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Mr.プリンセス   作者: 業平アキラ
Mr.プリンセス、恋に落ちる
3/11

3*プリンセスは小さく喜ぶ

「今日はここまで。明日は剣道部試合の為休みだ」

「うっす!」


こいつ、休みだと分かると顔にそのまま喜びが出るな。


補習終わりの何て事の無い予定確認の最中、休みへの喜びであまりにもにやけた顔をする生徒・篠村薫を目の前に、吾妻はそう思わずには居られない。


その休みの後に何が待っているかを篠村は覚えているのだろうか。

否、この様子じゃ、今日と明日の予定までしか頭に入っていないんだろうな。


いつの間にやら目の内側に炎をたぎらせ、気持ちは早くも試合へ向かっている様子の少女を冷静に観察し、結論に至った。


「明後日のテストで今度こそ合格点取れよ。以上」

「………………あさって…てす、と…?…………あーーーーーっ!!!」



暫しの硬直の後、再再再テストという一大事を思い出した彼女の叫びを背中で聞きながら、教師は教室を後にした。





「あのっ、先生!」


廊下を歩いていると、後ろから篠村が声をかけてきた。

補習終わりは真っ直ぐ脇目も振らず武道場へ走って行く筈だが…。



「どうした?テストなら特別難しくなんてしないから安心しろ」

「え?!そうなんっすか?…じゃなくて、試合!」


試合がどうした?


