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Mr.プリンセス   作者: 業平アキラ
Mr.プリンセス、恋に落ちる
9/11

9*プリンセスはヒョウ男

「んー、風邪ね」


聴診器を外した美しい女性医師は診断の見解を吾妻へ告げた。


「風邪…か」


それを聞いた彼は自分が理解する為に言葉を繰り返し、先程よりも少し呼吸が穏やかになり眠っている少女へとその瞳を向けていた。


「あんなにずぶ濡れだったのにこの子なかなか頑丈ね。弱い子だったらもっと症状重くなってたはずよ」

「そうか。弓親(ゆみちか)の処置の早さのおかげだな。感謝する」

「やだ、吾妻がお礼言ったわよ千浪くん。明日は雪よ雪!」

「元々雪の予報やで羽矢芽(はやめ)ちゃん」


医師は興奮した様に吾妻の隣に居た大野の背中をバシバシ叩きながら親しげに声をかけ、大野もまた目尻を下げて医師に親しく言葉を返した。

ここは吾妻の友人にして青野の理事長・大野千浪の家だ。

あれから意識の薄れる程の熱にうなされた彼女を吾妻は緊急策としてここに連れてきたのだった。

車を止めてからコートで簀巻きの様な状態になった彼女を片手で抱き上げ、半ば担ぐ様にして大野の目の前に吾妻は現れた。

家の中へ招かれながら事情を話し、ずぶ濡れ制服姿の彼女を美しい医師に預けて着替えさせてから処置をしていた。


「あら、じゃヒョウね!拳くらいのでっかいヒョウが降るわ!!千浪くんヘルメットってうちにあったかしら?」

「倉庫にあったんちゃうかな。急いで探さな危険やで羽矢芽ちゃん」


こいつら……


「おいそこのバカ夫婦。私に喧嘩を売るとは相変わらず良い度胸だ」


吾妻の地を這う様な怒りの籠った低い声に嬉々としていた二人はピクリと肩を動かし、油の足りないブリキの人形の様に首をギギギと回して顔を吾妻の方へ向けた。


「羽矢芽ちゃん、俺らなんや悪いことでも言うてしもうたん?」

「あ、あら。言った覚えはないわよ?吾妻は高校の時から頭固いから冗談が通じなかったのかしらねー」


ブリキを通り越して腹話術の口が顎にかけて裂けた人形の如くカクカクと喋り出す二人。

しかしさり気なく吾妻への攻撃(口撃)をやめていない医師。

彼女はなんと大野の妻だ。

大野羽矢芽・二十九歳。大野家の系列の大学病院で内科医をしている。

ちなみに旧姓は弓親で吾妻は医師を未だにそう呼ぶ。

千浪と同じく高校の頃からの腐れ縁というやつだ。


怖がるふりをする二人に気付いてはいるがここで怒鳴れば寝ている少女を起こしかねない為、吾妻はあえてそれをスルーする。


「大野。弓親をどうにかしろ」

「侑、俺が愛しの羽矢芽ちゃんをどうにか出来ると思うてんのか?」

「そうよ。千浪くんの中のヒエラルキーの頂点は私なんだから♪」

「羽矢芽ちゃん♡」


「……」


コイツらは常に狂っているが半年程前に結婚してから更にネジが数本とんだ様だな……。

ヒエラルキーという不穏な単語の飛ぶ割には全体的に漂う甘い空気。

それに当てられまいと、吾妻は遠くを見て己を保とうとしてため息が自然と零れた。


「ところで侑」

「なんだ」

「お前もきちんと髪乾かしいや」


そう言いながらタオルを吾妻に向け投げた。


「…ああ」


大野の家へ駆け込んでから今の今まで怒濤の時間を過ごしていたから自分の事など気にも止めていなかったな…。

受け取ったそれで頭を拭きながら、Yシャツも雨に濡れ肌に張り付いている事に今更ながら吾妻は気付いた。


「さ、薫ちゃん寝てるし俺らは茶でもしばこうか」

「大野、弓親」

「ん?」

「なに?」

「すまん。力を貸してもらって…」


二人を呼び止め、そう言って頭を下げる吾妻の肩に大野は手を乗せた。


「は?なに言うーてんねん。困った時こそ、理事長である俺が役に立たな意味あらへんやろ」

「私たち友達なんだから手でも力でも貸すわよ。こんな事くらいで頭下げられたら本当にヒョウが降ってきちゃうじゃないのよー。ね?千浪くん」

「ほんまやな。ヒョウ降らされるくらいならいつもの侑でええわ」

「貴様ら私を雪女ならぬヒョウ男にしたいのか馬鹿者…」


彼の心の中の迷惑をかけているという重みを憎まれ口で微笑み飛ばしてくれる二人の温かさが吾妻には心地良くも、慣れなくて少しかゆかった。

ただ、素直じゃない言葉を返す事で感謝の気持ちが彼らには十分届いていた。


「さ、行くで。服は貸したるさかいな」


三人はそっと彼女の眠る部屋を出ていった。





