伝説の公務員の場合
電撃大賞に投降した作品を書きなおした作品です。かすりもしない結果だったので投稿してみました。一時期趣味である小説を書けない時期があり、そのうっぷんを晴らすべく描いたので、プロットも書かずに勢いで書いてしまった行き当たりばったりの内容であることを覚悟してください。
舗装されていない一本道の周りには、どこまでも麦畑が広がっている。
風でそよぐ麦畑の真ん中へ、ぽつんと置かれたバス停へと停車していたバスから、一人の男が降り立った。
スーツ姿に丸メガネ、ビジネス鞄をぶら下げたどこにでもいそうなサラリーマンの様な格好をした男は、快晴の空の下、なぜか傘を持っている。
「また、ずいぶんと田舎ですねぇ」
男は辺りを見回しながら、やれやれと呟いた。
バスが出ると、ぽつんと取り残された彼の周りには、麦畑と山々の姿しか見えなくなる。
「確か、カサハ村でしたっけ。典型的な農村らしいですが。まあ、歩くのは覚悟しましょうか」
男は諦めたように歩き始めながら、ポケットから取り出したハンカチで額の汗を拭く。
「せめて、すぐたどり着ければ良いんですが」
しかし、そんな彼の願いもむなしく、そのカサハ村に着いたのは約二時間後の事だった。
「バス停から遠すぎますよ。何のためのバスなんですか・・・・・・」
男は木陰の石垣に腰掛けながら、一休みしていた。
偶然、畑で農作業をしていた村人を見かけたので、村長の家を聞き、早速向かう。
「こんにちは。竜生活管理庁の者です」
男が村長の家の戸口を叩くと、ドアの向こうから声だけが返ってきた。
「入ってくれ」
男が言われた通り、ドアを開けて入って行くと、薄暗い部屋の奥に安楽椅子へと腰掛けた老人の姿があった。
老人は自分の体には見合わないほどの巨大なライフルを磨いていて、鋭い視線をこちらへと向けてくる。
「ようこそいらっしゃいました。私はこのカサハ村で村長をやっとるアーノルドと申します」
それに応える様にして、男も腰を折って名乗る。
「はじめまして。私は竜生活管理庁より調査に参りましたフォリス・ワーグナーと申します」
すると、早速フォリスと名乗った男は、鞄から手帳を取り出していた。
「では、早速で申し訳ないのですが、竜に関係する事件が起きたとお聞きしまして」
「うむ。立ち話もなんだから、こちらへ」
アーノルドに勧められるまま、フォリスは部屋の中央の机へと腰掛ける。銃を暖炉の上へと戻したアーノルドも、向かい合う様にしてそこへ腰掛けていた。
「つい先日の事だった。突然、この村に竜がやってきて、襲撃を受けたのだ」
「そのようですね。提出していただいた資料には、竜の特徴など記載されていなかったのですが、もしかしたら狩猟種の類かもしれませんね」
「なに? ・・・・・・竜にも種類と言うものがあるのかね?」
「ええ。竜も動物ですから。爬虫類に蛇やトカゲがいる様に、竜にも種類があります。―――それが何か?」
フォリスが訊き返すと、アーノルドは少し慌てた様子でこほんと咳払いする。
「いや、我々は竜に対して素人なものでね。ところで、君の仲間はいつ来るのかね? まさか、君一人で竜を相手に挑むつもりではないだろう?」
「いやぁ、良く言われますが、そのつもりですよ」
そんなフォリスの言葉に、アーノルドは絶句した。
「・・・・・・国は、我々を見捨てたのか」
「いえ、冗談です。私は調査員ですから、調べるのが仕事です。討伐する必要があると分かれば、仲間を呼びますのでご安心ください」
「なるほど。しかし、あの竜は凶暴で危険だ。すぐ討伐する準備をした方がいいぞ」
「検討してみましょう。まず、そのための第一歩として、竜に受けた被害を確認しておきたいのですが」
「うむ。それなら私の孫が案内しよう。家の裏の馬小屋にいるはずだ。声をかけてみてくれ」
「はあ、そうですか・・・・・・」
どうやら、アーノルドは動くつもりはないらしい。やれやれと肩をすくめたフォリスは、再び鞄と傘を手にして立ちあがっていた。
「君が村長のお孫さんかな?」
フォリスが話しかけると、小屋で馬の世話をしていたらしい青年は、こちらを振り向き少し驚いた様子だった。
「は、はじめまして。アベルと言います」
「これはどうも。竜管庁のフォリスです。―――はて、少し驚かれた様ですが?」
「すみません。竜管庁の方だと聞いたので、もっとこう・・・・・・」
「鎧など身につけていると思いましたか? 同じ公務員でも、好戦的な魔物を相手とする勇者たちとは違い、竜は穏やかですから。相手をする私達も基本的には身軽なんですよ」
「へえ。―――ああ、そうだ。案内ですよね。こちらの馬へどうぞ」
「あ、いや、馬は苦手なんですが・・・・・・」
「大丈夫です。僕が引いて歩きますから」
馬に乗せてもらえるのは気遣いなのだろうが、それでも乗馬の苦手なフォリスとしては、まさに苦笑いを返すしかなかった。
「ここが竜の被害にあった畑です」
そうしてアベルの引く馬に揺られてフォリスがやってきたのは、畑のど真ん中に空いた巨大なクレーターだった。あまりにも巨大過ぎるせいで、そこだけが鉱山か何かの採掘場の様に地面がむき出しになっている。
「思った以上に強力な竜の様ですねぇ。想像以上です」
彼は馬から降り、鞄から取り出した双眼鏡でクレーターの内部を見渡した。所々キラキラ輝いているのは、熱で溶けた地中のケイ素がガラスにでも変質したからだろうか。
「しかし、おかしいですね」
「なにがです?」
「いえ、ここまで巨大なクレーターを作れるような竜です。アベルさんの前で言うのもなんですが、なぜ村に被害が出なかったのか不思議でなりませんよ」
「そうですか? けど、うちの村は冬場は猟もやってますから。一家に一丁はライフルがありますし、他の村より銃の名手も多いから撃退できたんだと思います」
それを聞きながら、不意にフォリスは双眼鏡で後ろを振り返る。
すぐさま、ずささっと言う麦穂の倒れる音がした。
「銃の名手ですか。それは心強い」
次にフォリスはぐるりと周囲の麦畑を見渡してみる。
辺りを綺麗に埋め尽くす麦穂は、風を受けてただ綺麗に波を打っているだけだった。
「さて、次はどこですか」
「その竜のねぐらです。山間にその竜が住み着いた場所がありまして」
そう言って、彼は馬を引きつつ山道を登って行く。
彼らの上る山は、大して標高も高くないと言うのに、地面がむき出しで緑が少なかった。
フォリスが辺りをきょろきょろしていると、道端の石のほこらが無残に壊されている事に気が付いた。
「このほこらは登山者の為の者ですか?」
「はい。けど、誰かに壊されてしまったみたいですね」
「はあ、良く誰かに壊されたのだとわかりましたね。私はてっきり、竜にでも壊されたのかと思いましたが」
「あ、いや、けど、この辺山賊とか出るから、そのせいかなって・・・・・・」
「そうでしたか。しかし、私もそのぐらい見抜ける様な観察力が欲しいものですねぇ」
「竜生活管理庁の職員の方って、やっぱり観察力が必要なんですか?」
「ええ。我々は一見すると竜を相手にする仕事の様に見えますが、どちらかと言うと人間の相手をする方が多いんですよ。なんてったって、竜は我々に苦情を持ってきませんから」
「確かに、違いありません」
「だから、私達も竜より人間に殺されないかを心配する方が多いくらいです」
そう言うと、突然フォリスは後ろを振り返って怒鳴る。
「さっきから後ろをつけてくる人! とっくにわかっていますよ。いい加減出てきてはどうですか?」
その言葉にアベルも驚いた様に後ろを振り返っていたが、しばらく何の反応もなかった。
しかし、ごそごそっと音がして、岩陰からふて腐れた表情の少女が現れる。彼女の手にはライフルが握られ、格好も革製の者が中心なので、恐らく農婦ではなく猟師だろう。
「サリアじゃないか!」
そして、その少女を目にして驚いたのはアベルだった。
しかし、サリアと呼ばれた猟師らしき少女は、ピタリとライフルをフォリスへと向ける。
「村長どもに雇われた神殺しめ!」
その言葉に、アベルは慌てた様だった。
「何を言ってるんだサリア!」
「うるさい! アベルだって信じれたのに裏切ったんだ! 二人まとめて覚悟してもらう!」
そして、次の瞬間、山間に弾ける様な発砲音が響いていた。
「危ないですね・・・・・・。まずは落ち着いてください」
「そ、そうだよサリアッ! 脅しにしたってやり過ぎだッ」
しかし、サリアは目を見開いて、信じられないと言った様子で首を振る。
「う、嘘だ・・・・・・」
