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愚かな魔女と愚かな悪魔の場合

魔法少女? いえ、魔女です。いや、本当は違うかもしれない・・・。

 墓地になっている崖の上から見下ろすのは美しい港町。

 三日月状の陸地に囲まれた湾内は、太陽がキラキラと輝き海鳥が飛び交っている。手前に広がる陸地へは壇上に作られたレンガ造りの美しい町並みが並び、本来ならば観光客も多い様な町だろう。

 しかし、現在その街には、人影が見当たらない。しかも港町だと言うのに、その湾内には船一隻、浮かんでいなかった。

 崖の上からそれを見下ろしていた人物は、被っていた黒いローブの外套を下ろす。

「思った以上に被害が出ていそうですね。これは私が頑張らないと」

 どこか決意の様な発言をするのは、黒いローブとは対照的な真っ白い髪を肩ほどまで伸ばしたブレザーの少女。

 彼女はふんっと鼻息荒く胸を張って崖の坂道を降り始める。

しかし、ほどなくして小石に足をとられた。

「きゃあぁっ!」

 彼女は器用に坂道を転がって降りていくのだった。


 少女は町へ着くなり、聞き込み調査とばかりに手帳を片手に歩き出す。

 着ていたローブは砂埃だらけになってしまったが、そんな小さな事は気にしない。

 彼女は対してない胸を張って街中を散策する。だが、町の大通りを歩いていると、誰にも合うことなく海にたどり着いてしまってた。どうやら、町は完全なゴーストタウンのようで、振り返って大通りを見上げると、人通りはなくどこか寂しげだった。

「・・・・・・うぅ、私まで寂しいですよぅ」

埠頭で見つけたベンチにがっくりと肩を落として腰掛けていると、「みゃあ」と声をかけられた。知らない間に、隣に黒猫がちょこんと座っている。良く見ると、左右の目の色が違う。

「・・・・・・お前も寂しいんだね。ほれ、ほれ」

 手帳についていた鉛筆でからかうと、猫も必死にパンチで応戦してくる。

 しかし、しばらくそんな事をしていると、今度は「カアッ」と声をかけられた。それに驚いた猫は、慌ててその場を立ち去ってしまう。

 彼女が振り向いてみれば、ベンチの前には大きなカラスが着地していた。

「もう、逃げちゃったじゃないですか!」

 不平を洩らす彼女の言葉に、カラスはその真っ黒な瞳をより丸くする。

「―――す、すまない。今度からは静かに降りるとしよう」

 すると、そのカラスは当然のように口を開き、謝罪して見せていた。

「で、どうだったレンカ? そっちには誰かいただろうか?」

「それが、せっかく聞き込みしようとしたのに、誰もいないんですよぅ。クラークさんは空から誰か見つけました?」

「いや、人の子一人いない。海鳥達も不思議がっていたくらいだ」

「そうですか。町の皆さんは相当警戒しているんですね?」

「そうだろう。このままだと住民から話も聞けそうにないし、ここはいつも通り代表者の所へ行こう」

「ええー。誰もいないから場所なんて聞けませんよぅ」

「大丈夫だ。さっき空から町役場の看板を見かけた。案内しよう」

「さっすがクラークさん」

 クラークと呼ばれていたカラスは、ぴょこんとレンカと呼んでいた少女の肩へ乗る。

「ふむ、そもそも私は君の使い魔なのだ。呼び捨てでも構わないんだが」

「いいじゃないですか。私よりクラークさんの方が頭いいですし」

「・・・・・・ふむ。しかし、君は少し私に頼り過ぎてはいないだろうか?」

「もう、そんな事言って謙遜ですか? 私はクラークさんの事心から頼りにしてますよぅ」

「いや・・・・・・。まぁ、使い魔としては喜ぶべき事なんだろうが・・・・・・。むう、君の成長を妨げている気がしてならない」

 とりあえずクラークの案内で、レンカは町役場へと向かう事にした。


 白いタイルで綺麗に舗装された中央広場。

 海鳥達が羽を休める噴水に面した町役場の戸は、現在固く閉じられていた。

「とりあえず叩いてみましょうか?」

「うむ。脅かさない程度にな」

「もしもーし、どなたかいらっしゃいませんかー?」

 馬鹿っぽくレンカが声をかけると、扉の向こうでガチャガチャっと言う音がした。

 びっくりしてレンカが後ずさると、扉が少しだけ開いた。

「ど、どちらさまでしょうか?」

「魔女です!」

 しかし、そのレンカの返事に応じて、バタンと扉が閉められる。

 締め出されたレンカはそのまま泣き出しそうになったが、クラークが慌ててアドバイスした。

「レンカ、ここは竜管庁の者だと名乗った方が良い。ただでさえ警戒されているのに、魔女だと言えば余計に怖がられるだろう」

 すると、レンカは慌てて戸を叩きまくる。

「うえぇーん! 竜生活管理庁の者ですよぅ! だから入れてくださぁーいっ!」


飽きもせず木戸を叩き続けて二時間弱。

辺りが暗くなってくると、何処からともなく大男が現れた。

「な、なんですかっ?」

 レンカはその姿を見て身構えるも、男はレンカの身体をひょいと持ち上げる。

 肩に乗っていたクラークは、驚いて空に飛び上がっていた。

「きゃあっ!」

 一方で大男に背負われたレンカは、そのまま連れ去られていく。

「助けてぇーっ!」

 叫び声は虚しく人気のない通りに響き、飛び立ったクラークも、建物の上からそれを見送るしかなかった。


 港に面する倉庫の一つ。

 たくさんの木箱が立ち並ぶその中心。レンカが一人椅子に縛りあげられていた。

「やはり、あれは君達、魔女の仕業だったのか」

 その目の前に立つのは大男を脇に従えたちょび髭の中年男。

 男は深刻な表情で、レンカを見下ろしていた。

「あ、あれって、なんですか?」

 全く状況が飲み込めないレンカはそう問うも、男は訝し気に眉をひそめるだけだった。

「しらを切るのは止したまえ。―――そう、あれは一か月前の事だった」

 そして、その男は一方的に喋り出す。

「おびただしい数の竜が、空からこの街に襲来し、この街の住民を襲ったのだ」

「ふむふむ、なるほどなるほど。空から来たって事は飛竜の類ですね」

「滅多にこの辺じゃ見ない類の竜だった」

「ってことは、渡り種ですかね」

「奴らは突然やってくると、一方的にその鋭い牙と爪で人々を襲った」

「ほうほう、肉食と言う事ですね」

「何匹かで一人の人間を囲うようにして襲って行ったよ」

「なるほど。それなりの知能と集団性がある訳ですか。―――死体の様子はどうでした?」

「まったく無残なものだ。大量の噛みつき痕があった」

「ふむ、と言う事は、食べられてはなかったのですか?」

「む? まあ、そうだな。みんな出血多量で無くなっていたが、喰われていた訳ではなかったな」

「と言う事は、その竜って鱗と言うよりエナメル質の様な皮膚をしていませんでしたか?」

「ああ、確かに奴らは私の頭の様にテカテカと、―――ってなぜ私が君の質問に答えなければならないのかねッ?」

 広いおでこを押さえながら怒鳴る中年男に、レンカは手帳に書きこみをしながら答える。

「だって私は竜管庁の人間ですから。きちんと情報収集しないと・・・・・・」

 そして、そんなレンカの様子を見て、中年男は顔を強張らせていた。

「・・・・・・い、いつの間に縄をほどいたのかね?」

「え? これくらい朝飯前ですよ。魔じょ・・・・・・じゃなかった、竜管庁の人間ですから」

 そう言って胸を張ってみせるレンカに、中年男は後ずさる。

「それが、貴様が魔女だと言う証拠だろう! 竜管庁の名を語るのもいい加減にしたまえっ!」

「そ、そんなぁ。竜管庁の方に確認をとってもらえば分かりますよぅ」

「そんな事はとっくにやっている。しかし、レンカと言う名前の人間は竜管庁にはいないそうだ!」

「えええっ?」

 レンカは驚愕して思わず立ち上がっていたが、再び大男により椅子に座らされ縛られ直されていた。

「そんな馬鹿なぁ!」

「ふふっ、嘘など付いたのが運の尽きだったな! 地方駐屯地から勇者が駆け付けるのをおとなしく待つんだな」

「うわあああぁぁぁぁぁんっ! 討伐されるのは嫌ですよぅッ!」

「落ち着くんだレンカ」

 そこへ、声が飛んできた。見上げれば、外の光が入り込む天井隙間に、一羽のカラスが止まっている。

「クラークさんっ!」

「か、カラスが喋っただとっ!」

 驚く中年男の前へと、そのカラスは一枚の用紙を持って降下した。

「申し遅れた。私は彼女の使い魔であるクラークと言う。彼女の無実を晴らしに参上した。彼女は間違いなく竜管庁の調査員だ。これが証拠の我々に下された竜管庁からの正式な命令書だ」

