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恋と戦争と、俺とキミ  作者: 桐生みかね
3/3

恋文②

恋文を書いたアキト君視点です。


ちょとだけ補足すると、タイトルに『戦場』とか入ってますけど、いまのところA国B国は冷戦状態です。

「……はぁ」


B国の軍人・藤堂アキトはため息をついた。


ここ六日ほど、ため息のない日はない。


アキトはA国の少女に恋文を出した。


元々学問は苦手で文才などないアキトだったが、なんとか自分の胸中に渦巻く感情を文章と呼べる形にし、『よければ返事を下さい』と括って手紙を出した。


だが……。


「今日もなかった……」


ため息の原因はそれだ。


恋文を書いて送って六日も経つのに返事は一向に来ない。


そもそも恋文を出した相手は敵国の軍人なのだから、返事などなくて当然だが……それでも期待した。


自国に対する反逆行為かもしれないと緊張して、なんども悩み、それでも思いきって出した手紙だ。


相手にしてみれば迷惑だったかもしれないが、それならそれで『迷惑です』と返事をもらえれば満足だったし、アキトもその少女の事をすっぱりとあきらめられる。


でも、何の返事もないと読んでくれたかどうかすらわからない。


「はぁ……」


またため息をつき、アキトはがっくりと肩を落として、『中立地帯』を出た。


気分は優れない。


だが、落ち込んでもいられない。


気持ちを切り替えなければ。


時刻は午前三時五十分。時期に訓練が始まる。



ジリリリリリリリ!!


軍人の朝は早い。


やかましいチャイムが鳴り響くのが午前四時。


これを起床の合図にグラウンドに集合だ。


アキトはここ最近訓練の30分前には宿舎を出て『中立地帯』に足を運んでいるので、起床はさらに早いが。


午前四時三十分までに全隊員が軍服を着て、『中立地帯』を挟むように存在する国境フェンス付近に位置するグラウンドへ集合。


A国、B国はひとつの大陸の上に、国境を隔てて存在している。


国境を守るのはフェンスのみで、敵国に攻めこむ場合はこのフェンスを必ず通過することになる。


だから両国軍とも敵の侵入を許す事は出来ず、国境の監視は怠ることができない。


結果的に、A国もB国も国境付近に軍事基地を構え、訓練もフェンス一枚隔てて向かい合わせで行う事になったのだ。


集合後は隊列を組み、点呼。


その後、上官の指示に従って訓練開始だ。


午前中は基礎鍛錬……いわゆる、体力づくりの筋トレがメインだ。


「よーし、柔軟体操は終わったな。では、まずは腕立て1000回だ。用意!」


『ハイ!』


グラウンドに集まった全員が一斉に腕を付き、腕立てを始める。


その流れで、腹筋、背筋、匍匐前進などもやり、100メートのダッシュを延々100本。


それが終わったら、また整列。


これが、本気で辛い。


「うし、本日の朝練は終了だ。そんじゃ、最後に教官。そんじゃ、ラン二ング10週して解散!一年はグラウンドに箒駆けとけ」


教官がそう言い、訓練は一応終了。


このラン二ングはハードなトレーニングをして乱れた呼吸を整えるためのものなので、これに関してのみ各自のペースで行える。


ランニングと言うよりはジョギングに近い。


あまり好ましくはないが、ゆっくりとしたペースで軽く走りながら私語に興じたりする輩も黙認されるし、自前のスポーツドリンクやお茶を飲みながら走っても良い。訓練で唯一気が休まる時間だ。


(っくそ、毎日毎日、キツイぜ……)


事前に用意しておいたスポーツドリンクを喉に流し込み、額を拭う。汗が止まらない。


視線はある一点に、自然と注がれる。


それはフェンスの向こう側。


敵国A国の訓練風景。


(………ほんと、毎日毎日……いったい、何周する気なんだ、あの人)


風音かざねマリナ。


アキトの思い人だ。


フェンス越しに訓練を行う両軍は互いに対する対抗意識から、常に同じメニューの訓練を行う。


時にどちらか一方の軍がハードな新しいトレーニングメニューを導入したりすると、『負けてられるか』とばかりにその敵国も真似をしてトレーニングメニューを強化するので、どのみち似たような練習をする事になる。


