【頭頂の光が闇を落として】
2015年6月10日に書いた三題噺を元にした短編です。
後書きに実際に使ったキーワードを載せています。
老いた妻がベットに伏してしばらくが経った。当人は軽いめまいだと言って楽観的だったが、日を追うごとに、徐々に生きる体力を奪われていくのがわかった。
「ねぇ、手を。」
妻が掛け布団から少しだけ手を出す。そっと、握ってやる。
「夢を見ました。あなたには申し訳ないんだけど……」
そう言うと一瞬だけ私の顔を見て、すぐに目を背ける。厳密には顔より上の方なのだが……
肩が震えていて、笑いを堪えているのがすぐにわかった。私は空いた手で、さえぎるもののない、綺麗になっている頭頂をパチンと叩いた。
妻の見た夢は、高校生だった頃のことだった。妻と私は幼馴染みで腐れ縁だったようで、小中高と学校は同じ、地元から離れる事はなく、いつの間にか一緒の時間を他人より多く過ごしていた。
決定的だったのは高校生の頃だった。しかしそれと同時に私にとって最悪の青春でもあった。
「お兄ちゃん……頭が……」
妹の言葉がすべての始まりだった。地元の高校に入学し、部活が始まり、なにもかもまぶしく輝き始める青春のスタートと同時に、頭頂も輝き始めてしまっていたのだった。
原因はわからない、ストレスじゃないと思う。遺伝だろうか……遺伝子に組み込まれてしまった運命の呪いだったのか……その後の高校生活は思い出すのも苦痛な日々だった……
無理に隠そうと、髪がある部分を伸ばして、なにもない虚しさを埋める合わせるように覆い隠すのだが、周りの悪友共が放っておくはずがなかった。散々いじられ、それを見た女子も距離が離れていくのがわかった。自分には青春が輝くことはないとわかり、心はボロボロだった。
しかし、幼馴染みのあいつだけは変わることはなかった。不思議だったが、幼馴染みというのはゆっくりとお互い成長していくものだから、緩やかな変化は、あまり気にならないのかもしれない……
髪型は試行錯誤した。隠してみたり、薬を使ったり、マッサージしたり、被せることも考えていた。そして行き着いたのは『開き直る』だった。つまり、残りの部分を剃り、すべてなかったことにしたのだ。木を隠すなら森……あるから強調されるらな、なかったことにすればいいのだ!
登校するとき、顔なじみはどんな反応をするだろうか……不安だった。そして最初に出会ったのは、幼馴染みのあいつだった。
「ははははは!ははは!はーッ!」
おはようの挨拶の変わりに、窒息しそうになるくらい笑われた。流石の幼馴染みもこんな急激な変化には対応できないらしい。ゲラゲラと笑われ続けたが、不思議とイヤな感じはしなかった。学校まで一緒に歩いて行ったのだが、校門についてもまだ笑ってシャツを引っ張って崩れ落ちそうになるのを踏みとどまっていた。そこへ頭を馬鹿にした悪友共もやってきた。一緒になって笑われた。
その後、頭を剃った最初は少しいじられたが、以降あれこれと言われることはなくなった。
思えば、あの時、あいつが笑い飛ばしてくれたことが、『開き直り』を後押ししてくれたのかもしれない。真っ暗だった青春の翳りをあいつが払ってくれたんだと思った。
月日は流れて、あいつが妻となってからも時々思い出すらしい。目を背けて肩を震わせているときは大概、あの頃のことを思い出しているに違いなかった。そこに追い打ちを掛けるように音を立てて自分の頭を叩くと、妻は食事中だろうと窒息しそうになるくらい笑った。
「ははは」
床に伏せたあいつが静かに笑う。つられて笑ってしまう。いつだってこの笑顔に救われた。
「がんばるよ」
思わず言葉が出ていた。きっとこの先なにがあっても、つらくても大丈夫だと伝えたかった。
「そう」
静かに答えて妻は目を閉じた。
繋いだ手を少しだけ強く握った。
終わり。
三題噺のキーワード。
【冷暗所】【臨終時】【若禿】