 彼がくちばしで差し出してきた書類を、男は恐る恐る受け取った。

 確かに、それは竜管庁の判が押された調査の命令書であり、名前の欄には『白神蓮華』と書かれている。

「ふむ。確かに本物の様だが・・・・・・。竜管庁の方には確認が取れなかったのだぞ?」

 その問いには、クラークがカラスなりに肩をすくめつつ応える。

「この娘の正しい名前は、レンゲなのだ」

「は?」

「正しても本人が何度も間違えるので、そのままにしてあった。だから、レンカと言うのは彼女の読み間違いであって、竜管庁にその名前の人物は存在していない。私が教育不足だった。申し訳ない」


「そっか私の名前、レンゲだった」

「自分の名前ぐらい、正しく読んで覚えていてもらいたい・・・・・・」

「ええー。だってクラークさんだってそう呼んでたじゃないですか?」

「レンゲと呼ぶたびに、そうでしたっけと聞かれれば面倒くさくもなる・・・・・・」

 再度、レンゲと言う名前で竜管庁に確認をとってもらった所、港町セイリアへと調査に出かけている事が分かった。

 実際の所、ここがその港町セイリアだ。

 つまり、彼女が竜管庁の調査員であるレンゲと言う少女である事が証明された。

「しかし、まさか竜管庁の人間が魔女だとは思わなかった」

 すでに辺りが暗くなってしまっていたので、彼女は中年男の案内で今晩の宿へと向かっていた。

「我々も最近、竜の襲撃で気が張っていてね。失礼を許してくれたまえ。―――お詫びと言ってはなんだが、町で一番の宿を用意した。今日はそこでゆっくり休んでくれ」

 男の案内で連れてこられたのは、海とは反対側のかなり街中の坂道を上った所にあった宿だった。

 小さいがお洒落な外観の宿の室内に通されると、そこは白を基調とした南国風の部屋だった。

「わあっ!」

 肩に乗っていたクラークが驚いて飛び立つほどの勢いで、彼女はベランダへと駆けだす。

 彼女が見下ろすそこからは、月の光に煌めく海と、町の夜景が一望できた。

「すごーい。いい眺めですねぇ!」

「確かに、こんな良い部屋を当ててもらっていいのだろうか? 公務員にはもったいないぞ」

 クラークは真っ白いふかふかのソファーの上に着地すると、部屋まで案内してくれた中年男を振り向いた。

「まぁ、気にしなくて良い。この騒動のせいで、観光客もめっきりだからな」

「そうか、だがありがたい。この騒動は、我々が責任を持って解決しよう」

「ありがとうおじさんっ!」

 レンカが手を振ると、中年男はばつが悪そうに頭を掻きながら言う。

「私は町長のドルフだ。また、あったら行ってくれたまえレンゲ君」

 そう言うと、ドルフと名乗った中年男は部屋を出ていった。

「えっと、私の名前は確かレンカだった様な?」

 そう言う彼女に、クラークは首を振る。

「だから、もう君の名前はレンカで良い」


 レンカはベランダから町を見下ろしていて、ふと気が付いた。

「クラークさん! 街中に人影がありますよ」

 その言葉に、クラークもベランダの手摺りへと飛んできた。

「ふむ、なるほど。・・・・・・私には何も見えない」

「もう鳥目なんですから! やっぱり使い魔、猫にすれば良かったですよ」

「むぅ、大変申し訳ない。だが、君が見えるのならそうなのだろう。昼間聞けなかった分、聞き込みと行こう」

「えー。今日はゆっくり休めっていわれたんですよぅ・・・・・・?」

「昼間の張り切りようはどこへ行ったんだ。町の人々は本気で困っているんだぞ?」

「わかりましたよぅ」

 渋々と言った様子で、レンカはクラークを肩に乗せ、再び街中へと繰り出して行った。


「とりあえず酒場にでも言ってみます?」

「ふむ、良い判断だと私は思う。情報を聞くには一番だろう。ただし、ガラの悪そうな所は避ける様に」

「じゃあ、中央広場辺りを探してみましょう」

 レンカが鳥目で夜目が利かないクラークを肩に乗せながら街中を歩いていると、想像以上に通りは人であふれていた。

 昼間の如く市場も開かれていて、人々は談笑に花を咲かせている。

 子供すら、公園で跳び回っている姿が見られた。

「変な町ですね。昼夜が逆転してるみたい」

「もしかしたら、昼間は危険なのかもしれないな」

「え? けど、危ないのは夜だって変わらない気がしますけど?」

「そんな事はない。例えば、襲撃してくる竜が私と同じならば・・・・・・」

 そんな会話をしていると、中央広場に到着する。

 町役場の目の前には、大きな大衆酒場があった。レンカはとりあえずそこへと入ってみる。

「こんにち・・・・・・ばんはー」

 カランカランと音を立てた扉を潜り抜けるも、思ったよりも店内の人の数は少ない。

 その上、ほとんどが年寄りで、隅の席でトランプやチェスに興じているようだった。

「港町って言うから、船乗りとか漁師さんがいると思ったのに」

 辺りをきょろきょろ見渡しながら、レンカはカウンター席へとつく。

 とりあえずレモネードを頼み、まずはストローでクラークに一口飲ませた。

「ふむ。良いレモンだ」

 レンカも口をつけて見る。

「うん。おいしいですっ。なんか香りが違いますね」

「お、嬉しい事言ってくれるね」

 そう言って声をかけてきたのは、カウンターの向こうでグラスを磨いていた店主だった。

「ここのレモンは有名な産地から輸入してきたものを、港で直接買っているんだ。レモネードだけでなく、レモンを使ったカクテルも自信があるよ」

「へぇ、そうなんですか! ねえ、クラークさん!」

「君はまだそういう年齢じゃないだろう。お酒はダメだ」

「おや? そちらの御仁もかい?」

 そう言って、店主はクラークに向けて聞いているようだった。

「私も酒は飲めないのだ。彼女と同じレモネードを頼む」

 すると、クラークもちょこんとレンカの隣に着地する。

「どうやら、店主は私に驚かない様だな」

 それにポットからレモネードをつぐ店主は笑って返した。

「ここは港町であり、観光地でもある。どんな人種がいたって驚かないさ」

「ほう。カラスの見た目をした人種がいるのだろうか?」

「いや、そうじゃなくてね。一か月前くらいに、あんたらみたいに喋る動物を連れたお嬢さんを見かけたんでね。その時十分驚かされたんだ。それはカラスじゃなくて猫だったがね」

「へえ。じゃあ、きっと私と同じ魔じょ―――」

 すると、不意にレンカの口元はクラークの翼で遮られていた。

「もう、何するんですかクラークさん。口に羽が入っちゃったじゃないですかぁ」

 抗議の声を上げるレンカだったが、クラークは小声で告げる。

「それは悪かった・・・・・・。だが、レンカ。店主は喋る動物がいると言う事を知っているだけだ。それなら、あまり魔女と言う単語は使わない方が良い。その単語自体良い印象がないのだから」

