7*プリンセスは演じる
「よぉしぃ♪出来たぁ!」
十月三十一日早朝、その声は私立青野高校生徒会室にて発せられた。
「三崎、もう良いのか?」
先程の嬉しそうな可愛らしい声の主、生徒会役員の三崎花子(みさき はなこ)へとしびれを切らした問が向けられる。
かれこれ十何分か目をとじたまま過ごしている彼にとってはいい加減、視覚からの情報が欲しいと脳が叫んでいるのだ。
「はぁい、いいですよぉ。目開けてくださぁい」
ゆっくりと開かれた相貌が捉えたのは、驚きに満ちたものだった。
「………すごいな」
鏡に映るその顔は、目元がやや黒く色付けられている。
左の目から頬にかけて一本、大きな古キズの様なものがあるのが特徴だ。
今言葉を零した人物と同じ動きをする。
そう、これは吾妻なのだ。
「ホントぉ、予想以上でもう“誰?”って感じですぅ」
彼をこの舞台映えするものに変えた張本人である彼女も驚きを隠せずにいる。
周りにいる他の役員達も彼の変わりように作業していた手を止めた。
なにせ、元々顔の造りは悪く無い。ちなみに服装は黒のスーツに青の裏地の黒マントだ。
メイクもおしゃれも大好きな女子高生の手でもこの程度なら実現可能なのだが、ただ仕事モードの彼しか知らないこの部屋にいる生徒諸君には今の彼を想像出来なかったのだ。
「吾妻先生ってパーマかけてたんですねぇ」
「いや、これは自前だ」
この流行に合わせたふんわりと流された髪も彼女が整えた。
一人で納得しかけた生徒を止める必要も無かったのだが、かけていないものを肯定はできない性格がでてしまう吾妻。
「嘘ぉ?!」
「必要の無い嘘など言ってどうする」
「この絶妙なゆるふわ加減が天然なんてずるいですぅ!どうして普段は固めちゃってるんですかぁ?」
どうやらこの少女にとってゆるふわな天然パーマは羨望の対象になるらしく、それがどのくらいかと言えば、ずるいと言いながら少し地団駄を踏む程。
ものすごく残念そうにそんなことを問われても、彼にとっての理由は単純だ。
「そんなもの邪魔だからに決まっている」
それを聞いたおしゃれ大好きっ子は瞬間、顔を引きつらせた後肩をがっくり落とした。
「勿体ないですぅ。女の子の憧れがどうして吾妻先生にぃ…」
もうホント残念。なんていう心の声が聞こえそうな気がした吾妻だが、声は大きいが独り言の様なので放置する事にした。
「こちらも出来ました」
冷静な完成を告げる声と共に、吾妻は自分の手に乗せられた物へ目を向けた。
白地の目元を覆う仮面だ。
顔に施された傷のちょうど上に来るであろう位置に、黒の細めの線で少し派手目に蔦のような装飾模様が描かれている。
「コレを付けるなら化粧は必要無かったんじゃないか?」
仮面を渡してきた北目璃子(きため りこ)へ向けられた質問は彼女の隣に居た人物から回答が来た。
「吾妻先生、仮面を途中で外して頂く段取りに変更です。篠村が先生は変わるって言ってたんですけど、昨日までの段階でそれを見たのが彼女だけでしたから、信憑性に欠けてたんです。でもこれだけ違うなら顔を晒した方が謎が深まりますから☆」
顔の傷の演出は一応の保険ですと、心から楽しそうに謀略を語りニヤリと微笑むのは、このハロウィンパーティーの総てを仕切る生徒会役員の秋穂紺。
会長の宮月環南は三年生という事もあって今回は他の生徒と共に”楽しむ側”にまわるそうだ。
「成る程な。どの場面で仮面を外すんだ?」
「それはですね____」
二週間前に渡された五分ほどの台本を開いて、彼らは打ち合わせを始めた。
吾妻の役は怪人・ファントム。
するとバンッと勢い良く扉を開ける音が聞こえ、皆の視線がそちらへ集中する。
「わっは!スッゲー!!先生完全に誰か判んないっすね!」
そう言いながら、中続きになっている第二生徒会室から姿を現したのは、吾妻へこの役を頼み込んできた彼の相手役でもある篠村薫だった。
「………」
___いや、お前も十分誰だかわからないぞ…。
暫くの硬直の後、吾妻は心の中ではしゃぐ彼女へ返事をした。
彼女は今、ドレスを着ているのだ。
しかも制服では膝丈程のスカートだが、これはいつもより短い。
その役は相棒という事になっていた。
「カオぉ、あんた衣装ではしゃぐのは程々にしてよぉ?それレンタルなんだからぁ」
「おっと忘れてた。花サンキュー」
さすがは幼馴染みといったところ。
篠村の変わり様に三崎は全く動揺しないらしい。
この語りよう、彼女が篠村へメイクを施した様だ。
私は声でようやく彼女が篠村だと判断出来た程だというのに。
「ワァオ!馬子(まご)にも衣装って感じだね、篠ちゃん☆」
そんな篠村へ思ったままの言葉をぶつける度胸の良い秋穂。
「いやいや、紺ちゃん。カオ、紺ちゃんの孫じゃないし」
「だはっ!!僕も篠ちゃんの爺さんになった覚えはないってかムリっ☆」
彼女の返した意味を理解し、返事を彼をスルーして、彼女は未だ納得できない事に縛られていた。
「でも孫って言ったじゃんか…」