「嘘でも冗談でもありませんよ。銃を下ろして頂けませんか」
「それに、ここで発砲すると主様が気が付いて来るかも知れない。一度、君の小屋へ行こう。フォリスさん、それでも構いませんか?」
「ええ。構いません」
その間にもサリアは呆然とフォリスを見つめていたが、アベルがすぐにその手を引いていた。
サリアの小屋は、森を抜けた山が見渡せる丘の上にあった。
「ど、どうぞ」
部屋にあった唯一の机へとフォリスとアベルが腰掛けると、なぜか怯えた様な素振りのサリアがコップに水を汲んで来てくれた。中身はただの水だったが、フォリスは懐から銅貨を取り出してその中へと投げ入れていた。
「それでは頂きます」
そうして、銅貨の入った水をうまそうに飲むフォリスを見て、サリアとアベルは唖然とする。
「へ、変な飲み方だ」
「失礼だってサリア。すみませんフォリスさん」
「いえ、お気になさらずに。こうすると銅から出るイオンで水がおいしくなるんですよ」
「私は認めない」
「そうですか、残念ですね。―――そう言えば、あちこち回って聞きたい事が出てきたので、答えて頂けると嬉しいのですが?」
「えっと・・・・・・。じゃあ、家の方がいいですか? 村長もいますし」
「いえ、ここで結構。と言うか、ここの方が良いでしょう。それで、お二人は答えて頂けるんでしょうか?」
「ええ。僕はなんなりと。サリアも大丈夫だよね?」
「・・・・・・問いによる」
すると、フォリスは下ろした鞄から手帳を取り出しながら問う。
「では、まずサリアさんにお聞きしたいのですが。なぜ我々の後をつけていたのですか?」
「・・・・・・お前が神殺しだと聞いたからだ」
フォリスはサリアの言葉を理解したのか、手帳に何やらつらつらと書いていくが、アベルには質問の意図が分からず首をかしげるしかない。
「それでアベルさん。正直な所、本当にこの村は竜の襲撃にあったのでしょうか?」
「え? ・・・・・・あの、それはいったいどういう意味で?」
「いえ。竜と言うのも、力は強大ですが、生き物である事に代わりありません。それ故、発生させられるエネルギーの量と言うのも、その個体の大きさに比例するのですよ」
「はぁ、そう言うものですか・・・・・・」
「ええ。ですから、先ほど見たクレーターのサイズから見積もって、個体の大きさは数千トンでしょう。しかし、その大きさは身軽でエネルギー効率が良くなければならない渡り種ではあり得ません。どちらかと言えばその大きさは、古くからその土地に住み着くような古来種と言われる竜などに近い。基本的に動かないので、巨大なものが多いんです」
「では、我々の村を襲ったのは古来種だと?」
「ええ。しかも、聞いた話によるとあなた方はその竜をライフル銃で撃退したんですたよね?」
「はい。その通りです」
「しかし、それもおかしな話です。クレーター周辺に、竜のものらしき足跡が一つも見当たりませんでした。つまり、これは竜が空を飛ぶ飛竜と言う事なんですが。何よりも銃で撃退したと言うのなら、足跡が一つぐらい残っていたとしてもおかしくないんです。なぜだか分かりますか?」
「―――攻撃を受けて翼に怪我を負ったのなら、着地しなければならないからだ」
そう答えたのは、猟師であるサリアだった。
「御名答です。さすが、経験を積んだ良い猟師だということですね」
「世辞はいい」
「そうですか。では、話を戻すとしましょう。なぜ着地跡がなかったのか。それは竜が攻撃を受けて撃退されたのではなく、自発的に止めたからです」
「止めた?」
「ええ。特徴として古来種には、実は知能が高いものが多いんです。だから、怒りに任せて暴れると言うのは少ないんですよ。まぁ、たまに歳でボケて暴れるものもいるにはいるんですがね」
「けど、なぜ止めるだなんて・・・・・・」
「そこで、サリアさんが私に言った神殺しです。我々、竜管庁は地方の竜関係の問題を管理しているのですが、そこでも良く神殺しと呼ばれる事があるんですよ」
「どういう意味ですか? 何かの比喩か何かで?」
「いえ、そのままの意味ですよ。古来種は古くからその地域に住み着いている為、その地域の土地神として崇められているものが多いのです。―――さて」
そこで、フォリスは一度言葉を切った。
「もう一度、整理してみましょう。この村を襲ったのは、古来種の飛竜。村人に撃退されたのではなく、自らの意志によって引き上げました。ついでに言えば、自らのねぐらを持ち、サリアさんの様に神として崇めている人もいる。そして、私がさっき見た壊された石のほこら。そこから導かれる結論は一つしかありません。―――触った神には祟りがあった、と言った所なのではありませんか?」
フォリスが問い詰めるかのようにじっとアベルの顔を見つめると、彼の顔はみるみる青くなり、がんっと勢い良く両手をついて机へ頭を下げていた。
「す、すみませんでした! ・・・・・・じ、実は、村長から口止めされているんですが―――」
そして、アベルは重い口を開きだす。
かつて、魔物も竜も人間に討伐される存在であった。
しかし、それは魔法と科学が発達し、特に兵器が発達すると共に変わり始めてしまった。
永遠に混沌より湧き出る魔物とは違い、純粋に生き物である竜は簡単に討伐され過ぎて、いつしか数が減り過ぎ、反対に絶滅が危ぶまれる程にまでなっていた。
国は慌てて討伐に対する禁止令を発布するも、皮肉にも竜から取れる素材の値段が高騰し、密猟がむしろ増加してしまった。さらに、竜を容易に退治する事が出来なくなってしまったために、凶暴な竜や危険な竜を放置してしまうことにもつながった。
そこで、国は竜に関する全ての問題を解決するための組織を設立する事を決定する。
それこそが、〈竜生活管理庁〉であった。
これで竜に対する問題を一挙に解決出来ると期待されたが、それでも竜の個体数は現在も減り続けている。
それもこれも、魔法と科学の発達によって、神というものの存在意義がなくなったためだと言われている。多くの竜は古来種であり、地方では神として崇められていた為に討伐されずに生き残っていたのだが、いつしか土地神としての存在意義がなくなり、現在では害獣としか見なされなくなったと言われている。
アベルが話したのも、そんなよくある話の一つだった。
「主様を恐れる村人たちが、主様を殺そうとして怒らせてしまったんです・・・・・・」
「なぜだ! なぜ主様を恐れた! 今までずっと村の豊作を司ってくれてたのにっ!」
「主様は巨大で強いから。それが近くにいると思うと、つい怖くなってしまったんだ」
「貴様っ!」
サリアは思いっきりアベルを殴りとばした。
アベルは衝撃で壁へと叩きつけられ、そのままその場に座り込んでいた。
「ごめんサリア。主様に仕えている君にもちゃんと相談すればよかった・・・・・・」
もう一度拳を振り上げようとしたサリアの手を、フォリスが掴んで止める。
「もうその辺でいいでしょう。それだけ聞けば、充分何があったか分かりました。それで村長の様子がおかしかったのですね」
「そ、村長が、何か?」
「まぁ、直接は今れませんでしたが。いかにもさっさと倒してくれと言わんばかりの雰囲気でしたよ」
「・・・・・・す、すみません」
「いえ、あなたが謝る事ではありませんよ。ただ、こうなるとこの事件は人為的なものだったと言う事になってしまいますねぇ」
「人為的な事件、ですか?」
「ええ。竜に対する人間の傷害事件は、警察の管轄ですから」
「ど、どうなってしまうんですか? うちの村は・・・・・・」
「そうですね。村ぐるみの犯行となると、責任を取って代表者が交代ってところですかねぇ」
「え・・・・・・? たったそれだけですか?」
「ええ。竜に関しては殺人未遂みたいな法律はありませんし、今回は密猟目的でもありません。殺していないのなら、それほど罪は重くならないでしょう。しかし、ただの公務員である私にここまで推測できたことですから、殺してしまっていたらあっという間に警察に嗅ぎ付かれて、村ごと処罰されている所でしたよ」
「じ、じゃあ、主様の討伐が失敗して、良かったんですよね・・・・・・?」
「いえ、そう安心も出来ません。今回の騒動でその主とやらを怒らせてしまっているとしたら、反対に人が襲われる恐れもありますから。人に危害を与える以上、我々が討伐しなければなりません」
「主様を殺すのか?」
「なるべくそうならない様に頑張りますけどね。それに、事情も分かった事ですし、竜管庁の方と連絡をとってみましょう。そのための電話をどこかでお借りしたいんですが」
「電話なら、村長の家にあります」