「じゃあ、なんて名乗れば?」

 しかし、そんな会話をしていると、店主が勝手に呟く。

「そう言えば、あのお嬢ちゃんは魔術師だって言ってたが、お嬢ちゃんもかい?」

 その言葉に、レンカはこれ幸いとこくこくとうなずいていた。

「そうなんですよ。このカラスも魔法で使役してるんです」

「・・・・・・むう、正確にはカラスではないんだが」

「良いじゃないですか。クラークさん取ってもカラスっぽいですよ。―――ところでおじさん。最近この街にあった竜の事件知ってますか?」

 その言葉に、店主はすぐさま眉をひそめていた。

「どうも見かけない人だと思ったら、もの好きの観光客か記者さんだったのかい?」

 その訝しげなまなざしに、レンカはぶんぶんと首を振る。

「ち、違いますよ! 竜生活管理庁からきた調査員です!」

 すると、今度は打って変わって、店主は顔を輝かせていた。

「ってことは、やっと国もこの街の被害に動いてくれたって事かい?」

「ええ。だから調査しようと思ったんですけど―――」

「なら、先にそう言ってくんな。 ―――おーい、みんな! このお嬢ちゃんがあの竜どもの退治してくれるそうだぞ!」

 そう店主が声を張り上げると、すぐさま何がどうしたと注目が集まる。

「へえ、竜管庁の調査員なんだって?」「この小さい子がかい?」「白い髪の毛してんだ。王都で流行ってるの?」「ほう、わしゃ喋るカラス何ぞはじめて見たわい」

 店内にいた若者だけでなく、トランプやチェスに興じていた老人たちまで集まってきた。あっという間に、レンカとクラークの周りに人だかりが出来る。

「あ、あの・・・・・・、私達は竜の話が訊きたいんですけど」

「ちょっと待ってな。今詳しい奴を呼んできてやるよ」

 そう言って、何人かの若者が飛び出して行くが、レンカの周りの人だかりがなくなる事はなく、まるでちょっとした有名人の様になっていた。

「こ、これで良かったんでしょうかクラークさん?」

「うむ。円滑に話が聞けるのならこれでも良いだろう」


 酒場の奥のテーブルを一つ開けてもらって、レンカとクラークは並んで腰かけた。

 野次馬が辺りを取り囲む中、向かいの席には、若い男と老婆、そして大男が腰掛ける。

レンカとクラークはその大男に見覚えがあった。

「ああ、あなたは!」

「ふむ。昼間レンカを攫って行った男だな」

 その二人の言葉に、男は照れたように頭をがしがしと掻いてみせていた。

「いや、竜管庁の肩とは知らず、ご無礼をしました」

 どうやら悪い人ではないらしい。

 そんな大男を含めた三人から、順番に話を聞く事にした。

 最初の若い男は、この街の花屋だと言う。

「一か月前にあった竜の襲撃で、妻を亡くしました」

「奥さんを?」

 その日、彼は開店した店先へ、花を並べていたのだと言う。

影が差したので見上げてみれば、空には数匹の竜が飛んでいた。

 珍しいな、と見上げているうちに、そのうちの一匹が街中に舞い降りる。腕と翼が一体になった飛竜で、人より少し大きかった。

その竜が近くにいた人間に噛みつくと、街中はたちまちパニックになったと言う。

「その時、一緒に花を並べていた妻が、降下してきた竜に鋭い後ろ爪で引き裂かれたんです。出血が酷くて、病院に運ばれましたが助かりませんでした」

「そうでしたか」

 レンカが目を伏せる様にしてそう呟くと、一方でクラークは冷静に見解を下す。

「ふむ。毒や炎を吐く類の竜ではないらしいな。大きさから言っても渡り種の飛竜だろう」

 次に口を開いたのは、背中の丸まった老婆だった。

「二週間前の襲撃で、孫を殺されました」

「お孫さんですか」

 老婆は孫とレストランで昼食を済ませると、公園へ出かけたそうだ。

 孫を砂場で遊ばせている間、ベンチで編み物をしていた。

 すると、不意に叫び声が聞こえた。老婆が驚いて、上空を見上げると、数十匹の竜が我が物顔で跳び回っていたそうだ。

 老婆は咄嗟に孫を抱きかかえて走ったが、目の前へと進路をふさぐ様にして竜が降下してきた。老婆が尻もちをついている間に、孫を後ろ足で連れ去ったのだと言う。

「連れ去られたって事はまだどこかで生きてるんじゃ!」

「いいえ。・・・・・・その日の夜に海で浮かんでいるのが見つかりましたから」

「・・・・・・そうでしたか」

 さっきと同じ様にレンカが目を伏せると、代わりにクラークが冷静な見解を下す。

「海で発見されたと言う事は、そちらから飛んできている可能性があるな。ありがとう、参考になった」

 そして、最後に口を開いたのは大男だった。

「この街で猟師をやっているシグルと言います。一週間前の襲撃で娘を奪われました」

 この港の町では漁業も盛んで、その日も大量の船舶が沖へ漁へ出ていたそうだ。

 しかし、そこへ竜が襲撃を仕掛けて来たらしい。

「最初は海鳥だと思っていたんだが、違った。奴らは仲間の船に突っ込んできたんだ」

「突っ込んできた?」

「そう、こう降ってくる弓矢みたいにね」

 上から指を付き刺す様なジェスチャーをして見せるシグルに、クラークはふむと唸る。

「なぜそんな事をしたんだろうか? 当然、その竜も無事では済まないだろう?」

「そういやあ、確かに仲間の船も真っ二つになってたが、その竜も上がってこなかったな? それが何か関係あるのかい?」

「いや、竜とはいえ生き物だ。自ら命を捨てるとは思えない。とりあえず、話を続けてくれ」

 漁を行っていた船団はパニックに陥って、慌てて海域から逃げようとエンジンをフル回転させた。

 しかし、翼の生えている竜はそれよりも早く、次々と船に突っ込んで沈めていった。

「それで、良く助かったものだな」

「まぁ、娘がいてくれたからな。あいつは息子よりも肝が座ってやがるから」

 彼の娘は積んであった釣竿を手にすると、上空から突っ込んできた竜へと振るう。

 先端におもりの付いた釣竿のひもは見事に竜へと絡まり、彼女は竜を海へと叩きこんだのだと言う。

「すごい! カッコいい!」

 手を叩いて見せるレンカだが、その少女こそ命を落としたのだ。

「竜を海に落としたは良いが、その釣竿の紐が娘の手にも絡まっててね。―――そのまま引きずり込まれて海にドボンさ」

「引きずり込まれた?」

 クラークがカラスなりに信じられないと言う顔をすると、レンカも思い出したように告げる。

「そう言えば、町長さんも竜の体は鱗じゃなくてエナメル質っぽかったって言ってました」

「なるほど。もともと水にも潜れる類だな」

「少しは役に立ったかい?」

「はい。・・・・・・娘さんのご冥福をお祈りします」

「いや、うちの娘の死体はまだ上がってなくてな。きっと、倒した竜を釣りあげて帰って来てくれるさ」

 そう言って、シグルは笑っていた。


「さて、今までの話を整理してみよう」

 クラークの言葉に、レンカは手帳を見直す。

「えーと、私はこの街に来て、まず街中を調査してみると人気がなくって―――」

「うむ。そこから見直すと時間がかかりそうなので、竜の話だけにしようかレンカ」

「それもそうですね!」

 呆れた様子のクラークにレンカは元気よく返事をして、パラパラと手帳をめくる。

「まず、町長さんが言っていた滅多に見ない種だと言う話では、狩猟種か迷子の渡り種である可能性が高いと思います」

「ふむ。小型の体長や集団で行動している所、飛竜である所などを含めると、確かにその通りだろう」

「次に鋭い牙や爪をもっていた事から、肉食であるとも判断できます」

「だが、そう決めつけるのは危険だ。不審な点がある」

「分かってます。襲われた人々が食べられてないって事ですよね。けど、それは漁師であるシグルさんの話から判断出来ると思うんです」

「ふむ。というと?」

「船への急降下攻撃です。もしこれが船じゃなくて魚なら、こうやって漁をする鳥を見た事があるんです。つまり、この竜もこうやって魚を捕っていたんじゃないかと思います。だから人には噛みついても、食べようとはしなかったんじゃないかなって」

「うむ。さすがレンカ、良い着眼点だ。ついでに言えば、竜は私と同じで鳥目で夜目が利かないんだろう。だから、町の人達は昼を避けて動けるんだ」

「じゃあ、図鑑を出しますね」

 そう言うと、レンカは腰のポーチからチョークを取り出して、目の前のテーブルへと魔法陣を描いた。

「えい!」

 そして、彼女当てをかざしてその魔法陣に魔力を走らせると、眩い光と共にそこには一冊の本が現れる。別に見世物のつもりはなかったが、辺りを囲んでいた野次馬から歓声が上がった。

「いやぁ、ちょっと照れますねぇ」

 そう言いながらも、彼女は得意げに指を振る。すると、豪華な装丁の表紙が開くと、茶色く日に焼けたページが手も触れられずにパラパラとめくれていった。

「狩猟種か渡り種、飛竜、小型、魚食、集団、鳥目、その他身体的特徴から・・・・・・。これです!」

 そこで止まったページには、下を向いた竜が海の中で魚を咥えている挿絵があった。

「ミレイラス。体長は約二メートル。渡り種の飛竜で集団で行動しています。狩猟種のワイバーンに近い見た目で、腕と翼は一体型。足の爪が発達してるのが特徴です。特に漁が特徴的で空中からの急降下により水面に潜って、その勢いで大きな魚をとります。―――けど、おかしいですね」

 そこまで読み上げて、レンカは首をかしげていた。

「ミレイラスは大きい魚を捕る為に、その回遊軌道を巡っているタイプの頻繁な渡りの種ですよ? なのに同じ町に何度も襲いに来るって言うのは納得できません。確かに夜目が利かない為、無人島などで羽休めしてる姿も見受けられる、とも書いてありますけど、幾らなんでもすでに移動していてもおかしくないんじゃないですかね」

「ふむ、確かにその通りだが。何よりも、ミレイラスは元々大人しい竜だったはずだ。まず、人を襲うこと自体ないはずだ。それが漁船に自ら命を投げ出して体当たりするとも思えない」

