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Mr.プリンセス   作者: 業平アキラ
Mr.プリンセス、恋に落ちる
10/11

10*プリンセスは看病する

「あ…ずま…せんせ…?」


目を開けた彼女が覗き込んだ吾妻の名を再び呼んだ。


「ああ、私だ」

「おはよ…ございま…すっす、ケホッ」

「ああ。体調はどうだ?」

「水…欲し…」


枯れた声で言葉を紡ぐ篠村。どうやら喉も少々やられているとみた。


彼女の様子を見た彼は頭の端でそう分析しながらベッド横のサイドテーブルに置かれているペットボトルを取り、グラスへ水を注いだ。


「頭を上げなさい」


ゆっくりと動く彼女の首筋に手を入れ、頭を支えてグラスを口元へ運ぶ。


「おいし…っす」


相変わらずのへらっとした笑いだが篠村が微笑んだ。

なぜだ。なぜかホッとする。


「そ、そうか」

「…って、吾妻先生?!ケホッ、ケホッ。…なんで?え?!」


この反応。さてはようやく覚醒したという事か?

寝ぼけたまま水が飲めるとは器用な…。

首を振って辺りを見ているところからして、ここが見覚えのない場所だとは分かっている様だな。


「質問なら受け付けるが」

「ここ、夢の中っすか…?」

「………は?」


なぜそうなる。普通ならここはどこかと問うものだろう。

全く…篠村の頭の中はどうなっているんだ。


「だってこのベッド上から布掛かっててすっげーいいやつっぽいし、部屋もファンタジーな感じっすよ?それに吾妻先生の髪固まってないっす。服もだし…」


ああ、成る程。それでそんな発想に至ったという訳か。


自身の服装と部屋を見回し吾妻は納得した。


確かにこの部屋は篠村のいう通りファンタジーというやつなのだろうな。


「それはこの家の持ち主の嫁の趣味だ。夢の中でもなんでもないぞ。それに私の髪は雨に濡れて乾かしたからこうなっている。服も着替えた。ファンタジー等ではない、現実だ」


「夢じゃないんっすか?」


口をポカンと開けて…こういうのをアホというのだろうな、きっと。

とりあえず状況は説明しておくか。


「校門近くで動けなくなっていた篠村を偶然私が拾ってここにいる。覚えているか?」

「んー…学校出たあたりまでは覚えてるんっすけど…」


熱の影響だろうな。

とりあえず弓親に診てもらうか。


「そうか。ちょっと待っていなさい。医者がいるから呼んで来る」





   *





弓親に改めて診察してもらった後、篠村に大野と弓親を紹介した。


「今、篠村を診たのが弓親」

「初めまして。羽矢芽って呼んでねー」

「で、こっちが大野だ。ちなみにここの家主だ」


「お二人とも初めましてっす。自分、篠村薫っていいます」


「あちゃー。やっぱ薫ちゃん覚えてへんかぁ。初めましてちゃうねんなーこれが」

「あれっ?そうなんっすか?」


大野の言葉に目を丸くしている篠村に弓親が助け舟を出した。


「薫ちゃん、この顔どこかで見たことないかしら?」

「んー。カオ、人の顔は意外と覚えてるほうなんっすけど…」


じっと大野の顔を観察するも、どうやら心当たりは無い様だが必死に記憶を漁っている篠村。

そんなに考えたら熱が上がりそうだ。


「入学式と卒業式の日には必ず会ってるんやけどなー」

「あぁ〜」


この納得した様な表情…さすがに大野を思い出したか?

