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箱に入れられた猫の場合

絶対なんてことはあり得ない。量子力学がある限り!

「うぅ、あっついなぁ・・・・・・」

 辺り一面が砂で埋め尽くされた灼熱の砂漠。

 どこまでも砂丘が連なる砂漠のど真ん中を、一台の装甲車が駆け抜けていた。

 戦闘用ではないのか武装の様なものは付いていないが、ただ車体の上に折りたたまれた状態でクレーンやアームが収まっている。どちらかと言えば、装甲車の様な戦闘車両というよりも、装甲を施された重機と言った趣きの車両であった。

「もう、どうして砂漠ってこう暑いんだよ・・・・・・」

 そんな重機の前方、片側に寄る様にとりつけられた角ばった操縦室のキューポラから、一人の少年が身を乗り出して天を仰いでいた。

「ああ、炭酸系の何か飲みたい!」

 少年は汗をぬぐいながら、その場にぐったりとうなだれる。

 しかし、太陽に熱せられた外装の高温に驚いて、慌てて飛び起きていた。

「うわちちちちちちっ!」

 危うく焼肉になる所だった彼は「ふうふう」と肘に息を吹きかける。

 仕方なく、今度は両手を大きく広げ風に当たるしかない。

「やってらんないよもう。これこそ地獄だよ地獄。まさに地獄にいる僕だけにヘルキャット、なんて。・・・・・・ああ、熱にやられてきたかも」

 何がめでたいのか万歳しながら重機を走らせる彼だったが、不意に進行方向に人影を見つけた。すぐに目を擦って、蜃気楼やサボテンの見間違いでない事を確認する。

「すっごい所にいるなぁ。しかも、こんな暑い中歩いてるし・・・・・・」

 その人物はどうやらツナギをはだけてタンクトップ姿になっている彼とは違い、全身を布で覆う事で太陽光を避けているようだった。重たそうなリュックを背負っているので、行商人か旅人だろう。

 彼は好奇心から、その人物の隣で重機を止めていた。

「ヘイ、タクシーっ! ・・・・・・って、これ呼びとめる方の掛け声じゃん」

 だいぶ熱にやられてきながらも、彼は車上からその人物へと声をかける。

「乗ってかない? どうせ、この先の町に用があるんでしょ?」

 すると、その人物は顔に巻いた布の間から、目を彼へと向けていた。

「・・・・・・・・・」

 しばらく無言であったが、その人物は何も言わずに重機の上へと上ってきた。

「・・・・・・いや、まあ、慈善事業でやってるけど。お礼ぐらい言って欲しいなぁ」

 無愛想な乗車客に、彼は思わずそんな感想を漏らす。しかし、それでもその人物はお礼を言う気はないらしく、すでに側面から足を投げ出す様に乗っていた。仕方ないかと彼も諦めて、再び重機を走らせ始めていた。

「さて、そろそろ目印のガソリンスタンドなんだけどな・・・・・・」

 しばらくして、彼は辺りをきょろきょろし始める。

 そんな中、彼は汗を拭っていると、不意に背後に気配を感じた。

 驚いて振り返ってみると、布の間から片方の目だけがこちらを見つめていた。

「・・・・・・どうしたの?」

 彼が呆然と見つめ返すと、その人物は彼の頭についていた二つのとんがったふさふさとした耳へと手を伸ばしていた。

「・・・・・・本物?」

「え? ああ、獣人を見るのは初めて? この耳は本物だよ。僕はこの通り、猫の特徴を持ったニアト族の出身なんだ」

 そう言って、彼は自らの頭についたネコミミをぴくぴくしてさせてみせる。すると、それを触っていたその人物は、びっくりして手を引っ込めていた。

「えへへっ。獣人ってのは獣に近い特徴を持った人類でね。その中でもニアト族ってのは、猫の様な耳としっぽを持ってるんだ。それゆえに、普通の人より耳が良いし鼻も良くてね」

 少し得意げに説明して見せる彼だったが、いつの間にかその人物は興味を失くしたらしく、視線は進行方向とは真横に向いていた。

「・・・・・・もう、少しぐらい話し聞いてくれたって良いじゃん」

 そう愚痴を漏らすも、すっとその人物は自分の見つめている先へと指をさす。

「・・・・・・ガソリンスタンド、行き過ぎてる」

「って、ええ! 耳の事なんかより、そう言う事はもっと早く言ってよっ!」

 彼は慌てて、ブレーキを踏みこんでいた。


 砂漠に立てられたガソリンスタンド。その名も『オアシス』。

 そのまんまの名前だなと言う感想を抱きつつも、彼は実際にその敷地内に存在するオアシスの周りの木陰を見つける。べたっと座り込んで、スタンドで買ったサイダーをあおった。

「げふっ」

 可愛らしい程度にげっぷをしていると、塗装がはげたボロ小屋にしか見えないガソリンスタンドの建物から、彼が途中で拾った乗車客が出てきた。

「・・・・・・ふーん。女の子だったんだ」

 日光対策である布切れをとると、そこから出てきたのは、無骨な眼帯で右目を覆った美少女だった。先程聞いた声は大人びていたものの、まだ学生と言っても差し支えない年齢の様だろう。

「匂いからして現地の子って感じじゃないなー、旅行かな」

 少女はコンクリートのしかれている給油機の辺りをしばらく見回し、日陰を探していた。しかし、残念ながら丁度いい大きめの木陰は彼のいる周辺にしか存在していない。少女はそんな彼の隣まで来ると、自分の買ってきたオレンジジュースの瓶に口をつけていた。

