲の上にいた。制御不可能な感覚のまま俺は立ち上がると乱雑に扉を開ける。
辛うじて存在する意識で廊下の電気のスイッチに指を押し込む。そうすれば浮かび上がった点々と揺れるおぼろな光。
薄暗く光るフローリングの板に俺は足を這わせていく。露出した肌に合わさる冷たさが妙に心地よく思えた。
今はいったい、何時だろうか。早く、ご飯を作らないと……。
頭の中に鉛でも入れられたか、体は重くてふらつく。身体の隅々までがだるくて、腕時計の針の位置でさえまともに分からない。
俺は荒く熱い口呼吸をうっすらと霧がかった霧へとかえて歩いた。
おぼつかない意識をそのままに、手すりに両手を添える。そうやって慎重に下の段へと足を下ろしていった。思わず踏み外しそうになる、自分の危うげな足取り。一歩一歩が言わば戦い。
もしかしたら、この階段を降りる単純作業に、いつもの数倍時間が消費されたのかもしれない。
ようやく、俺は平和な平たい板の上へと両足を乗せることができた。
「あ、遅かったね朱連……おはよう?」
右方向から聞こえてくる言葉に気づいて俺は視線をそちらへ逸らす。ソファの背もたれに乗り上げることによって初めてその男の存在は確認できた。……勝だ。
しばらく目線を交えたまま意識を明後日に置いていると、背中が急に押された。
一瞬の時が止まる錯覚と前傾に落ちていく視界。間抜けな声と共に成す術もなくその場に脆く崩れ落ちた。
反射的に出された両の手がヒリヒリとする感覚が伝わってくる。
一瞬でその場の空気は言葉を落としてしまったかのように静まり返った。微かに囁かれたのは唖然にするあまりに無意識に発せられた一文字の感動詞だけ。
「え? あ……ごめん、朱連! まさか倒れるなんて思わなくて……」
「う……い、や……」
差し出された手を握ってなんとか体を起き上がらせる。喉から掠れた音を出しながら精一杯空気を取り入れていった。心臓が脈打つのに合わせて後頭部の微小の痛みが鼓動していく。
「と言うか、なにその真っ赤な顔! 勝、体温計持ってきて!」
「ん、いいよ」
顔のすぐそこに誰かが現れたかと思えば、次の瞬間にはそいつに俺は抱えあげられていた。なにがなんだか分からないまま、いつの間にか俺の身体は壊れ物を扱うかのような手つきによって、ソファの上に寝かせられている。
「えっと、緑川……?」
俺はゆっくりと視線を隣へと流した。手をついて胴体を持ち上げようとしたが、うまく力が入らず断念する。
緑川が俺の額に冷たい手を這わせてきた。俺が顔を覗き込むと緑川はふんわり微笑み、細められた瞳に情愛を映す。
「ちょっとだるい?」
「うん。すごく、熱い」
「そっか……。大丈夫、そんなのたいしたことのない風邪だよ。最近無理し過ぎていただけ。だから大丈夫。ごめんね、いつも」
「俺の風邪、結構悪い……?」
「んー……かもね」
そう適当に言葉を濁して緑川は勝から体温計を受け取った。
「体、動かすの大変?……ちょっとごめんね」
「え、うん……」
少し頭がぼんやりしていたところに、緑川がいきなり首元の方から服の中に手を入れてきた。困惑して声も出せずにいると、脇の下に体温計が差し込まれた。触れた他人の肌はまるで冷水のように思える。
「手が冷たい……」
「朱連が熱すぎるんだよ。じゃ、俺はご飯で作ってくるから安静にね」
「え……。いや、ちょっとまて……ぐっ!」
体を無理に起こそうとした俺の腹の上に何かが勢いを持って落下してきた。
薄目を開けて悪意の塊を確認してみると、ゲームを興じる勝の冷めきった表情がうかがえた。
「ちょっ、勝……おもい」
「実にいい台だね。高さもちょうど良くて、見晴らしがいい」
「いやどけよ」
なにそんなこと人の上に乗っかった状態でサラッと言いのけているんだよ。
今日は珍しく不機嫌なのかと思えば勝は愉快そうに口の端を釣り上げると、これまた大層楽しげに言った。
「いや、退けたら君は動くじゃん?」
「……わかりました、安静にしておきます。だからどけ」
その言葉に勝は意外と素直に俺の上かどけると、代わりに俺の腹に頭を乗っけた。
上機嫌に鼻歌を歌っているところを見るに、俺を見下ろせたことが随分とお気に召したのかもしれない。
いつも見下ろされる側だものな、勝。
安静にするべく瞼を閉じて身体の緊張を解いた。
自然と聞こえる台所から水の注がれる音に、俺は溜息をつくと手を伸ばして落ちていた座布団に抱き着いた。
これからしばらくはカップラーメン地獄か……。
眼前にスプーンに乗っかった粥の湯気が揺れていた。
生唾を飲んでそれを覗き込む。
地獄の窯の煮えたぎった溶岩のような、真っ赤な情景だった。
いや、それ以前に本当にこれはお粥なのか?