「分かりました! きっとあのミレイラスの群れは迷子になったけど、その事がすごく恥ずかしくて、自暴自棄になっているんですよ!」

「・・・・・・ふむ。まあ、それも一つの可能性だな」

 クラークはレンカの意見を軽く受け流すと、辺りの野次馬へと声をかける。

「事件が起きる前、具体的に言うと一カ月ほど前に、何か変わった事はなかっただろうか?」

 野次馬はその問いかけにざわめくが、口々に「突然、野菜の値段が上がった」とか「隣のおじいさんが突然亡くなった」だの、あまり関係のなさそうな事を喋り出した。

 しかし、その中で一人の若者がおもむろに呟く。

「・・・・・・そう言えば、幽霊船の噂が出始めたのもその頃だったなぁ」

 クラークはその言葉を聞き逃さなかった。

「幽霊船と言うと?」

 周りに勧められて、その若者もテーブルへとついた。

「いや、俺は港で荷物を運ぶ仕事をしてるんだけど。港による輸送船の乗組員から話を聞いたんだ。一カ月ぐらい前、そう言えば最初の襲撃があったちょっと前ぐらいだったな」

 彼が知り合いの船乗りから聞いた話では、どうやらこの港に入る前に濃霧にあったのだと言う。

 年がら年中穏やかなこの辺りでは、霧が起こる事は大変に珍しい事で、船乗りたちも驚いたのだそうだ。

 しかし、それだけではなかった。

 彼らはその濃霧の中で、幽霊船を見かけたのだと言う。

「ボロボロの船体に朽ち果てた帆を思った船が平然と走っていたらしいんだ。しかも、その周りには黒い影が大量に飛び交ってたって言うし。船乗りたちはそれが幽霊だと言って怖がってたよ」

「なるほど。なんとなく背景が見えてきたな」

 クラークの含みを持たせた言葉に、レンカもうなずく。

「そうですね。きっと全て幽霊船の呪いだったんですね!」

「・・・・・・ふむ。まあ、それも可能性の一つだな。―――だが、私が思うにミレイラスの群れは何者かに操られている可能性が高いと思われる」

「操るんですか? けど。どうやって?」

「何を言っているんだ・・・・・・。君は魔法使いだろう」

「ああ、そっか。確かにそう言う魔法もありますね」

「そして、その何者かが拠点にしているのがその幽霊船なのだろう。時期的にも合致するし、恐らく船の周りを飛び回っていた影がミレイラスの群れなのではないだろうか?」

「さすがクラークさん! 凄い推理ですね」

「・・・・・・むぅ。この位、君も解けたはずだ。あからさまに幽霊船の話が出てきたんだからな」

「もう、クラークさんは私を買い被り過ぎですよぅ」

 照れる様にして笑うレンカに呆れるクラークだったが、すぐに野次馬へと声をかける。

「明日にでも幽霊船を調査してみたいんだが、誰か船を出してもらえないだろうか」

 しかし、それを聞いた野次馬達は突然何か用事を思い出したかのように、散り散りに立ち去って行く。そして、そこへ残ったのは、漁師であり被害者の遺族でもあるシグルだけだった。

「わざわざ竜に襲われるかもしれないのに、船なんて出せんさ」

「ふむ。では、船を貸してもらうだけでも良いんだが・・・・・・」

「安心しな。俺の船で良ければ、きっちり幽霊船まで送り届けてやるよ」

「いいんですか!」

「ああ、任せてくれ。それに、もしかしたらうちの娘も見つかるかもしれねえからな」

 照れ隠しするように、シグルはそう言って笑って見せていた。


 翌日。

 レンカはクラークを肩に乗せて、女子高生よろしくパンを咥えて港へと走っていた。

 それは紛れもなく寝坊をしたせいなのだが、そんな事は気にしない。

 昨日と同じ様に太陽が出ている間は街中には人気がなく、ゴーストタウンの様だった。そんな街中を通り過ぎて、レンカがパンを食べ終わる頃には、港へと到着していた。

 そこには、すでに出港の準備を終えたシグルの姿があった。

「準備は出来てるよ」

 そう言ったシグルの隣には、見かけない少年が立っていた。

「えっと、どなたですか?」

「うちの息子だ」

 そう言えば、昨日聞いた話ではシグルには娘の他に息子もいるのだった。どうやら、彼も漁師をやっているらしい。

「エルヴィンです。父から話は聞いてます。よろしく」

 頭にバンダナを巻いたその少年と、レンカは握手を交わす。

「れ、レンカです。こっちはクラークさん」

 そう言って、レンカは肩に乗ったクラークも紹介する。すると、クラークはその少年の左右の目の色が異なるのに気が付いた。

「ふむ。君はオッドアイの様だな」

「ええ。珍しいでしょう? 双子の姉もそうだったんですけど」

 そう言って、少年は苦笑いして見せていた。


 シグルの船は、ごく一般的な中型の漁船だった。

 全長は十メートルほどで、後ろ寄りに箱状の操縦室があり、中央に魚を入れておくための生簀があった。

 海が凪いでいた事もあり、乗り心地は悪くなく、レンカは船の上を物珍しそうに飛び歩いた。

「滑ってこけない様に」

 船の上に伸びたクレーンにとまっていたクラークが、レンカへと釘を刺す。

 しかし、すかさず彼女は船上に出来た水たまりで滑ってこけると、器用に生簀へと頭から飛び込んでしまっていた。

「―――むしろ海じゃなくて良かったですよね?」

 レンカはそう笑って、ローブをクレーンに干していたが、クラークはもはや無言だった。

「今日は天気が良いから、日向ぼっこしてれば着てる服もすぐ乾くと思います」

 趣味で釣竿を海へとたらしていたエルヴィンにそう言われ、レンカは大人しく船の舷側で日向ぼっこする事にした。

 船はシグルの運転で、ひたすら幽霊船が出たと言う沖へと走り続けた。

 竜の騒動があるせいか、辺りには他の船は一切見当たらない。

 辺りに地平線が永遠と広がる中、レンカは並行して飛ぶ海鳥達を眺めていた。

 時間があっという間に過ぎ去り、レンカの服が渇いた頃には、辺りは夕闇に包まれていた。

「夜になったら、幽霊船もでなくなっちゃいますかね?」

 寝坊したせいで探索時間が少なくなってしまった罪悪感があるのか、レンカが呟く。

「大丈夫だろう。夜間行動が出来ないのは竜だけだ。それを操っている船は夜も海に存在し続けていると思う」

 夜間はシグルとエルヴィンが交代で船を走らせてくれる事になり、夜目が利かないクラークとトラブルメーカーであるレンカは船室へと通された。

 三畳ほどの室内に備え付けの椅子があるだけの部屋だったが、毛布にくるまったレンカはあっという間に眠りこけていた。

「朝もだが、レンカはどこでも良く寝る子だな・・・・・・」

  クラークが呆れたようにその寝顔を見ていると、休憩で入れ替わったエルヴィンが部屋に入ってきた。気が付いたクラークは、すかさず労いの声をかける。

「お疲れ様。なにぶん、私は夜目が利かないもので。力になれず申し訳ない」

「いえ、お気になさらず。僕らもこの事件は他人事じゃありませんから」

 エルヴィンもレンカと同じ様に椅子に寝転び毛布をくるまる。しかし、その目はじっとクラークを見つめ続けていた。

「・・・・・・私の顔に何かついているだろうか?」

「あ、失礼。父から魔法使いの女の子だと聞いていたので、もしかしてあなたは使い魔では?」

 その言葉に、クラークはカラスなりに驚いた顔をする。

「ごもっとも。私は魔女である彼女の使い魔だ」

 今度はそれを聞くと、エルヴィンは嬉しそうに起き上がっていた。

「僕、小さい頃は教会で勉強を教わってたんです。だから、ちょっとだけ魔女ってのも知っていて、本物は始めて見ました」

「ほう。―――で、実際に見た本物の魔女は、伝説の様に恐ろしかっただろうか?」

「あはは、とんでもない。普通の女の子でしたよ。むしろ抜け過ぎてるくらい。けど、魔女って本当に悪魔の力を使って魔法を出しているんですか?」

 その言葉に、クラークはカラスなりに少し難しい顔をする。

「ふむ。それには、まず魔法の説明からしよう。魔法と言うのは正確には〈魔法陣〉と〈呪文〉を使用し、人間の体内にある魔力を走らせることで生じる化学反応の一種なのだ。〈魔〉という字は使われているが、それ自体は悪魔の力を使っていないのだ」

「じゃあ、やっぱり魔女が悪魔の力を使っていると言うのは迷信なんですか?」

「いや、そうではない。魔法使いが、魔術師と魔女に分けられる様に、きっちりとした区分がある。それが、私の様な使い魔の存在だ」

 クラークは少し自慢げにばさりと翼を広げると、語りだす。

「そもそも、私の様な使い魔と言うのは、こう見えて魔女が従える悪魔の事だ。つまり、魔女と言うのはその使い魔から魔力を得る事が出来、さらにそれを利用した特殊な魔法を使う為、そう区分されている」

