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Mr.プリンセス   作者: 業平アキラ
Mr.プリンセス、恋に落ちる
4/11

4*プリンセスは偶然に出会う

バタン。


チャリッ、ジャッ、カチャン、ジャッ。



カツカツカツ…



玄関を閉めて、鍵を取りだし、それをかける。

そして遠ざかる靴音はこの部屋の居住者のものだ。


一人の時は喋らないし、あれこれ思考を回す必要もない。

ましてやプライベートな時間はマンションに一人暮らしの為か、生活の音くらいしか発する事をしない彼。



一階の角部屋105号からその足が真っ直ぐ向かうのは、駐車場。




「あらあら、吾妻くんこんにちは。

お出かけかしら?」


「こんにちは。ええ、ちょっと」



声をかけたのは、このマンションのオーナー兼・管理人の妻、芳江(よしえ)さん。


「まあ、デートかしら?」



……デート?

オーナー夫人は一体私のどこを見てそんな推測に至ったんだ?




「残念ながらただの買い物です」



今日初めて回った彼の思考は、ささやかな動揺から始まった。



「あらあらそうなの~?今度ガールフレンドGETしたら紹介してね。気をつけていってらっしゃい」


「はい。失礼します」



老齢の穏やかな口調で話す彼女に少々からかわれながら見送られ、エントランスの自動ドアをくぐった。

ジリジリとアスファルトの道が向こう側で揺れる程の真夏の気温にも、氷の世界から来た鬼と、とある少女から例えられる彼の表情は、さすがと言うべきか全く変わらない。


持ち主を待っていたかのように黒の乗用車のボディが陽光をキラリと反射した。

日曜午前11時53分、彼、吾妻侑姫の車は静に発車した。






     *






…よし、後は食料品だな。



夏休みも残り三日となった八月三十一日に慌ただしくしているのも何だか物悲しい気がするが、彼には夏休みと呼べる時間が仕事であまりに少なかった為、自分の用事が今日まで延びに延びてしまっていた。

やって来たのは近所の大型ショッピングモール。

これから必要な秋服や靴、スーツも新調して中期への備えをしたのだ。


本来なら休みがもうすこしあったのだが、吾妻の担当教科・政経には魔物…いや、それに近い点数を取り、しかも再再再テストという前代未聞な領域まで突き進む生徒が約一名居たので今年も予定を変更する事になった。


と言っても、記憶に新しい春休み中の年度終了三日前にやっと補習を終了し、ギリギリで進級の単位を取得した惨劇に比べれば、可愛いものだし、ある程度の予測もしていたので少々の変更で済んだ。


それよりも今年は実家に帰った際に、やたら人懐っこい姪っ子や甥っ子に散々遊び相手をねだられ、母親にはあれこれ雑用を押し付けられたせいで、昨日まで生家で過ごす羽目になったのだった。



購入した衣類を車に押し込め、食料品売り場へ続くフロアを闊歩している吾妻の姿は疲れを背負っているせいで少々鬼気迫った空気を纏っている。




パンと、それから肉と…あぁ、米が無いんだった…おっと?



買うものを頭の中でリストアップしている中、ドンと誰かとぶつかった。


「タタタ…すみません。よそ見してて…」

「いえ、こちらこそ」


衝撃を受けて尻餅をついてしまったのは、服装から推測するに高校生くらいの若い子で、吾妻は手を差し出して床から立ち上がる手助けをする。


「ありがとうござ……あ!吾妻、先生?」

「ん…篠村…か?」

「そうっす」


立ち上がって顔を上げたのは、例の魔物的点数の取得者・篠村薫だった。



「いや〜、偶然っすね。ってか先生いつもと違うから、カオ一瞬分かんなかったっすよ!」



…いつもの篠村だな。



普通なら、こんなプライベートタイムに”先生”などという、休日に出会いたくない人の上位に入る人物に遭遇した時点で、隠そうとしても少々嫌そうな表情になるであろうものを、あっけらかんといつもの調子で話す彼女に吾妻は少しだけ驚いた。