年二回とはいえ壇上で五分程は喋っているからな。


「だれかのお兄さんっすか?」


………。この見当違いな発言。これはこれで流石と言った所か。


「そっちいってもうたかー。残念やけど俺に高校生の兄弟はおらへんねん」

「そうっすか。んー…んんん〜っ」


大野のくだらない質に唸る程悩む事はないだろう。

まったく…。


「おい、これ以上思い出せなさそうな話題で病人を悩ませるな。熱が上がったらどうする」

「……」

「……」


なんだ、この大野と弓親の視線は…。


「どうした」

「いや。熱上がったらえらいこっちゃや。薫ちゃん、大野のお兄さんはな青野高校の理・事・長や☆」

「うぇ?!理事長先生っすか!?」

「せやでー。でも、薫ちゃんたちの前で話すときは標準語やさかい気ぃつかへんかもなー」

「そうだったんっすか…。お世話になってるっす」

「ぶはっ!お世話してます。俺のことは”大野のお兄ちゃん”って呼んで…痛っ!何やねん吾妻!」

「何がお兄ちゃんだ。歳を考えろ」


調子がいい奴め。

…ん?篠村なぜ私の着物を引く。


彼の裾をくいくいと小さく引く困った様な表情をしている少女を吾妻は見る。

すると小声でこんな事をいった。


「吾妻先生だめっすよ。理事長先生ってば吾妻先生のボスなんだから殴ったらクビになっちゃうっすよ?!」


そうか。篠村には大野達との関係を話していなかったか。


「戯けた事を言う友を諌めているんだ。何がいけない」

「え、友達?!」

「せやでー薫ちゃん。大野のお兄さんも羽矢芽ちゃんも吾妻と高校の頃からのダチでな、今年二十九歳やねん」

「二十九?!」


…ん?篠村の顔が思いっきりこちらを見たな。


「なんだその目は」

「えっと…」


奇妙奇天烈だと言いたげなその目。

私に友人がいることにも驚いていたがそれ以上に二十九歳と言うところに反応していたな。

少し問い質すか。


「言いたい事があるなら口に出せ」

「えっと、そ、そのー…吾妻先生が二十九って…意外っす」


やはりそこか。


「私をいくつだと思っていた」

「さ、三十二…」

「あら、良かったわねー吾妻」

「え?!良いんっすか?」


弓親の要らぬ感想に篠村が食い付いた。


「薫ちゃん、こいつな羽琉圭(はるか)…羽矢芽ちゃんの歳の離れた弟にな、三年前に四十歳って言われたことあってん」

「わー…。カオより強者っすね」

「余計な事を言うな」


大野め。要らぬ情報を流しやがって馬鹿者が。



く〜ぅぅぅぅぅ。。。




何だこの間抜けな音は…。


腹の音か?