それが分かっているから、両国とも今では完全に決まった同じメニューを消化している。


あくまでも敵国同士であるが、そこには奇妙な連帯感すら生まれていた。


アキトがマリナを始めて意識したのも、今の様なランニング中だった。


大抵この時間は疲れ切って、友人達を駄弁りながら走っているアキトだった、その日はなんとなく一人で走っていた。


ふと、これもなんとなくフェンスの向こうのA国軍の訓練風景を眺めた。



そして、アキト達と同じようにランニングするA国軍の中にマリナを見つけた。




右目にかけた眼帯と頬の大きな傷、そして色の抜けた白の髪と異様な外見に絶句し、その周りよりも幾分小柄で華奢に見える容姿の美しさに惹かれた。


だが、真に尊敬にも似た恋心を抱いたのはその後だった。


マリナはその人よりも小さな体で、誰よりも速く、多くの量を走るのだ。


いまもラン二ングを続けてはいるが、すでにノルマの10周どころかその倍は走っているはずだ。


これが毎朝の事だ。


毎朝、マリナは時間一杯まで何週でも走り続ける。


こんなサボっても手を抜いても教官ですら何も言わない、心と体をリフレッシュするためだけの時間に。


一生懸命に。


(いったい、あの小さい体のどこにあれだけの体力があるのやら)


その時も、そう思った。毎日そう思わされている。


それから毎日、マリナの事を目で追った。


マリナはランニングだけでなく、他の訓練メニューにも手を抜かないのだと分かった。


格闘訓練、射撃訓練、学問に関しては互いの基地内部で行われているので見る事はできないが恐らく手は抜いていないだろう。


誰よりも、一生懸命だった。


このラン二ングこそはアキトも手を抜いて行っているが、他の訓練メニューはアキトも必死に行っている。


その甲斐あって軍内部での学問以外の訓練実績は良い方だが、辛い時は彼女の頑張る姿を探した。


あんな小さな女の子が頑張っているのだ。


デカイ男の自分が弱音を吐いている場合ではない、と。


そう思うと大抵の事は頑張れた。


そうして、いつしか彼女を目標にし始め……いまでは恋に落ちていた。


「なーに、見てんだ」


と、後ろからいきなり抱きつかれた。



……男に。



「やめろ、ヒデ。俺は男に抱きつかれると、あまりのキモさに蒸発してしまうんだ」


アキトはヒデこと斎藤ヒデユキを引き剥がす。


出会ったのはこの春入隊したときなので、付き合い自体は短いはずだが、軍隊教育下では結束が芽生えやすいのか、彼とアキトはお互い親友といってもいいほどの仲だ。


だとしても男からのボディタッチは受け付けないが。


「つれないねぇ。そんなアキトが見てたのは……おや、ありゃ敵国の恐怖の象徴・『白い死神』じゃないか。アキト、お前さてはロリコンだな?」


「ロリコンって……たしか同い歳なんだろ? それに、その呼び方は失礼だぞ」


「いや、でも、敵国の……しかも、『死神』に恋するなんてカズちゃんってば、危ない橋を渡るの好きなタイプ?」


アキトの発言は完全スルーしつつ、ヒデユキはにやりと笑ってそう言う。


『白い死神』……それはマリナの通り名だ。


まだ下っ端のアキトはヒデユキに言われるまで知らなかった事だが、マリナは初の実戦以降、常に敵……アキト敵には味方であるB国の兵士を誰よりも殺し、武勲を上げている。


今の戦場の主力が銃であるにも関わらず、ナイフを始めとした刃物を主な武装とし、首を刈っての殺しが多い事と、その白髪から、いつしかB国では『白い死神』と呼ばれ畏怖されるようになっていた。