珍しく緑川が気を利かせてカップラーメンではなくお粥を作ったと言っていたのでこれはお粥だろう。お粥じゃないと困る。
「そ、それ……ちゃんとフーフーしたか?」
「俺がやってあげたの見てないの?」
「いや、見たけど……。いいよ、俺が自分で食べるから!」
俺がソファから飛び起きて緑川の持っていた粥の器を手に取ろうとすると容赦なき頭チョップが炸裂した。
「つぅ……!」
「いいから寝ていてよ」
俺はじりじりする頭を撫でて弱くも緑川を睨む。
ぶるっと自分を襲う寒気に床に落ちた毛布を掴んで身体に巻きつけた。緑川に向き直ると両膝を抱えて毛布を握りしめる。
緑川が再び粥っぽい赤い何かに息を吹きかけていた。
「はい、あーん」
白い水蒸気をまとう粥を掬ったスプーンが迫りくる。
顔を背けようと思っていれば、唇の僅か数センチのところまでそれは来てしまっていた。
このシチュエーション。女なら、喜んで食べるだろうけど……。俺は絶対嫌だな……。
真っ赤な湯を見下ろして、頭の中でこれは美味しいと自分に言い聞かせてみた。
……やっぱ、どうしても食べる勇気が出ない。
身体を後退させると追従してさらにそれが近づく。どうにも逃げ場がなくなった。
「ん……」
おそるおそる口を開くと意を決してそれにかぶりついた。
熱湯にゆだった米の粒に混じる赤い香辛料の香りと共に、舌を剣山で突き刺したかのような痛みに包まれた。あまりの事態に目にうすら涙が浮かぶ。
それでも自分の意志ではそれを吐き出すことも叶わない俺は、その全てを根性で腹の中にねじ込んだ。遅れて掠れた咳を吐きだす。痛みで喉までヒリヒリする。
「てっ、てんめぇ……! 粥に、なに入れて、かはっ!」
口が、喉が、辛いって言うか痛い。舌がピリピリと麻痺して、激痛の名残が未だにそこにはあった。
喉に手を当てて肩で息をする。涙が一粒零れた目で眼前の平和そうな男の顔を視線で刺し貫く。
「唐辛子か、タバスコか、鷹の爪かぁ!? なに入れたらあんな殺人的な辛さになるんだよ、あぁ!?」
「朱連、病人だから少しは落ち着きなよ。はい、水」
「水飲んだら辛さが広がるのも知らねぇのかカス野郎! ぢくじょう……てめぇなんかに、やっぱ飯作らすんじゃなかったぁ……」
叫び過ぎた。俺は力なく体を全てソファに預けて奥へと潜りこむ。消えない痛みに身が震えた。
「やっぱりキムチの素を入れたのがダメかな? ハバネロはいい辛さだとは思ったんだ」
「つぎからはぁ……百歩譲って、キムチオンリーで、頼む……」
息切れ混じりの疲労感にまみれた声で懇願した。
こんな辛い物、常人が食べられるはずがない。このままこいつに好き勝手やらせていたら確実に栄養失調で死ぬ。
「それじゃあ辛くないよ」
「辛い物なんて端っから求めてねぇよ! 俺は甘党だ、忘れたか!」
どうして辛さを前提で話を進めているんだよこの馬鹿は。ウジでも湧いているのか。
俺にそう怒鳴られた緑川は悪びれることもなく、いつも通り微笑んだままだった。
「あぁ忘れてた、ごめんね。じゃあ味付けしてない方の粥持ってくるからそっち食べさせてあげる」
「もう好きにしろ……」
ついでに言えば、別に食べさせなくてもいいんだけどな……。疲れたし面倒くさいからもういいわ。