「そうですか。では、そろそろ日も暮れてくる頃でしょうし。一度、戻るとしましょう」
そう言って、フォリスは自分の鞄に手帳を戻すと、雨傘を手に立ちあがっていた。
そのまま部屋を出て行くフォリスについていくアベルだったが、その手は突如として引きとめられる。彼が振り返ってみると、いきなりサリアから強めに頬へとハンカチを押し当てられていた。
「いててっ」
「濡らした。冷やせば少しは腫れが引く」
「ああ、ありがとう。それじゃあ」
「ちょっと待て。―――あの男、いったい何者だ?」
「え、フォリスさんの事? 紹介してなかったっけ、竜生活管理庁の調査員の人だけど」
「本当にそれだけか? あいつ、・・・・・・ライフルの弾を弾いた」
一瞬、サリアが何を言っているのか分からなかったアベルだが、そう言えば出合い頭にサリアが一発ライフルを発砲した事を思い出した。
「あれって脅しだったんじゃないのか?」
「私はあの男を殺すつもりでいた。あんな大きな的、外す訳がない」
「けど弾いたって・・・・・・、身体で?」
「あの傘でだ」
言われてみれば、確かにフォリスは天気がいいと言うのに常に雨傘を手にしている。てっきり旅の備えなのだと思っていた。
「けど、そんな訳ないと思うけど。サリアの見間違いか何かだよ」
それでもふるふると怯えたように首を振るサリアの頭を、ぽんぽんっと軽くアベルは撫でる。
「疲れてるんだよ。ずっと気を張っていたんだろう?」
「それもお前らのせいだ」
「それだけ皮肉が言えるのなら、元気みたいだね」
「何か収穫はあったかねワーグナー殿?」
馬小屋にアベルが馬を戻しに行ったので、フォリスだけが村長の家に戻ってくると、アーノルドから声をかけられた。
「ええ。被害から竜の規模がだいたい推定できました。明日はそのねぐらとやらに言ってみます」
「そうかね。奴は凶暴だぞ? 調べなどしていないで、さっさと奇襲をかけた方がいいんじゃないかね?」
「いえ。何事にも下調べは重要です。ところで電話を貸していただけますか?」
「奥の部屋にある。自由に使うと言い」
アーノルドは相変わらず暖炉の前の安楽椅子から動く気配を見せないので、フォリスだけで奥の部屋へと進む。そこは小さな小部屋になっていて、フォリスは電信機の前に腰掛ける。
受話器を取ると、この地区の交換所につながり、竜管庁に繋ぐよう頼む。
しばらくの呼び出し音の後、ぶつっと言うノイズと共に繋がった。
「フォリスです、ボスですか? ・・・・・・ええ、カサハ村の調査がだいぶ終わりました。良くある厄介な案件です。・・・・・・ええ、時間はかかるでしょうが私一人で村人たちを説得してみます。しかし、最悪保護と言う可能性も―――」
そんなフォリスの声を扉越しにアーノルドは神妙な面持ちで聞いていた。
夜になり、フォリスはそのまま村長の家へと厄介になる事にした。
「で、実際は竜管長ってどんな仕事をするんですか?」
テーブルにスープの皿を並べながら、アベルが訊いて来た。
椅子に腰掛けて手帳にペンを走らせていたフォリスは、顔を上げて答える。
「そうですね。我々は竜に関する市民の問題を解決するのが目的ですから。主に絶滅危惧の竜の保護とその後の世話と言ったところでしょうか」
「へぇ、そうだったんですか。僕はてっきり、竜専属の勇者だと思ってました」
勇者と言うのも、正確には魔物討伐庁と言われる竜管庁と同じ国の省庁の一つである。
武装は国防軍と同じかそれ以上であり、有事の際には国防軍の指揮下に入る準軍事組織である。
もともと世界には、魔物と呼ばれる魔力によって生み出された生物や動物や植物が異常な魔力の吸収によって変質したものが存在していた。
かつては、悪さをする魔物を討伐するために選抜された一人の兵士を勇者と呼んでいたのだが、魔物の問題に勇者一人では対処できなくなったため、国が組織化を行っていた。しかし、一般の人々の間では未だに勇者の呼び方が馴染んでいるため、組織を総称して今でもそう呼ばれている。
「竜管庁はそもそも戦う事が目的ではありません。あくまで竜を保護する事が目的ですから、基本的に武装していないんですよ」
「確かに、フォリスさんも戦闘服って言うよりも、会社員みたいな恰好してますもんね」
「まぁ、あくまで調査員ですから」
テーブル上の皿に全てパンを並べ終えたアベルが席に着くと、暖炉の前で銃を磨いていたアーノルドもテーブルの椅子へとつく。
「ワーグナー殿。どうぞ遠慮せず、召し上がってください」
「ええ。それでは遠慮なく頂きます」
フォリスは目の前のアベルが先に食べるのを確認してから、パンをちぎってスープへと浸していた。どうやら、きのこがふんだんに使われたシチューの様だった。
「ところでフォリス殿―――」
丁度、フォリスがパンを口に運ぼうとしたところで、アーノルドが口を開いてきた。
「竜のねぐら近くにいる娘に会いましたかな? 女のくせに猟師の格好をしている娘です」
彼が話しているのは、恐らく昼間出合ったあのサリアと言う少女の事だろう。
フォリスはパンを口に運ぶ状態のまま、アベルに視線を合わせたが、彼は無言でスープの皿を見下ろすだけだった。
「―――いえ。見ていませんね」
「そうでしたか。あの子は、・・・・・・少し可哀想な娘でして」
「と、いいますと?」
フォリスがやっと口に運べたパンを咀嚼しながら首をかしげると、アーノルドは話し始める。
「もともと、あの山を管理している猟師の娘でしてな。元々の才能か、銃の名手で通っておる」
「そうですか。それは山の管理者としては心強いですね」
「しかし―――」
そこで一度、アーノルドは深いため息をつく。
「つい先日、その娘の唯一の肉親である父親がなくなりましてな。それ以来、彼女は精神的に病んでしまいまして」
「・・・・・・ほう」
「何をするか分かりません。山の丘にある彼女の小屋には近づかない方がいいでしょう」
「そうですか。ご忠告を感謝しますよ」
そして、フォリスは淡々と食事を口に運んでいった。
アーノルドが自室へと戻り、ダイニングへと残されたフォリスはランプの明かりを浴びつつ手帳への書き込みを続けていた。
すると、食事の片づけを終えたらしいアベルが向かいへと腰掛ける。
浮かない顔をした彼を見て、フォリスは思わずペンを置いていた。
「村長はあまり彼女の事を快く思っていないようですね」
「・・・・・・ええ。そうみたいです。もともと村長は主様の討伐を主導してますから。反対にサリアは主様に仕えている立場です。対立するのは仕方がありません」
「それに、サリアさんから本当の事情を聞けば、私は竜を討伐しませんからね。討伐派の村長としては何と言っても合わせたくないのでしょう」
「けど、サリアが父親を亡くしているのは本当なんです。しかも、それを見計らった様に村の人間は主様を討伐しようをしたから・・・・・・」
「彼女の気苦労は数知れませんねぇ・・・・・・」
「僕もその時以来、久しぶりに彼女に会いましたから。銃を持ちだしてきた時は、本当にどうかしたんじゃないかと思いました。本当はもっと大人しい子なんです。―――猟師のくせに、撃ち殺した動物に対して心を痛める様な奴でしたから」
「アベルさんは、サリアさんの事を良く知っているようですね」
「そりゃまあ、幼馴染ですから」
「なら、傍にいてあげた方がいいのでは?」
「そうもいきません。僕は討伐を主導する人間の孫なんですから・・・・・・」
「そう言えば、アベルさんはどうなんですか? やはり主は討伐するべきだと?」
「いえ・・・・・・。情けないけど、自分でもはっきり決められないんです。討伐しろという言い分も分かりますし、討伐するなと言う言い分もわかるんです」
「中立と言う訳ですか」
「村長には内緒にして置いてください」
「ええ、わかりました。―――さて、ランプの油ももったいないですから、そろそろ寝ましょうか。明日、今日行けなかった主のねぐらに行くつもりなんですが、また道案内を頼めますか?」
「もちろんです」
「それに、折角ですからサリアさんも誘ってみましょうか」
「それはいいですね。僕、お弁当作りますよ」
嬉しそうにするアベルを見て、フォリスはつぶやく。
「彼女も喜んでくれるといいんですが」
翌日。
アベルの引く馬に揺られ、フォリスは再びサリアの小屋までやって来ていた。
アベルが小屋の戸を叩くと、いきなり出てきたサリアがライフル銃を突きつけてきた。
「わぁっ!」
「何をしに来た?」
アベルはそれにゆっくり両手を上げながら答える。