戦場で『死神』と会ったら逃げろ。



アキトの国ではそう言われている。


そんな風には見えない、と思いつつもあの一生懸命な少女が、訓練を同じように戦場でも頑張れば、そういう結果になってしまうのも頷ける気がした。


「別に恋してるわけじゃ……」


『恋をしているわけじゃない』と、恋文を出した事を隠して軽口を叩こうとしたが、口からでる直前で言葉を変えた。



「やっぱダメなもんかな? 敵に……それも、ウチの兵隊を殺しまくってるような女の子に惚れるのは」



言って、少し後悔した。


敵に恋するなんて、軍人としてあってはならない事だ。


だから、当然『なに当たり前の事言ってんだ』みたいな答えが返ってくると思っていたのだが。



「いや、いいんじゃね?」


「……え?」


「いいと思うぜ。人が人を好きになるのは止められないしな。ま、ここ一年くらいはこうやってフェンス越しに睨みあってるだけで、派手な戦争もない。このまま冷戦状態が続いているうちにさっさと告白でもなんでもしろよ。デートも結婚も一生無理かもしれないけどよ、『中立地帯』でなら離しも出来るし、少しだけならチューとかもできかもよ?」


そう言ってヒデユキはニッと笑う。


友人に賛同的な意見を貰えて喜んでいいはずのアキトの方が、なんだか納得できていないモヤモヤを抱えていた。


「おい、でも……彼女はA国の、敵国の軍人だぞ?」


「例えば、アキト。お前、本当にA国の奴らが憎くて戦争してるか?」


「……え」


考えてみた。


アキトが生まれた時から戦争はあった。


昔は本当に激しい殺し合いで、いろんな人が死んで、いろんなものが壊された。


国民も貧しかったらしい。


だが、アキトは……。


「俺は……憎んでない。そりゃ、昔自分の国がめちゃくちゃにされたとか、自分の国仲間が死んだりとか、許せない部分もあるが……少なくとも、俺の友人や親は生きてるし……個人的な恨みはない」


考えながら言葉を紡いだ。


自分の発言は、死んでいった自国の民や兵士に対する冒涜かもしれないが、それでも、これがアキトの正直な感情だった。


「そうだろ?俺も妹や親父、お袋は生きてるし友達も死んでない。だからB国には恨みなんかないんだ。俺達は、なんの恨みもない奴らを殺すために命掛けなんだよ」


それは戦争というものの矛盾。


ある人にとっては怒りを覚える間違った理屈。


ある人にとっては愕然とならざるおえない正しい理屈。



「ほんとはさ……誰も戦争なんかしたくないんだよ。俺達も、他の兵隊も。もちろんB国の奴らもな。多分、戦争しようぜって言ってるお偉いさん達もさ。ただ、国を動かすような偉い奴には責任とか世間体とかあって、しかも敵はやる気の有無に関わらず目の前にいるから誰も戦争をやめようとは言いださない。だから……誰も望んでなくても、戦争は終わらないんだ」



軍人の言う事じゃねぇけどな、といってヒデユキは笑った。


今度は皮肉っぽく。


アキトはその言葉を噛みしめる。


学問が苦手で深く考えなかったが、ヒデユキの弁は理にかなっているように感じられた。


言われてみれば、ハードな訓練の後は両国の教官同士であっても『なかなかやるじゃねぇか』『お前もな』みたいなやり取りをしているのを見た事がある。


誰も好き好んで戦争などしない。


そんなの、痛いだけだから。


ただ、やらされているだけだ。



「だから、好きなら好きって言えよ。敵でもよ。誰も戦争を望んでない……なんて言っても、今のこの冷戦状態がいつまで続くか分からないんだ。開戦したら、好きな相手やその仲間を殺さなきゃならないんだ。そうなった時に傷つきたくない、躊躇せず殺せるように心を守りたいなら、言わないって手もあるけどよ……アキトは優しいからな。言って方が良い。そんで、一日でも二日でも、どうしても戦わなきゃいけない日まで幸せを噛みしめろよ」


ヒデユキは先行くぞ、と言って走る速度を上げた。


普段は熱心に訓練をするような奴でもなかったが、自分の言ったキザっぽいセリフが急に恥ずかしくなったのかもしれない。


だが、なんにしろアキトにはヒデユキの存在がありがたかった。




とりあえず、もう少しだけ……返事を待とうと思えたから。


ありがとうございました。

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