騒ぎ過ぎたせいで酷く体力を消費してしまった。
倦怠感に打ちひしがれた俺の身体はソファに深く沈み込み、そのあまりの心地よさに目を閉じた。
もうこんな味覚バカの飯を、俺は何度口にすればいいのだろう。
筋道立てて飯を作らせれば完璧なのに、独断でやらせたらいつもあれだ。このままじゃロクな飯にありつけない……。
とりあえず、早急に風邪を治すことを心に決めた。
ご飯を食べた後の俺に完全な休みは無くて、茶碗洗いも洗濯も掃除も、気がついたら手をつけていた。
勝も緑川も自分のことに手一杯だから誰も止めてくれなかったし。
二人が学校に行ったのを見送って、俺は今度こそ休息をとるべくして二階に上がった。
夜中の散らかりを維持したままの寝室。
片付けようかと一瞬思ってはみたが、やめておこう。一度手を付けたら一時間ぐらいやってそうだ。
とりあえず俺にいま必要なことは心身の休養、これに尽きる。
クマの山から適当に一匹、黄土色のクマを引っ張り出すとそれを抱いてベッドに転がった。
意識では不思議とふわふわとした浮遊感を感じるのに、身体は妙に重たく思える。
深く息をついて俺は目を閉じた。頬をくすぐる心地に身を寄せて、壊れんばかりにそれを抱きしめる。
決して離れることがないように、強く。
そうやって俺は今日もいつものように、意識を閉ざした。
再び目を覚ました頃には時刻はもう一時半だった。昼を食べるには少し時間が過ぎているかもしれん。
飯を食うにはわざわざ階段を下りなくちゃならないから煩わしくも思えるが……。
免疫力が落ちている今は飯、つーか水分はしっかり取っとくべきなんだよなぁ……。
食欲がまったく無いわけじゃないんだし。今朝残したお粥を少し食べておけばいいかな。
「ん……?」
リビングに降りてみるとテーブルの上サランラップで覆われたにお粥、その隣に紙があった。
質素なメモ用紙に綺麗に整われた字で「風邪にお気をつけください」と書かれている。
「まさか……」
急いで玄関を確認してみたけれど、そこには俺の一足分の靴しか置いていなかった。溜め込んだ息をはくと、俺はメモ用紙に書かれた温かな文字を見つめた。
このハウスには、俺を含めて四人の住人がいる。俺や緑川、勝で三人だ。残る一人は、ここの管理人である御剣伊織さん。
「また、会えなかった……」
俺は、メモ用紙を胸元で握りしめた。
管理人さんが作ってくれたお粥はとてもシンプルだった。具材や調味料に特別高価な代物やこだわりは見られない。それなのにどうしてかこんなに美味しく出来上がるものだから不思議だ。
「天才かよ、あの人……」
こんなものわざわざ用意してくれたなんて、今度こそちゃんとお礼を言わないと。
あの人、滅多に俺たちの前に姿を現すことがないから結構捕まえるのが大変なんだけどな。
名前以外ほとんどプライベートなことなんて知らないし、まさにミステリアス……。
「はぁ……」
俺がテレビを眺めながらたそがれていると、机の上に置いてあった携帯がバイブ音と共に揺れた。
おもむろに手を伸ばして通知を見る。天や翼、そして新からのお見舞いメールが届いているようだ。
緑川たちから俺が風邪をひいたこと聞いて、みんなわざわざ送ってくれたのだろうか?