「そうか?…まぁスーツじゃないからな」

「いやいや、先生!そこじゃないっん?!」

「それより篠村。声がでかいし、こんな所で”先生”と連呼するのやめてくれ」


まずは彼女の口を手でスッと塞いでから、吾妻は要求を述べるとすぐ手を離した。


「あー、学校じゃないっすもんね。すみません」


辺りを見回して状況を理解してから、彼女はさっきよりもやや小さな声で再び口を開いた。


「でも、いつもと髪型が違うから学校の人とすれ違ってもバレないんじゃないっすか?」

「そんなに分からないものか?篠村は気付いたじゃないか」



自分への関心が低い吾妻は気付いていないが、スーツを着ていないという違いだけでなく、髪をまとめていない事が彼が彼だと分かりづらい大きな要因となっている。

オフは、わざわざ固めていないため、後ろを刈っていてゆるく天然パーマのかかった少しだけ長めの上部の髪は自然に流れて、流行の髪型に見える。

そう見えるのは美容師の技術と配慮だが、吾妻は”固めやすいように適当に”と注文しただけと言う事が大きな理由だ。


彼女の言う通り、その姿の彼を彼だと気付く者は本当に少ない。



「カオは補習とかで誰よりもよく顔をあわせてるっすから、着ぐるみ以外の姿なら絶対に分かりますよ」



そんなこと、笑顔で言うな…。



そう言ってニカっと笑う彼女を、なぜか自分の両腕に閉じ込めたい衝動に襲われたが、訳の分からないそれを奥歯をグッとくいしばって抑え込んだ。



「…補習が理由じゃ全く自慢にならないがな」

「えぇ?!」


「薫ー!どこ行ってたんだよ。俺、探したんだぞ」



吾妻の目の前、カオの背後から現れたその人物は、彼女の頭に容易くポンと手を置き、少々息を切らしながら彼女に声をかけてきた。



「おわっ!?尋兄ぃ…後ろから気配消して来るの反則!びっくりしたじゃんかー」


「いやいや、今は消して無いから。ただ薫が気付かなかっただけ」



額にちょんと優しいデコピンを彼女に食らわせ、それに唇をつきだしてぶぅと不服な表情を見せた後、二人は同時に笑い始めた。



…篠村のずいぶんと親しい人なんだな。

”兄ぃ”って言ってたが、…確か篠村は兄弟が居ないと言っていたから血縁の兄ではなそうだ。



自分と年齢が大差無さそうな、ジーンズにTシャツの人と笑いあっているカオを見ていると、ふと胃の奥辺りがチリリと焼ける様な感覚が吾妻を襲った。



「ところで薫、その人に何かしたのか?」



その人物はこちらを見て、また篠村へと視線を戻した。


「ええ!?”何かしたのか”ってカオが悪いって決めつけな訳!?」

「薫は俺から見たら可愛いけど、お前はどっちかと言えばトラブルを引き起こす側だろ。…うちの薫がすみません」



そう言いながら彼女の頭に手をあて、自分が謝るのと共に強制的に下げさせた。



「いえ、私も考え事をしていて彼女と衝突してしまったので」

「でも薫がぶつかって来たんですよね」


こちらへ投げ掛けられているが、疑問よりも確信の方が大きい口調でその男性は言う。



本当に篠村の事をよく理解しているんだな…。



吾妻は更に胃の奥辺りがチリリと痛んだ。



「まぁ…」


「薫、ちゃんと謝ったか?」

「もち。ですよね?吾妻…さん」


「…あぁ」



先生と呼ぶなと言ったのを守ったのは分かったが、さん付けは少しむず痒いな…。



「ほら!尋兄ぃ心配しすぎ」

「俺は薫以上のトラブルメーカー見たこと無いからな、つい心配しちゃうんだよ。このおてんば娘」

「むー!」

「ハハハハハ」



拗ねる篠村の頭を優しく撫でるその姿は恋人の様だ。

…………ん?………そうか。

”様だ”ではなく、恋人なのか。



つっ…!胃の調子がよくないな。

実家に居すぎたせいで夏の疲れが出たか…。



そんな推測に更に痛みが増した事に吾妻は気付かなかったが、痛みでもう買い物どころではない状況になっていた。



「では急ぐので失礼」


「あ…」

「どうもすみませんでした」



二人に背を向けた吾妻は駐車場の方へと足を進めた。

去り際にその表情が本人すら分からない程一瞬、歪んだ事に篠村薫だけは気づいていたが、彼女はそれを上手く言葉にできなかった。




「さ、薫。花と環南が向こうで待ってるぞ」

「うん…」




こうして、それぞれの夏休みは終わりを迎えた。

彼らの高校名が間違っていました。

私立青野高校です。

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