   ***






「はー、しっかし吾妻がでかい巻き寿司持ってきたかと思ったらごっつい怖い顔してるし俺ビビったわ」

「巻き寿司…。ま、お前が家に居てくれてよかったが」


ここへ飛び込んだ時は確かに私の黒いコートで篠村を巻いて抱えていたが、私が巻き寿司を抱えて来る程陽気な人間ではないことぐらい知っているだろう。


大野は番茶、羽矢芽はほうじ茶、吾妻は緑茶の湯飲みを手に広い和室に居た。


堀こたつがじんわりと足下を暖めてなかなか居心地が良い。

これで着物でなかったら最高なんだがな…。


視線を下げ、吾妻は己の着衣に目を向けた。

この部屋にはマッチした服装なのだが、大野家で服を借りる時はいつも二人が心の内で楽しんでわざとこれを渡してくる。


吾妻は知らないが、彼の着物姿は大野家に仕える女性陣に人気があったりする為、千浪と羽矢芽が彼女達へのサービスとして仕掛けている。



「あれ?侑、俺の予定知ってたんちゃうん?」

「は?なぜ私がお前の予定を知っていなければならない」


友だからといって、私はそこまで知らないし、逆に大野が私の予定を完璧に知っていてもうすら寒い。

吾妻のしれっとした返答にぽかんと口を開け、大野は最大の疑問を投げかけた。


「じゃ、俺らが居らへんかったらどないするつもりやってん?」



うっ…

「…それは………」



「ぶはっ!何も考えてんかったんかいな!!」


ゲラゲラと畳を叩きながら笑う大野を忌々しく思いつつも、言い淀んでしまった事実からの挽回を吾妻は計ろうとした。


「……仕方あるまい。後部座席で篠村が…生徒が意識を朦朧とさせていたんだ。私だって少しくらいは焦る…って弓親、なんだその顔は」


吾妻の方を見ている二人の表情が驚きに満ちたかと思えば次の瞬間、ニヤリと音がしそうな微笑みを見せた。


「えー?それは…ねぇ?千浪くん」

「せやなー、羽矢芽ちゃん」


質問をした私を置いて、どうやら言いたい事が通じている二人がこちらをチラチラと見てくる。

全くこいつらはいつまでたっても私を怒らせるのが得意な様だな…。


「一体何なんだ。きちんと日本語にしろ!」


今度ばかりは病人の生徒が近くに居ない為、吾妻の言葉の雷が二人に落ちた。


「ゆ、侑。そないに怒らんかてええやん…な?」

「そうよー。カルシウム足りないの?はい」


友のブチ切れように語尾が動揺で揺れる千浪に対し、相変わらずの羽矢芽は小魚の菓子を勧める始末。


「小魚など私は要らん!」

「まーまぁ、落ち着きぃや、侑。お前が知りたいこときちんと話すさかいな」


ほら、羽矢芽ちゃんもこれ以上侑をおちょくったらアカンで。と妻をなだめ吾妻に向き直った。


「いやな、侑は本気で焦るとごっつい怖い顔するんやなー、思うて」

「どう言う意味だ」




「十六の時から知り合うてんのに、今の今までお前が本気で焦るとこ見たことなかったんやな俺ら」

「そうねー。吾妻って表情筋あんまり動かさないけど、あの怖い顔は焦りから来てたのね」


何だろうか…。

怖い怖いと連呼されながら感心されるとは、自覚はあったが私の表情はそこまで乏しいのか…。


吾妻は表情をほぼ変えぬままだが、微妙に落ち込んだがその事に気付かぬ千浪は言葉を続ける。


「よし、インプットしたさかいな!これからはぎょうさん焦りーや!」

「そうそ、千浪君の言う通り」

「………篠村の様子を見てくる」


あいつらなりの温かな言葉だとは解っているが友へ何も返せない私は篠村の元へ逃げることにして部屋を出た。


「くふふ、吾妻の奴、逃げちゃったわね」

「照れ屋やさかいな」


結局、この二人には敵わない吾妻だ。








   ***







全く、あいつら…。


そっと部屋へ入ると彼女はまだ眠っていた。

紅い頬がまだ下がらぬ熱の高さを表している。


ベッドの側にある椅子へ腰をかけ、額に乗っている濡れたタオルを水に浸して絞り再び彼女の元へ。


「篠村、お前風邪だそうだ…」


夢の中にいる彼女に吾妻はぽつりと話しかけた。


私は何をしているんだ。返事などあるはずが無いし、欲しい訳でもないのに…。

自分でも無意味だとわかる行動だがどうしてか篠村に言葉をかけていた。



「ん……。あ、ずま…せんせ…?」



まるで吾妻のそれに答えるかの様に彼女がゆっくりと瞼を開け、視界にいた彼を呼んだ。




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