「フォリスさんと一緒に主様を見に行こうと思って・・・・・・。さ、サリアも一緒にどうかな?」
「・・・・・・主様は、見世物じゃない」
「あっ、いや、言い方が悪かった。僕らは観光に行く訳じゃないよ。フォリスさんが主様の様子を見てくれるんだ」
「ええ。村の人達が討伐するつもりで武器を持ちだしたのなら、主も何らかの怪我をしている可能性がありますから」
そして、フォリスはゆっくり馬から降りようとして、―――どしゃっと地面に落下していた。
「うわっ! だ、大丈夫ですかフォリスさん!」
アベルとサリアが驚いて駆け寄ると、フォリスは尻をさすりながら立ちあがる。
「いたた・・・・・・、だから馬は苦手だと言ったんです」
「すみません。僕も配慮が足りませんでした」
「いえ。お心遣いはありがたいですよ」
「・・・・・・お、お前。本当に銃の弾を傘で弾いた人間か?」
「はい? いったいなんの話ですか?」
訝しげな表情を浮かべるサリアに、フォリスは首を傾げるしかない。その一方で、アベルは警戒心を解いたサリアにほっとしているようだった。
「せっかく出てきたんだし。一緒に行こうよサリア」
「・・・・・・・・・」
「それにサリアの分のお弁当も作ってきたんだ。確か、自炊苦手だったろ? ろくに食べれてないんじゃないかと思って」
それでも仏頂面するサリアであったが、ぐうとなった彼女のお腹は何よりも正直であった。
「お、お弁当は・・・・・・」
「やっぱり朝食も食べてなかったのか・・・・・・。ほら、僕の分あげるよ」
山道を登りながら、アベルは馬の鞍に取り付けてあったバスケットを開けていた。
中から取り出したのは、小麦のパンを半分に切ったものに村でとれたレタスやトマト、山羊のチーズなどを挟んだ簡単なサンドイッチだったが、受け取ったサリアはすぐさまバクバクとがっつく。
「まさか、昨日の夜も食べてなかったんじゃ・・・・・・」
「ところでアベルさん。主がどんな竜かわかりますか?」
「いや、実は僕、主に襲撃を受けた時いなかったんです。だから、去年の祭りでお供え物をした時に見かけたぐらいで。大きかったのは覚えてますけど・・・・・・」
「そうですか。ここはやはり、本職の方に訊いた方が早いですかね」
そう言ってフォリスとアベルがサリアを振り返ってみると、すでにサンドイッチを食べ終えた後だった。ぶら下げていた水筒の水で流し込む様子に、アベルは少し呆れる。
「きちんと噛んで食べた?」
「そこそこな」
「―――で、サリアさん。主の特徴とか分かりますか?」
「特徴と言っても、他の竜を知らないからわからない。主様は主様だ」
「そうですねぇ。例えば、首は長かったですか? それとも、胴体に埋まっていましたか?」
「首は長かった。胴体と同じぐらい長い」
「翼や表皮はどんな生き物に近いですか?」
「翼はコウモリだな。体表はトカゲや魚に近い。鱗状だった」
「牙や角のはどうですか?」
「牙はいっぱい生えているが角はない。手には鋭い爪が生えていた」
「そうですか。つまり、特徴がないのが特徴。・・・・・・古来種でも一般的な種みたいですね」
「一般的な種と言いますと?」
「普通に多くいる種と言う事です。古来種はかなり古くからいる種ですから。他の種に比べて進化が少ないのか、種が偏っているんですよ」
「多くいようが関係ない。主様は主様だ」
「ええ、その通りです」
しばらく山道を登って行くと、ぐるりと山を村の反対側まで回り込んでいた。
その中腹辺りには、立派な石段が建てられていた。
「ここが主様にお供え物をする場所です」
アベルの説明を聞き、フォリスは馬から降りて石段を確認する。
「なるほど。かなりの年代物です」
「そりゃあそうですよ。少なくとも曾お祖父さんの代からあるらしいですから」
「しかし、主の姿が見えませんね? アベルさんは前にここに来た時に見かけたんでしょう?」
「ええ。確かこの谷の間に・・・・・・」
そう言ってアベルが覗きこんだのは、奥の山との間に出来た渓谷だった。
今いる山と同じ様に渓谷までも草木が少なく、ほとんど山の斜面がむき出しになっている。渓谷の底に小川が流れているのがここからでも見えた。
「おかしいな、姿がない。―――サリア、主がどこに行ったか知らないか?」
「知らない。最近は姿が見えない」
「もしかして、この前の襲撃でどこかへ逃げてしまったとか?」
「いや、それよりも前から主はちょくちょくどこかへ出かけている。けど、昼間のうちだけだ。夜になれば戻ってくる」
「・・・・・・ふむ。最近うろうろするように、ですか」
サリアの言葉を聞いて神妙な面持ちをするフォリスに、アベルは心配そうに問う。
「何か、気になる事が?」
「ええ。たまにボケてきた竜がそのような行動を―――」
「ぬ、主様はボケてなどいないっ!」
「失礼。仕事柄、いろいろ想定しなければならないものでして」
すると、フォリスは何か思いついた様に、持っていた鞄から手帳を取り出していた。
「しかし、せっかく主がいないんです。今のうちに住処の観察と行きましょうか」
そう言って楽しそうに斜面を下って行くフォリスを見て、慌ててサリアはライフルを構えて追って行く。
「こら、勝手に入るな!」
そんな二人の後を、アベルは馬を柵へと結び付けてから追いかける。
「フォリスさん危ないですよ!」
「大丈夫です。何にも手は触れませんから」
「そう言う問題じゃない。主様が帰ってきたらどうするつもりだ!」
「その時はさっさと逃げましょう。古来種は頭が良いですから、主もきっとわかってくれます」
「そんな訳あるかっ! お前の様な不審者、一口でパクリだ!」
「サリア失礼だって! それに銃は降ろすんだ!」
「じゃあ、この男をここから追い出せ!」
しかし、突如としてフォリスがくるりと振り返ってきたので、驚いて引き金を引きかけたサリアが慌てて銃口を上に向ける。
「じゃあこうしましょう。サリアさんは少なくとも主と面識があります。一緒に行動していれば、即座に私が喰われると言う事はありません」
「・・・・・・ど、どういう意味だ」
「私と一緒に行動してほしいと言う意味ですよ。さあ、行きましょう」
「や、やめろっ。引っ張るな!」
打って変わって、今度はフォリスに襟首を掴まれ、引っ張られていくサリア。
アベルがその様子に苦笑していると、不意に馬のいななきが背後から響いた。恐らく先程柵へと繋いできたフォリスを乗せていた馬だろう。
しかし、そのいななきは何度も響いた。まるで、何かに怯えた悲鳴の様に。
「どうしたんだ・・・・・・?」
不審に思ったアベルは、斜面を下るフォリスとサリアを確認すると、今度は引き返し始める。
石段の策に結びつけられた馬は、何かから逃げるように、必死にもがいていた。
「よしよし、大丈夫だから」
彼がそう言ってなだめるも、馬は落ち着く様子を見せない。
どうしたものかと彼が眉をひそめると、不意にその視界へと赤い塊が入る。
一瞬、岩か何かとも思ったが、違う。
それはもぞもぞと動き、次の瞬間、ばさりと翼を広げて見せていた。
「ギャアッ」
その鳴き声と共に、馬を結んでいた柵が壊れた。途端に自由になった馬は、一目散にその場から逃げだして行った。
「私は竜の研究者ではありませんが、役職上、興味はあるんですよ。こうして直接その住処を見れると言うのは実に興味深いです」
「こ、ここは主様の聖域なんだぞッ! お前なんかが入っていい所じゃっ、わわわッ」
「ちゃんと前を見てないとつまづきますよ?」
「いい加減、手を離せ!」
暴れるサリアを引きずって歩くフォリス。
しかし、ふと何かの気配を感じたのか、暴れていたサリアは突如として動きを止める。
「どうしました?」
不審に思ったフォリスが手を離して問うと、サリアは歩いて来たライフルを構えていた。
「物騒ですね。銃まで構えなくても」
「しっ・・・・・・」
サリアは唇に人差し指をあて、フォリスを黙らせる。
その瞬間、死角になっていた山道から馬が飛び出してきた。
「アベルさんの馬?」
フォリスがこちらに向かってくるそれを確認しつつ呟くと、次の瞬間、アベルまでもが飛び出して来ていた。
「た、助けてッ・・・・・・!」
息を詰まらせながら、アベルは必死に叫ぶ。しかし、何かに怯えているのか、上手く声にならないようだった。そして、その背後から迫る巨大な赤い生き物にフォリスは気が付いた。
呆然とするサリアを差し置いて、フォリスは突風の如く向かってきた馬の鞍から、すれ違った一瞬で自分の傘を引き抜いていた。
そして、一目散にアベルの元へと駆ける。
