Ⅱ
運命は絶え間無く動いていく。人の願いなど知らずに容赦なく終焉へと全てを押し流していく。
「魔女!外にでないか?」
いつものように飛び込んできた小さな(最初会った時よりかは背は大きくなった)友人はとんでもないことを叫んだ。
「・・・・・はい?」
いつかの再現のように魔女の手から本が滑り落ちた。
暖かい春の風も木々のざわめきも花の匂いもあまりにも久しぶりに感じた。
どんな手を使ったのか王子は本当に魔女を外へと連れ出してみせた。にこにこと笑う王子に導かれ長い階段を降りる。一段一段ゆっくりと外へ向かう。
先に下りていた王子が塔の重い扉を押し開く。重い音を立てながら鉄製の扉が外に向かって開いていく。
奇跡のように光が隙間からこぼれ、入り込んだ柔らかな風が魔女の髪をなでた。
ふらりと誘われるように魔女は開かれた扉を潜った。硬い石床から柔らかな大地へと足を踏み出す。
やわらかくこぼれる木漏れ日、柔らかな風が奏でる梢の音。鳥の鳴き声。遠い昔は当たり前だったもの。取り上げられてから初めて知った。その尊さ。
永い、永い幽閉生活を強いられてから初めて魔女は塔の外に立っていた。
「魔女!こっちだ!こっち!」
ブンブンと手を振る王子に魔女の顔にはっきりと笑みが浮かんだ。
「貴女が魔女殿なのね!」
庭の片隅で王子に引き合わされたのは金髪に青い瞳のキラキラ笑顔のお姫さま。
なんでも王子の従姉妹で悪戯仲間でもあるのだそうだ。
王子同様に魔女に対する偏見はなく、ただ純粋な興味と好意を浮かべながら魔女をみている。
「王子に聞いてからず〜〜〜っとお会いしたかったの!わたくし、薬学を学んでいて是非、魔女殿のお話しを聞きたいと常々切望していましたわ!」
「そ、そうですか……こ、光栄です」
キラキラと一片の曇りのない瞳を向けられ魔女はシドロモドロに答えた。
不思議な気持ちで魔女は柔らかな時間を過ごしていた。
庭の片隅で王子と姫が無邪気な笑顔で自分の話を強請ってくる度に魔女の心が温かくなる。
同族である魔女以外から与えられたのは蔑みと恐怖と迫害。なのにこの二人は王族でありながら魔女に対して普通に接する。話をしてくれる。そして魔女の話も笑顔で聞いてくれる。まるでただの友人のような談笑。
………閉じ込められてから誰も与えてくれなかったから気づかなかった。
魔女はただ、こんな風に誰かと笑いあいたかった。ただ、話がしたかった。望んだのはただ、それだけだったのだ。
その幸せを子供達が与えてくれた。
自然と魔女の顔が和らぐ。
「「あっ・・・・」」
それを見た子供達の声が重なる。
柔らかく、幸せを隠さない心からの笑みは見るものを全て惹きつけた。
「魔女いま、笑いましたわ!」
「うんうん!あんな綺麗な笑顔初めて見た!」
「…………え?あの?」
興奮したようにしゃべりだした王子と姫に魔女は困惑したように視線を彷徨わせ、たしなめようとするが興奮しきった子供二人には届かない。
「魔女はとてもとてもお綺麗ですけど笑われると雰囲気が柔らかくなってますます魅力的ですわ!」
「そんなことは………」
「いや。魔女は綺麗だよ。でも今の笑顔は翳りがない分さらに綺麗に見えた!」
だよね~~!と頷き合い魔女を褒めまくる二人に居た堪れなくなる。
真っ赤になって俯く魔女だったがその恥らった様子がさらに可憐さを際立たせていることに気づいていない。
「ああ、ここにドレスや化粧道具があれば魔女を飾り立てますのに!」
きっと夢のように綺麗になりますわ!と握りこぶしで力説する姫君。もうやめて!と魔女は叫びたいぐらい恥ずかしかったが王子がそれに同意してなにやら企み始めている。こそこそとなにやら小声で話し合ったかと思うと姫が猪のように走り出す。ドレスの裾をたくし上げ爆走する姿はとてもじゃないが高貴な姫君には見えない。
呆気にとられその背中を見送る魔女の隣で王子がのん気に手を振っていた。
「宝石も髪飾りもないから今はこれでご容赦くださいな!」
行きと同じように爆走して帰ってきた姫の腕の中には色とりどりの花の姿。息を切らせ、頭のあっちこっちに葉っぱをつけながらも姫はにこにこ笑いながら可愛らしい黄色い小さな花を魔女の髪にそっと飾った。
「よくお似合いですわ!」
「うん!とっても綺麗だ!」
満足そうに笑う姫と王子。魔女は恐る恐る髪に手を伸ばし、花に触れる。柔らかな花びらの感触とともに花の香りがした。
「あ、ありがとう、ございます」
ハニカミながらもお礼を言う魔女に王子たちは笑いかけようとして………そのまま表情を強張らせた。
魔女が異変に首を傾げるよりも早く、彼女の細い手を後ろから伸びた男の無骨な手が掴み、無理やり立たせる。
痛みと衝撃と共に後ろを振り向かされた魔女の瞳が己を捕らえている人物に気づき驚愕に見開かれた。
魔女から全てを奪ったあの日のように己の腕に彼女を閉じ込め、恐ろしいほど冷たい目で見下ろしていたのは………。
「これは、どういうことだ?」
もう、何年も会っていない、王、だった。