「なるほど。つまり、使い魔がいると魔女となるんですね?」

「うむ。少なくとも、王都の学者たちはそう定義しているようだ。当然、女性しか我々と契約できない訳だが」

「やっぱり契約が必要なんですか。すると、クラークさんはどうやって彼女の所へ?」

「ふむ。良い質問だ」

 すると、クラークは船室の窓から外を見る。

 辺りには雲ひとつなく、少しだけ欠けた月が綺麗に見えた。

「幽霊船を見つけるには、まだ時間がかかりそうだ。暇つぶしの話としては丁度いいだろう」


「私は、レンカがまだはいはい歩きしかできない様な頃に、彼女の母親の召喚魔法でこの世界へとやってきた」

 エルヴィンが淹れてくれたコーヒーをつつきながら、クラークは改めて話し始める。

「私は自分より人間ははるかに愚かだと思っていたのだ。だから、そんな人間に仕えるのは、心底嫌だった」

 その言葉に、同じ様にコーヒーを啜っていたエルヴィンは、不思議そうな顔をしていた。

「けど、結局レンカさんの使い魔になったんですよね?」

「ふむ。それにはちょっとした訳があった」

 昔を懐かしむ様に、クラークは天井を見上げる。

「愚かな人間は嫌いだと、私は彼女の母親にも話した。すると、彼女は憤慨したように言った。『この私の娘が愚かな訳がない』と」

「それはまた、すごい自信ですね・・・・・・」

「うむ。それには私も驚いた。だから、私は条件を付けて契約を結んだのだ。『一週間仕えてみて、それでこの娘が本当に愚かでなければ使い魔になろう。しかし、もし愚かなようならば、最後の日には魂を頂いていく』と」

「なるほど、悪魔の契約ですか。けど、それじゃあレンカさんは愚かじゃなかったって事ですか?」

「いや、反対だ。レンカは愚か過ぎた」

「え?」

「自分から階段に落ちそうになったり、暖炉の炎の中には勝手に突っ込んでいったり。劇薬でも何でも口に入れようとするのだから、私が手を下さなくてもこの娘は勝手に死ぬと思った。まったく、何度冷や冷やさせられたことか・・・・・・」

「結局、全部助けてあげたんですか?」

「うむ。悪魔の契約は絶対だからな。少なくとも一週間は生きてもらわなければならない」

「なんか不思議な契約ですね・・・・・・。で、もしかしてほっとけなくなって使い魔になったとか?」

「いや、契約は絶対だ。私は情になど流されない。最後の日は契約通り、彼女の魂を頂いていく事にしたのだ」

「・・・・・・けど、奪えなかったんですよね?」

「うむ。私は赤子といえど油断しない方だった。だから、夜になってから寝付いているレンカを襲った。しかし、突如としてふわりと空中に浮いた私の身体は、それ以上動かなくなったのだ」

「え? 動かなくなった? もしかして魔法の類ですか?」

「いや、だとしたら私は防げていた。魔法陣を描いたり、呪文を唱えたりする前に魂を奪えばいいのだから」

「では、どうして?」

「実は、彼女はちょっと特殊な身の上なのだ。母親はただの魔女だったが、父親は人間でも超能力者の類だった」

「ち、超能力者? そんな人、実在するんですかっ?」

「うむ。異端の能力の為、能力を隠して生活している者がほとんどだがな」

「もしかして、レンカさんは超能力で魂を奪おうとしたクラークさんを?」

「いや、恐らくは寝ぼけてやった事だと思うが・・・・・・。そもそも私は超能力の存在を知らなかったので、解き方も分からず金縛りにあったまま夜を明かしてしまったのだ」

「なるほど。それで、愚かじゃないと見直したんですね」

「いや、そうではない。契約の仕方が悪かったのだ・・・・・・」

「え? どういうことですか?」

「私は最終日に魂をもらうと契約した。しかし、その最終日は金縛りにあっている間に過ぎてしまったんだ・・・・・・」

「え? それって―――」

「うむ。つまり、私がその最終日に魂を奪わなかったという事は、愚かでないと認めた事になってしまう。だから、契約通り使い魔になるしかなかったのだ。今思えば、私はまんまと彼女の母親に騙されていたのだろう」

「あはは、なんかおとぎ話聞いてるみたいですね」

「ま、元が天使であった私には、レンカの魂を奪う事自体、向いていなかったのかもしれない。しかし、レンカは昔から変わらずずっと愚かなままだ」

 クラークがそんな事を懐かしむかのように語り終え、コーヒーをつついていると、むくりと目の前のレンカが起き上がっていた。

「どうしたんだレンカ?」

 クラークが問いかけるも、彼女は目をつぶったままだった。

 そして、不意にクラークへと手をかざす。

「ええいっ!」

「ごふぅっ!」

 そして、クラークは羽をまき散らしながら、壁へと叩きつけられていた。

 すると、まるで気が済んだかのように、レンカは再び毛布へと潜り込む。

「だ、大丈夫ですかっ! 何があったんですっ?」

 慌ててエルヴィンが全身をけいれんさせるクラークを抱きかかえる。

「た、大した事はない・・・・・・。たまに彼女はああやって寝ぼけるのだ。ごふっ」

「だ、大丈夫じゃなさそうですけど」

 すると、ふと彼も再び気配を感じて振り返る。

 いつの間にかそこには、目をつぶったままのレンカが立っていた。

「うわあっ!」

 彼はクラークを抱えたまま身構える。

 だが、レンカは衝撃波を生み出すことなく、パチッとその目を開いていた。

「近くに大きな魔力反応!」

 その言葉に、ボロボロのクラークがすかさず返答する。

「う、うむ。来たようだな」

 しかし、エルヴィンに抱きかかえられたままのクラークは、起き上がろうとして、少しだけもがいたものの、途中でやめた。

「ふむ。大変申し訳ないがエルヴィン殿。私をこのまま外まで運んでくれないだろうか。・・・・・・まだ、全身が痺れているのだ」


 甲板上へと出ると、案の定、辺りは霧に包まれていた。

 レンカは真っ黒いローブを身につけると、なんとか痺れの消えたクラークを肩へと載せる。

「レンカ、魔力の方向は?」

「えーと。・・・・・・あっちです」

 レンカが指を差した方向へ、操縦室に立つシグルが舵を切る。

 エルヴィンは慌てて探照灯の明かりを前方へ向けていた。

「これが、・・・・・・幽霊船?」

 その光の筋が照らし出したのは、ボロボロの木造船だった。

 鉄製の船舶が当たり前の現代には珍しい、まさに幽霊船と言うにぴったりな船である。

「さて、どうする? 横付けでもするかい?」

 舵を取るシグルに冗談交じりに訊かれたが、レンカは真っ直ぐにその瞳を見返して告げる。

「お願いします」

 すると、やはり冗談のつもりだったらしく、シグルは目を瞬かせたが、すぐに力強くうなづいて見せた。途端にエンジンがふかされると、船が加速と共に幽霊船へと並走する。

「後は任せてください」

 そう言うと、レンカは持っていたチョークで甲板上に魔法陣を描く。

 魔力を走らせて、そこから出現させたのは一台のスクーターだった。

 しかし、エルヴィンが良く見ると、それにはタイヤが付いていなかった。

 どうやらそれは、スクーターの様な装飾がなされたホウキの様だった。レンカは後部のペダルを踏んで、エンジンをぶるるんとかける。彼女がまたがると共に、ホウキはふわりと浮いていた。

「お二人とも幽霊船から離れていてください。・・・・・・あの。けど、このホウキ調子が悪くてあんまり飛べないから、近くにいてくれると嬉しいです!」

 それだけ言うと、レンカは腰のポーチから取り出したゴーグルをかける。

 そして、ハンドルのグリップを握ると、ホウキはエンジン音と共にたちまち空へと舞いあがって行った。

 幽霊船の上へ、霧の中へと消えていくそのスクーター型ホウキを見上げながらエルヴィンは呆然と呟く。

「大丈夫なのかな。あの子一人で・・・・・・」

「まあ、クラークの旦那がついてるんだ。大丈夫だろうよ。―――よし、幽霊船から離れるぞ」

 少なくともレンカに対する信頼はともかく、クラークに対する信頼は厚い様だった。


 レンカがスクーターで空を飛びながら幽霊船を見下ろすと、その甲板には大量の竜がうずくまっているようだった。どうやら眠っているようで微動だにしないが、所狭しと甲板を埋め尽くすその様子は上から見ていても不気味だった。

