1*プリンセスは氷の鬼
吾妻侑姫(あずまゆうき)
これが私の名前だ。
職業、私立高校教師。
政治・経済を教えている。
因みに受け持ちのクラスはない。
私の教科は大学入試で受ける者が少ないため、軽視されがちだ。
生徒たちは卒業後どこへ進もうが、経済ってヤツは嫌でも色々なかたちで一生関わって行くものだし、二年後には間違いなく選挙権を手にする彼等には、しっかりと世の中の骨組みの一部を理解しておいてから様々な事を判断して欲しい。
そう考えると、つい力が入った授業になってしまう。
自然、授業中は勿論、表情が乏しく笑わない私は
”氷の吾妻”と生徒たちに陰口を叩かれる訳で。
「あークソ!吾妻の鬼ー!!氷の世界から来た鬼ー!!!」
「職員室の近くで叫ぶとはいい度胸だな、篠村」
「げ…吾妻、せんせー………」
「私がここを通る事など予想がつくだろう。…まさか、直接言いに来たのかな?」
「めめめ、滅相もござりません」
ごく少数、私を鬼と言う生徒もいる。
それはテストで赤点を取る者が大抵。
が、彼女・篠村薫(しのむらかおり)はその中でも特例だ。
「そんな篠村には再再再テストのレベルを上げておこう」
「えぇ!?」
「あぁ。だが大丈夫だ、篠村」
「へ?」
普段はキリリとした眉を八の字にし、落ち込んだ表情の篠村だったが、僅かな期待に顔を上げた。
「特別だぞ?」
「な、何っすか!?」
更に食い付いて目を輝かせる。
「……いつもの倍厳しく補習の指導してやる」
「っ………」
上がりかけていた気持ちが一気に奈落へ落とされ、声も出なくなった。
見事にそれを言葉なく体現した篠村。
彼女は今回の前期テストで他の追随を許さんと言わんばかりのぶっちぎり赤点の上に、通常なら一度でクリアする補習+再テストを三週目に突入する、再再再テストを受ける特例中の特例だ。
最早ここまで来れば、苦手などと言える領域を越えている為、いっそ感心する程。
何故ならば、再再再テストは夏休みをほぼ全て使ってしまうからだ。
”お休みどう過ごされたんですか?”
と同僚の先生方に最後に尋ねられたのは、彼女を教える様になった昨年度の中期からパタリと無くなった。
もちろん中期テスト後の冬休みも、後期テスト後の春休みも、篠村は毎度こうなるので私も引きずられる。
特に春休みは進級出来るかの瀬戸際まで追い込まれていたので、私も冷や冷やした。
だが、篠村はテストは出来ないが補習中は一生懸命覚えようとする。
その諦めない姿勢は誉めてやりたい。
だから私もとことん付き合う。
合格点をとった時の全開の笑顔は補習の疲れを飛ばされ、こちらも清々しい気持ちになる。
篠村はそんな何かを持っている。
かわいい教え子にはグッと堪えて知識の泉に叩き落とす。
これが私の出来る唯一無二の教えだ。
それから一応、言っておく。
侑姫という何故か”姫”の付く、憎らしい程かわいい名前だが
私は”男”だ。
「さて、補習室行くぞ篠村。
…なんだったかな?氷の世界から来た鬼とやらがビシバシ指導してやるからな」
「……………ひ、ひ~!スミマセンでしたー!!!泣」