「…?篠村、きちんと日本語にして話せ」

「明日の試合、よかったら見に来てくださいっす!」

「……この前の試合の話をしたら唸る程嫌がっていたじゃないか」

「あれは違うんっす!向こうの大将に小手取られたの思い出してて。…今度は勝つんで見に来てくださいっす!失礼します」



言うなり、走って行ってしまった彼女の真意がいまいち分からない吾妻は一分程その場にフリーズすることになった。







   *






「おや、吾妻先生お疲れ様。こんな姿で申し訳ないが失礼するよ」

「西条先生。お疲れ様です。どうぞ」


こんな姿と言っても、胴着だ。何も問題ない。



「いやー、職員室はやっぱり涼しいなー」


そう言いながら手にしていた缶の烏龍茶を煽るその姿は、とても来年還暦を迎えるとは思えない程、凛々しい。


「武道場にも冷暖房機あるじゃないですか。まさか、使ってないんですか?!」


「うん、練習中は使っとらんよ。県立の高校とか公の大会があるところ全てにそんな設備無いから、あの子達が試合どころかまず、暑さに負けたらかわいそうだからね」


そう話す西条先生も一緒にその空間に居るのは汗だくの姿で分かる。

顧問も大変だ。



「明日も練習試合なのに融通利かせてもらってすまんね」

「いえ。今度は勝てると良いですね」

「ありがとう。力は五分五分だからまぁ、時の運と言いたいが、やはり幾つになっても勝負ってヤツには勝ちたいものだね」


はっはっはー!と高らかに笑う姿を少し眩しく

感じた。



「戦いに負けたいと思って挑む人は少ないですから、当然の心理だと思います」

「おお、言ってくれるね。吾妻先生はこの夏、何度も試合見てくれているし、もう十分剣道部の一員だ!」


「…西条先生、ご存知だったんですか?」


試合の日は毎回道場に人が溢れている。

その中で、吾妻は極力目立たない様に人波に紛れこっそり出入りしていた。

しかし、そんな彼の存在にこの老齢の剣士は気づいていたと言う。


吾妻はらしくなく、いつの間にか口をぽかんと開けていた。



「ワシ、最近孫に赤色の縞服着たひょうきんものを探すの手伝わされておってな、その辺の力がちょいと鍛えられたんだよ」



縞服…あぁ、あれか。


吾妻自身、幼い頃にそれを探したことを思い出した。

兄からのお下がり品のそれは何ページかに一つ、すでにひょうきんものに丸が書かれており、若干のイラつきを覚えた。



「ま、全員同じ服装じゃない分、見つけやすいしな」



剣士はそう言って、更に笑みを深めた。



「眼鏡だけは縞服の彼との共通点…ですね」

「わはは、確かに!吾妻先生の方は知的な眼鏡だがね。そしてワシは新聞読むとき老眼鏡だ」


「私たちではひょうきんものに個性で勝てそうに無いですね」

「ごもっとも!」


ひとしきり笑い終えると咳払いした剣士は、改まって吾妻の方を向いた。


「話は逸れたが、吾妻先生」

「はい」

「先生のお陰で篠村がこの夏、数々の試合に出れた。本当にありがとう」



腰を折って頭を下げるこの先生は、本当に自分の目の届く生徒を大切に育てている。


吾妻は純粋にそう思った。



「いえ、西条先生と何より篠村本人の努力ですよ。決して楽しいとは言えない補習をアイツはサボらずきちんと受けてますから」



「そうか、篠村が…」



「はい。後は合格点さえ取ってくれれば…」

「篠村にとってはそれが一番の難関か…。

次こそ受かれ!篠村!!」


ここには居ない、話題の主役へ向けて剣士は念を飛ばした。




「吾妻先生、明日の試合も良かったら見に来てやってくれ。では失礼するよ」


「お疲れ様です」



試合か…。



作り上げた問題用紙をじっと見つめた。






   *








「▼△χ▲ヵ*※ーーー!」

「★↓〓▼※◆〒ーーー!」



場内に経験者にしか何を言っているのか分からない技の叫び声と声援が響く中、吾妻は道場へようやくやって来た。

昨日作った問題を教頭へ提出して、そのついでと言わんばかりに長くてくだらない話に付き合わされていたら、いつの間にか時間が過ぎて行ってしまった。


何とか話を切り上げてここまで来たが、試合はとっくの昔に始まっていて、場内は熱い空気につつまれていた。

すごい熱気だな…。


席に着くまでの間に今の試合…どうやら副将戦の勝負がついた様だ。


向こう方の赤色の旗が三本上がっている。



「あちゃー。せっかくリードしてたのにな…」

「落ち込んじゃダメですよ。まだカオちゃんの大将戦が残ってます!」

「そうだな。頑張れー!青野ー!!」



どうやら、勝負は二勝二敗の五分五分のまま、大将戦を迎えるようだ。



剣道の団体戦は『先鋒』『次鋒』『中堅』『副将』『大将』の5人1組で行なわれる。

試合形式は、勝ち抜き戦と総当り戦があるが、練習試合は総当り戦が多い。

総当り戦は、先に3勝したチームが勝ちとなる。


この夏、幾度も試合を見て吾妻が覚えた事だ。




「この間の試合と同じ展開…だな」



彼の誰に向ける訳でもない小さな呟きは、彼女達への大きな声援にかき消された。





ピリリとした空気の中、彼女は青色をした校章の刺繍が入った真っ白な手ぬぐいを頭に巻き、面を着け真っ直ぐ背筋を伸ばし、前を向いて闘いの場へゆっくりと進む。


その姿は普段の彼女からは、見ることの無いものだ。


一礼の後、白線で囲まれた境界の中へ足を踏み入れた。

何度か試合を見てきたが、いつに無く落ち着いている…と言うより、その目の奥にリベンジの炎をたぎらせている。



立ち位置で構えると、周りも静まりピリリとした緊張感が増す。



「始めっ!」

審判の声が響いた。


「↓〓▲ヵ※ーーー!」

「*〓▼△ーーー!」



パシッと剣が混じりあったその瞬間から場内の喧噪が戻り、彼女達も声を上げた。



目まぐるしく動く彼女達の動きと技が飛び交う。


「あぁ!カオちゃん押されてませんか?」

「いいや!これからだ!」



隣の夫婦が言う通り、少し押されている様に見えるが、篠村の瞳はまだ燃えている。


リベンジするんだろう?なぁ、篠村。


「面ー!」



瞬間を切り裂く叫びと共に、彼女の竹刀が相手を捕らえ、白の旗が三本上がる。



「一本!」



それを見届けた吾妻の表情に至って変化は見られないが、彼は手のひらを一度だけ、ぐっと握りしめて歓声の響く武道場を後にした。










   *











翌日。



「___…五十点。ギリギリだが合格だ。これで単位取れたな」

「ぃやったーーーー!!!!!っ?!」


喜びの声の後、篠村が驚いたような表情をした。



「なんだ?五十点だが一応合格だぞ」

「いや、それは嬉しいっすけど、そうじゃないっつーか…」

「?…日本語を正しく使えとは言わんが、せめて伝わる様に話せ」


暫し考え込んだ末、ようやく篠村は口を開いた。


「珍しいものを見たんで、カオはビックリしました」



何だ?この微妙に伝わって来ないモヤモヤ感は…。

こいつ、西条先生の現代文も怪しそうだな…。



「で、何が珍しいんだ?」

「笑ったのが…」

「主語を付けろ。”何に”とか”何が”って」


怪しいどころでは無いな。

これは赤点ギリギリかもしれない。


「言っても…怒らないっすか?」

「怒らないから早く言え」

「先生が笑ったのが珍しいと思ったんっす!」


先生?…この空間には私しか居ない…ということは私か?!


「私は笑った覚えは無いが」

「でも先生カオが喜んでたらうっすら、こう笑ったっすよ?」


篠村がそれを再現しているらしいが、微妙な表情だ。

私はこんな表情をしていたというのか?



「…本当か?」

「マジっす。先生氷の国から来たんじゃなかったんすね!」


氷の国から来たとこいつは本気で思っていたのか?


「………ようやく長過ぎた補習が終わって、顔面の筋肉がおかしくなったんだろう」

「え?!吾妻先生そんな特殊能力があるんっすか?」

「さあな。では解散。短い夏休みが待っているぞ」

「さあって…。あ、お世話になりましたっす!」



笑っていた…だと?


扉を閉め、廊下に出た彼は片手で口元を覆って、少々動揺しながら歩いて行く。



三度目の再テストを彼女がようやくクリアしたのは、夏休みが終わる十一日前だった。

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