「ね、観光?」

 彼は唐突に質問を投げかける。

 しかし、彼女は瓶に口をつけており、返答は返ってこない。

「ねえ、乗せて上げてきたんだから、少しぐらい話相手になってよ」

 彼が唇を尖らせてそう言う。

 しかし、瓶から口を離しても、彼女は無言だった。

「ねえ、ひょっとして僕の事嫌い?」

 彼がいよいよ眉をひそめてそう訊く。

「・・・・・・・・・フィア」

 すると、ぼそっと呟くように返事が返ってきた。

「え? なになにっ?」

「フィア。私の名前」

 その言葉を聞いて、女の子に嫌われなくて良かったと、内心安堵する。

「そう言えば自己紹介がまだだったね。僕の名前はマイク。皆からはミケって呼ばれてるけど」

「ミケ?」

「うん。よろしくにゃー」

「・・・・・・・・・」

「あのさ、せめて笑ってくれないと本当にそう言う人みたいになっちゃうんだけど・・・・・・」


 サイダー片手に、ミケはアクセルを踏み込み続ける。

 休憩を挟んだだけに、重機のエンジンは調子が良い。

「で、フィアって何しに街に行くの?」

「・・・・・・仕事」

「へえ、あのさびれた町に仕事。別に出稼ぎって訳じゃないよね?」

「・・・・・・・・・」

「ああ、ごめん。話したくなかったらいいんだ」

「・・・・・・その格好、暑くはないの?」

「え? うん、暑いよ。けど、もうこの格好だし、これ以上脱げないしね」

 そう言いながら、ミケはタンクトップをばさばさ扇ぐ。

 すると、フィアはキューポラのある所まで登って来て、唐突に布切れをかぶせてきた。

「わっぷ、なにこれっ!」

「直射日光が熱いから。これで凌いだ方が楽だよ」

「そ、そう言うもんなの?」

 そう言って彼が振り返ると、すでにフィアの姿はなかった。恐らくすでに自分の座席―――側面に足を投げ出して座っているのだろう。

 布切れは思いっきり風に煽られてバサバサ音を立てまくっているが、せっかくもらったのだし、被って置くかとミケは布を纏う。

「ん、確かに暑くないかも」

 それでも後ろにまで聞こえるように、誰ともなくミケは感想を述べてみせたのだった。


 砂漠の町リバターリ。

 この国の西方に位置する辺境であり、かつては巨大な油田があった。

 しかし、現在は完全に枯れ果てており、残ったのは石造りの家々と砂ばかりだった。

 だが、そんな土地でも人は住んでいる。

 それも、特に産業も無いと言うのにかなりの人数が。

 その理由は、この土地に伝わる伝説にあるとされる。

「昔々ある所に一匹の竜がいましたとさ」

 飯盒のぶら下がったたき火に、さらに鍋をぶら下げながら、誰ともなくミケが語りだす。

「その竜は何にもない砂漠の真ん中へと住んでおりましたとさ」

 ミケはガソリンスタンドで調達した水を鍋へと注いでいく。

 フィアはたき火に当たりながら、ただそれを見つめていた。

「竜は砂漠を泳ぐのが大変得意でした。だから、だれにも見つかりません。だけど、そのせいで友達もおりませんでしたとさ」

 ミケはスープの素らしい粉を適当に鍋へと振るう。

「ある時、竜は自分に友達がいない事を嘆きます。泣いて泣いて、泣いた竜の涙はやがて黒い泉になりましたとさ」

 鍋が沸騰するまでの間、ミケは缶詰の蓋を開ける。

「すると神様はその竜を不憫に思い、その竜に満月の夜にだけ自分の分身を作れる能力を与えます」

 沸騰した鍋に、ミケはまな板で切った野菜を注ぐ。

 それは細切りにしたジャガイモだった。

「そして満月の夜。竜は砂漠から月夜にいでたると、その能力で自分の分身を作りだしました」

ミケは袋に入っていた黒い小さな板の様なものを鷲掴みにして放りいれる。

鍋の中でほぐれたそれは、どうやら海藻の様だった。

「そして、竜は自分の分身を友達として、一晩だけでも楽しく遊ぶ事が出来たのでした。めでたしめでたし、っと」

 最後にミケは傍らにとりだした密閉容器から、粘土状のものをおたまにとると、箸を使って器用に鍋の中へと溶かしてみせた。

「これが、その街に伝わる伝説、というか童話なんだけど。どうやら実話から出来たものみたいなんだよね」

 そして、ミケがフィアに視線を向けると、彼女はやや心配そうな表情で鍋の中身を見ていた。

「・・・・・・うん? どうかしたの?」

「最後に入れたのは、何?」

「え?」

 そう言ってミケは密閉容器に視線を下ろす。

 確かに茶色い粘土状のその調味料は、始めてみる人には食べ物に見えないのかもしれない。

「ああ、これは僕の前の御主人様・・・・・・じゃなくて、前に住んだ事のある土地の調味料だから大丈夫」

 ミケはアルミの食器を取り出すと、鍋のスープをよそってフィアへと差し出す。

「美味しいよ?」

 しかし、受け取ったフィアは警戒しているらしく、じっと手元の食器を見つめている。

 その間にミケは自分の食器へと飯盒からお米をよそる。残ったお米を飯盒ごとフィアに渡すと、今度は当然の様に鍋のスープをお米の入った食器へとぶっかけていた。

 呆然とその様子をフィアが見つめる中、、ミケはずるずると音を立ててかき込んでいく。

「・・・・・・そうやって食べるの?」

「うん。美味しいよ? ねこまんま」

「・・・・・・ねこ、まんま?」

「うん。少なくとも僕の住んでいた土地ではそう呼んでた。・・・・・・うーん、本当は鰹節があれば良かったんだけど、今回忘れて来ちゃったんだよね」

 一応フィアも真似して飯盒に食器のスープを突っ込む。

 そして、ミケと同じ様にかき込んで、

「こふっこほっ」

 いきなりむせてしまったので、諦めてスプーンでゆっくりすくって口に運ぶ事にした。

「いつも食べてるの?」

「いや、今日はお客さん向け。特別にご馳走ね。いつもは缶詰で済ませてるから」

 そして、しばらく無言で食事をしていた二人だったが、フィアの方から口を開いてきた。

「その話が実話だと、どうなるの?」

「ん? ああ、伝説の話?」

 ミケはすでにご飯を食べ終えたらしく、お代わりしたスープをすすりつつ口を開いた。

「リバターリって町は特に産業がないにもかかわらず、何故か廃れずにいるんだよね。だから、もしかしてその竜が本当に実在していて、そのおかげで繁栄してるんじゃないかって話でね」

「・・・・・・ミケは、調べに行くの?」

「そう、それが僕のお仕事だから」

 ミケは自分の食器を砂漠の砂で洗う。

「私もお仕事だよ」

「そうだったね。フィアは何をしに行くの?」

「・・・・・・・・・」

「ま、言えなくても陰ながら応援するから。頑張ってよ」

 すると、フィアはすっと自分の食器を差し出してきた。

「ごちそうさま?」

「・・・・・・おかわり」

「あはは、気に入ってくれたんだ。もう、ご飯ないからみそ汁だけだけどね」

 ミケはスープをよそってフィアに差し出す。

「・・・・・・おいしいよ」

 フィアが受け取りながら小さく呟いた言葉に、ミケはくすぐったそうに笑っていた。


 翌日、三時間ほどさらに砂漠を走ると、件の町リバターリへと到着した。

 砂漠の町と言っても、その一角は崖に囲まれた渓谷の様になっており、石造りの家々だけではなく、半分洞穴の様な家もある。街中は砂漠と同じ様に砂で埋め尽くされており、ミケの操る重機は砂かきしながら街中へと侵入していた。

 市場で賑わう大通りを抜けると、広場に出る。

 その広場だけは石が敷き詰められ舗装されており、中央には噴水らしきオブジェがあった。

 なぜ『らしきオブジェ』と言うかと言えば、現在そのオブジェからは水が出ておらず、砂まみれになっていたからだ。

 ミケはそれでも人でにぎわう広場の隅へと重機を停車させる。

「産業も無いからさびれた町だと思ってたんだけど、人だらけだなぁ・・・・・・」

 ミケが重機から降りてそんな感想を漏らしていると、フィアもそれにならって重機を降りる。

「・・・・・・ありがとう。ご飯、美味しかった」

「まあ、僕が勝手にやった事だし、気にしないでよ。―――そうだ。せっかくだし、朝ごはんもどこかで一緒にどう?」

 意気揚々とミケは誘ってみたが、改めて帽子とマフラーで顔を隠したフィアは首を横に振っていた。

「そう。じゃ、ここでお別れ?」

 フィアが小さくうなずくと、ミケは残念そうな顔をする。

「そんじゃ、お仕事頑張ってね」

 気を取り直してミケが手を振ると、フィアは無言で歩き出し、さほど経たない間に広場の人ごみに消えて行ってしまった。

「短いロマンスだったなぁ。・・・・・・なんてかっこつけてみたりして」

 頭を掻きつつ、ミケは近くにいた町民らしき通行人に市役所の場所を聞く。

 てっきり広場に面するどこかにあるのかと思えば、市役所はだいぶ入り組んだ街中にあるらしい。

 フィアの様に全身を布で覆った人々に紛れながら、ミケは市役所を目指す。

 途中、朝ごはんに露店でパンと干し肉を買って、挟んで食べた。

「うっ、じゃりって言ったし・・・・・・」

 いきなり砂を食べてブルーになりながらも、なんとか市役所の前までたどり着く。これまた、てっきり立派な建物かと思えば、その辺の民家とたがわぬ小ぢんまりとした石造りの建物だった。

「こんちはー」

 ミケはその建物の表に棍棒を手にして立つ、布で顔を隠した男へと声をかける。

「市長さん、いる?」

「む・・・・・・? どちらさまでしょう?」

「ああ、これは申し遅れました」

 ミケは腰についている無骨な鞄から、一枚の用紙を取り出す。

「竜生活管理庁のものです」

 それは政府から配布された正式な調査指示書であった。


 表で棍棒を手に立っていた男に、ミケは中へと通される。

 あからさまに高そうな絨毯のしかれた屋内には、外からは想像できないほどの立派な家具が並んでいた。しかも、待っているよう腰掛けたソファーは、今まで固い運転席に座っていたミケからすれば、雲にでも座っているのではないかと言う座り心地であった。

 しばらく淹れてもらった冷たいお茶をストローで啜って待っていると、一人の老人がさっきの男と共に入ってきた。

「私が市長のムハンマド・リバターリです」

 そう名乗った老人は、ミケに向かい合う様にソファーへと腰掛ける。

「竜生活管理庁の方だそうで。先程の書類、拝見いたしました」

「どうも。僕は今回調査を命じられた調査員のマイク・シュレーディンガーといいます」

「ほう、まだだいぶお若そうに見えますが―――」

「いえいえ、こう見えて獣人は若く見えるものでして、もう五十超えてるんですよ」

「・・・・・・・・・」

「あの、冗談ですから。せめて笑っていただけると・・・・・・」

 辺りが静まり返った所で、ミケが赤くなった顔でこほんと咳払いする。

「えっと、では本題に入りましょう」

「そうでしたな」

「聞いた話によりますと、この街には伝説があるそうですね」

「・・・・・・ふむ。それはもしや竜の涙の話ですかな?」

「ええ。あれはつい最近まで、この土地に油田が出た事を風刺した童話だと言われてましたが」

「ええ、実際に童話ですよ。一人ぼっちの竜が友達を作るね」

「けど、ちょっとおかしな点がありまして」

「おかしな点?」

「はい。―――この街のにぎわい方ですよ」

「・・・・・・・・・」

 しばらく、部屋に沈黙が広がる。

 ミケがじっと見つめる中、ムハンマドは自らの顎髭を撫でていた。

「それはまるで、この街がにぎわってはいけない様な口ぶりですな」

「お気を悪くしないでください。しかし、事実ですから。なぜ現在では大した産業も無いこの街が、こんなに賑わっていられるのか?」

「それは私達行政の力だと思っていただければ。実際に市場もご覧になりましたでしょう?」

「ええ。それと同時に、この件に関する確証も得ましたよ」

「・・・・・・それは、どういう意味ですかな?」

「市場を賑わせている人々の大半は、布で顔を覆っていました。あれは直射日光から皮膚を守る為でもありますが、同時に自然と顔も隠せますよね」

「・・・・・・何が言いたいのですかな?」

「獣人である僕は鼻には自信がありましてね。市場にいた人間からは、この辺ではする事のない磯の香りや木々の香りがしました。それに、顔は隠せても砂の上だと不慣れな歩き方が露見します。大半がこの土地の人間でない事は簡単に分かりました」