「ギャアッ、ギャアッ」
「ひっ・・・・・・」
尻もちをついたアベルを、追い詰めるようにその竜は迫る。
だが、その前へと傘を片手にフォリスが介入していた。
「・・・・・・・・・」
フォリスが睨みつけると、対峙した竜も動きを止める。
「・・・・・・ギャア」
追いついたサリアは、アベルを引き起こして、すぐさま銃を竜へと突きつける。
「なんだ、こいつ・・・・・・?」
二人が呆然とする中、唐突にフォリスはその竜へと左手を伸ばしていた。
すると、途端にばくりとその手は竜の口の中に収まる。
「ひゃあッ!」「・・・・・・うっ!」
悲鳴の様な声を上げるアベルとサリアだったが、フォリスは喰われたはずの手を引き抜いて、改めて二人に見せびらかす。
「大丈夫ですよ。あま噛みですから」
「あ、あま噛み?」
確かに、噛みつかれたはずのフォリスの左手は、よだれでべとべとにはなっているが、スーツには穴すら開いていなかった。
「こいつ、誰だ・・・・・・?」
そして、サリアは何よりもその赤い竜を見上げながら首をかしげていた。
「恐らく竜の赤ちゃんでしょう」
「赤ちゃん?」
「なるほどなるほど。それで主は巣からいなくなっていたんですか」
一人納得するように喋るフォリスは、その子竜の顔を撫でまわしてみせる。
「よしよし。なかなか大人しい子です」
「大丈夫なんですか?」
「ええ。古来種は幼くても知能が発達してるんです。恐らく、もうすでに五歳児並みの知能があるんじゃないでしょうか」
「そ、そんなに頭が良いんですか」
感心するアベルとは別に、サリアは神妙な面持ちで竜を見上げた。
「こいつ、まさか主様の子供なのか?」
「そのようです。恐らくこの子の為に、主はご飯でも探しに行ってるんでしょう」
「だが、今まで主が子供を産んだ事なんてなかった」
「まぁ、竜は長生きですから、あまり子孫を残す必要性が少ないんですよ。けど、どこかで良い相手でも見つけたんじゃないですかねぇ?」
その言葉に少し呆れた様子のサリアだったが、フォリスは子竜の頭を撫でながら二人を振り返る。
「ほら、二人とも怖がってないで遊んであげましょう」
「・・・・・・い、いや。遠慮します」
「・・・・・・私もいい」
「それじゃ可哀想ですよ。ほら、大人しいですから」
フォリスはそうは言うも、子竜は熊を二頭縦に並べた様な大きさだ。しかも、子供とは言え、すでに立派な牙と爪が生えている。下手をすると、小型の竜よりも迫力があった。
「ギャアッ」
そして、竜がまた一鳴きしてみせると、サリアとアベルは大きく一歩後ずさる。
「まったく、サリアさんは主に仕える身でしょう?」
「いや、しかし・・・・・・」
「ほら。銃は私が持っていますから」
そう言って、フォリスはサリアからライフルを取り上げると、彼女を竜の元へと引っ張って行く。
「優しくしてあげれば大人しいですから」
「・・・・・・む、無理だ。噛まれるかもしれない・・・・・・」
子竜に覗きこむ様に見つめられ、サリアは直立不動で固まっていた。
だが、子竜は容赦なくサリアの頬を舐める。
「ひあっ」
「ほう、どうやら気に入られた様ですねぇ」
「く、くすぐったいっ。止せ! ・・・・・・あ、あははっ」
「ほら、アベルさんも」
「ぼ、僕はいいです。別に主に仕えている訳でもありませんし」
「大丈夫ですよ。主様は誰に対しても平等です」
「どこの宗教ですかっ!」
しかし、ごねるアベルまでもをフォリスは子竜の前へと連れてくる。
すると、子竜も興味をサリアからアベルへと移したのか、じっとその姿を見つめていた。
「そう固まっていたら、サリアさんと一緒ですよ」
「ふ、普通はそうなるっ! 私だけじゃない」
だが、今度の子竜の対応は違った。
子竜はアベルの膝を突っつき、彼のバランスを前へと崩す。するとその瞬間、子竜がすっと頭を上げると、アベルは綺麗に子竜の頭の上へとまたがってしまっていた。
「うわっ! ふ、フォリスさん! 助けてッ!」
ずいぶんと高い所から助けを求めてくるアベルだったが、フォリスは手でひさしを作り呑気に見上るだけだった。
「これはずいぶんと気に入られた様ですねぇ。頭のいい竜が自分の上に乗せるのは、よほど親しくならないとできない事なんですよ?」
「う、嬉しくないですよぉ! 助けてくださいッ!」
竜の頭の上でバタバタするアベルを、少し羨まし気にサリアは見上げていたのだった。
何とか逃げ出した馬を発見し、一同は積まれていたアベルのサンドイッチで昼食を済ませた。
すると、不意にフォリスは傘を持って立ち上がる。
「それでは、少し面白いものをお見せしましょう」
そう言って、フォリスは子竜の前で傘をちらつかせると、その傘をブーメランのように上空へと放り投げていた。
すると、子竜はそれを追いかけるかのように羽ばたき、猛烈な砂埃が一同を襲う。
飛び立った子竜は器用に空中で傘を口でキャッチすると、すぐにUターンして戻り、誇らし気にフォリスの前へと傘を差し出していた。
「やはり頭のいい子ですね」
「確かに凄いですけど。頭が良いのに何でこんな犬みたいなことするんですか?」
「馬鹿にしてはいけませんよ。訓練もしてないのに、こうして傘をちらつかせるだけで取ってくるというのが理解できるんですから。それに、これは赤ちゃん竜にとっては遊びの一種なんです」
そうして、再びフォリスが傘を放り投げると、子竜は同じ様に飛び出していた。その度に突風と砂埃が襲い来るのでたまらないが、子竜はしっかりとその口に傘をとって戻って来ていた。
「やってみます?」
フォリスがアベルへと傘を差し出すと、何よりも早くサリアがそれをひったくる。
「私がやる!」
そして、サリアがフォリスと同じ様にして傘を投げると、子竜は同じ様にして飛び立っていた。拾ってきた傘をサリアが受け取って、よしよしと子竜を撫でて褒めてやっていた。
「よし。もう一度行くぞ」
そう言って楽しそうに傘を投げている彼女をアベルは安堵したように見ていた。すると、不意にぽんとフォリスがその肩を叩く。
「では、私は周囲の調査をしてきます。二人で遊んであげていてください」
アベルがそれにこくんとうなずくと、フォリスは手帳を片手に渓谷へと歩き出していた。
「きっと気を使ってくれているんだろうな」
アベルはその後ろ姿を見送ると、サリアの元へと向かっていた。
日が暮れて斜面が真っ赤に染まる頃、フォリスは渓谷の奥から戻ってきた。
彼が斜面を見上げると、サリアとアベルが子竜相手に追いかけっこをしている。やはり頭が良い竜らしく、他の二人の速度に合わせて、わざと飛ばずに足で歩いて追いかけている。
「周辺の調査が終わりました。そろそろ帰りましょうか」
フォリスがそう言って声をかけると、二人とも振り返る。しかし、突然止まった為か、サリアが子竜に覆いかぶさられていた。
「わあっ」
「ギャアッギャア」
捕まえた子竜は喜んでいるらしく、バタバタと暴れる。押しつぶさない様に子竜も加減しているだろうが、下敷きになっているサリアは苦しそうだった。
「何かわかりましたか?」
二人を置いて、駆け寄ってきたアベルに訊かれ、フォリスは満足そうに答える。
「ええ。主はアパトユーロニウムという学名の竜ですね」
「あ、あぱとゆー・・・・・・、ですか」
「ええ。子竜の特徴と巣に落ちていた鱗から判断しました。アパトユーロニウムは赤い頑丈で美しい鱗が特徴で、防具や盾の素材として有名なんですよ」
「そ、そうなんですか。僕には何のことやらわかりませんけど・・・・・・」
「いえ、これは貴重な発見です。アパトユーロニウムは高級な素材になる事が有名で、我々の監視下で自然と抜け落ちた鱗だけを出荷するように管理しているんですが。殺してしまったほうが手っ取り早いと考える人もいますから、現在も密猟者が減らないんです。主も密猟者に見つかる前に発見出来て幸いでした」
「そんな貴重な竜だったんですか・・・・・・」
「ええ。それを捕まえる事を専門にした組織があるぐらいですから。で、アベルさんそろそろ」
「ああ、そうですね。サリア、帰るって」
今度は子竜を鬼を交代して追いかけっこしていたサリアに声をかけるが、彼女はあからさまに仏頂面を返してきた。彼女は追いかけっこを中断すると、アベルの元へと駆け寄ってくる。
「まだレッドといたい」
「子供じゃないんだから、フォリスさんを困らせたらダメだよ」
サリアをたしなめるアベルだったが、フォリスは唐突に首をかしげていた。
「はて、レッドと言うのは?」
仏頂面のサリアの代わりに、アベルがすっかり慣れた様に子竜の頭を撫でながら答える。
