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Mr.プリンセス   作者: 業平アキラ
Mr.プリンセス、恋に落ちる
5/11

5*プリンセスは暇つぶしに付き合う

「吾妻先生、大野が呼んでおります。理事長室へお越しください」


と、吾妻に内線で呼び出しが掛かったのは九月下旬のある日。

暦の上では秋だが、残暑厳しく気温と蝉もまだまだ夏は終わらないと言わんばかりの中、私立青野高校では中期が始まっていた。

彼はいつも通り特別棟の二階にある三畳半程の教材作成のための専用個室で、小テスト作成の真っ最中だった。


「………………」


”大野”とはこの高校の理事長の名だ。

つまり、理事長が一介の教師である彼を呼んだという事。

用件を告げたのは理事長秘書であろう、彼女は吾妻の返事を受話器の向こうでじっと待っている。


「………………今から伺います」

「かしこまりました。お待ちしております」


吾妻は電話を切ると、無表情のまま鼻からため息を一つ零し席を立った。



   ***



「「お待ちしておりました。吾妻先生」」


特別棟の一階校舎東側、事務室の角を曲がったそのつきあたり。

木製の自動ドアをくぐると、声をそろえて迎えてくれたのは男女二人の理事長秘書だった。


「こちらへ」


男性秘書によって促され理事長室の前へ。

理事長室は秘書の仕事スペースの奥に入り口がある。

大事な来客などは応接室に通すので、そういった造りになっているのだ。


この部屋だけは学校と言うより、一介の商社の社長室の様な雰囲気が強いな…。


秘書の彼が扉をノック音する中、吾妻はそんな事を考えていた。

確かに木製の自動ドアの中はスッキリとしてはいるが、外とは明らかに違うビジネス感が漂うそんな空間になっている。


「理事長、吾妻先生がお見えです」

「入りなさい」


その声を聞き秘書が扉を開け、入る様に自然に促された。


「失礼します」

「あぁ、吾妻先生。待ってたよ。そこに座りなさい」


コの字形のデスクの右端、パソコンが置いてある位置からこちらを振り返ったのは二十代後半から三十代前半の男。

秘書よりも若いであろうこの人物が青野高校の理事長だ。

その瞳は濃いめの緑色をしているのがパッと見の印象に残る。

吾妻が理事長の言った”そこ”へいつもの無表情で辿り着くと、女性秘書の手によって手前のテーブルへ紅茶がそつなく用意された。


「理事長ご用件は?」

「それはだね…いや〜侑、俺今から三十分暇になってもうて。話し相手してくれや」


視界の端で秘書が一礼の後部屋から出て行くと一転、理事長は砕けた態度に変わった。

先程の荘厳さと標準語はどこへやら。

吾妻を”侑”と呼び、親しみ気のある笑顔は日だまりの様な愛嬌を持っている関西弁の青年だ。

そんな彼の頭を吾妻はペシッと叩く。


「馬鹿野郎、私は仕事中だ」


この若き理事長・大野千浪(おおの ちなみ)は私の同級生で友でもある。

高校(青野ではなく別の高校だ)の頃からの付き合いなので以外と長い。

大野は四年前に先代理事長だった彼の父親からこの高校を引き継いだ。

頭は相当きれる奴だが、時々こうして仕事中の私を捕まえて話し相手にさせる、かなりの悪趣味な奴だ。


「そうそ、仕事。そんないけず~な事言わんと雇い主の話し相手するんも、十分仕事や」


こいつ…私を言いくるめやがって。


吾妻の睨みをニヤリと笑って躱した大野は一人さっと自分の机から離れ彼の向かいのソファーに座り、リラックスした様子で紅茶をすすり始めた。


「仕方がない。だが、飽きたら出ていくからな」


捨て台詞の様に言葉を投げ、決して暇ではない事をドカリと荒く座る事で吾妻は大野理事長に当てつけた。

それを読み取った大野は苦笑しながらも、捕まえた相手へと早速暇つぶしの第一声を吹きかける。


「最近どないしてる?」


”何が”とは言わないが、こいつの指すモノは青野高校全体の事だ。

大野は何かと忙しい身だから常にここに張り付いてはいられない。

学校にはできるだけ来ている様だが、良くても月に五日ほどであろう。

上がって来る報告書だけでは把握出来ない現場の些細な事を、時々こうして私を通して読み取ろうとする。

あくまで暇つぶしなどと言っているが、こいつにとってはこれも仕事だろうと私は思う。

私の予定をおかまいなしで崩して来るのは、全くもっていけ好かないが。


「お前の高校に異常は特に見受けないが、強いて上げるならば…集会での校長の講話が短くなってスッキリしたな」

「あぁ、あれかー。前期に生徒一人危険な倒れ方した言うとったな」