「・・・・・・・・・」

「それに市役所がこんな所にあるのも疑問です。本来なら、もっと住民が来やすい場所にあっても良いのに、まるで何かから隠れるかのような場所に作られている」

「・・・・・・結局、何が言いたいのです?」

「結論を言わせてもらうと、この街は竜に関係する何かを、販売してるんじゃありませんか? それが一体どういうルートかまでは、僕も知りませんけど・・・・・・」

 そして、また沈黙。

 だが、その刹那、扉の前に立っていた棍棒の男が風の様に動いた。

 男は持っていた棍棒をミケめがけて素早く突き出す。

ミケは驚いてひっくり返る様にのけ反るも、そこへぴしゃりと声が飛ぶ。

「―――待ちなさいっ!」

 すると、その男の持つ棍棒は、ミケの喉元の寸前で止まっていた。

 その一方で、声を上げたムハンマドは床へと座り込む。

「申し訳ないっ!」

 ゴツンと頭をぶつけるほどの勢いで、彼はその場で頭を下げていた。

「私達の町は、確かに国を通さない違法な取引で商売をして繁栄しておりました。しかし、それが無ければこの街は潰れてしまう。お願いします。どうか故郷を―――」

「ああ、いや。僕らが来た目的はそうじゃなくて・・・・・・」

 慌ててミケは駆け寄ってムハンマドに頭を上げさせた。

「僕らは警察じゃないから、販売の仕方まで追求しないよ。問題は売っているものの事」

「ひょっとして、販売が禁止されておりましたかな。しかし、それでもやはりこの街は―――」

「だから最後まで聞いてよ。違法じゃないってば。問題はその物の価値と知名度なんだよね」

「知名度、ですかな?」

「たぶん市長さんは知ってるだろうけど、あれはものすごい高価なものでしょ?」

「それはもう。違法な取引でなくとも、かなりの値で売れますとも」

「だとしたら、それを横取りしようと企む人達だっていると思わない?」

「ええ、そうかもしれません」

「普通みたいにきちんと管理されていれば、僕ら竜管庁がいるから問題ないんだけど。今回の場合、完全に野生の竜の話だろうから」

「なるほど。私たちから横取りしようとしている者がいると言う訳ですか」

「そう、市長さんは販売する為だけに情報を流してるんだと思うけど、それが裏目に出たんだ。買い手だけじゃなくて、そう言うヤバイ組織にも情報が伝わっちゃってる」

「それは浅はかでした。まさか土地神さまの身まで、危険にさらしてしまうとは・・・・・・」

「で、僕がとりあえず現地調査に出された訳でしてね。えっと、その土地神さまの事を教えてもらえるとうれしいんだけど」

「それはもう、是非に。しかし、今から調査と言う事は、少し手遅れかもしれませんな」

「どういう事です?」

「明日の晩なのです。その竜が現れるのが。狙われているとしたら、きっとその時に・・・・・・」

「なるほど。ちょっとした争いになるかもしれませんね」

「もしよろしければ、竜管庁の方々に土地神さまの護衛をお願いできませんでしょうか? 当然、今更ですが違法な取引は止めて国に許可を出します」

「大丈夫ですよ。元々そのつもりです。―――けど、ちょっと急だなぁ」

 ミケが少し不安そうに天井を眺める中、ムハンマドはぽんぽんと手を叩いてみせていた。

「では、とりあえず竜が現れる場所へとご案内したしましょう。―――ピオーチ」

 彼が呼ぶと、扉の前で立っていた先程の男が返事をする。

「何でございましょう?」

「あの場所へ、こちらのお方をお連れしなさい。―――マイクさん、彼はピオーチ・ライカンスロープと言いましてな。私の雇っている用心棒です」

 ムハンマドがその男―――ピオーチを紹介する。

 それに従いピオーチも顔を覆っていた布を外し、顎鬚の生えた精悍な顔つきをあらわにすると、右手をミケへと差し出してきた。

「よろしく頼む」

 ミケもそれを快く握り返す。

「よろしくポチさん」

「・・・・・・いや、ピオーチだ」


 ピオーチ改め、ポチの案内でミケは重機を走らせた。

 と言っても、彼がやってきたのは砂漠の方向ではなく、街の崖になっている方向。そのため、重機は急な斜面を必死に上っていた。

「これじゃあエンジン焼きついちゃうよ・・・・・・」

「普通は馬やラクダで上るもんだからな」

「そう言う事は早く言ってよポチさん」

「・・・・・・だからピオーチだ」

 そんな二人を乗せ、重機は斜面をひた走る。

 何とかエンジンを焼きつかせることなく渓谷を登りきると、そこは荒野になっていた。

「うひゃあ、どこ行っても荒涼としてるし・・・・・・」

「昔はこの辺りにも人が住んでたんだがな」

「そうなの?」

「油田を持つ金持ちたちのがな。だから石造りではなく木造だったんだ。人が住まなくなると、あっという間に風化して無くなった」

「ふーん。厳しい土地だね」

「さあ、竜が現れる場所はまだ先だ」

 しばらく荒涼とした荒野を走り続けると、再び崖に出た。

 今度は上りではなく、下りの断崖絶壁だ。

「降りれるの?」

「もう少し崖に沿って進むと、緩やかな坂がある」

「もう、面倒くさいなぁ」

 ミケはそう言うと、重機の後部クレーンを展開させ、崖の方へとロープを下ろす。

「掴まって。即席エレベーターだよ」

 二人でロープへとつかまると、有線式のリモコンでロープを崖下へと降ろして行く。

 下へ降りて見ると、再びそこは永遠と続く砂漠だった。

「もう見飽きたよ・・・・・・」

「もう少しだ。ついて来い」

 ポチが歩き出すと、渋々と言った様子でミケがついていく。

 しばらく歩きつづけた所で、不意にポチは足を止めていた。

「この辺だ」

「あうぅ。疲れた・・・・・・」

 ミケはその場にすとんと腰をつけた。腰のバックから水筒を取り出し口をつける。

「なんだ、さっきの崖の上からも見下ろせるじゃん」

 ミケは振り返ってふてぶてしく呟いた。確かに先程の崖からは大して離れておらず、見下ろせる程の位置にある。ポチもそれには淡々と同意した。

「その通りだ」

「じゃあ上からの説明だけで良かったよ! 無駄に歩いちゃったじゃん」

「お前がその場所を見たいからと言うから、俺は連れてきたんだ」

「遠くからでも充分だよぅ」

 ばたりとミケはその場に寝転がる。

「もう疲れた。暑いし、砂しかないし、水着美女じゃなくてむさいおっさんしかいないから砂浜とは大違いだし」

「俺も好きでお前をつれてきた訳じゃない。雇い主の命令だからだ」

「そんな事言って、意地悪だなぁ」

「終わったんなら帰るぞ・・・・・・」

「あーはいはい、調査しますって。それにポチさん竜見てるんでしょ? 特徴とか教えてよね」

「だから俺の名前はピオーチだ」


 砂漠の夜はがくっと冷え込む。