「この子の事です。サリアが名付けたんです」
「赤い色した赤ちゃんの竜だからレッドだ」
「また安直ですねぇ」
フォリスが正直な感想を述べると、サリアにキッと睨まれた。
「・・・・・・いえ、それ故に実に分かりやすくて覚えやすい名前だと思いますよ」
「世辞はいい」
サリアが完全にへそを曲げてしまったので、フォリスはアベルと目を合わせて肩をすくめる。そんな、フォリスのフォローをするように、アベルはぽんっとサリアの肩に手を乗せる。
「大丈夫だよサリア。レッドは明日もいるから、また来ればいいさ」
「・・・・・・・・・」
「そしたら、お弁当も作ってくるから」
「・・・・・・じゃあ、約束だ」
「ああ。腕によりをかけるよ」
アベルが了承すると、渋々と言った様子でサリアはレッドにさよならを言う。
フォリスの言う通り、アパトユーロニウムと言う種の竜は頭が良いのだろう。子竜のレッドはそれを理解した様でギャアッと一鳴きして返事をする。
アベルとサリアが最後に大きく手を振って、山を後にした。
「さて、どうやって村の皆さんを説得したものでしょうか」
夕食の後、フォリスは村長の家で借りた部屋で一人思案にふけっていた。
彼が向かい合う机の上には、手帳と共に幾つかの書類が並べられている。全ての書類は文章と図で埋め尽くされており、その中には鉛筆で書いたらしいレッドのスケッチもあった。
「情報が集まったとはいえ、その問題を解決するとなると完全に別の話ですからねぇ」
それらの書類は、全てフォリスがまとめた報告書であった。だが、それは所詮仕事のうちの一部でしかない。なぜなら、竜管庁と言うのは問題を解決することこそが職務なのだから。
「一度、情報を整理してみましょうか」
そう呟くと、フォリスは机上の書類を揃えなおし、簡潔に要点だけを読み上げていく。
「村人たちは、古くから主と呼ばれる土地神である竜を恐れ、襲撃した。しかし、村人たちは反撃を受けてしまう。だが、竜は何を思ったのか、途中で反撃を止め巣へと戻った」
フォリスの勝手な想像だが主が反撃を止め巣へ戻ったのは、村人たちに呆れたからではないだろうか。今まで一方的にあがめておいて、突然手のひらを返す。ただその場を住処にしていただけの主にとっては、これほど迷惑な話はない。
「そして、村人たちは主は自分たちではどうしようもない存在だと気が付き、我々竜管庁に助けを求めた」
だが、竜管庁は村人たちが想像する様な一方的に竜を討伐する様な組織ではなかった。
良く勘違いされるが、竜管庁の仕事は竜を管理するためのものではない。本来は、竜と生活する人々を管理することにある。それの延長線上が、仕方なく竜の管理に落ち着く事があるに過ぎないのだ。
「となると、この村と竜の問題はいたって単純。―――科学と魔法の発達で、神と言うものが希薄化した現代にならどこにでもある様な話です」
科学と魔法で全てが自由自在になり得る現代。
もはや、土地神など信じる人間など数少ない。
そして、その土地神であった竜達は、もはや現代では武器や装飾品の材料としての価値しかもっていないのだ。
「出来る事なら、すぐにでも我々の施設で保護したい所ですが。アベルさんの話だと、この村の住人達は主自体を恐れている訳ではない様ですね。恐らく、主と言う得体のしれない存在を恐れているだけであって―――」
竜と言うものを良く知らないと言うのに、ただその存在に怯える。
「―――滑稽ですが、馬鹿には出来ません」
それは〈死〉と言うものと、良く似ているとフォリスは思う。
死は生きている限り、必ず付きまとうものである。哲学的に言うならば、生の隣人と言ったところだろうか。だが、それは目に見えるものではなく、同時に知り得るものでもない。だからこそ親しみがある上で、恐ろしい存在なのだ。
「ならば、死と違って見える存在である主ならば、村人たちに良く知ってもらうしかありません。そして、この地に住まわせるか、それとも我々の施設で保護するか決めてもらうしかありませんね」
だが、皮肉にも神は姿を表さないからこそ、神であった。
だから、竜を知らない人々はその存在に怯え、神と崇めた。
だから、竜を知らない人々はその存在に怯え、討伐しようとした。
「神が神でなくなった時・・・・・・いえ、主が主でなくなった時、人々は今までと違って、主に材料としての価値しか見いだせなくなるかもしれません」
そこで、フォリスは椅子へとぎしりともたれかかった。
「私情は挟まないつもりでいましたが、やるせないものです。竜生活管理庁と言うのは、ただ竜と人間が平和に暮らす事が出来ればそれでいいのでしょうか。お互いの名誉を守ると言うのも―――」
だが、そこでフォリスはふと真顔に戻る。
そして、思った。
「こうやって素面で哲学的な話をするから、同僚にも嫌がられるんでしょうねぇ・・・・・・」
フォリスはやれやれと呆れたように窓から外を覗いていた。
フォリスはそこからの綺麗な星空を期待していたが、外のぼんやりとした松明の明かりがそれを邪魔していた。良く良く見ると、そのうちの幾つかはせわしなく揺れ動いている。
「―――さて、こんな時間からお祭りでもあるんですかね」
そんな言葉とは裏腹に、フォリスは傘を片手に即座に部屋を飛び出していた。
「アベルさん、起きてください」
フォリスに揺さぶられて、アベルはベッドの上で目を覚ました。
「どうしたんですかフォリスさん? お腹でも空きました?」
「寝ぼけないでください。村人達の様子がおかしいんです」
「はい?」
アベルは飛び起きると、フォリスに促されるまま窓の外を覗く。
そこには松明の明かりと、何人もの村人たちが集まっている様子が見えた。
「何があったんですか?」
「先程、村長の部屋を覗いて来ましたが、いらっしゃいませんでした。どうやら、私が竜を討伐する気がないと見て、痺れを切らしたのかもしれません」
「けど、村人たちは自分達の武器が主に通じないと知っているんですよ? だからこそ、竜管庁に届け出を―――」
「確かにそうかもしれませんが、竜管庁はあくまで保険だったのでしょう。彼らは最初から自分達だけで主を討伐するつもりだったようです」
「どうしてそう言いきれるんですか?」
「私が初めて村長にあった時、あの人は巨大なライフルを磨いていました」
「た、確かに祖父は、最近新しいライフルを買っていましたが・・・・・・。この前見た限りでは、ライフル程度じゃ竜の体は―――」
「貫けるんですよ。国防軍で使用する様な対戦車ライフルなら。―――本来は戦車や装甲車などの装甲目標に対して使用するものですが、硬質の竜の鱗なども貫けます」
すると、今日の夕飯時の村長の様子でも思い出しているのか、アベルは神妙な面持ちで黙りこむ。
「―――サリアさんが危険です。早く止めに行きましょう」
そして、そんなフォリスの言葉に、アベルは無言でうなずいていた。
ぐう、と言う音が静かな部屋に響き渡る。
サリアはベッドで毛布に包まりながら、空腹で眠れずにいた。
「アベルに、夕飯も作ってもらえば良かった」
とりあえず、夕食は保存食である干し肉とパンで腹を満たしたものの、昼間のサンドイッチには敵わなかった。どうしてもその味が脳裏をよぎり、夜になって再び腹が減って来てしまったのだ。
「何か食べるか・・・・・・」
彼女は起き上がると、適当に台所の戸棚を漁る。
パンのかけらを見つけるも、不意に窓の外の光が目に入った。
それは鬼火の如くゆらゆらと揺れながら、山道を登って行く。
サリアはすかさず、上着とライフルを手に家を飛び出して行った。
「所詮、公務員だな・・・・・・。事なかれ主義は役に立たん」
ぞろぞろと山を登る集団。
その集団の先頭で、馬にまたがった老人が呟いた。
彼こそ、このカサハ村の長―――アーノルドであった。
「やはり我々の手でやるしかないようだ」
そう言って、彼は担いでいた巨大なライフルを確認する。
松明の光に鈍く光るそれは、まるで現代科学の力を象徴するかのようであった。
彼は大きく声を張り上げる。
「今度こそ我々が主を討伐するのだ!」
しかし、その瞬間、突如として集団の進む先に、巨大な塊が舞い降りる。
どうやら物音に気が付いて来たのだろう。巨大な塔の様な主が、立ちはだかっていた。
「グルルルルルッ」
低い唸り声を上げ威嚇する主に、若干集団はひるむ。
しかし、アーノルドは馬から飛び降り、迷うことなくライフルを主に向け構えていた。
そして、容赦なく引き金を引く。
「―――銃声ですね」