「うぅ。なんかママの料理みたいです・・・・・・」

「うむ、私には見えないが想像できるな。―――さて、何処に降りようか」

「後ろの甲板に少しだけ隙間がありますよ?」

「よし。とりあえず調査してみよう」

 レンカは幽霊船の後甲板、ひしめき合っている竜たちの間へと着陸する。

「眠っているとはいえ、ちょっと怖いですね・・・・・・」

 スクーターを魔法陣で消してから、眠っている竜を見上げてレンカが呟いた。

 小さく寝息を立てる竜の口には、鋭い歯が鋸の様に並んでいる。

「突然襲ってきたらどうします?」

「彼らは、今の私と同じで何も見えない。脅威にはならないだろう」

「けど、明るくなったら?」

「それでも、君の力ならば問題ないだろう」

「もう、褒めても何も出ませんよぅ!」

「・・・・・・さては、それを言ってもらいたくて訊いたな?」

「えへへっ。まあ、冗談はさておき、どうします?」

「ふむ。とりあえず船室を調べてみよう」

 レンカは竜の合間を縫うように甲板を歩く。

 一段降りた中央甲板の壁に船室への入口があった。

「こんばんはー」

「夜分遅くに失礼する」

 きちんと挨拶をしてから二人が入ると、目の前に広がる廊下には竜の姿はなかった。

「中は空き部屋だらけみたいですね」

 レンカが廊下に足を踏み入れると、ぎしっと言う嫌な音がした。

「あ、あはは・・・・・・。まさか抜けたりしませんよね?」

 心配そうに彼女がクラークを見上げると、彼はカラスなりに難しい顔をしていた。

「君の性格からして、そう言う会話をすると余計に―――」

 そして、もう一歩踏み出した瞬間、レンカの足元が発光する。

「えええっ!」

 そして、その光が消えると共に、その場に穴が出現していた。

「うわわっ! や、やっぱりぃ!」

 すっと穴へとレンカが吸い込まれ、慌てて跳び上がったクラークが追おうとする。しかし、次の瞬間、彼女の吸い込まれたはずの穴は綺麗に消えていた。

「―――こ、これはッ? レンカっ? レンカッ!」

 クラークは叫んだが、その声は虚しく廊下に反響するだけだった。


「みゃあ」

 耳元で聞き慣れない鳴き声が響く。

 レンカがうっすら目を開けると、目の前には黒猫が座っている。こちらをじっと見つめてくるそんな猫の目は、左右の目の色が違っていた。

「あ、エルヴィンさんと一緒だ・・・・・・」

 朦朧とした意識の中でそんな事を呟くと、ふと自分が何か柔らかいものを枕にしている事に気がつく。

「―――目が覚めましたか?」

 その声に驚いて見上げると、そこにはこちらを見下ろす少女の顔があった。どうやら、レンカはその少女の膝を枕にして寝ていたらしい。

 飛び起きる訳にも行かず、レンカは膝枕されたままの状態で、その少女へと問いかける。

「えっと、どなたですか?」

「そうですね。ミレイ、とでも名乗っておきましょうか」

 ミレイと名乗ったその少女は、レンカが肩ぐらいまでの白い髪をしているのに対し、黒い髪を腰ほどまで伸ばしていた。ついでに胸も大きいのか、レンカが顔を持ち上げようとすると、後頭部に柔らかい感触が当たる。

「―――えっと。ここは、何処でしょう?」

 レンカが上体を起こしながら問うと、ミレイは薄く笑っていた。

「船長室、とでも言いましょうか」

 そして、ミレイの全身を見て、レンカは唖然とした。

彼女はその黒い髪とは対照的に、白いワンピースに白いローブ、白いニーハイソックスと白づくめの服装をしていた。言ってしまえば、服装から髪に至るまで、レンカとは真逆の色合いなのだ。

「えっと船長室? ・・・・・・ああ、そっか。確か、廊下で床が抜けて」

 レンカはここまでのいきさつを思い出し、ふと寂しさを覚えた。

「あれ? クラークさんがいない・・・・・・?」

 そして、傍らの少女へと問う。

「あの、この位の大きさのカラス知りませんでした? 迷子になっちゃったみたいで」

「彼なら大丈夫。今頃ゆっくりこっちへ向かっているんじゃないかな」

 それに応えたのは、ミレイではなくその傍らにいた黒猫だった。

「うわわっ! 喋ったッ?」

 驚いたレンカは、思わずミレイへと抱きつく。

 しかし、心外だと言わんばかりに、黒猫は肩をすくめてみせていた。

「君の相棒のカラスくんと一緒だよ。僕も使い魔なんだ」

「ああ、なるほど。だから喋れるんですね」

「それに、君に会うのは初めてじゃないよ。港で一度会ったはずだ」

 その言葉に、レンカは昨日の記憶を振り返る。そう言えば、港で黒猫とじゃれた覚えがある。

「ああ、そう言えば・・・・・・。あれがあなただったんですか!」

「そうだよ。僕はベリアル。よろしく」

「よろしくお願いします」

 安堵すると共に、レンカは呑気にベリアルと名乗った黒猫と握手する。

「じゃあ、ミレイさんも私と同じ魔女なんですね! 学校以外で初めて会いました」

 ちょっと嬉しそうなレンカだったが、ミレイはずっと薄い笑みを浮かべ続けている。

「で、えっと。聞いていいのか良く分かりませんが、・・・・・・ミレイさんは一体ここで何を?」

 そして、レンカのそのもっともな問いに、ミレイはゆっくりと口を開いた。

「あなたは、力を求めた事はありませんか?」

「・・・・・・え?」

 突然、宣教師の様に問いかけてきたミレイに、レンカはきょとんとする。

「あの、私って人より頭が悪いらしいので、言ってる意味が良く―――」

「あなたも私と同じく魔女なのでしょう? ならば、凡人とは違い、生まれながらにして力を持っているはずです」

「え、ええ。まあ、そうらしいですけど。私の場合はちょっと―――」

「だとしたら、あなたはその力がもっと欲しいと思った事はありませんか?」

「ええっ? いえ、私の場合はその―――」

「少しでも力を持っているのなら、分かるはずです。一度使えば、その力に魅入られる」

「そ、そうですかね? けど、そもそも私の場合は―――」

「あなたも、そ・う・で・す・よ・ね!」

 グッとミレイに迫られたレンカは、ぐっと後ろに後ずさる。

「えーと、うーんと・・・・・・。そ、そうかもしれませんね!」

「では、あなたも仲間になりませんか?」

 見れば、ミレイはすっと右手を差し出して来ていた。

「仲間、ですか?」

「そう、我々ギルドの仲間です」

「ぎ、ギルドっ!」

 その組織の名前に、頭の弱いレンカと言えど、しっかりとした聞き覚えがあった。

「・・・・・・あなたは、ギルドの人間なんですか?」

「まあ、好きでギルドに協力している訳ではありませんが、力を求めるのに、一番手っ取り早い組織だったのです。しかし、どうです? あなたも一緒に力を求めて見ませんか?」

「・・・・・・わ、私は竜管庁の人間です。そもそもギルドに入る意思はありません!」

 その答えに少し残念そうに手をひっこめたミレイだったが、すぐに薄い笑みを浮かべる。

「―――では、私のものになりませんか?」

 すると、ミレイはレンカへと顔をそっと近づけた。

「今誘ったのは、上の方から魔女を見かけたら仲間に誘うように言われていたからです。しかし、私個人としても少しあなたが欲しくなりました」

「えええっ? どうしてそうなるんですかっ!」

 すると、ミレイはレンカの髪へと手を伸ばす。

「綺麗な髪をしていますね」

「え? この白い髪ですか? 昔からコンプレックスだったんですけど・・・・・・」

 レンカも思わず、自分の髪を確認するかのように触っていた。すると、ミレイは彼女の白い髪を手に取り、うっとりとした様に優しく髪をすいていた。

「このまま、私のものになりませんか?」

 そして、浮かべたミレイの妖艶な笑みに、レンカは全身にぞぞっと鳥肌が立つのを感じた。

「む、無理です。ダメですっ! いかがわしい誘いには乗りませんよ!」

「そうですか。では、仕方ありませんね」

 落胆する様な表情をすると、ミレイはすくっと立ち上がっていた。そして、懐から取り出したのは一冊の本。彼女はその中から一つのページを開くと、自分の左腕へとかざした。

「ベリアル!」

 そして、彼女が自らの使い魔の名を叫ぶと、傍らにいたはずの黒猫はパズルのピースの様にその場で分解される。そして、そのピースの一つ一つは、本をかざしていた左腕へと集束。

次の瞬間には、その左腕を覆うかのような漆黒の鉤爪が現れていた。

「私のものにならないのなら、ここで死んでもらいます」

「えええっ! そんなぁ、急すぎますよぅッ!」

 しかし、素早くクローを振りかざして迫ってくるミレイに、レンカは慌てて懐へと手を入れた。刹那、振り降ろされたミレイのクローと火花が散る。レンカは懐から取り出したもので、そのクローをなんとか受け止めていた。

「それは・・・・・・?」

 ミレイはレンカの手にしたものを見て、思わず動きを止めていた。

 なぜならそれは、オートマチック式の拳銃であったからだ。

「魔法使いには、似つかわしくない武器ですね」

 ミレイが冷たくそう言い放つように、魔法使いにとって拳銃はまずあり得ない武装だった。なぜなら、戦闘時に魔法陣と呪文が必要な魔法使いにとっては、それを描くための道具が必須なのだ。当然、拳銃ではそれらを描くことができない。