 これは砂漠が熱い原因と同じで、熱を遮るものがない為に生じる現象だ。

 つまり、日光の熱を地面が受けやすく同時に逃げやすい、と言う訳だ。

 だから、いくら砂漠とは言え、夜間は家の窓を閉じるのが一般的である。

 だと言うのに、入り組んだ街中にある民宿の二階。そこの窓だけは、開け離れたままになっていた。

現在、月の光が差し込む窓際のベットの上には、一人の少女がうつぶせで倒れ込んでいた。

「・・・・・・私は悪くない。私は悪くない。私は悪くない」

 自己暗示の様に呻き続ける彼女は、傍らの三日月形に曲がった板を掴む。

「・・・・・・これは仕事。これは仕事。これは仕事」

 呪いのように永遠と呟く彼女の言葉は、突如として途絶えた。

 なぜなら、不意に彼女の脳裏に、昨日出会った少年の顔がよぎったからだ。

 そう言えば、自分より幼そうだった彼も仕事で来ていたと言っていた。彼は今、どこで何をしているのだろう。

 そんな事を考えていると、突如としてノックの音が響く。

「―――こんばんは」

 こんな時間に誰だろうと、彼女は思わず身体を強張らせた。

「僕だよ、マイク。ミケって言った方が良いかな?」

 ドアの向こうからした聞き覚えのある声に、彼女はほっと胸をなでおろす。

 手にしていた板をベットの奥へと押し込むようにして隠すと、彼女は扉の鍵を開けた。

「改めて、こんばんはフィア」

 ドアを開けてはみたものの、ミケの後ろに立つ、仏頂面した顎髭の男に気がついた。

 フィアはすっと腰をかがめ身構える。

「ああ、大丈夫。この人はポチさんって言って―――」

「ピオーチだ・・・・・・」

「そうだっけ? ま、僕の助手みたいなもんだから、安心してよ」

「言っておくが、貴様の助手になったつもりはない・・・・・・」

 そんな二人の様子に、怪訝そうにフィアは眉をひそめる。

「・・・・・・なんで? どうしてここが?」

「いや、眼帯をつけた女の子が一人でってあちこちの民宿に問い合わせたら、あっという間にわかったから。やっぱり珍しいんだね。女の子の一人旅って」

「けど、どうして私?」

 すると、ミケは両手に持った麻袋を掲げて見せた。

「ここら辺の民宿、ご飯でないって聞いたから、フィアもまだなんじゃないかなって」

「・・・・・・別に、お腹空いてないよ」

「じゃあ、ほら、お酒もあるよ? ポチさんも今日は僕のお手伝いしてくれたし、一緒にご飯食べようって話しになったんだけど」

「お、俺はそんな話をした覚えはない・・・・・・」

 ミケは合わせてよと言わんばかりに肘でどすっとポチの脇腹を突く。あからさまにイラっとした様子のポチだったが、大人の余裕なのか、すぐににこやかな表情を作った。

「そろそろ戯れが過ぎるぞ?」

「あははっ。誰がおっさんなんかと戯れるか」

 そのミケの言葉に、ついにポチの堪忍袋の緒が切れたらしい。

 即座に胸ぐらを掴んで、その場でミケを吊り上げる。

「き、貴様ぁ、大人しくしていれば何様のつもりだ! ただの雇い主の客だろうがぁっ! それに俺はまだ二十代だ! おっさんではなーいっ!」

「け、けど、雇い主の客って事は、雇い主より偉いってことでしょう! ぐぅ、苦し・・・・・・」

 突然廊下で騒ぎだした二人に、フィアは呆気にとられる。

「客とはいえ、礼儀をわきまえろ! 貴様は自由すぎるんだっ!」

「そ、そんなことないって! 立場わきまえて敬語使ってたじゃん!」

「この俺に使ってないだろうがぁっ!」

「使う必要ないでしょうがぁっ!」

「なにおうっ! がるるるるるっ!」

 しかし、怒鳴るポチの声に驚いたのか、他の部屋の客が様子を見に出てきた。

 このままでは騒ぎになると思ったのか、フィアは慌てて二人を部屋に引きずり込んでいた。

「・・・・・・静かに!」

 扉を閉めて、ぴしゃりと放たれた彼女の言葉に、二人は申し訳なさそうに顔を見合わせるしかなかった。


「竜の種類は、渡り種のティエドリウス。砂漠を泳いで、餌のある地帯をぐるりと巡るんだ」

 ポチとフィアがつくテーブルへと、ミケがスープの入った皿を並べながら話し出した。

「大きさは成体で、ざっと五十メートル。渡り種にしてはかなり大きな方だね。元々個体数が少なくて謎も多いんだ」

 二人の前にお米をよそったお茶碗を並べると、ミケは慌ててコンロの方へ駆けていく。

「基本的に熱せられた砂に触れない様に、砂漠の深い所を潜って移動するから、滅多に人目に出てこない。ほら、伝説の竜の話とも合致してるでしょ?」

 コンロの上で焼かれていた魚をそれぞれの皿に移すと、それもテーブルへ並べた。

「ふむ。それにこの辺りの油田の話が組み合わさってできたのが、あの伝説って訳だな」

 最後にポチがそう補足すると、ミケはテーブルに着きながら頷いていた。

「そう言う事だね。―――よし、じゃあ夕飯にしよう」

「味噌のスープに焼き魚なんて、この辺じゃ見かけない料理だな」

「まあ、僕が昔住んでたとこの料理だからね」

 それを聞いたポチは、さっそくフォークで魚を突き刺し、口に運ぼうとする。しかし、すかさずその手をミケが叩いてみせていた。

「な、何をする!」

 またむっとした様子のポチだったが、ミケは当然のように言い返す。

「いただきますしてからでしょう」

 それにポチは仏頂面のままだったが、それでもきちんと三人で手を合わせ、いただきますをする。そうして食事を始めると、ポチの方から口を開いて来ていた。

「そう言えば、その竜を狙っている組織がいるんだったな?」

 魚に齧り付いているミケだったが、ネコ耳をぴくぴくさせながらそれに応じる。

「そうだよ。ほら、竜の鱗や爪、牙なんかって凄く頑丈でしょ? 現在の金属材料でも及ばないものもあるぐらいだから、今でも高価な武器や防具、装飾品の材料に使われているんだ」

「それは知っている。だから竜は昔から害獣としてだけじゃなく、材料としてもよく討伐されていたんだろう?」

「うん。けど、竜も強靭だけど生き物だからね。材料になるからって必要以上に殺しちゃうと、減り過ぎちゃう」

「で、それを管理しているのが、貴様たち竜生活管理庁だろう?」

「その通り。けど、そうして制限すると、もっと材料の値段も上がっちゃうんだ。そうすると、むしろそこに目をつける輩も出てくる」

「なるほど。それで密猟と言う訳か」

「そう言う事。そのせいで未だに竜の減少に歯止めが訊かなくてね。僕らはそんな密漁者集団のことをギルドって呼んでるけど」

「ギルド?」

「そう。『組合』って言うそのアバウトな意味合いが表す通り、彼らが名乗ってる通称なんだけどね。組織の全貌も良く分かってないし。確かなのは、竜と竜管庁の敵って事ぐらい」