山道を駆ける馬の上で、アベルの後ろに掴まって乗っていたフォリスが誰ともなく呟いた。
「サリアですかっ?」
「いえ、それにしては大きい。恐らく例の対戦車ライフルでしょう」
「まさか・・・・・・」
「私も甘かったです。ただその存在に怯えている。だから村人たちは過激な行動には至らないと思っていたのですが」
「―――その、実は村長は、自分の息子夫婦を主に殺されたと思っているんです・・・・・・」
「息子夫婦、と言うと―――」
「ええ。つまり僕の父と母です。―――昔、二人して狩りに山へ出かけて以来、帰ってこなくて」
「ふむ。それが主のせいだと?」
「後日、主の巣で父の乗っていた馬が喰われた状態で見つかったんです・・・・・・」
「そうですか。それはお気の毒です」
「けど、僕は主が父や母を殺したとは思えないんですよ」
「ほう、それはまたどうしてですか?」
「僕の両親はサリアの父、つまり主に仕えていた人物と仲が良くて、主とも少なからず面識があったはずなんです」
そして、しばらくアベルは無言で馬を走らせていたが、ふと、フォリスが応えた。
「・・・・・・断言はできませんが。恐らく、あなたの考えは正しいと思います」
「・・・・・・・・・」
「何度も言いましたが、主は頭が良い種の竜です。それでいて今回、人間に襲撃を受けたにもかかわらず、途中で反撃を自制した。つまりそれは、人間を人間だと理解している証拠です」
「・・・・・・僕もそう思うんです。馬は野山にいる鹿に似ていますから、主が食べてもおかしくありません。―――だから、主と両親は無関係だと、そう信じているんです」
「あなたはいつでも冷静に考える能力を持っています。やはり長の血筋ですね」
「あははっ。きっとサリアなら、世辞はいいって言ってますよ」
「かもしれません。―――では、アベルさんは村長たちをお願いします」
「じゃあ、フォリスさんはサリアを。お願いです。彼女を危険な目にあわせないでください!」
すると、不意にフォリスはすくっと不安定な馬の上で立ち上がる。
「あ、あの。一度止めますけど・・・・・・っ!」
アベルの制止空しく、フォリスはそのまま森の闇の中へと飛び降りていく。そして、あっという間に姿が見えなくなっていた。
「・・・・・・あれが、本当に馬が苦手だと言って落馬した人なのか?」
しかし、アベルは気を取り直すと、一心不乱に馬を走らせ続けた。
凄まじい勢いで斜面を駆け降りると、フォリスはサリアの家までやって来ていた。
家の扉をノックするも、返事はない。
彼がドアノブをひねってみると、簡単に開いた。
そして、案の定、中に人の気配はない。
「・・・・・・これでは、所詮公務員だと言われても文句が言えませんね」
いくつかの銃声の後、竜はもがき苦しんだ。
不思議と炎など吐いて来なかったものの、そのおかげで正確な射撃が出来た。
赤い竜はさらに真っ赤な液体を飛び散らせながら、その場に崩れ落ちる。
「死んだのか?」「どうなったんだ?」「もう大丈夫なのか?」
背後で村人たちが怯える声を上げる中、村長だけがとどめを刺す為、倒れた主へと歩き出した。
ガシャリと銃の装填レバーを引きあげた、その瞬間―――。
「ギャアッ」
と言う鳴き声と共に、主を庇うかの如く、目の前へと別の竜が現れていた。
しかし、アーノルドは落ち着いた様子で、すかさずその竜へとライフルを向ける。
「こいつは・・・・・・」
しかし、巨大だが主に比べれば十分の一程も無い、そのそっくりな見た目をした竜を見て、彼はすぐさま合点がいった。
「そうか。主の子供か・・・・・・」
アーノルドは、一瞬ためらうも、次の瞬間にはしっかりと銃口をその子竜へと向ける。
「ま、待てっ!」
しかし、そこへサリアが飛び込んできた。
「やめろッ」
しかし、子竜の前に立ちはだかった彼女へと、アーノルドはライフルを向けたまま降ろさない。
「・・・・・・また邪魔をするか小娘が」
「私は主に仕える身だっ! お前たちなどに、主とレッドはやらせはしない!」
「退かないというならば、まとめて撃つぞ」
アーノルドがそう冷たく宣言した、その瞬間だった。
「サリアああぁぁぁ――――ッ!」
全速力で駆ける馬に乗ったアベルが、山道を登ってきた。
唖然とする村人たちの間を抜け、なりふり構わず突っ込んでくる。
「アベルっ!」
それにサリアは嬉しそうに彼の名前を呼ぶ。
しかし、その隙をついて、村長はすかさずライフルを構えなおしていた。
サリアはそれに気が付いて、反射的に自分の持っていた銃を構えようとする。
しかし、その瞬間、突如として彼女の胸元がぶしっと破けた。
辺りには、真っ赤な液体が飛び散る。
その様子に、その場にいた全員が戦慄した。
「くっ。・・・・・・間に合いませんでしたかっ!」
そして、遅れてサリアを追ってきたフォリスは、すかさず持っていた傘を槍の如く放り投げる。それは矢の如く飛翔し、村長の持っていたライフルをその手から薙ぎ払っていた。
「ぐおっ!」
ライフルは村長の手から弾け、砂埃を立てて斜面を転がる。
その間にアベルは村長を追い越し、馬を降りてすかさずサリアの元へと駆け寄っていた。
「サリアッ!」
アベルがその体を抱きかかえるも、すでに腕の中の少女は小さく息をするのみであった。
衝撃で気を失ってしまったのか、目も閉じたまま開かない。
「そんなっ・・・・・・」
アベルの脳裏に、昼間のサリアの笑顔が浮かんだ。
同時に明日の約束も思い出して、目元が熱くなる。
しかし、そこにものすごい勢いで駆けてきたフォリスは、倒れている主の傷口から流れている血を、べったりとその手に塗りつけていた。
そして、アベルが抱きかかえるサリアの元へと駆け寄ると、その手を彼女の傷口へと添える。
「―――勇者ジークフリートの伝説を知っていますか?」
突拍子もない事を聞いて来たフォリスに、アベルは震える声で応える。
「り、竜の血を浴びて、不死身になったと言う・・・・・・?」
「ええ。まぁ、あれは伝説でしかないんですが、実は間違いでもないんですよ」
そう言うと、かざしたフォリスのてが淡く光り出した。
「正確には、竜の血には魔法の増幅作用があるんです。恐らく、ジークフリートの元になった人物もこれを応用した回復魔法を使っていたのでしょう」
「じゃあ、サリアは助かるんですかっ?」
「ええ。私が使える回復魔法はかすり傷程度を直すものですが、それを増幅して止血します。早急に処置できる病院に運べば助かるでしょう」
「病院なら、馬を飛ばせば一時間程度で行けます!」
そう豪語して見せたアベルだったが、フォリスは我が耳を疑った。
「・・・・・・一時間、ですか?」
「はい。村の一番早い馬を使えば―――」
「遅すぎます」
しかし、フォリスはその言葉をバッサリと両断した。
「止血をしたとしても、内蔵が損傷している可能性があります。ましてや彼女の傷は心臓に近い。一時間も待てません」
「そ、そんなっ・・・・・・」
「しかし、自動車なら―――」
言いかけて、フォリスは少なくともこの村まで一時間歩いた事を思い出した。それどころか、バスで来た道はそれ以上かかっている。例え自動車があったとしても、手遅れだろう。
「申し訳ありません。私に出来るのはこの程度が限界の様です」
だが、アベルは隣に気配を感じて振り向く。
そこには子竜のレッドが、サリアを心配そうに見下ろしていた。
「・・・・・・あっ!」
不意にアベルは、自分の乗ってきた馬へと駆けだしていた。
「何をするつもりですアベルさん!」
フォリスが彼に声をかけると、すぐにアベルは馬から手綱と鞍を外して戻ってきた。
「レッドに乗りましょう!」
そして、そんな突拍子もない事を言う少年に、フォリスはぱっと顔を輝かせていた。
「なるほど。その手がありましたか!」
「今、レッドに手綱と鞍をつけます!」
「では、村長と主に許可をとってきます。あなたはレッドにも了承をもらってください」
「え? レッドに? 主にもですか?」
「彼らの頭が良い事は教えたはずです。ちゃんと了承をもらってください」
そう言って、フォリスは主の元へと駆けていく。
残されたアベルは、レッドを見上げた。
「サリアを助けたいんだ・・・・・・。頼むよレッド」
彼がそう言うと、レッドは「ギャアッ」と頼もしく一鳴きして見せた。そして、自ら頭をもたげる。
振り返れば、早速フォリスも主に許可をもらったのか、今度は村長の元へと走って行った。
「よし。じゃあちょっと重たいよ」
その間にアベルはレッドへと、手綱と鞍を急いで取り付け始める。
「・・・・・・誰が撃ったんだ?」