紅茶をすすりながら、ごく小さな変化を報告すると即この話題に関連した過去の出来事があげられた。

春頃にこの”暇つぶし”で話題になったことを覚えていた様だ。

相変わらずの優秀な脳みそを持った友人に吾妻は返事代わりに頷いた。


「今までにも何例かあったが、あの時は真後ろだったからな。運良く珠洲先生が間に合ったから大事には至らなかったが、短くして正解だろう」

「うんうん。で、侑。お前はどうや?」


平和を確認出来たところで大野理事長はスッキリしたらしく、今度は吾妻へ向け前のめりになって活き活きと言葉を振った。

彼は友人として吾妻のプライベートの近況も聞きたい様だ。

いや、むしろこの話題が彼にとってはメインであろう。


「私は別に何も無い」

「まあま、そう言いなや。俺が色々聞き出したるさかいな、遠慮は無用やで♪」

「なぜお前はそんなに楽しそうなんだ」


そんな吾妻の問いを上司な友人はそれはもう見事に完全無視という名のスルーをして嬉々とパソコンの近くに戻って行った。

彼は身長が意外とあり、吾妻よりも少し高い程であろうか。

そんな体格をしているのに、動きが素早い。

楽しい事に貪欲な彼の魂が騒ぐのだろう。


「んーどれどれ夏休みは…うわぁ…補習づくめやったんか」


タブレット端末を手に、そいつを操作しながら大野は舌を出してこちらを向き、何か言いたげな表情をする。

おそらく、そこに私のこの夏の勤務記録でも表示されたのだろう。


「盆とそれから最後の一週はまとまった休みがあったから休んだ方だ」

「”年度末の休みに比べれば”やろ?」


年度の〆三日前に単位ゲットって俺、滅多に出来ない体験させてもらったもんな。と大野は吾妻を見ながら楽しそうに話す。


篠村の春の進級の懸かった騒動の影で、進級承認の役目を背負っていた大野も実はかり出されていた。

半泣きの必死の形相だった篠村はもちろん、私と大野も同じぐらい冷や汗をかいた事件だった為、忘れたくても忘れられへんなと承認印を押しながら大野はそう言った。


「篠村薫ちゃんか。苦手もあるよなー。頑張って卒業しよな。理事長のお兄さんはこっそり見守ってるでー」


端末に彼女の顔写真でも映っているのだろう。

そこに向かって”お前は篠村の親戚か”と言うくらい優しげに話しかける大野。

しかし顔は教育者のものだ。

こいつは、努力するものを決して見放さない。

学生時代から変わらない大野の心意気だ。


「お、この子あの宮月環南の幼馴染みか…。そりゃ、変わり種やろな」

「宮月はお前の気に入りだな」


足を組み替えながら理事長はふふんと不敵な笑いを浮かべる。

宮月環南は、青野に在籍中の三年生で異例の二期目を務める現・生徒会長だ。

昨年彼が会長に就任してから、我が校では唯一のイベントであった青野祭が学識発表だけの場から様式を変え、出店や著名人を招いての講演会など学祭らしさを増した。

更にそれまで無かったその他の行事も提案し成功させた。

生徒からの信頼も厚いそんな生徒だ。


「俺に真っ向からやりたいこと提案してきたん奴だけやからな」

「それで数々の祭を許したのか」

「侑くん酷いわー。それだけちゃうでぇ?」


手のひらをこちらへ向け一度振るその姿はまるで大阪でよく見る…


「虎シャツの奥方たちみたいだ…」

「かはっー!奥方っ!おばちゃんって言いなや!って俺はおばちゃんちゃう!」


口から紅茶の噴水の直後に腹を抱えて笑い出したと思ったら、一人ノリツッコミとこいつは本当に忙しいやつだな。


「汚い。で、何がそれだけじゃないんだ」


大野理事長のリアクションをただそんな風に流して、吾妻は話の道筋を戻した。

すると、それを受けた大野はなんとも言いがたいほど企んだ笑顔をにま〜っと浮かべる。


「俺はな、ヤツに”青野祭は好きにしたらええ。その代わり結果を出しいや”ってな条件を出したんや」

「結果とはアバウトな言葉を返したな」

「そーやで。バリおもろいやろ?」

「面白い?人が悪いの間違いだ」


一介の高校生に、有って無い様な問いを投げかけるなんて意地が悪い。

こいつは”結果”とは言ったもののそれが一体”何に対して”の物かを言っていない。

宮月という少年を試したいが為に”青野祭を好きにしろ”などと、だだ広い野に放つとは人が悪いの一言に尽きるだろう。


「そーか?ま、今のあいつが答えやん。宮月はほんまおもろいヤツやで」


今の彼がか。確かに大野の投げかけに見事に答えたようだな。


うちの系列の大学行くんやし、あいつが二十歳になったら呼び出して酒一緒に飲んでみたいわー。