意外と律儀な対応に失笑しながら、メールの内容に目を通していく。
そこでようやく、俺は夜中に届いた差出人不明のメールの存在に気付いた。
見覚えのないメールアドレスだ。件名には「たすけて」。この四文字ときた。
どうせ迷惑メールの類だろうし削除してしまおうと操作を進める。だが、なぜだか最後の一押しをどうしても踏み出せなかった。
好奇心と言うものだろうか、俺はゆっくりと開封ボタンを押してしまう。
次の瞬間、俺の期待にはあまりにも少なすぎる二文が画面に表示された。
朱連さん、おねがいします。
駅に僕を、ハルを、迎えに来てください。
俺の名前が書いてある。知り合いからか? 駅に迎えに来てほしいって書いてはあるけど、このハルって奴は誰だろう。ハルって、聞き覚えのある名前だな……気のせいか?
ハル、はる……晴? 青翔、晴?
「……青翔っ?!」
俺にハルなんて名前の友達なんて、青翔以外他にいない。このメールの送信者は青翔だ、まず間違いない。
「届いたのは……夜中の一時?」
青翔、あいつは昨日学校に来なかった。そして夜中の一時にこんな内容のメール。
……青翔に、何かがあったとしか考えられない。この内容で、あいつがいま学校にいるとは思えない、まだ駅に行けば、おそらく会える。
そう考えた後の俺の行動は素早かった。
マスクをつけて食べかけの粥にラップをした。さっさとテレビを消すとコートを取り出して着込む。靴の踵を片方履き潰しながら玄関のドアを慌ただしく押し開ける。鍵をかけると、一目散に駅へと走り出した。
程なくして、ハウスからほんの数メートルの地点で俺は両膝に手をついて脱力してしまった。
切れた息がマスクに籠って暑い。風邪をなめていた。思った以上に体力の消費が激しい。拳で汗を拭い、マスクを剥ぎ取った。
「はぁ……はぁ…………青翔っ……」
こんなことをしている間にも、青翔がどんな目にあっているかも分からない……。
そう思えば、少しの休息もしていられる状況ではなかった。
再び、障害物も何もない真っ直ぐ敷かれた道を、俺は分け目もふらず突っ走った。喘ぐように息を暇なく吐き出す。住宅の作り出す連山を次から次へと見送る。悠然とそびえ立つ電信柱を幾度も追い越していく。
足が棒になったような感覚になり、振った左肩の関節が痛みを生む。
そんな状況でも、俺の目はしっかりと駅までの道筋だけを見定め続けていた。
駅の改札前、待合室を覗いても、改札をぬけてホームをくまなく探してみても、青翔の姿はどこにもなかった。
青翔がいない。その事実が俺の足をも急かす。肩が誰かにぶつかろうが、気に留められる暇はなかった。
結局、どんなに尋ねてみたところで青翔の姿を見た奴なんて、誰一人としていなかった。
もうすでに、取り返しのつかない事態になっているのでは……?