村長の頭は、その事でいっぱいだった。
サリアを撃ったのは、当然彼ではない。なぜなら彼の持つ対戦車ライフルは威力が高過ぎて、当たった人間を衝撃波で吹き飛ばしてしまうからだ。
だから、彼女は間違いなく通常のライフルで撃たれた。
「しかし、どうして?」
確かに、サリアは主に仕える存在だからこそ、邪魔ではあった。
しかし、だからと言って狙って撃つほどではない。
「―――誰が撃ったッ?」
アーノルドが村人達へと怒鳴ると、ざっと後ずさったものの、撃ったと言う人間が出てくる事はなかった。
そもそも村長とは、村を管理する事が仕事ではない。村の民を守るのが仕事だ。
ただそれが、村を管理する事に落ち着く事もあるに過ぎない。だから、主の事だって皆が恐れているのだと知り、討伐しなければならないと判断したに過ぎなかった。私情など挟んでいないつもりだ。
だから、そんな自分が自らの村に属する者を、そもそも撃つはずなどないのだ。
そう、村に属する者を撃つはずが―――。
「・・・・・・・・・ああ」
そして、彼は気が付いてしまった。
「アーノルドさん!」
そこへ、フォリスが声をかけてきた。
「今からアベルさんと共にサリアさんを病院へ運びます」
「・・・・・・彼女は、助かるのか?」
「ええ。やれるだけの事はやってみます。―――だから約束して下さい。その間、主には手を出さない事」
「・・・・・・わかっている。どうか、私の村の民を頼む」
頭を下げるアーノルドの姿にフォリスは頷いて、一目散にアベルの元へと向かっていった。
フォリスが戻ると、すでにアベルはレッドに全ての装備を付け終えており、すでに首元の鞍へとまたがっていた。フォリスがサリアを抱きかかえ、レッドへと飛び乗ると、アベルは即座にレッドへと呼びかけた。
「行こう!」
バサッと突風を舞い起こし、レッドは飛び立つ。
だが、すぐにふらふらと辺りを漂い始める。
「ど、どうしたんだ?」
アベルが慌てて手綱を引くも、レッドは嫌がるように引っ張るだけだった。
「レッドは目的地の方向が分からないんですよ。これを使ってください」
そう言って振り返ったアベルがフォリスから渡されたのは、傘だった。
「それに、レッドは自分の意志を持っています。馬の様に手綱を引くだけでは言う事を聞いてもらえませんよ」
「そうでした! すみませんフォリスさん! いや、ごめんレッド」
「ギャアッ」
そして、アベルは傘を放り投げた。
「あっちの方角だ。頼むよレッド!」
まるでその呼びかけに応える様に、レッドはものすごい勢いで加速し、落下して行く傘を咥えた。そして、その速度を緩めぬまま、彼は大きく何度も羽ばたいた。
空の上からは、地面が濁流の如く、後方へと淀んでいく。
「すごい・・・・・・」
「ええ。サリアさんにも見せて上げたかったものです」
「ええ。・・・・・・よしレッド、もっと加速しよう!」
「ギャアアァァァッ」
月夜に照らされる麦畑を、雄叫びと共に一陣の風が駆け抜けていった。
「んう・・・・・・」
「あっ。目が覚めた?」
ベッドの上で目を覚ましたサリアは、覗きこんでくるアベルの顔に、どこか懐かしさを覚えた。
「・・・・・・ここは?」
「三つ隣の町の病院」
サリアはアベルに支えられながら体を起こす。
彼女は思い出して自分の胸元を触ってみるが、もはやそこには傷跡はなく、まるで撃たれた事が夢の様だった。
「今は進んでる医療魔法があるらしくって。綺麗に治ってるよ」
「そうか」
「―――きっと応急処置が良かったのでしょう」
不意にそんな言葉と共に病室に入ってきたのは、相変わらずスーツ姿に鞄をぶら下げたフォリスだった。
「こんにちはフォリスさん」
「調子に乗るな」
歓迎的なアベルとは対照的に、サリアはフォリスへとやはり怪訝そうな視線を向ける。
しかし、そんな彼女の様子を見たフォリスは、安堵のため息を漏らしていた。
「いや、二日も目を覚まさないと聞いて心配していたんですが、その様子ならすぐにでも回復するでしょう」
「二日? ・・・・・・私は、二日も寝ていたのか? そうだ主様はッ!」
思い出した勢いで飛び起きそうになったサリアを、慌ててアベルが抑え込む。
「だ、大丈夫だよ。サリアが帰ってくるまで、村長には主に手を出さないって約束を―――」
「―――その事なんですが、少々事情が変わりましてね」
不意にアベルの言葉を遮って、フォリスは神妙に呟いていた。
「事情が変わったって、まさか・・・・・・」
「ええ。私が今日ここに来た理由もそれなんですよ。村長と話し合ってきたんですが・・・・・・」
そう言ってフォリスが鞄から一枚の様子を取り出すと、二人はひったくる様にして受け取っていた。そして、二人は血相を変えて書類へと目を通すと、神妙な面持ちのフォリスと視線を合わせる。
「―――主とその子供を住民として迎え入れるって、どういうことですか!」
拍子抜けの上に訳がわからないと言った様な表情をするアベルに、フォリスは大きな声で笑いながら答えてた。
「あはははははっ。さぁ、良く分かりませんが、突然村長からそんな話を持ち出されましてね。ここで暮らしている主は、村の住民に違いないと言う訳らしいです」
「それじゃあ!」
「ええ。主とレッドはあそこに住んでいても良いそうです。この書類は竜管庁に対し、それを宣言したものですよ。きちんとハンコも貰いましたし、現在は主も村の要請で竜管庁の医師が出向いて治療をしています。安心して下さい」
それを聞いた途端、手を合わせてアベルとサリアは喜んでいた。
それを見て、フォリスは心の底から安堵のため息を漏らす。
「正体を現した主に、材料の価値しかないと思っていた自分の方が、浅はかでしたね」
きっと主を材料としか見ていなかったのは、フォリスだけだったのだろう。
村人達にとっては、正体を明かしても、主は主でしかなかったのだ。
「村長はサリアさんが撃たれて、主に対して銃を向けている自分の存在を、第三者として見れたのかもしれません。皮肉なものです」
そこを住処にしていた主を追い出すのは簡単だが、村長は自分の本来の役割を思い出したのだろう。
―――そこに住まうものを守ると言う、本来の役割を。
「長の血筋ですか。私の適当な言葉も、あながち間違ってなかったのかもしれませんね」
サリアとアベルは二人揃って喜びあっていたが、しばらくそれを見届けるとフォリスは病室の出口へと向かっていた。
「もう行くんですかフォリスさん?」
「ええ。本当は竜管庁へ報告書を出しに戻るついでだったんですよ。丁度サリアさんが起きている時に伝えられて良かったです」
「そうでしたか。では、また是非いらしてください!」
「少なからず、歓迎はする」
「そうですね。しばらくこの案件は私の担当ですから、またお世話になりますよ」
そう言って、フォリスはサリアの病室を後にしていた。
「ギャアッ、ギャアッ」
「ち、ちょっとちょっと・・・・・・」
フォリスが病院の駐車場へ出ると、赤い子竜―――レッドが職員らしき人物ともめていた。
しばらく職員は玄関近くに居座って動こうとしないレッドと格闘していた様だが、フォリスを見つけると、助かったとばかりに駆け寄ってきた。
「竜管庁の方ですよね! 何とかして下さいませんかあの子竜。この前からずっと居座って退いてくれないんですよ!」
それにフォリスはやれやれとこめかみを押さえると、レッドへと声をかける。
「レッド。サリアとアベルはバスで帰るでしょうから、先にお母さんの元へと帰りなさい」
しかし、その呼びかけにレッドはぶんぶんと首を振ると、代わりに首をもたげる。
すると、フォリスはレッドの口元に、見覚えのある物を見つけた。
「これを私に?」
フォリスはレッドから自分の傘を受け取ると、代わりに頭を撫でてやる。
「ありがとうございます。たかが安物なんですが、無いと困るものでしてね」
レッドはひとしきり撫でられると満足したのか、その場で羽ばたき、突風と共に空へと舞いあがっていた。
それを見送りつつ、フォリスは試しとばかりに傘をブルンッと剣の如く何度か振るう。流れるように何度も斬撃を繰り出す様は、まるで踊っているかのようであった。
「ふふっ、勇者であった時よりも、今の仕事の方が国民から愛されている気がしますよ」
そう言うとフォリスは、次の瞬間には何事もなかったかのように傘を持ち直し、再び平然と歩き出していた。
「さて、次の案件へ行きますか」
ご閲覧いただきありがとうございました。 ―――なに? おっさんじゃなくて可愛い女の子を描けだと? よし、いいだろう。次に期待したまえ!