「で、そいつからが今回、うちの竜を狙っている訳か。だが、お前一人で何とかなるのか?」

「うーん、どうだろうなぁ。とりあえず頼りになる人呼ぶつもりだけど」

「しかし、大きな組織とやり合うのにお前達だけで大丈夫なのか? 警察とかそういう組織に助けを求めるべきじゃないのか?」

「それなりに強い人呼ぶから安心して良いと思うよ」

 食事を終えると、三人の食べ終わったお皿をミケが台所へと運ぶ。

 テーブルに乗って食後のお茶を啜っていたポチが、ふと口を開いた。

「そう言えばあんた、仕事でこの街に来たんだってな?」

 フィアは自分に話しかけられているのだと気が付き、少し驚いた顔をする。

「今まではどこで仕事していたんだ?」

「・・・・・・か、カサハ村」

「ほう・・・・・・。しかし、何の仕事だ? この街は今の時期だけが特別に景気が良いから、下手するとこの時期しか雇ってもらえないかもしれんぞ?」

 ポチの言葉に、フィアはうつむいた。

「・・・・・・大丈夫。すぐ終わる仕事だから」

 ポチはそれを聞いて一旦押し黙ると、小さく呟く。

「お前からは俺と同じ匂いがしない。もっと、まっとうな仕事につくんだな」

 しかし、そう言って見せたポチの頭に、こつんとスプーンが飛んできた。

 即座にポチは威嚇する犬の如く、台所で食器を洗っているミケを振り向く。

「がるるるるっ! 貴様、人が格好良く決めている所で何をするかッ!」

「そんなの知らないよ。ポチさんも食器洗うのぐらい手伝ってくれなきゃ」

「この娘はどうなんだ!」

「部屋借りてんだから手伝わせる訳ないでしょ。ほら、ポチさんも来る!」

「貴様に命令されたくはないっ!」

 そう言いながらも、ポチは渋々台所に行く。一人テーブルに残されたフィアは、結局並んで皿を洗う二人の様子を眺めていた。


翌日。

 ミケは竜管庁から仲間を呼ぶ為に、市長宅にいた。王都ではどこにでもあるはずの電話だが、田舎になるとだいたい大きな家にしか設置されていないのだ。

「え? 来れないって・・・・・・、どういう事?」

 しかし、受話器に向かって抗議する様なミケの声を聞いて、傍らで待っていたポチは眉をひそめた。

「え? カサハ村の後始末? ・・・・・・知らないよ。こっち帰って来てるって行ってたじゃん!」

 何やら受話器の向こうの人物ともめているようだったが、ポチが見ている先で、ミケの耳と尻尾は焦っているかのようにせわしく動き回っていた。

「わ、分かったよ。じゃあレンカさんは? ・・・・・・え? あの人もいない? え? じゃあ今、誰もいないのっ?」

 そんな様子で結局思い通りにいかなかったのか、しばらく受話器に喚いていたミケだったが、絶望した様な表情でポチを振り返っていた。

「・・・・・・黙れ、腐れネコ野郎、だって」

「お前の言われた悪口など知らん・・・・・・。で、結局仲間は?」

「呼べなかった。時期が悪いよ。みんな調査や後始末に出払ってるんだから・・・・・・」

「じゃあどうする? お前一人でやるのか?」

「うーん。そうなっちゃうかも。・・・・・・どうしよう?」

「俺に訊くな。武器ぐらい持ってきてるんだろ?」

「そうだなぁ、僕の乗ってきた工兵車ぐらい?」

「あんな重機が武器の内に入るかっ!」

 尖った耳をだらりと垂らすミケだったが、ポチは首を横に振った。

「まあ、俺の仕事はお前に竜の情報を教えるだけだからな。後は俺の知った所じゃない」

「酷いよっ! 毒を食らわば皿まででしょ!」

「自分で自分を毒扱いするのか・・・・・・。しかぁーし! 俺はムハンマドさんの用心棒だ。給料の発生しない事まで手伝うつもりはない」

 そう言って、部屋を出ようとするポチの背中にミケは叫ぶ。

「この卑怯者っ! 途中でほっぽり出して逃げるのかぁっ!」

「黙れ、腐れネコ野郎ッ!」

 一括されたミケは、再び耳をだらりと垂らすしかなかった。


 フィアと別れ、さらにポチにも振られたミケは、一人重機を走らせていた。

 向かった先は、竜が現れる場所を見下ろせる崖の上。

 砂漠が見渡せる崖のすれすれに陣取ると、自ら重機に布切れをひっかけ、日よけのテントを作っていた。しかし、だからと言って何をする訳でもなく、ただその日陰へとミケは横たわる。

「・・・・・・何してるの?」

 日も落ちるかどうかという頃、不意に声をかけられた。

 ミケが首だけ起こしてみると、そこにはリュックを背負い、布で顔を覆った眼帯少女―――フィアの姿があった。

「フィアこそ、何やってるの?」

「見学だよ」

「ふーん。僕は待機。とりあえず待機。ずうーっと待機」

「ポチさんから聞いた。・・・・・・仲間呼べなかったって」

「もう、ポチさんって意外と口が軽いんだから。けど、僕一人でも何とかするから」

「ミケは戦えるの?」

「へえ。なになに? 心配してくれてるの?」

 寝転がったままのミケの言葉に、隣に腰掛けたフィアはこくりとうなずいてみせていた。

「・・・・・・ご飯もらったから」

「意外と単純なんだね・・・・・・。けど、それでも嬉しいよ」

 むくりと上半身を起こしたミケは、ため息をつく。

「戦えない事は無いけどさ。戦いたくないなぁ」

「けど、それが仕事でしょ?」

「仕事だけど、そう割り切れるようなもんじゃないでしょ?」

「・・・・・・?」

 その言葉に、フィアは首をかしげていた。

「どうして?」

「え? どうしてって、うーん。・・・・・・僕も自分なりの意志を持っているから、とか? っていうか、何で『どうして』なの?」

「・・・・・・どうして、仕事に背けられるの?」

「えええっ! そ、背いてる訳じゃないよ? けど、僕は戦いたくないんだよ。フィアにはないの? 自分の意思ってもんが?」

「あるよ」

「だったら、背きたくもなるでしょう?」

「背いても良いの?」

「良くはないけど、自分の意思ってもんが・・・・・・。うーん、なんか変な話になってきたなぁ」

 ふと、そこでミケは複数の足音がこちらに近づいて来ている事に気がついた。

 フィアに人差し指を立てて黙る様合図をしてから、耳をぴくぴくさせて様子をうかがう。

 どうやら数人の人影が重機の向こう側におり、こちらに回り込んで来ようとしているらしい。

 ミケは腰の鞄からサバイバルナイフを取り出すと、逆手に構える。

 そして、車両の陰からこちらに回り込んできた所で、彼は人影に向かってナイフを思いっきり振るった。

「おっと!」

 しかし、それよりも早くミケのおでこに固いものが突き刺さる。

 切りかかった勢いの反動で、彼はその場でひっくり返っていた。

「ぎゃああああっ。い、痛いぃっ!」

 そして、悲鳴を上げたのはミケの方で、代わりにそこへ姿を現していたのはポチだった。

「き、貴様、俺と分かっていてナイフを振るっただろう?」

 怪訝そうな表情をするポチは、いつものように棍棒を手にしていた。何の変哲もない真っ直ぐな棍棒だったが、それの先端がミケのおでこに直撃したらしい。

 呻くミケをフィアが覗きこんでみると、確かに彼のおでこには綺麗に赤い丸い跡が残っていた。

「分かってこんな危ない事やる訳ないじゃん!」

「嘘をつくな。近づいて来た人間を確認しても無いのにいきなり斬り付つけるものかっ」

「くぅ。それにしても、棒で突くことないじゃん!」

「俺は何もしてないぞ! お前が勝手に棒の先端に突っ込んできただけだろうがっ!」

 しばらくして痛みが引いたのか、ミケはおでこを押さえながらも起き上がる。

「で、何しに来たの? 手伝ってくれないんじゃなかったの?」

 ぶっきら棒に問うミケは、明らかに逆ギレしていたが、ポチはいたって平然と返す。

「お前から聞いた事をムハンマドさんに話したんだ。そしたら、ムハンマドさんが買い付けに来た商人たちに取引を持ちかけてな」

「取引? それが僕と関係あるってぇの?」

「大ありだ。ムハンマドさんは、商品の値段を下げる代わりに、連れてきている用心棒や傭兵を少しの間、貸してくれるよう商人たちに頼んだんだ」

「え? それって、もしかして―――」

「もしかしても何も、竜の事を心配してるのはお前だけじゃない。当然、ムハンマドさんもだ。そして、そんな人に彼らは雇われた」

 そう言って、ポチが振り返った後ろには、あからさまに格好のおかしな人々が並んでいた。

 燕尾服なのに、腰に二丁のグレネードランチャーを下げた執事風のメガネの男。

 鎖かたびらの様な忍者の恰好だが、砂漠には似つかわしくない防寒用のマフラーをした少女。

 外套を深くかぶった小柄な男か女かも分からない人物。

「みなさん、傭兵さん?」

 ミケは一応、一人ひとりと握手を交わしながら、ポチへと問う。

「そうだ。こんな辺境に来る要人の警護をやっているんだ。腕は保証しても良いだろう」

「はははっ、それってポチさんを含めて?」

「当然だ」

 にっと笑ってみせるポチに、ミケは飛びつく様にして抱きついた。

「信じてたよぅ! ポチさん」

「嘘をつけ! あからさまに不機嫌だっただろうが! それにくっつくな! 暑いし、気持ち悪いわっ!」

二人がそんなやり取りを終えると、一同は即席テントの下へと、重い思いに腰掛けた。

「とりあえず、貴様がここに陣取っていると言う事は、奴らのやってくる方向ぐらい分かってるんだろう?」

 そうポチに話を切り出され、ミケはこくりとうなずいていた。

「恐らく、この正面の砂漠からだと思う。こっち側が崖になっているから、街の住民に見つからないと思っているだろうから」

「―――だったら、私が偵察に出て来ます。無線機を」

 そう言って無線機片手に立ちあがったのは、忍者少女だった。

「ふむ。そうしてもらおうか」

 ポチが了承すると、燕尾服の男も声を上げた。

「では、わたくしは適当に砂漠にでも潜んでおきましょう」

「わかった。よし、そこの外套」

 ポチが声をかけると、小柄な外套の人物はびくりと体をすくませた。

「魔術師だな?」

 こくりとうなずく反応が返ってくると、ポチは立ち上がる。

「俺と一緒に陣地構築だ。では、それぞれその手筈で頼む」

 そして、すぐさま傭兵達は散開する。

「・・・・・・え? 僕らは?」

 残されたミケが問うと、ポチはため息をつく。

「戦いたくないんだろう? それにその娘も一緒なんだ。そこから見ていろ」

「あ、ありがとうポチさん。けど、みんな手際が良いね」

「当り前だ。傭兵ってのは軍人と一緒なんだぞ?」

「その割にはみんな格好が変じゃん」

「あのなぁ、考えても見ろ。用心棒ってのはその存在がいるとわかるからこそ、命を狙う奴も手を出せないんだ。だからこそ、敢えて目立つ格好をしているんだ」

「へえ。けど、ポチさんは?」

「俺は立ち振る舞いで醸し出してるから、目立つ格好はいらないんだ」

「ふーん。てっきり、声が大きくて目立つからだと思った」

 分かりやすく歯ぎしりをしたポチだったが、ため息をひとつつくと、小柄な外套を連れて崖下の砂漠へと降りて行ってしまった。

「さて、きっと危ないだろうけど、フィアもここで見てる?」

 ミケが振り返って聞くと、フィアは無言でうなずいていた。


 戦闘の為に偵察、待ち伏せ、陣地構築と汗水流している傭兵達とは違い、フィアとミケは戦いに備えて昼寝をしていた。といっても、戦う当てはないのだが。

 だが、不意に地面が振動し始めた。それに気がついたミケは、即座にフィアを起こす。

「来たみたいだよ」

 その言葉にフィアが飛び起きると、辺りはすでに真っ暗になっていた。

 月の明かりを頼りに、フィアとミケは砂漠を見渡せる崖の方へと向かう。

 そして、そこから見下ろした崖下には、砂埃と共に一匹の竜が姿を現していた。

「あれがティエドリウスって竜さ」

 全長はざっと四十メートルぐらいだろうか、とんがった細長い顔を持つ首の長い竜だった。妙に強靭な二本の足で立っているが、代わりに腕は退化し、小さくなっている。翼は無いが、足と同じくらい強靭で大きい尻尾を持っていた。

