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私の知ってる貴方と違う(ヾ(´・ω・`)

作者: 芍薬
掲載日:2015/05/17

 朝、制服(せんとうふく)に身を包んだ彼女たちがぞろぞろと建物の入口に集まってきた。

 やって来る人の波に備えてどっしりと構える。

 出迎えの列が整ったところへ、最初のお客様がやって来る。

 朝の受付は戦場だ。やって来る人々を手早く捌いていかねばなろない。

 それもただ受け付ければ良いというものではなく、それぞれの機嫌や顔色まで観察し、把握するのがプロというものだ。

 彼女たちは営業スマイルを張り付けて、完成された応対によって捌いていく。


 そんな中、慌ただしく対応する私の前に立ち塞がる人がいた。

 ハニーブラウンの癖毛を逆立て、猫目で睨み上げてくる。

 身長差があるので見下ろす形になるが、彼はそれが気にくわないらしい。少しだけでも背を高く見せようと、足元は爪先立ちになっていた。

 何? と問うより早く、ふんぞり返った彼は尊大に告げた。


「カナ、おれのヨメになれ!」


 突然のプロポーズに、私の隣にいた先輩が「あらまぁ」と呑気な声を上げた。


「ライちゃん、可愛い! 先生、惚れちゃいそう」

「かわいい()ーな!」


 先輩の台詞に憤慨(ふんがい)する、ライちゃんこと頼音(らいおん)君。その子供らしくふっくらした頬が真っ赤になるのを微笑ましく眺めながら、私は口を開いた。


「ごめんねぇ、先生、年上が好みなの」


 ガーン! とショックを受けて硬直する若干5歳を、よっこらしょと担ぎ上げる。結構重い。

 玄関にいては邪魔になるので、そのままクラスへと強制送還する。


「仲良く遊ぶんだよー」


 寄ってきた園児たちの輪の中に頼音君を放り込むと、私は玄関へ戻った。

 どうやら山は越えたようで、後はパラパラと訪れる親子の対応をしていけば良さそうだ。

 私の勤める篠山保育園は、今日も平和である。

 そろそろクラスに戻ろうかなと考えていると、スッと寄ってきた先輩がニヨニヨと笑う。


「相変わらずモテるねぇ」

「園児にモテても嬉しくないですよ……」


 嘆息した私は抗議する。

 そう、全然嬉しくなんてないのだ。例えそれが前世で来世を誓った恋人だったとしても。





【私の知ってる貴方と違う(ヾ(´・ω・`)】





 私が前世というものを思い出したのは、物心ついた頃であったと思う。

 私にとってその記憶は、昨日の食事を覚えているように、当たり前に脳裏に甦る。

 ある程度大きくなってからまとめたところによると、私の前の人生は小領主の娘であった。

 田舎の小金持ちという生活水準の中で育った私は、ごく自然と(すき)を取り(くわ)を担いで畑を耕す農耕ガールに成長した。

 そんな私に降って湧いた縁談。

 父が張り切って釣り上げてきた相手は、恐れ多くも時の宰相閣下の縁者だった。本来、宰相を輩出するような名家に嫁げるほど、我が家の家格は高くない。


 顔合わせの日、余所行きの衣装に身を包み(しゃちほこ)ばって歩く私を出迎えたのは、むっつりと不機嫌な青年であった。

 格好ばかりは整えていたが、全身から漂う不本意さが全てを台無しにしていたことをよく覚えている。


 あの時はお互いに、来世を誓うほどの仲になるとはとんと思いもしなかったものだ。

 結局、前世で結ばれなかった私たちは、想いを未来に託した。

 来世こそは添い遂げようと誓ったわけである。


 そうして生まれ変わる過程を経て、私は少しばかり冷静になっていた。

 前世を終える瞬間、私たちが悲劇に酔っていたことは否定できない。

 そんなに都合よく生まれ変わることが可能なのだろうか?


 しかしこうして私が転生してここにいる以上、彼だって記憶を持ったまま生まれ変わっているかも知れない。

 そう、私は期待してしまったのだ。いつの日か恋人が迎えに来てくれることを。


 待ち続けて20余年。

 とうとう私は彼に(めぐ)り会った。

 彼は幼児であった。私が勤める篠山保育園に預けられている園児の中に彼はいた。


 そんなバカなと思った。

 前世での彼は私より幾つか年上で、出会った頃には都の官吏(かんり)として働いていたのに。

 現世の年の差、実に18歳。


 何てことだ。これでは私が犯罪者である。

 現世ではラブラブな日々を送ることを夢見ていたのに!