くちびるを突き出し顔をくしゃくしゃにして頭のなかのモヤモヤを表す彼女に吾妻が助け舟を出す。
「篠村、馬に子供の子と書いて馬子だ。ちなみに、馬子と言うのは馬を引いて荷物や客を運んだ人のことだ。
普段はあまり格好を気にしない馬子でも着飾れば立派に見えることからな、どんな人でも外見をきちんと整えれば立派に見えるという意味だ」
「へー。吾妻先生政経の先生なのに詳しいんっすね」
意味が伝わったのかケロッとした態度で関心事が吾妻の知識へと移る彼女の脳みそが吾妻は増々心配になった。
「常識とまでは言わないが知識の範囲内だ。覚えておけ」
「ラジャーっす」
明るく敬礼で返事をする篠村の周りにアホという名の花畑が見えるのは気のせいではないだろう。
この場に居た皆の溜め息が聞こえるのだからな。
こうして、各々の準備は終わり、舞台の幕が上がった。
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時はざっくり現代。
世界のどこかのアオノ=コーコーのハロウィンパーティーに現れたのは招待されていないはずの正体不明の怪人・ファントム。
怪人という名だが怪盗な彼が狙ったのは今回のパーティーの豪華な景品。中身は…おっと、まだヒミツ。
ファントムが現れた事に気付いたのは生徒会メンバーだった。
「「「待てー!」」」
ファントムの正体を暴こうと追いかけるが、メンバーは散り散りになってしまう。
ただし、その中に一人彼の相棒が居た。
『ファントム、ファントム。こっちこっち。』
『二度言わなくても分かる』
『えー?!カオこんな動くのに不便すぎる格好で走ってきたのに酷いぞ!』
人目に付かないような場所に隠れたが、早速ケンカを始める始末。
アホそうな彼女を相棒と呼んでも良いのか、こんな微妙な距離感の二人だがコンビ歴一年。
ただ、この相棒には不満が一つあった。
『ファントム、ファントム』
『何だ』
『カオ思うんだけどいい加減、素顔見せてくれてもいいと思うんだ!』
なんとこの相棒、ファントムの素顔を知らないと言う。
アホとか通り越してもう言葉にできない。
『嫌だ。半分は晒しているんだからそれで良いだろうが』
スッパリと断るファントムもファントムだ。
コンビの相手にも素顔を晒さないとは冷たいにも程がある。
目元の仮面を片手で押さえ、断固晒す気の無い事を表す。
『ケチ』
『なんとでも言え』
『ケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチケチ!!!!』
『フンっ』
お前らどうして組んだと見ているこちらが思わずツッコミたくなるこの二人。
頬をパンパンに膨らませ、下唇を突き出して怒りを露にした後彼女は思いもかけない一言を発した。
『素顔見せてくれるまで、カオ敵だからな!』
『は?』
『おーい!!みんなー!ファントムここに居たぞ!!!』
突然の裏切り宣言に”このアホ、何を言っている!”と言いたいが生徒会メンバーの気配が迫っていたため、ファントムは慌てて逃げ出した。
彼女の清々しいまでの笑顔を最後に見てしまった自分に苛つきながら逃げ回るが、どこに逃げても彼女が追いついて来る。
『おーい!こっちこっちー!』
さすがは相棒だと誉めたいが、かれこれ一時間が過ぎて体力が限界を迎えようとしていた。
この事態はどう考えても自分が折れない限り終息しないと察したファントムは彼女をつかまえた。
『お…』
『わかった。見せるからもうやめろ』
大声を出す前に口を右手で塞いで黙らせ降参を告げた。
『本当?』
『あぁ』
『わかった!じゃ、見せてくれっ!』
何とも現金な態度にげんこつ一発くらい食らわせてやりたかったが、さっきの様な事態がまた起こる気がしたファントムは大人しくした。
『ただし、私の顔を見ても驚くなよ』
『イケメンだったら叫ぶから安心しなよファントム』
真剣な彼の発言を冗談で受け流す相棒は早くと急かす。
そんな彼女にため息を一つ零し、白い仮面をついに取った。
『!!!あ、あんたは!』
その素顔を見た彼女は目を見開いて驚きに満ちた表情をした。
何せ、見知った顔なのだから。
目が合った次の瞬間、ファントムはまた仮面をつけてしまった。
『うぇええええ!?』
『五月蝿い。静かにしろ。私はもう帰るからな』
マントを翻しスタスタとその場から去るファントムを口を開けたまま見ていた相棒は、ハッと意識を現実へ戻した。
『えぇ!?ちょ、みんな!見たよな?!ほら、あの人だってあの人!
今から十分間のうちに配った招待状にファントムの正体を紙に書いてそこの専用ボックスに投票してくれ。
投票の後景品の発表があるぞ!今年のは豪華だぞ!ってファントム、待ってくれよー』
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こうして彼らの五分間は、会場の様々な仮装をした生徒達の目と話題を一気に持って行った。
時間が…機会があったらまた書き直します(大筋は変えません)。