「地面を掘り進む時は、あの足と尻尾を器用に使って進むんだけど。ま、そんな説明いいか」

 その竜は大きく一鳴きすると、砂漠の真ん中へとうずくまる。

「・・・・・・なに?」

「ほら、伝説にあったでしょ? 自分の分身を作り出すって」

「・・・・・・それも、本当だったの?」

「ああ、そっか。フィアには話してなかったっけ。すっごく綺麗だよ」

 しばらくすると、うずくまっていた竜に変化が起きる。

 バキッと音を立てて、その背中の部分が左右に割れたのだ。

「っ?」

 フィアが驚いていると、その背中のひびは、頭からしっぽまで綺麗に切り裂いていた。

 そして、その割れ目から姿を現したのは、真っ白な色をした同じ姿の竜だった。

「・・・・・・分裂したの?」

「あははっ。昔の人が見れば、そう見えたのかもね。これは脱皮って言って、大きくなる為に外皮を脱ぎ捨てたのさ」

「どうして?」

「いい質問ですねぇ。元々、竜はある程度脱皮をする生き物なんだけど。ティエドリウスって竜は地中を泳ぐでしょ? すると、その体の表面は嫌でも砂に磨かれすり減っちゃう。だから、進化の過程でティエドリウスは皮膚全体が固くなって行ったんだ。だけど、そしたら今度は皮が頑丈過ぎて、身体が大きくなれなくなっちゃってね。それで、全身ごと一年に一回脱皮して大きくなる竜に進化したのさ」

 二つに割れた竜の抜け殻から、のっそりと白く変質した竜が抜け出して行く。

「・・・・・・それが、伝説の正体?」

「そうだよ。しかも、あの抜け殻は砂でガラスの様に磨かれてるからね。ほら!」

 そう言ってミケが指差した先で、竜が完全に抜け出した殻が姿を現す。

 砂で磨かれ、それでいて綺麗に組み合わさっていた鱗は、月明かりの下、ステンドグラスの様に七色に煌めいていた。

「すごい。綺麗・・・・・・」

「でしょう? しかも、元々固い鱗や皮膚だから、柔軟性もあり金属並みに固い。そんな材料的にも優秀なのに、年に一回しか採取できないから相当な値段がつくって訳」

 そう説明を付け加えるミケだったが、フィアの表情を覗きこんでみれば、美しい抜け殻の姿に見とれているようだった。一方で、ミケは今まで見せたこのとない彼女の横顔に、見とれてしまう。

『―――ジジッ・・・・・・みなさん聞こえますか?』

 しかし、不意に重機のそばに置かれていた無線機からノイズが走った。

『そちらから十キロほど手前に、装甲車両を発見しました。恐らく兵員輸送車です。数は二。搭載兵力は不明です。以前そちらへ進行中。詳しい位置ですが―――』

 それは、偵察に出ていたマフラー少女の声だった。

 しかし、通信が全て終わる前に、砂漠の向こうへと火柱が上がる。

「・・・・・・始まった」

 ミケがそう呟くも、フィアがその裾を引っ張っていた。

「なに?」

「・・・・・・あれは何をやっているの?」

 そう言ってフィアが指差したのは、白く変質した抜け殻の持ち主だった。現在は自分の抜け殻の隣に、うずくまって眠りこけている。

「ああ、あれはね。脱皮した後って皮膚が柔らかくて、ティエドリウスも地面に潜る事が出来ないんだ。だから今の皮膚が硬くなるまでああやって半日ぐらい休むんだ。だから―――」

 ミケは珍しく真剣な表情をしてみせた。

「―――その間、僕らが守ってあげないといけないんだ」

 ミケは足早に重機へと向かう。一方でその場に残されたフィアはどこかさびしげな表情をしていた。


「・・・・・・フレイムスペリアム」

 波打つ砂漠のうねに伏せる様にして隠れていた小柄な外套の人物が静かに唱える。

 すると、その目の前には火柱が出現し、辺りを昼間の様に照らし上げていた。

 向かってきた装甲車は一瞬にしてその火柱に飲み込まれたが、再び姿を現す。

「完全密閉式の装甲車か・・・・・・。この調子では水と風系統の魔法も利かんな」

 外套の傍らでその様子を見ていたポチは苦虫を噛みしめたかのような表情で唸る。

 せっかくの陣地構築の為に作っておいた火炎系の魔法陣だったが、どうやら相手も対処をして来たらしい。

 ポチは思い切って立ちあがると、砂漠のうねを飛び越え、その装甲車の前へと立ち塞がっていた。

 持っていた棍棒を素早く地面に走らせ、即座に魔法陣を描く。ぶつぶつと呪文を唱えると、魔法陣へと魔力を走らせていた。

「サンドラレインディアッ!」

 彼の周りに放電したのも一瞬、次の瞬間には天から雷が降り注ぐ。

 鋼鉄の装甲車にも何本か突き刺さると、大した損傷は与えられなかったものの機械の類をショートさせるには充分な威力だった。装甲車はふらふらと蛇行し始め、うねへと乗りあげ停車していた。

 だが、即座にその後部が開かれると、わらわらと出てきたのは、装甲服に身を包んだ戦闘員だった。バララっと機関銃が放たれるのを、ポチは慌てて横っ跳びに跳ねて避ける。

「・・・・・・レバリアフレイマ」

 すると、それを助けるかのように、戦闘員とポチの間を炎の壁が現れる。

 その炎に紛れる様にして、ポチは砂のうねへと身を伏せていた。

「助かったぞ!」

 ぽんっと傍らに来た外套の頭をポチは撫でる。

 そして、再び身をさらす様に立ちあがると、彼は魔法陣を足元に描いていた。

 そんなポチの姿を見つけて向かってきた戦闘員達の前で、彼は呪文を唱える。

「アクアツイストリアム!」

 魔力を走らせた魔法陣から大量の水の渦が噴出していた。

その渦は、一斉に戦闘員を押し流していく。


「装甲車両を発見したしました」

「それはそうです。私が見つけたんですから。知っています」

 砂漠の真ん中に燕尾服の男が直立不動で立っていた。正面からは、けたたましくクラクションを鳴らした装甲車が突っ込んでくる。

「どう致しましょう?」

「止めてください。壊してください。中の相手はこちらでしますので」

「かしこまりました」

 かしこまってお辞儀して見せると、燕尾服の男は即座に腰のグレネードランチャーを手にする。

「さて、榴弾と御一緒に、焼夷弾などいかがでしょう?」

 両脇に抱えて構えた二丁のグレネードランチャーが、ぽんっと言う間抜けな音を発する。

 すると次の瞬間、目の前の装甲車が爆発とともに炎上していた。

 フロントガラス上にこびりついた焼夷弾の炎が視界を奪ったのだろう。ふらふらと走る装甲車は彼の真横を越えた瞬間、うねに乗り上げ横転していた。

 装甲車後部のハッチが開くと、慌ただしく戦闘員が飛び出す。

 しかし、次の瞬間、何かが横切ると共に一人の戦闘員が力なくその場に倒れていた。

「あなた達はここで倒します。始末します。倒されてください」

 その声に戦闘員達が振り返ってみれば、横倒しになった装甲車の上に、一人の少女の姿があった。砂漠に似つかわしくないマフラーを巻いた鎖かたびらの少女、その手には大きな手裏剣が握られている。