 しかも、彼女はそれを片手だけならともかく、もう一丁、逆の手にまで手にしていた。

「本当に頭が悪いようですね。それでは両手がふさがって魔法が使えませんよ?」

 だが、その言葉にレンカは微笑んでみせていた。

「良いんです。私はこれで」

「―――レンカあぁぁっ!」

 そして、タイミング良く部屋に駆けつけてきたクラークに、レンカは即座に叫ぶ。

「クラークさん合体ですっ!」

 飛んできたクラークは、瞬間的にパズルのピースよろしく分解、レンカのローブの背中へと描かれていた魔法陣が発光するとそこへ集束した。すると、レンカの背中へと、ガラスの破片が組み合わさってできたかのような漆黒の翼が姿を現す。

「いいですね。素晴らしいです。ますます欲しくなりました」

 そう言いながら、ミレイは右手で持っていた本にぶつぶつと呪文を唱えつつ、左手をかざして魔力を走らせた。

 途端に、クローを身につけていた左手の正面へと魔法陣が発生する。

「―――ニヒツ・ナーゲル!」

 そのままミレイが左手でアッパーを繰り出すと、クローから黒い衝撃波が発生する。それはレンカには命中しなかったものの、木造である天井を派手に破壊していた。

 レンカは一度、間をとる為に翼で羽ばたいて上昇する。開いた穴から船の外へと出たものの、ミレイもさっきの衝撃波を床に叩きつけると、その勢いを利用して突っ込んできた。

 その様子にレンカは咄嗟に身構えたものの、向かってきたミレイは何もせずにその横を通り過ぎていく。

 しかし、レンカは気がついた。

 自分の周りに、複数の用紙が漂っている事に。

「―――ベーゼ・ナーゲル!」

 ミレイのその号令と共に、用紙に書かれていた魔法陣が発光し、そこから彼女の左手に装着されているのと同じ形のクローが出現する。それはレンカを取り囲むように襲ったが、彼女は咄嗟に体をひねらせ回避していた。しかし、掠めた数本の爪がローブを切り裂く。

「くぅっ!」

 翼から破片をまき散らしながらも、レンカはひとまず船の後甲板へと着地した。驚いたミレイラス達がギャアギャアと逃げひしめき会うが、気にしてもいられない。

 同じ様にミレイも船の前甲板、ミレイラス達の間へと着地する。

 お互いに中央甲板を挟み船上で対峙し合うと、突如レンカは声を張り上げる。

「ミレイさんに質問です!」

 目的の相手に聞こえているのかどうか分からないが、レンカは言葉を紡ぐ。

「ミレイラスさん達を操っていたのは、あなたなんですかッ?」

 すると、穴のあいた甲板を挟んで対峙するミレイは、聞こえていたらしく薄く笑っていた。

「強力な竜を好きなよに従わらせられれば、それは自分の力になるとは思いませんか?」

 そして、ミレイから返ってきた言葉に、レンカは眉をひそめる。

「どうして、あなたはそこまでして力を求めるんですか?」

「・・・・・・私は、自分を迫害してきた人間が許せないのです」

「迫害・・・・・・?」

「私は幼い頃から魔女と言うだけで化け物扱いをされていました。その気持ちは、あなたにだってわかるはずです! 同じ魔女なのですから!」

 ―――魔女。レンカがそう名乗って最初に町で酷い扱いを受けた様に、その単語自体に良い印象がないのだ。もとよりそれは、悪魔の力を借りていると言う事で、教会の方から一方的に悪と決め付けられたからでしかない。

 だから、魔女であったレンカも幼い頃は苛められたりもした。母親からは宿命のように教わってきたが、幼心に理解できるものではなかった。

 だから、同じ様な境遇のミレイの気持ちは痛いほど伝わってきた。

 しかし、レンカにはミレイと明らかに違う点が、一つだけある。

「だから、力を求めて復讐でもする気ですかっ?」

「生憎、そこまで歪んだ思想は持ち合わせていません。ただ、力があれば、私はもっと評価されるはずなのです」

 その言葉を聞いて、レンカは唇を噛みしめた。

「私にはわかりません。竜を暴れさせれば、評価されるって言うんですか?」

「この魔法はまだ実験段階です。前回までは上手くコントロールできないせいで暴れてしまいましたが、次こそは上手く操ってみせます。そうすれば、それを利用しようと私を求める人が出てくる。そうすれば、私は彼らにとって必要な人間になれる!」

「だけど、それは利用されてるだけじゃないですか。そんなのちっとも嬉しくないですよ!」

「あなたの意見など求めていません。私はただ力が欲しいだけです。人に評価されるぐらい強力な力が!」

 しかし、そう叫ぶミレイにレンカも負けじと声を張り上げる。

「―――力があったって、なんにも良い事なんてないッ!」

 その瞬間、彼女のローブの下から白い破片が周囲へと飛び散る。

 その様子にミレイは一瞬驚くも、そんなレンカの言葉が気に入らなかったのか、忌々し気に呪文を唱えていた。

「いったいあなたに何がわかるって言うのですッ!」

 途端に禍々しい光がミレイの足元、船の前甲板に描かれていた巨大な魔法陣から浮かび上がる。

「私の力を、・・・・・・操作魔法を見せてあげます!」

 刹那、周りのミレイラス達が一斉に闇夜に飛び立った。

 夜目が利かないはずのミレイラス達はしっかりと操られているのかふらつきもせず、レンカを取り囲むかのように空中に展開していた。

「―――行きなさいッ!」

 ミレイの号令と共にミレイラス達が一斉に飛びかかる。

 しかし、至って平然とレンカは両手の拳銃を自分の足元へと向けていた。

 そして、何本もの鋭い爪がレンカへと突き刺さろうとしたその瞬間、彼女はそのまま拳銃を足もとへと乱射。次の瞬間、突如として彼女の周りへと何本もの氷柱が出現していた。襲いかかろうとしていたミレイラス達はその壁へと衝突して、床へと落下していく。

「・・・・・・いつの間に魔法陣を?」

 それを見て呆然とするミレイだったが、自らの足にも激痛が走る。驚いて視線を落としてみれば、片足が凍りついていた。

「どうしてっ?」

 気がつけば、凍りついた足元には別の魔法陣が描かれていた。

 ミレイが咄嗟に辺りを見回すと、そこらじゅうに白い字で魔法陣が描かれている。そして、奇妙な事にそれを描いているのは、宙に浮いたチョークだった。誰の手も借りずにチョークはその場に浮かび、まるで意志を持ったかのようにすらすらと甲板へ魔法陣を描いていく。

 彼女はさっきレンカのローブから飛び出した破片の正体が、これだったのかと気がついた。

「魔法? ・・・・・・いや、まさかあれは念動力の一種?」

 彼女が分析している間に、近くに描かれていた魔法陣を弾丸が撃ち抜く。すると、魔法陣は呼応するかのように発光すると、そこから氷柱が出現。近くにいたミレイラスの翼を氷漬けにして、動きを封じていた。

 ミレイが弾丸の飛んできた方向を振り向いてみれば、そこには拳銃を構えたレンカの姿があった。

「―――私は、遺伝的に魔法と超能力が使えるんです」

 辺りの魔法陣を拳銃で次々撃ち抜きながら、レンカは何気なく口を開いていた。

「魔法も超能力も、普通の人間からは恐るべき力です。だから、両方の力を持ってしまった私は明らかに力を持ち過ぎてしまっていた」

 喋りながら、何気なくレンカは魔法陣を撃ち抜いているが、出現する氷柱はものの見事に飛び交うミレイラスの動きを封じていく。

「だから、怖がられてしまって、今でも友達ができません。それに、魔女でもなく超能力者でもない私は、何処にも仲間がいませんでした」

 言いつつ、レンカはブローバックしたままになって空になった拳銃の弾倉を捨てる。すると、ひとりでに別の弾倉がローブの中から出現し、拳銃の中に収まっていった。再び拳銃が自動でブローバックして装填を行うと、彼女は再び発砲を再開する。

「力なんて持っていたって良い事なんてありません! 私がその証拠なんですからっ!」

 レンカは両手を広げると、その場でくるりと回りつつ銃を乱射する。すかさず命中した魔法陣が周囲へと大量の氷柱を生みだして行った。それで、すべてのミレイラス達の動きを完全に封じる。

「・・・・・・力を持っていたって、誰からも認められない。むしろ、煙たがられるだけです・・・・・・」

 全ての魔法陣を撃ちあえたレンカは、寂しそうにそれだけ呟く。

 一方で、足元を凍らされ動きを封じられていたミレイは、すかさず足元の氷へと本をかざす。

 そして、ボンと出た炎により、むりやり足元の氷を溶かしていた。

「それは、あなたが有効に力を使おうとしないからです!」

「そんな事ありませんッ!」

「いいえ、あなたには躊躇いがあるんです。人を傷つけたくないと言う躊躇いが!」

「・・・・・・っ!」

「私は誰かを傷つけてでも人に必要とされたいんです!」

 ミレイのその言葉に、レンカはふと、昨日町で話を聞いた町の人々の事を思い出した。

 奥さんを殺された花屋に、孫を殺されたお祖母さん。姉を海に轢きづり込まれたエルヴィンとその父であるシグル。そして、話は聞けなかったが、町にはもっと大切な人を失った人達がいるはずだ。