 幼児とにゃんにゃんできる技術(スキル)は私にはない。

 来世を誓い合ったというのに薄情な話であるが、さーっと波が引くように恋心は去っていった。 


 そして観察していて分かったが、彼は私のことを覚えていないようだった。

 それを救いと言っていいのか、乙女心は複雑だ。


 彼、頼音君は私が担当しているクラスの園児だが、どうやら私のことが気に入ったらしく、ことあるごとに猛アタックしてくる。

「オレのヨメ」発言は実に105回目である。

 しかし、私は騙されない。

 幼児とは身近な異性に対して、安易に「結婚」という言葉を繰り出してくるイキモノなのである。

 それは後10年もすれば「オレ昔保育園のせんせーに告ったわー(笑)」と笑い話になってしまうレベルの話なのだ。

 大人の広い心を持って受け止めてあげるべきなのだろう。


 毎回お断りの台詞がキツくなってしまうのは、断じて私怨(しえん)ではない。ないったらないのだ。


 私がクラスに戻ると、早速頼音君がやって来た。

 右手にはお気に入りのミニカーを持っている。


「カナ、これやるからヨメになれ!」


 ずいっとミニカーを突きだしてくる。

 ほう、どうやら懐柔(かいじゅう)戦法に出たらしい。

 この間「おもちゃは譲り合って使おうね」と言ったのが効いたかな。

 彼が可愛いか、可愛くないかと言えば、断然可愛い。

 英国生まれこのクォーターである彼は、一般的に見て可愛い部類に入るし、元々幼児は好きだ。

 しかしながら、それとこれとは話が別だ。


「カナ先生、でしょ? 先生、ダイヤの指輪くれた人としか結婚しないって決めてるの」

「ダイヤ……?」


 こてんと首を傾げた頼音君は不可解な顔をする。


「ダイヤってなに? たべもの?」

「すごーくキレイな宝石だよ」


 すると心得顔になった頼音君がニコッと笑った。可愛い。

 笑顔がキラキラと眩しい程である。


「じゃあそれ、とってくる!」


 頑張ってくれたまえ。たぶんそんな物をおねだりしたら、君のパパ泣いちゃうぞ。


 園児たちのお昼寝時間、職員室に戻ると先輩方が休憩を取っていた

 スマホを囲んでワイワイと盛り上がっていたので、覗き込んでみる。


「カナ先生、いいところに~」

「誰ですか、これ」

「フフ、聞いて驚け。イケメン消防士27歳、好きなタイプは可愛い系」


 写っていたのは爽やかに笑う青年である。

 話が見えた私は半眼で続きを促した。


「……で?」

「カナちゃん、お見合いしない? 相手は私のダンナの後輩なんだけどね」

「遠慮します」

「なんでー、好い人とかいないんでしょう?」

「いないですけど……」

「他人の子も可愛いけどね、自分の子はもっと可愛いわよー。会ってみるだけでもどう?」


 お節介と書いて優しさと読む。

 男の気配のない私を心配してくれているのは分かるが、ささくれた心に言葉が刺さる。

 自分の子供はもちろん欲しい。欲しいけども。


「お気持ちだけ頂きます」

「……そう? 残念ね」


 イケメンなのにー、と先輩方からブーイングが飛んでくる。

 それをにっこり黙殺し職員室を出た。

 思わずでてくる溜め息は深い。

 あーあ、何で私はこんな思いをしているんだろう。

 今ごろはとっくに幸せになってるはずだったのになぁ。


 クラスに戻ると、すやすやと眠る園児たちに出迎えられる。

 頼音君は窓際で寝息をたてていた。ハニーブラウンの髪が光を透かしてキラキラしている。

 平和な光景だ。平和なのは、幸せなことだ。

 だって平和でなかった前世で、私は彼の手を離すしかなかった。

 せめて来世はと誓ったことに後悔はしていないが、恨めしく思う。どうせ叶わないのなら、思い出せない方が良かった。


 体育座りして膝に顔を埋める。

 ……あぁダメだ。感傷的になってしまう。

 想うことを止めようと決めたのは自分なのに、未練がましいとはこれ如何(いか)に。


 黄昏(たそがれ)ていると、不意に頭に手が置かれた。ぐしゃぐしゃとかき回される。


「……?」


 顔を上げると頼音君がいた。……いつの間に起きたのかな。

 小さい手でむにーと頬を摘ままれる。やめてくれ、また泣きそうになるじゃないか。


「なにかあった?」

「……」


 こてんと首を傾げた彼は、ふぅと子供らしからぬ溜め息をついた。


「……カナはむかしから、かんがえすぎるんだ」

「へ?」


 私は耳を疑った。

 今何か言った? 私の聞き間違い?


「つぎこそはけっこんしようっていったのにさ」

「……次こそは?」


 頼音君と未来の約束なんてしたことはない。できるわけないじゃないか。

 どうしよう、どういうこと?

 全然考えがまとまらない。


「リオル様」


 ぽつりと呟くと、「なに」と当然のような顔で頼音君が応える。

 思わずまじまじと頼音君を眺める。この1年、長期休暇以外は毎日見てきた顔である。


「リオル・ブラウ様……?」

「だから、なに」


 いや、いやいや! そんなのあり得ない。

 だって彼は記憶がないはずだ。今まで前世を匂わせることすらなかった。

 頼音君はただの幼児だ! リオル様とは別人だ!