 彼女はおもむろに腰の巾着から、キラキラする破片を空へと放り投げていた。

「分身の術!」

 そして、掛け声と共に月の光に照らされてキラキラと輝いていた破片―――おはじきは煙に包まれる。次の瞬間には、おはじきは彼女の姿となって地面へと着地していた。

「行きます。戦います」

 彼女と彼女の分身は手裏剣を構えて、戦闘員達の懐へと突進して行った。彼女は分身に交じって、手裏剣をナイフの様にして振るう。バランスを崩したその男を蹴り倒す様に他の戦闘員へとぶつけると、同時に視界へと入った別の銃口を手裏剣で弾いていた。そして、その戦闘員へと回し蹴りを繰り出していた。

 しかし、その瞬間、着地に砂に足を取られ、彼女自身がバランスを崩してしまう。

 そして、無様に尻もちをついてしまった所に、銃を振り上げた兵士が向かって来ていた。

 さすがに負傷を覚悟した彼女だったが、寸前にその兵士の顔面へと黒い塊が勢い良く命中する。その兵士は激痛にうずくまり、彼女がその塊の飛んできた方向を確認してみれば、そこには涼しい顔をした燕尾服の男がグレネードランチャーを構えていた。

「ゴム弾の他にも、照明弾、白リン弾、なんでも各種取り揃えてございます」

「・・・・・・ありがとうございます。平気です。助かりました」

「お礼には及びません。それでは、ご一緒に舞踏会と参りましょうか」

 そう言って、燕尾服の男はグレネードランチャーを構えなおして見せていた。


「竜管庁の奴らか?」

 遠くで双眼鏡を覗く戦闘員が、傍らにいた仲間の戦闘員へと問う。

「いえ、先行した部隊の報告では傭兵達の様です。町から雇われた者達らしいです」

「ふむ。竜管庁の奴らがいないのなら、こいつでも大丈夫だろう。前進する」

「了解しました」

 二人の戦闘員は会話を終えると、ハッチの中へと潜り込む。そして、後に残されたのは獣の低いうめき声の様なエンジン音だけだった。


『―――増援です! 戦車です!』

 各自が戦闘員の大半を倒したあたりで、通信機が叫んだ。

 一人、呑気に重機の中で水筒に口をつけていたミケは、盛大に水を噴きだしていた。

「ぶはっ! ま、マフラーさん? 本当?」

『私の名前はマフラーではありません。しかし、本当です。事実です。車種は軍も正式採用している中戦車の〈雄牛号〉です。数は二。攻撃、来ます。―――くッ! ・・・・・・ジジッ』

 その瞬間、ミケは重機の装甲越しに轟音を聞いた。

 慌ててハッチから顔を出してみれば、崖下の砂漠に魔法とは明らかに違う煙が上がっていた。

「なんてもの持ち出して来てるんだ・・・・・・」

 ミケが呆然とする中、ふと、後ろに気配がした。

 振り返ってみれば、そこにはフィアがいた。

「どうしたの?」

「―――私なら、止められるかもしれない」

 その言葉に、ミケは呆れたように微笑んでいた。

「君じゃ無理だよ。ギルドに雇われた殺し屋程度の君じゃね」

「っ?」

 フィアは分かりやすく驚いた顔をする。

「・・・・・・まさか、最初から気付いてたの?」

「まあ、僕も一応竜管庁の人間だしね。それに、本当はこれも陽動なんでしょう?」

 その言葉に、フィアは悲しそうにミケを見た。

 しかし、ミケも同じ様な顔をしていた。

「本当に捕まえる・・・・・・いや、殺す役目を負っていたのは、君だったんだよね」

 黙りこむフィアに、ミケは少し申し訳なさそうに口を開いていた。

「実はね。さっき君が寝てる間に、リュックの中身を勝手に見せてもらってるんだ。そしたら、強力な対竜用の魔法矢しか入ってなかったから。そこで、僕も気がついたんだ。良く考えたら、あんな抜け殻よりも、脱皮したてのティエドリウスの剥製の方が、ずっと高値で取引されるんだよね」

「そこまで分かっていて、何で私を崖の上に残したの? 竜を、殺すかもしれないのに」

「ポチさんも言ってたから。同じ匂いがしないって。―――それってさ、君がそう言う人間じゃないってことでしょ?」

「けど、私は仕事だよ? 人も、撃った事ある」

「大丈夫。きっと君はそんな仕事に背けるよ。あの竜の抜け殻に、見とれられる人だから」

 すると、唐突にどんっとフィアの身体をミケを突き飛ばした。そのまま、フィアは砂漠へと落下する。砂がクッションになってくれたおかげで、フィアは尻もちをついただけで済んだものの、見上げてみれば、重機の上でミケは寂しそうな表情をしていた。

「もう、僕の事を、人だと思わなくて良いから・・・・・・」

 それだけ言って、彼は操縦室へと潜りこんでいく。

次の瞬間、重機のエンジンがぶおっと黒い煙を吐くと、そのまま走り去って行ってしまった。

 その場に残されたフィアは、呆然とそれを見送るしかなかった。


「なにぶん、戦車に対抗できる弾は持ち合わせておりません」

 砂まみれになった燕尾服が、うねに伏せながら残念そうにつぶやいた。

「右に同じくです。私も車両には対抗できません」

 忍者少女も大きな手裏剣片手に残念そうに返す。

「逃げますか? 放棄しますか?」

「傭兵は命あっての物種ですからね。しかし、わたくしめはただの傭兵ではございません。わたくしは主人に仕える忠実なるしもべ。逃げるという選択肢は最初からございませんゆえ」

「その通りだッ!」

 そして、そう言って砂漠のうねから戦車の前にとび出したのは、ポチだった。

「この程度の戦車、俺の魔法で止める!」

 彼は魔法陣を描くと、即座に魔力を走らせ、炎で戦車を飲みこんでいた。

そして次の瞬間には、今度は冷気が戦車を氷漬けにする。気がつけば、燕尾服と忍者少女の間に収まる様にして小柄な外套が、その呪文を唱えていた。

「よし、ハンマニアエア!」

 そして、ポチのその掛け声と共に、ものすごい勢いで戦車へと空気圧の塊が叩きつけられる。

 戦車を包んでいた氷が砕けてキラキラと辺りに舞ったが、それでもポチは難しい顔のままだった。

 なぜなら、氷ごと砕いたはずの戦車には、何の損傷も無かったのだ。

「熱して冷やせば、脆くぐらいはなると思ったが・・・・・・」

 しかし、次の瞬間には空気が弾ける様な音と共に、戦車の主砲が火を噴いていた。

 砲弾はポチを掠めただけだったが、彼は空気圧で放り飛ばされてしまう。

「ぐっ! ・・・・・・ここまでか」

 倒れ込んだポチは、口の中に入った砂を吐き出しながら、その場にゆらりと立ち上がる。

最後の攻勢とばかりに足元に魔法陣を描こうとしたが、背後から聞こえてきたエンジン音に驚いた。

 振り返ってみれば、そこにはミケが操る重機が走ってくるのが見える。

「あの馬鹿・・・・・・。あれで対抗する気かっ?」

 しかし、その心配とは裏腹に、重機は途中で停止していた。

 安堵したのもつかの間、次の瞬間には、重機は淡く発光し始める。

何事かと見守っていると、光と共にそこへ浮き上がった模様に、ポチは唖然とした。

「・・・・・・魔法陣、だと?」

 重機の表面に浮きあがったのは、円形の魔法陣であった。それは、複数が重なり合うかのように車体を覆い尽くし、光に包まれた車体は次々と形を変えていく。

車体上部に収納されていたはずのアーム、クレーンが展開。そのままアームは天高く伸びた首と頭に、クレーンは後ろに伸びた尻尾に、履帯は強靭な二本の足に、排土板は短い前足になっていた。

「ギギギ、ギッギッギッ」

 そして、金属がこすれるような音を発してそこへ現れたのは、鋼鉄のドラゴン。

 ポチ達が呆然と見つめる中、その竜は探照灯の目で、迫りくる戦車を見据える。

「ギャギィィ―――ッ」

 嫌な金属音で吠える竜は、即座に二本の履帯の足で地面を蹴る。

 その様子に驚いた戦車は慌てて砲撃を行っていたが、鋼鉄の竜は横へ跳ねてその砲弾を難なく回避。そして、鋼鉄の竜はポチ達を飛び越えて一気にその戦車へと近づくと、その砲身へと噛みつく。圧倒的な馬力でそのまま戦車を宙に持ち上げると、大きく首を振るって投げ飛ばしていた。砂漠を転がってひっくり返った戦車は、それっきり動かなくなる。

 しかし、その刹那、鋼鉄の竜に砲弾が命中。それは、残っていたもう一両の戦車からのものであった。だが、ポチが見上げるその竜の身体には、まるで利いていない。

 それどころか、竜はその戦車へと向かってパカッと口を大きく開ける。そして、その口の前へと発生したのは新たな魔法陣。クルクルと空中で回転するそれは、次の瞬間、眩い光を吐き出していた。そこから放たれた強烈な光の筋は、月夜の砂漠を真っ二つに切り裂いていく。薙ぎ払う様にして戦車を通過すると、即座に爆発と共に跡かたも無く噴き飛ばしていた。