なんて、吾妻の心中の感嘆をよそに勝手に何やら企み始める理事長。


「そないな奴の幼馴染みってことはこの子もそれなりに見所あんねんやろ?」

「…………」


篠村の見所か。

授業中は私が厳しいからか他の生徒同様特に目立つような事はしない。

補習対象者になってからようやく篠村薫という存在に目が止まったな。

……壮絶な赤点と共に。

それからの補習で、勉強が苦手だと言う彼女に得意な教科は無いのかと聞くと、

体育(特に剣道)と昼休憩だと答える始末で良く言えば純真無垢だが…まぁ、小学生の様な部分があること、

しばしば男っぽい喋り方や荷物を雑にしまったりするので兄弟が居るのかと尋ねると、一人っ子だと意外な返事が返って来たり、

補習の再テストに何度も落ちすぎてあまりに時間がかかるため、顧問の先生に予定を融通してくれと頭を下げられ剣道部のエースだということを知った。

道着と袴を纏えばいつもの幼さは一転してどこかえ消え、凛とした姿勢の篠村薫という人間がそこに居た。

勝負の後は勝とうが負けようが必ず眩しい程の笑顔で相手に一礼をする。

彼女の清々しい心根が現れていると感じる。

そう言えばショッピングモールで出会った以来、会話らしいものをしていないな。

あの胃の痛みも何だったのかさっぱり分からないが。

元々補習なんていう残念なものでしか直接的に関わりが無かったから、まぁ私と関わらないのが本来の良い事だ。

って私は一体…


「侑?おい、侑。………ユーキ?」

「……さり気なく名前フルで呼ぶなバカ野郎」

「いでっ!…相変わらずお前の怒りの地雷は変わらへんのやな」


本日二度目の頭ペチン!についに悲鳴を上げた大野理事長にいつもの暴言といつも以上の冷ややかな視線で迎え撃つ吾妻。

名前を呼ばれる事があまり好きではない吾妻にとって不機嫌にならざるおえないワードだ。

だが大野理事長に呼ばれる事で現実へ戻って来れたような気がしないでも無い事を、その体の中の吾妻の心臓は告げている。


「ふんっ。わざわざ踏みに来るヤツが何を言う」

「で、薫ちゃんの見所教えてーな?」


「普段は幼い感じが抜けきらないが剣道が関わると人が変わる。補習は最後まで諦めない…そんな所か」


「……ほー」

「何がだ」


普段は色々と五月蝿い奴がしばしの沈黙からのニヤリとしながら一音しか返して来ない異常に吾妻はとっさにその意味を問うた。

とてもじゃ無いがそうなんだ的な意味の”ほー”には感じられなかった。


「んー?」

(剣道してる姿を観に行ったんやな、なんて言うたらこいつ怒るやろうしなー。

”誰か”に深く関わるなんて侑の奴、得意な方やないのに。この篠村薫ちゃんひょっとしたら…)


「何が”ほー”なんだと私は聞いている」


上司な友人の考えていることが当然ながら読めない吾妻は二度目の音だけの返事に業を煮やし始めた。

それを察した理事長は真面目な顔でこう言う。


「変化をもたらすミューズのご登場やな、きっと」

「は?私の話を聞いていなかったのか」


質問に対して全く答えとは思えない返答に吾妻はそう受け取ったらしい。


「お前の暇つぶしもそろそろ時間だ…私は帰るぞ」


こいつと話していると時々訳が分からなくなる。

頭の中を振り回された気分にさせられ、一方的に話を切り上げる事にした吾妻は席を立った。


「侑、自分の心にくらいは素直でいろよ」

「……」


大野理事長の謎の言葉に振り返る事も返事さえもせず、吾妻は淡々と理事長室を後にする。


「あちゃ〜、意固地に拍車かけてもうたか?」


なんていう、友人の独り言はもちろん誰にも届く事無くその場を漂う空気と化して消えた。

一方、廊下に出た吾妻は何とも言いがたいもやっとした気分に舌打ちをひとつし、切り替えをはかったが今ひとつ晴れないでいた。

なぜこんな気持ちでいるのかも分からない事が彼にとっての一番の謎だが、考えれば考えただけもやもや感が増す気がして思考を放棄し、仕事へ打ち込むべく廊下を進んで行った。


「あ、いた!吾妻先生っ!」


特別棟二階に戻ると自分を呼び止める、聞き覚えのある声が背後から聞こえた吾妻はその方を振り返る。

彼が瞳に写した人物は、彼女だった。

千浪(理事長)はドイツ系クオーターの母から生まれ、その影響で瞳が濃いめの緑色をしています。ちなみに髪はほぼ黒です。

日本生まれ、五歳まで関西の下町で遊び回って育った設定です。

吾妻がそういった事にあまり興味が無いので触れられませんでしたのでここに書かせていただきました。

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