「すんません…カオのお腹っす」



恥ずかしそうな彼女を横目に吾妻は壁に掛かっているこれまたファンタジー要素溢れる鳩時計を見た。


もう七時か。篠村はなかなかに正確な腹時計を持っているものだな。


「飯の時間やな。薫ちゃんオモロいからつい話し込んでしもうたわ」

「え?カオまだ面白いこと言ってないっすよ?」

「気にするな篠村。大野は人で遊ぶのが好きな変人だからな。一人で面白がっているだけだ」

「あら。今日は吾妻もおもしろかったわよ」


羽矢芽の一言に吾妻はこめかみをピクりと動かしたが、敢えて聞かなかった事にした。


「薫ちゃん、風邪治るまではうちに泊まって行きや。お家の人居らへんねやろ?理事長先生の命令やで」

「お、お世話になりますっす」

「ええ返事や。飯の用意と看病は吾妻がしてくれるさかい心配無用や」


「…!?」

「え!?」


声を上げずに吾妻は大野を振り返り、少女は驚きの声を上げ吾妻を見つめた。


いつの間にそういう算段をしたんだ大野。

まあ、私が連れてきたのだから当然と言えば当然だが、篠村はあれでも一応女だ。

私に世話されるなんて…


「よろしくお願いしまっす」

「…は?」


今なんと言っ…


「よろしくお願いしまっす」


彼女は補習の時のあいさつの様に、警戒も畏怖も拒絶も無く、ごく自然に吾妻へ向けて頭を下げていた。



「ああ。」


なんだ。気負う事では無かったのか…。


ホッとした様な、なぜか少しモヤが掛かったような不思議な気持ちが吾妻の心を占めた。



「大丈夫よ薫ちゃん、毎日私が診察するから♡じゃあね♪」


そう篠村に言った弓親に大野と共に強引に腕を引かれ部屋を出た。


「っちゅー訳で吾妻。任せたで」


私の肩をぽんと叩くなり大野は廊下を歩いて行く。


「…承知した。弓親の実験場借りるぞ」

「実験場って失礼ね。私専用キッチンと呼びなさいよ」

「料理で謎の爆破を何度も起こすなんて実験場としか呼び様がない」


で、コックが泣きに泣いて弓親は隔離され、防火機能が特化された専用のキッチンを与えられた腕前だ。

そこでも何度も爆破を起こしていると大野が笑っていた。それを実験場と呼ばずしてどうする。


「もー。でも、貸してあげる♪」

「なぜそんなに楽しそうなんだ」


普段ならもう少しガミガミ言って来るくせに今日は歯ごたえが無い。


「楽しいからに決まってるじゃない!」


理由を聞いたんだが…な。

まあいい。とりあえず料理だ。






   *






「うまっ!吾妻先生超うまいっす!」


吾妻が風邪の少女のために作ったのは雑炊だった。


「空腹は最大の調味料だ」


興奮しながら食べる彼女に吾妻はしれっと返事をする。


「いや、ホントうちの母ちゃんより確実に上手いっすよ!」


誰かに作るなんて滅多にないからな。

不味くなければそれでいい。


「いいから大人しく食べなさい」

「無理っす。カオおいしいもの食べるとテンション上がるんっすから」


そんな目一杯に微笑むな。


「…好きにしなさい」


「先生は料理好きなんっすか?」

「いや。中高生の頃は両親が共働きだったからな。兄は居たが不器用で…まあ必要にかられてってやつだ」

「へー。ほへへこれはけうはいほほふくれふようになふんっふね(それでこれだけ旨い物作れる様になったんっすね)」

「口にものを入れながら喋るんじゃない。ほら見ろ、頬に米粒付けて…まったく」


少女の右頬に付いた米粒を吾妻は取る。


「へへへ、ありがとうございますっす」


無邪気に笑いやがって。

はっ…!何をしているんだ私は。

米粒など本人に取らせればよかったものを…。


そんな吾妻の揺らぎを知る由もない彼女は能天気に爆弾を投げた。


「羽矢芽センセーも大喜びじゃないっすか!」


……………は?

米粒の話からなぜ弓親に飛ぶ?


「篠村、どういう脈絡で弓親が出てくる」

「雑炊でこれだけおいしいって事は他の料理はもっとおいしいだろうし、彼女の羽矢芽センセーはそれ食べれるなんて大喜び間違いなしって事っす」


”彼女の羽矢芽センセーはそれ食べれるなんて大喜び間違いなし”…彼女!?

弓親が私の彼女だと思っているのか?!

ふんっ、………ふざけるな。


「はぎゃ!?ちょ、ちょ、ちょ、先生!?」


戸惑うが良い。私のアイアンクローからかつて誰も逃げられた事はない。


突然の正面からのアイアンクローを喰らわせられた彼女は普段は逃げられるはずなのに風邪で回避機能が落ちていたうえに、膝元には雑炊が乗っている。

どうやら彼女は見当違いの爆弾を投げたが外れ、その足下で知らぬ間に彼の地雷を踏んでいた様だ。


指の間から見える彼女の瞳に彼は近づいて目を合わせた。

彼女の視界いっぱいに吾妻が広がる。


「私に今、彼女は居ないし弓親だけは絶っっっ対にない!」

「えー!?羽矢芽センセーめちゃめちゃ綺麗じゃないっすか!」


なぜお前が男的立ち位置でブーブー言う。


「見てくれに騙されるなよ?あいつはコーヒーに砂糖だけでなくチョコレートまで大量に入れる奴だぞ」


私はブラック派だ。あんな尋常ではない光景は見たくもない。

それにあいつは口が達者で己に牙を剥く敵は心を粉砕するまで論破する恐ろしい奴だ。

何があろうとも友人が限界だ。


「へー、意外っす。あとすっげー甘そうっすね…」


どうやら篠村も無駄に甘いその感覚がわかる様だ。


「それから言い忘れていたが、弓親は今、大野羽矢芽といって理事長・大野の嫁だ」

「え!?そうなんっすか?」

「ああ」

「じゃ、吾妻先生はなんで羽矢芽センセーを弓親って呼ぶんっすか?」

「高校の頃からの知り合いだからな。結婚したからといって大野と呼んだら大野と…理事長の方と被るから旧姓で呼び通しているんだ」

「そうなんっすかー」

「よって、私が弓親を好きになる事も彼女にすることも絶対にない。わかったか?」

「わ、わかったっす。わかったっすから…先生、ちょっと近いっす」


近い…?………確かに近いなコレ。

私は一体…


彼女の一言で我に帰った吾妻は自分の行動に驚くと彼女を解放した。


「すまん。風邪引き相手にすることじゃなかったな」

「大丈夫っす。小ちゃい頃は風邪引いても三十八.五度より下なら外で遊び回ってましたから」


遊び回っていた…?

あり得ない。いや、しかしなぜか想像が容易に出来てしまう。

額に熱を下げる為のシートを貼りつつも鼻水たらしておにごっことかしていそうだな。


「ふっ…それはそれで問題だな」

「……へ、へへへっ」


彼は気付いていない。自身が優しい瞳で穏やかに微笑んでいる事に。


「ん?篠村、顔が赤いぞ。熱でも上がったか?」


耳まで赤い。それに笑い方がへらへらとおかしいな。

これは本当に熱が上がっていそうだ。


吾妻の手の平はいつの間にか彼女の額へ延び、確かめていた。


「…やはり熱いな。もう寝なさい」

「りょ、了解っす。おやすみなさいっす」

「ああ」


彼女も気付いていない。おやすみのあいさつを一人暮らしの彼が受けたのは久々だという事に。

こうしてそれぞれに小さな動揺をそれぞれへもたらせた夜は更けていく。

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