「誰かを傷つければ人に認められるなんておかしいですよ! 苦しめられた人達が可哀想です!」

「だからあなたは甘いんです。そんなんだから、友達も仲間も出来ない! 世の中には人を苦しめることを生業にする人もいるんです。あなたもそちら側ならきっと友達も仲間も出来たでしょう!」

「そんな友達や仲間なら、いらないッ!」

 レンカはそう言うと、漆黒の翼で飛び上がっていた。

 飛び散った翼の破片が、空中で魔法陣を描く。

「誰かを苦しめる力なら、私が壊しますッ!」

「私の研究成果です。やらせませんッ!」

 再び床に叩きつけたアッパーの勢いで飛び上がってきたミレイは、先ほどと同じくレンカの周囲へと用紙をまき散らす。

 そして―――。

「今度は確実に殺します。―――フランメ・ナーゲル!」

 呪文と共に用紙が一斉に火炎を放射、レンカの身体を飲みこんでいた。そして、ミレイは同じ様に燃え上がった左手のクローで、火だるまになったレンカを勢いに任せて切り裂く。

 だが、彼女が振り返ってみると、燃え上がるレンカの身体は漆黒の翼に守られていた。

「三の翼。防壁の守事嵐スズラン!」

 黒い翼が羽ばたきと共に、周りの炎を振り払う。

 すると、その時舞った破片の一枚一枚が、レンカの目の前へと再び魔法陣の模様を作り出していた。

 すでに落下するしかないミレイは、それをただ呆然と見守るしかない。

 そして―――。

「六の翼・・・・・・」

 レンカの呟きと共に、目の前へ翼の破片で作られた魔法陣が回転、発光を始める。

「ミレイラスさん達、退いてくださいッ!」

 レンカの叫び声が聞こえたのか、船の上で気絶していた多くのミレイラス達は、大して良く前も見えないため、無様に海へとなだれ落ちていく。

「良いですかミレイさん。力は人を傷つける為にあるんじゃないんです! 誰かを幸せにするためにあるんですよ、きっと! それはいつか私が証明してみせますから!」

 わらわらとミレイラス達が退避する船に向けて、レンカは魔法陣の照準を合わせた。

「これはその一歩です。―――断罪の砲戦火ホウセンカ!」

 その言葉と共に、魔法陣から大量の銃砲が現れた。それらは一斉に火を拭くと、幽霊船はその業火に飲み込まれ、跡形も無く噴き飛んでいった。

 ミレイは爆風の熱気を感じながらも、ドボンと海へと落下する。

 生温かい海水に沈みながら、ミレイは自分の意識が遠のいていくのを感じた。


「ふむ、だいぶ派手にやってしまったな」

 海に浮かぶ板きれの上に、一羽のカラスがとまっていた。

 傍らに掴まって浮いているのは白い髪をした少女。

 気を失っているのか、板を掴んだまま、ぷかぷかと浮きつつ目をつぶっている。

「レンカが良く寝るのは、強力すぎる二つの力をコントロールするのに、大量の精神力を使うからかもしれないな」

 一羽のカラスはまるで保護者の様にその少女の寝顔を確認すると、今度は朝日を眩しそうに見つめた。

「しかし、これで調査は終了だな」

 カラスはやれやれと肩をすくめると、遠くに見えた船影へと大きく翼を広げてみせる。

「おーい! こっちだ!」


 港町セイリアの墓地はその街を見下ろす事の出来る崖の上にあった。

 偶然にも、そこはレンカが初めて港町セイリアを見下ろした場所だった。

レンカは初日に話を聞いた花屋で買った花束を供えつつ、一つずつ手を合わせていく。

「もっとうまく力を使えるように精進します」

 彼女が前にしているお墓は、全てこの事件の被害者のものだった。

 一人の似た様な境遇の少女が起こしてしまった事件だと思うと、自分も一歩間違えればこうなっていたのだろうかと、思ってしまう。

「ふむ。これで一件落着だな」

 全てのお墓参りが終わると、肩に乗ったクラークがそう呟く。

しかし、それにレンカは首を振っていた。

「それはたぶん、第三者でしかない私達だけが思ってる事ですよ。ここに住む人達は、一件落着なんて思ってません」

「・・・・・・もっともだ。軽率な発言を謝る」

 レンカはお墓の出口へと歩き出す。

すると、同じ様に花束を手にしたエルヴィンが向かいから歩いて来るのを見つけた。

「こんにちはエルヴィンさん。どうしたんですか? 確かお姉さんの遺体はまだ上がってないんじゃ・・・・・・」

 レンカが声をかけると、エルヴィンは微笑んでみせていた。

「確かに上がってませんが、お墓はしっかり作ってあるんです」

 レンカはエルヴィンについて、彼の姉のお墓へも付いていく事にした。

「けど、シグルさんは倒した竜を釣りあげて戻ってくるだろうって言ってましたよ?」

「父はそう言って格好つけているだけですよ。本当はもういないって事ぐらい分かってるんです」

 そして、エルヴィンが足を止めたのは、限りなく海に近い石碑の前だった。

 エルヴィンが花束を供える間、レンカは席にに彫られていた文字を読む。

「レニさん、って言うんですか?」

「ええ。僕より度胸のある人でしたから、生きていたらきっと良い漁師になっていたと思いますよ」

 レンカがそっと手を合わせると、エルヴィンも身体の前で十字を切っていた。

 拝み方は違えど、死者を弔う気持ちは一緒だ。

「色々、ありがとうございました。レンカさん」

「いえ、私はどうせお仕事で来てますから」

「それでも、この街を救ってくれたのはあなたです。これ以上僕らの様な遺族が出ないのは、一番の救いですよ」

「そう言っていただけると、とっても嬉しいです」

 嬉しいはずなのに、そう言って笑うレンカの笑顔には陰りがあった。

 なぜなら、彼女は幽霊船であったミレイの事が気がかりだったからだ。

ミレイは自分と方法が事なるだけで、誰かに認められようと言う思いは一緒だった。と言う事は、ここで逃がしてしまった彼女は、また同じ事件を起こす可能性がある。逃がしてしまった事に後悔はないが、彼女を止めなければいけないと言う思いははっきりとあった。

「―――私、もっと頑張りますから」

 そう呟くと、レンカはエルヴィンに手を差し出す。

 エルヴィンも快くそれを握り返していた。


「そう言えば、最後に訊いておきたいんですけど」

 レンカが帰る為のスクーターを出す魔法陣を描いている傍らで、それを待っていたクラークへとエルヴィンが声をかけた。

「うん? 私にだろうか?」

 少し驚いた様子のクラークだったが、快く承諾する。

「私に応えられる事だったら、何でも聞いてくれ」

「えっと、父から聞いた話だと。レンカさんって自分の名前を間違えて覚えているそうで」

「うむ。彼女はあまり人の名前を覚えるのが得意ではない様なのだ。知り合ったばかりの人間ならばともかく、長く付き合っている人の名前ほど勘違いして覚えている場合がある。直すのも面倒なのでそのままにしているんだ」

「じゃあ、クラークさんももれなくその枠から外れませんよね?」

「うむ、良い所に気がついた。確かに、私の名前はクラークではない」

 丁度そんな話をしていると、レンカの書き終えた魔法陣が発光していた。

 即座にスクーター型の彼女愛用のホウキが現れる。

「せっかくですし、教えていただけませんか?」

「うむ。別に構わない」

 丁度、レンカはエンジンをかけたスクーターへとまたがっている所だった。

 クラークは彼女の肩へと着地する。

「―――私の名前は、ルシファーと言う」

 そして、彼が告げたその名前は、教会で少しでも勉強をした事があるエルヴィンなら、一瞬でどういうものか気がつくもの。

「・・・・・・そう言えば、元々天使だったんでしたっけ」

「うむ。しかし、私は愚かな人間が嫌いだったんだ」

 その悪魔は、かつて天使だった。

 しかし、人間に仕えろという神の命令に背いて、堕天し悪魔になったのだと言う。

「―――それでも今は、楽しいですか?」

エルヴィンの問いに、クラークはただ一鳴き「かあ」とだけ答えていた。

レンカはエルヴィンに手を振ると、スクーターを出発させる。

エルヴィンの見つめる先で、彼女の背中は少しづつ小さくなっていった。

「悪魔の王を使い魔にする少女か・・・・・・」

 エルヴィンは呆れたように肩をすくめてその後ろ姿を眺める。

 ふと、彼はレンカが海でスクーターの調子が悪いと言っていたのを思い出していた。

 すると、まるでそれを証明するかのよに、彼女の乗るスクーターは綺麗に弧を描いて地面に落っこちていった。

「大物である事は間違いないみたいだ」

 彼は墜落したレンカを助けるために足早に駆けだしていた。

ご閲覧いただきありがとうございました。 ---なに? 次は学生ぐらいの年齢の甘酸っぱい恋愛ものをみたいだと? いいだろう。次に期待したまえ!

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