最悪の結果が頭の中で囁かれた。心に全てを覆う罪悪の津波が流れ込み、満たしていく。
もう、考えられるのは……あそこしかない。
駅の裏手に広がる暗黒の路地裏の門の前に俺は佇んだ。漂う冷気にゾクッと、体が震える。
この先には、町の荒くれ者が……。いや、ホームレスだって、ヤクザの組員だっている。些細なことで因縁をつけられて喧嘩になったとしても、ここの奴らは常に無情に、無神経だ。
こんな体で……。もう、俺の腕の力は抜け落ちてしまった。逃げようとしても、得意の足では、走れない。
……もしかしたら、ひとたび向こうに入り込んでしまえば、俺は、無事では済まないのかもしれない。
真っ黒な手を無数に生やした化け物が、真っ赤な口をぱっくり、大きく開けていた。「こちらへおいで」と猫なで声で、卑しく手を揺らす。
なんて……おぞましい。
一歩でも近づけば、俺はそいつに喰われてしまいそうだった。理性ではどうにもならない恐怖が身体を虫食んでいく。
一歩、足が動いた。後ろに。
視線を、辺りを見回す。青翔が何処かにいてほしくて。
決して、自分は青翔の心配をしたわけではないだろう。
できるだけ時間が欲しかった。俺がココから立ち去れる口実をくれる存在が、理由が。
青翔は、もちろん助けたい。だけど……俺は……。
俺は、負けるのが、怖くなった。
息が詰まる陰気な道を、俺は駆ける。フラフラと体は乱雑に揺れ、手はだらんと落とされていた。
コートを引っ掻く樹木のささくれ。顔を掠める真っ白な煙が幾重にも別れた枝の隙間を通り過ぎ高くのぼる。
盲目的に前へ、できるだけ遠くへ、俺は逃げる場所を求めた。
ごめんな、ごめんな。なんども同じことを言った。自分で自分を許したくて。そうでもしないと、自分を保てなかった。
俺が力尽きた場所は公園の最奥に建てられた東屋の軒下だった。
そして、そこに座っていた人影に抱きつき、声を殺して肩を震わせる。たしかにそこにある、青翔の温もりを抱き締めて、俺は罪悪感と幸福感で満ちた声ですがった。
「ごめんなぁ……俺が、俺が弱虫で……。メールにも、気づけなくて……。だけど、だけどっ……無事で、良かったっ……!」
……不意に、肩を押されて俺は青翔から引き離された。
青翔の瞳には明るさや、優しさや、俺が求めていたものがいない。代わりに、突き放すような、怯えた視線が向けられていた。
もう一度手を伸ばそうかと思ったが、はばかった。
青翔は瞳を閉じるとわなわなと震える。俺がしばらく待っていると、青翔は急に俺の両腕の服を握りしめて声を張り上げた。
「朱連、さん……! 僕を、ハルを、助けて……! お願いします、もう、ハルを助けられるのは、貴方しかいないんです!」
「せ、いしょう?」
「朱連さんっ……!」
なんだ…………この既視感。
こんな青翔を、俺は何処かで知っていた。
――急な話だが、このクラスに転校生が来ることになった
……いつだろうか。
――転校生だってさ、朱連。興味ある?
それは、そう遠くない過去。
――青翔、晴です
だって、こいつが転校してきたのは十一月の初めだったじゃないか。
――青翔だっけ? 結構暗い子みたいだし
その日は、初めての雪の日だった、俺はお前の怪我の手当てをしてやった。
あいつは俺の目を見て、弱々しげな瞳を揺らして、強い言葉で言ったんだ。
――僕は……ここに、いたい
「あ……」
欠如していたあの日のピースは拾い上げられ、再び元の場所にピッタリはまりこんだ。記憶は一直線に繋がる。
俺が知っていた、俺が友達になった、俺がどうしても放ってあげられなかった青翔晴は、俺の目の前に、いる。
気がつけば青翔抱きしめて頭を撫でていた。
体格や身長も俺より大きな青翔が、とっても小さな存在に思える。
お前が……あの時の、俺が初めて見た時の、青翔晴。
「久しぶり、青翔。転校してきた日以来だよな……。ごめんな、一人にしちまって。もう、大丈夫だからな……。お前を傷つける奴なんてここにはいない。だから、怖がるなよ」
「朱連さん……ありがとう」
安らかな響きと共に、青翔は瞼をゆったりと閉じる。
安心させたかった、それだけで……俺の言葉には、背負う覚悟がない。
視界に映る白い光に耐え切れず、俺は強く目を瞑った。
うわべだけを取り繕った自分という存在を、結局許すことができなかった。
噛み締めた唇から、誠意の欠片もない言の葉が零れていた。