 私が必死に言い聞かせている間に、頼音君がしまったー! と頭を抱えた。


「だまっておこうとおもったのに!」

「え」

「カッコワルイじゃんかー……トシシタとか」

「は、はぁ?」


 まさか、そんな理由で知らないふりをした、とか?

 それに思い至った私は、ぷつっと何かがキレる音を聴いた気がした。

 思い返せば、前世のリオル様もええカッコしぃであった。それで何回ケンカになったことか!


 突然だーっと泣き出した私の前で、頼音君がおろおろしている。

 ふつふつと込み上げてくる怒りのまま、泣きながらギッと頼音君を睨み付けた。あ、ちょっとビビってる。


「リオル様のバカ、ばーか! ガキ!」

「ガキだけどさ……」

「短足、考えなし!」

「たんそくって、ひどくないか」


 溜め息をついた頼音君は、服の袖で私の涙を拭った。ごしごし擦ると化粧が落ちるじゃない。

 あっ、それ給食のミートソース溢したところでしょ。汚い!


 私のほっぺたをむいむいと拭きながら頼音君が笑う。

 彼の服の袖はミートソースとファンデと涙で斑色(まだらいろ)になっているけれど、彼は気づいていないらしい。

 親御さんになんて説明しよう……。


「カーナ、そろそろオッケーしろよ」

「……何の」

「だから、オレのヨメになr」

「なりません」


 だって考えてみて欲しい。彼が適齢期になるころ、私はいったい幾つになっていると?

 そんなの無理。堪えられない。

 想像もできない。したくない。


「カナ、これやる」


 唐突に頼音君が私の左手を取った。

 何だろうと見ていれば、グリグリィと指に押し付けられる。

 痛いって。

 パッと手を離した頼音君が満足げな顔をするのでよく見れば、薬指に何かはまっていた。折り紙の指輪だった。

 思わずじっくり見ると青い台座に赤い石のそれは、ちょっと歪んでいた。


「ダイヤはいまはないけど、オレがんばる!」


 ドヤァという顔で仁王立ちする頼音君。その表情は自信満々である。


「……」


 だから、きゅんとかするな、私の心臓!

 沈黙する私の服の裾を小さな手が引っ張った。


「せんせ? なにはなしてるのー」


 目元を擦りながら起き上がったのは、花菜(はな)ちゃんである。

 まだ眠いのだろう、口許をむにゃむにゃさせている。

 しまった、話し声で起きてしまったらしい。


「何でもないよー。はなちゃん」

「カナー」

「しっ、静かに」

「カナがつめたい……」


 花菜ちゃんを寝かしつけている間に、頼音君がいじけていた。蜂蜜色の瞳をうるうると潤ませている。

 これが彼氏だったら、鬱陶(うっとう)しいと飛び蹴りを食らわせているところだが。

 彼は幼児だ。そして私は大人で保育士だ。

 ここは一つ私が大人になって収めようではないか


「静かにお昼寝しないと、今日のオヤツ没収だから」

「!?」


 愕然という顔をした頼音君は、光の速さで布団に滑り込んだ。

 掛け布団から目だけ出して「卑怯だ!」と小声で抗議する。

 はっはー何とでも言うがいい。


 あっという間に眠りに落ちた頼音君の頭を撫でた。くせ毛がふわふわして気持ちいい。

 左手の薬指に嵌まった指輪外して、しげしげと眺めてみた。決して器用と言えない彼が折ったらしきそれは、お世辞にも綺麗とは言い難い。歪なそれを、私は大事にポケットに仕舞った。

 頼音君の安らかな寝顔が少し憎たらしくて、ほっぺを摘まんでやる。むにゃむにゃと寝言が返ってきて、ちょっと虚しくなった。


 ……バカだね。なーんの効力もない約束を信じちゃうなんて、貴方も私も。 

 大好きだったよ、リオル様。お願いだから幸せになって。


 夕方になると、ぽつぽつと親御さんが子供を迎えにやってくる。

 頼音君もお母さんに連れられて帰っていく。


 ……その前に私のところへパタパタと駆け寄ってきた。

 一眠りしてリセットされたらしく、元気いっぱいだ。


「カナ!」

「カナ先生でしょ。どうしたの?」

「ちょっと耳かして」


 どれどれとしゃがんで耳を貸してみる。

 すぅ、と息を吸い込む音が聞こえた。


「リィナ・オブライエン、覚えてろよ」


 思わずパッと耳を押さえて後ずさった。

 リィナは私の前世の名だ。

 芹田(せりた)佳奈(かな)として現世を生きるようになってから、1度も呼ばれたことのない名前


 目の前でにかっと笑った頼音君は、走って帰っていく。


「~~っ」


 逃げられた。悔しい。

 悔しいと思うのに、何故か指先が震えた。リィナと呼んだ声はリオル様とは全然違ったのに。


 何だかバカらしくなって私は笑った。

 前世(あのとき)の約束は全然果たされていないけど、こんな未来も悪くないかもね。

 そう思った。

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