 そして、その光が消えた後でも、その光が通過した砂漠には真っ赤に焼けた砂の道が残る。

「ギギ・・・・・・ギギャキャキャキャキャキャキャッ」

 二台の戦車を圧倒的なまでに破壊して見せたその竜は、錆ついた金属がこすれるような嫌な音で満月へと吠える。

しかし、その鳴き声は、雄叫びと言うよりも、どこか寂しげな嘆きの声の様だった。


「こいつの名前は『ティアマト』。もう分かってると思うけど、魔動兵器だよ」

 翌日。大通りの隅に停められた重機の前で、ミケが淡々とポチへと語り出していた。

「昔、兵器産業で大儲けしていた会社があってね。僕はそこに買われた奴隷だったんだ」

「貴様が、奴隷?」

「うん。ネコ耳ネコ尻尾の付いてるニアト族は、労働力以外にも愛玩用で高く取引されるからね。僕もさらって来られたんだ」

「しかし、それとこの重機とどうつながるんだ?」

「言っとくけどこれ重機じゃないよ。正確には戦闘工兵車って言うの。―――表向きはね」

「で、裏向きが魔動兵器なんだろう? だからどうつながるんだ?」

 そこで、せっかちだなあ、とミケはため息をつくと、反対にポチへと問う。

「キメラって知ってる?」

「俺はこう見えても魔術師のはしくれだぞ。キメラとは魔法や錬金術、遺伝子の組み換えなんかで生み出された合成獣の事だ。少し前には兵器にする事も流行っていたが」

「まあ、ぶっちゃけた話、僕もキメラなんだよ。機械と竜と、そんで獣人を組み合わせた」

「だが、お前は人間の姿をしているだろうが。そもそもキメラは合成されているからこそ、合成獣と言われているのであって、それじゃ根本的におかしいだろう?」

「だから、失敗しちゃったんだって。本当は機械の身体に、竜の骨格、人間の頭脳を持ち合わせた最強のキメラを作ろうと思ったのに。最終的に戦闘工兵車と一人の人間がばらばらに生み出されちゃったんだよ」

「だからいったいどうしてだ?」

「そんなの僕にも分かんないよ。一方的に生み出されたんだから」

「うーん。すると、つまりお前は理由はよくわからないが、あの車両に乗ることで竜の姿になれるのか?」

「まあ、魔力がどうとかもっと細かい条件あるけど。そんなとこだね」

 ひょうひょうとしたミケの様子に、ポチは呆れてため息をついてしまった。

「あの様子なら、お前一人でも充分ギルドとか言うのを蹴散らせただろうが・・・・・・」

「察してよ。気になってる女の子の前であんな不気味な格好出来ると思う? だから、戦いたくなかったんだ」

 ポチはふと、ミケが援軍を断られていたことを思い出した。

 なんだかんだで、ミケはきちんとした政府の組織から派遣されてきているのだ。当然、竜がどれぐらいの兵力に狙われていた事も承知していただろうし、竜管庁もそれを含めてそれなりの人間を派遣して来ているはずなのだ。とすれば、そもそもミケが戦えないはずがない。

「・・・・・・お前のちっぽけなプライドの為に、どれだけ俺達が振り回されたと思っているんだ」

「良いじゃん。最終的には竜も守り切れたし。他の傭兵さんも軽傷で済んだし。しかも、ムハンマドさんの条件でその雇い主さん達は安く取引出来たんでしょ? 良い事ずくめだよね」

「ムハンマドさんからすれば、損をしているんだぞ・・・・・・」

「けど、竜を守れてよかったって喜んでたよ?」

「それはムハンマドさんが良い人だからだ!」

 そう怒鳴ったポチだったが、一瞬眉をひそめると、即座に真面目な顔をする。

「しかし、まだあの竜がこのまま無事かどうかは分からないだろう? あの娘の事はどうするつもりだ?」

「大丈夫。フィアは撃たないよ」

「それはお前の願いだろう?」

「そんなことないよ」

 そんな風に終始へらへらしたミケだったが、工兵車に乗りこむと、即座にぶるるんっとエンジンをかけていた。

「―――じゃ、僕は報告に王都へ戻るから」

 その言葉を聞いて、ポチは少しばつが悪そうに頭をかく。

 すると、やれやれと言った様子でエンジンの唸り声に負けない大声を張り上げていた。

「あの娘はどうするつもりだ!」

「だから、言ってるでしょ。撃たないってば!」

「ええい! そう言う事が言いたいんじゃない。その、なんだ。―――せめて、別れぐらい言わなくていいのか?」

 ポチのその言葉に、ミケは困った様な表情で耳を垂らしていた。

「言いたいよ。僕だって。だけど・・・・・・」

 その表情を見て、ポチは呆れたようにため息交じりに呟く。

「仕方ない奴だな・・・・・・。よし、お前の事を教えてもらったんだ。俺の秘密も教えてやる」

「え? なになに? ちょっとした事じゃ僕、驚かないよ?」

「実はな。―――俺は狼男なんだ」

 その言葉に、ミケは素直に笑っていた。

「まったく嘘が下手だよね。ポチさんって」

 ミケがアクセルを踏み込むと、砂埃を立てて工兵車は走り去って行く。


 少女は静かに長い呼吸をする。

 彼女の手にする引き絞られた巨大な弓には、望遠鏡の様なスコープが取り付けられていた。

 眼帯を外した右目で覗くスコープからは、うずくまる竜の姿が見える。

 すでに白かった体表の色は戻っているものの、相変わらず気持ちよさそうに寝息を立てていた。

 彼女の手にする矢は特殊な対竜用の魔法矢で、その竜を一撃で仕留める事も不可能ではない。

 しかし、もし一つ問題があるとすれば、それは弓を引く指ぐらいだろうか。

「・・・・・・いつもの事」

 だから、震えていても気にする事はない。

 きっと、緊張のせいなのだ。

最近までは、確かにそう信じて疑わなかった。

しかし、もしかしたらこれは、自分の拒絶反応なのではないだろうかと、ふと思ってしまう。

ミケと一緒に美しいあの竜の抜け殻を見てからだ。あの竜を殺したくないと、その時思ってしまった自分がいたのだ。

「私は―――」

 壊したくない。殺したくない。そう思う気持ちは、間違いなく本物だ。

 では、なぜこうしているのか。

 仕事だ。義務だ。責務だ。運命だ。だから―――、なのだろうか?

 本当にそんな理由で、自分は自分の気持ちを裏切って、弓を引いているのだろうか?

 何度も自分に質問を繰り返すが、答えが出る様子はない。

 そして、そんな答えを導き出す前に、スコープ越しに見ていた竜がむくりと上体を起こしていた。

 彼女は驚いて、思わず弓を下ろす。

 すると、まるでそれを確認するかのように、竜は彼女の方を一瞥していた。

驚いた彼女が見つめる先で、竜は地面へと砂埃を立てると、あっという間にその砂埃に紛れて砂漠の中へと消えてしまっていた。

「・・・・・・・・・」

 しばらくして砂埃が収まると、そこに残されていたのはステンドグラスの様に輝く竜の抜け殻だけだった。

「―――やっぱり、あいつの言う通り心配する必要はなかったみたいだな」

 その声に驚いて振り返ると、そこにはポチが立っていた。

「・・・・・・いつから?」

 眼帯を再び右目につけながら、フィアは怪訝そうに問う。

すると、ポチはやれやれと言った様子で肩をすくめてみせていた。

「一時間ぐらい前からだ。まったく弓使いの集中力ってのはすごいもんだな」

 本当はフィアがごちゃごちゃ色んな事を考えていた為に、気が付かなかっただけだろう。

 すると、フィアはあからさまに機嫌が悪くなったようで、解体した弓を乱暴にリュックへと収めていった。

「―――あいつ帰ったぞ?」

 そして、誰ともなくポチがそんな事を呟くと、フィアは一瞬だけ動きを止めていた。

「・・・・・・そう」

「本当は会いたかったそうだ」

 今度は動きを止めることなく、フィアは荷物を収めた終えたリュックを背負う。

「・・・・・・関係ないよ」

「そうか」

「・・・・・・次の仕事は、王都だから」

 そして、彼女はそれだけ告げると、その場を去って行く。

「毒を食らわば皿まで、か・・・・・・」

 そんな小さな後ろ姿を見つめながら、ポチは小さく呟いていた。

ご閲覧ありがとうございました。 ---なに? 連載なのに話がバラバラじゃないかって? いいだろう。次に期待したまえ!

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